今日は冒険日
バルドーさんたちと別れて、改めてやる気を出した私は部屋に戻って早速、水晶を削る作業に入る。
「失敗してもいいようにちょっと多めに作っとこう」
これだけしかないと思っていたら、微妙な物でもOKにしちゃうかもしれないし、余裕を持って失敗しても次成功する気分でいたいんだ。それに難しい細工だから、失敗が出るのは仕方ないしね。
「とりあえず、5セットぐらい作っておこうかな?これが今週の分ということで」
明日は冒険だから、明後日から再開するとして、2日あればそれぐらいは使っちゃうだろう。午前中をかけて3セットを作り上げた。そして、午後から作業を再開したのだけど…。
ピィ
「ん?アルナどうしたの?」
「ライズのとこいきたい」
「そっかぁ。私も最近会ってなかったし、ちょっと行こうか」
チッ
良いの?とミネルが聞いて来たけど、あと2セットぐらいすぐに出来るし、何なら帰って来てからでもいいしね。早速着替えてフィアルさんの店に向かう。
「あら、アスカちゃん。いらっしゃい」
「こんにちわ!ライズ居ますか?」
「居るわよ。ちょっと待っててね」
お姉さんが裏口へのドアを開けてくれる。一応、用心のために鍵をかけるようになった。というのもリーヌがあまり人に慣れていないので、間違ってお客さんが入らないようにとのことだ。ライズは割合、人と触れ合うのに抵抗はないけど、野生で生活してきたリーヌはそうもいかないみたい。
「元気にしてたライズ、リーヌ」
ミェ~
元気に突進してくるライズ。この前までは小さかったから何ともないと思ってたけど、このサイズは…。
「ぐぇっ」
力が入っていないとはいえ、いい一撃だった。まあ、元気なのが分かって私もうれしいけどね。それを合図に、ミネルたちもライズとリーヌの方へと飛び出す。ミネルはリーヌが気に入って、エミールもそっち側だ。アルナとレダがライズの毛に収まっている。最近は暑くなってきたから毛を一度刈ったとはいえ、元が小さいミネルたちは結構隠れてしまう。そこに適当な木を並べて障害物競走を始めた。さしずめミネルたちが騎手でライズたちが馬だろうか?
「へ~、みんなそんな遊びをしてたんだね」
でも、よくよく見ると遊びのほとんどで、ミネルたちは乗っかってるだけ。実質、動いているのはライズとリーヌだけだ。そりゃ、帰ってきても元気なはずだよ。そしたら唐突にミネルたちが下りて来て、今度は鳴き始める。それに対して、今度はライズたちが鳴くといった感じだ。
「これは何してるの?」
「ものまねあてクイズ」
へぇ~、ミネルたちが鳴いてるのは誰かのものまねなんだ。ちょっと見てたけど、流石に私じゃこれに参加はできないなぁ。ミネルたちも楽しんでることだし、お菓子でも食べよう。
「すいませ~ん。何かお菓子ありますか?」
「あら、もういいの?」
「あはは。ちょっと、クイズ大会が始まっちゃって」
「それはアスカちゃんには難しいわね。どんなお菓子が良いの?」
「う~ん。何か新作があればそれで!」
「分かったわ。それじゃ、ちょっと待っててね」
お姉さんが奥に引っ込んで厨房に注文を伝える。でも、あれお願いしますって言ってただけで、なにが出てくるのかは分からなかった。それから、10分ぐらい待つと料理が運ばれてきた。
「これがうちの新作よ」
「トースト?いやこれって…」
この卵の色といい、ちょっとふにゃっとした感じといい。
「フレンチトーストだ!いただきま~す」
がぶっ。やっぱり!この甘さといい味といい、フレンチトーストだ。一口食べて味を確認した私は次々と食べていく。その横でお姉さんが厨房に向かって首を振っていたけど何だったんだろう?
