戦いの果て…
充実した休日を過ごした次の日、私は気合を入れて細工に臨んでいた。
「昨日は十分休めたし、今日は頑張らないと!ああ、特に夕食の魚は美味しかったなぁ…おっと、いけない。細工に集中しないと」
アルナが仕留めた魚は前にベレッタさんたちが釣った魚の一つで、かなり早く味が落ちる魚だった。仕留めてすぐに血を抜いて、マジックバッグに入れていたから、新鮮なままだったのだ。
「まだ、買ってきてたポン酢もあるし、ライギルさんに相談してよかった~。刺身にしゃぶしゃぶに兜焼き!贅沢な1食だったなぁ…」
おっと、思わずよだれが。でも、本当に美味しかったんだ。白身だけど、脂の乗りも良くてしゃぶしゃぶはちょっと、油を落としたあっさり味。兜焼きは塩中心の味だけど、お魚の味が強くて本当に美味しかった。もちろん、功労者のアルナたちにも配られて、美味しそうに食べていた。
「ティタはお料理食べられないから残念だったね」
「いし、おいしい」
「あはは」
まあ、ティタは魔石とかを美味しいって言ってるし、味覚の違いだよね。
「だけど、石かぁ~。そういや、石焼ってこっちに来てから食べてないなぁ」
石焼うどんに、石焼ビビンバ。調味料とかがないから、言う機会もなかったけど、石焼うどんぐらいなら出来そうだ。
「そう思ったら石もいける気がしてきた」
じーっと、削りカスの石を見つめる。これぐらい小さい塊ならよしんば食べられるのではないだろうか?
「チャレンジ精神って大切だよね!」
ガリッ
か、かたい…。やっぱり石は石かぁ。
「アスカ、なにしてる?」
「あっ、ちょっとね。気になったから」
「にんげんにはむり」
「そ、そうだよね~。さあ、細工だ」
気を取り直して細工に入る。
「まずは、削って模様を描くところだね。内側が難しいんだよね~」
球体の内側を削るのがここまで難しいと思わなかった。この自作道具が良くないのかもしれないけど、そもそも、普通の道具では刃が入らないし、力の込め方も勝手が違って、まるで素人のような線になってしまう。
「今日はこれを克服して何とか作品につなげないとね」
早速、何度か使った木の球体を取り出して、中身をくりぬいて作業を開始する。
「うう~ん、割と形になってきたけど、木だとちょくちょく引っかかったりするし、やり直しが割と効いちゃうんだよね~。やっぱりちょっともったいないけど水晶を使おうかな?」
2時間ほど粘ってみたけど、こういうところは水晶とかなり違う部分なので本番さながらの環境でやることにする。
「割れた水晶も固定さえしてやれば内側をくりぬけるし、練習台としては十分だ」
とりあえず、線を描いてみる。う~ん、ちょっと斜めになってるかな?鉱石特有の突っかかりや削る感触はやはり木とは違う。そこにこの専用の道具の繊細さが加わって、うまくまっすぐにならない。
「まずは力加減を覚えるところからだね。それじゃ、同じ場所や近いところを削って行こう」
後々慣れたら細工済みのところに改めて、線を入れる作業も発生するだろうし、そういう練習もかねて削っていく。
「うう~ん。線を作るのは出来たけど、あまりに線だらけでよく分かんなくなっちゃったな」
練習だと思って、色んな線を描いてたらぐちゃぐちゃに線が引かれたものが残った。まあ、この水晶で練習できる分は全部終わったということで。
「それじゃあ、次に移ろう」
こっちもちょっと失敗した奴だ。同様に処理をして絵を描いていく。さっきは線だけだったけど、ここからは模様や実際に絵も描いていく。
「ここからが本番だね。手前側に模様で、反対側にバラだね」
すでに作ることが決まっている模様とバラの練習台にする。
「むぅ~、やっぱり曲線は難しいなぁ。でも、もうちょっとで何とかなりそう」
この道具にも慣れてきたし、力の加減もそこそこわかるようになってきた。もうちょっと頑張ればいける気がする。
「あと一息だ。頑張らないと!」
それから、2つ程練習用に使ってお昼休憩にする。
「ご飯ください。大盛で!」
「アスカ、大盛なんて珍しいね」
「うん。今日は午後も頑張るからたくさん食べないと」
「分かったよ。それじゃあ、持ってくるね」
「よろしく~」
リュートが奥に行って私の注文を伝えに行く。今日は肉と野菜のバランス型のセットにした。
「はい、お待たせしました」
「ありがとう、リュート。いただきま~す」
早速、運ばれてきた料理に手を付ける。ん~、昨日の夕食といいやっぱり宿の料理は最高だな~。
「ふぅ~、ちょっと大盛は頑張りすぎたかな?」
食べきることはできたけど、結構満腹感が強い。このまま、細工に移れるかなぁ。少し心配になったけど、そのまま部屋に戻る。部屋では昨日散々動いて満足気味のアルナたちが、まったりしている。今日一日ぐらいはおとなしくしてるみたいだ。
「は~い、ご飯だよ~」
それぞれのエサ台に食事を置いてやる。食事の後はすぐさま巣の奥に入っていった。今日はもう動く気はないらしい。
「まあ、あれだけ元気に動き回ったんだから当然か」
今から多分寝るんだろうけど、その前にチョンとミネルをつついてお休みと声をかける。
「さあ、私はこのまま完成させないとね!」
再び作業を再開する。今回の作業はいつもにも増して長丁場だけど、ようやく何とかなる気がしてきた。午前中と同様に練習を進めていく。
「うん、大体感触はつかめてきたし、実際にやってみよう」
練習とは違って本番用の水晶を用意する。いよいよ、これに細工を施していくのだ。
「まずは、型通りに球形を作っていってと…。そこから中をくりぬいて、もう一方はそれにはまるようにする」
とりあえず2セット作って完成を試みる。そしたら、いよいよ本番だ!
「さあ、まずはバラからだね。最初は中に入れる方から細工していってと…」
これは前回完成しているので、心配なく作業は進む。ただ、気持ち一番外になる部分は繊細にやって行く。溝が大きくなれば盛り上がったりするヵ所も多くなるのではと思ったからだ。
「効果があるかは分かんないけど、ちょっと細工の後に磨いとこう」
とにかく今は完成を見ることが最優先だ。思いついたことは全部行っていき後々、手順を省いていけばいい。他にも思いつく限りの工程を入れて作業を進めていく。バラ模様はひとまずいい出来だ。後