「とりあえず、この久しぶりの甘味を味わわなくちゃ」
めったに食べられないものだし、久しぶりのお菓子に満足した私だった。
チッ
それから、食事も終えて20分ぐらい店員さんと話をしていると、ミネルたちがやって来た。
「もういいの?」
いつももっと長かったのに、教育上のためか1時間ぐらいで帰ることになった。
「それじゃ、お邪魔しました~」
「はい。また来てね。新しいお菓子を考えておくから」
「は~い。楽しみにしてます!」
お菓子も食べて上機嫌な私は元気よく宿へと帰って行った。
「店長…今日もダメでしたね。アスカちゃんに未知の料理を食べてもらうの。フレンチトーストですってあの料理」
「ええ、新鮮な卵に味付けて、パンに絡めて焼く。パンという主食且つ、美味しくないものから脱却したいいアイデアだと思ったんですが…」
「店長の料理レパートリーは豊富ですけど、アスカちゃんの経験の方が一枚上手なんですよね。親は流浪の商人とかでしょうか?」
「いえ、商売人の気配はみじんも感じられないからそれはないでしょう。ですが、かなりの強敵ですね」
「この前バルドーさんはびっくりしてましたからね。あんな反応を期待してたんですが…」
「仕方ありません。次の機会にかけましょう。もう次の案は出来ているんです。今度もパンなんですが、これに砂糖などをまぶして再び焼くんですよ。これはサクサクしているので、材料は似ていますが食べた感じは全く違いますよ」
「へぇ~、美味しそうですねそれ。また食べさせてくださいよ」
「もちろんです。みんなが食べてくれないと、宣伝も出来ませんからね」
こうして、次の機会にはラスクで大喜びする私と、がっくりと厨房で肩を落とすフィアルさんが出来たのだった。
「次こそは必ず…」
「ファイトですよ店長!みんなも試しょ…応援してますから」
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「さあ、帰ってきたし細工の続きだ」
ミネルたちは外出して満足したのか、家に帰って来てからはのんびりとしている。お互いに毛繕いをしたりして微笑ましい光景だ。
「まずは残り2セット分を作らないと」
早速、水晶を削っていく。いい気晴らしになったのか、手が進むのが早くなった気がする。パッと作業を終えて、夕飯までにノルマの5セット分を作り上げられた。
「さて、準備は万端だしお風呂に入って寝よう」
もうちょっと細工を続けるだけの体力は残っているけど、明日の冒険に備えて今日はもう寝ることにする。細工は安全に出来るけど、冒険は何時でも身の危険が待ってるから万全の態勢で臨みたいんだ。
「それじゃあ、おやすみ~」
ミネルたちに挨拶をしてから眠る。今日は時間が早いのでまだアルナたちも起きている。ここまで早い時間に寝るのは久しぶりかも。
「ん~、よく寝た~」
そして、翌日。気持ちのいい目覚めとともに準備をする。
「え~と、服はこれで上に防具を付けて。後は持ち物チェックをして準備完了」
そういえば、ポーションの期限が近いのがあったなぁ。あんまりおいしくもないけど、もったいないから今日のどこかで飲んでしまおう。
「ということは次の冒険までに補充に行かないとな」
いざという時に飲んだポーションが期限切れで成分変化を起こしてたなんて、冗談にもならないからね。準備が出来たところで食堂に行って朝食を取る。今日も残り物から作ったとは思えない朝食で元気をつけて出発だ。
「いってきま~す」
「行ってらっしゃい」
わぅ
ミーシャさんとリンネに見送られながら、私は宿を後にする。エレンちゃんは今日はお休みなのでまだ寝ている時間だ。最近はお昼も孤児院の子たちが手伝ってくれるので、丸一日休みを取ることも増えた。この調子ならミーシャさんも休めるようになるだろう。
「あとは、ライギルさんだけだね。流石に料理がなくなっちゃうのは困るからなぁ」
宿の売り上げは基本的にライギルさんの料理で成り立っている。宿に泊まる冒険者の人も、昼に来る街の人も料理がおいしいという噂が元で来ているのだ。今更、料理がどこかから買い付けたものになるなんてみんながっかりしちゃうよ。
「でも、エステルさんもいるし、たまには夫婦水入らずで過ごせたらいいんだけどね」
宿は一応お休みも出来るけど、ギルドに紹介してもらっている手前、冒険者を出来るだけ受け入れなければいけない。繁盛してるのは良いんだけど、利益も出てるみたいだし、ちょっと休んでもいいと思うなぁ。
「アスカ、おはようさん」
「ジャネットさん!おはようございます」
そんなことを考えていると、いつの間にかギルドの前まで来ていたらしい。ジャネットさんと会った。
「いつも早いですね」
「それを言ったら、遅刻もせずに先に来てるのはアスカの方だろ?真面目だよねぇ」
「あはは、私の場合は一度遅れたら癖になっちゃいそうで…。戒めですかね?」
「いい心がけだよ。みんなにも見習ってもらいたいもんだね」
「でも、リュートたちも遅れたりはめったにしないですよ?」
「ああ、他の奴らさ。この前も臨時で依頼を受けたら、2時間も遅れやがって。おかげでその分、走って移動だよ。依頼料が変わらないのに無駄に疲れたね」
「そんなことがあったんですか。私は単独でも他の人と一緒に動くことってほとんどないので、まだ経験してないんですよね」
「経験しない方が…いや、一度ぐらいはしといた方がいいか。その後の予定がどれだけきつくなるか身に染みるからねぇ。ノヴァたちだって、遅れても10分そこそこだし見本にならないしね」
「別にその時でいいですよ。バタバタするの嫌ですし」
「まあ、そうだね。それじゃ、あたしたちは待つとするかね」
ギルドに入って、2人で依頼を見ながらノヴァたちがやってくるのを待つ。
「う~ん。これとかどうですか?」
「何々…街の北側でのオーガ討伐。目撃情報を基に地点絞り込み済み。ホントかねぇ。絞り込んだ場所が外れてたらどうするんだい?ただの空振りになっちまうよ。それならこっちだね」
「これですか?え~と、サンドリザードの活発化の調査依頼?」
「あれから少しずつサンドリザードの目撃情報が増えてきたから、その調査だね。これなら空ぶっても少しは儲けになるし、大人を狩れればそこそこの収入になるよ」
「そう言われるとその方がよさそうですね。周辺はレディトからの帰りの依頼で調べましたし、ある程度近づけば出会わないってこともなさそうですし」
「だろ?じゃあ、決まりだね。ただ、レディト側まで行くと変に刺激しかねないし、程々でやめた方が無難だね」
「そうですね。岩場からちょっと進んで、引き返しましょうか」
進んで返り討ちに会うのは嫌だし、無理をしない方がいいだろう。依頼は決まったし、後はノヴァたちを待つだけだ。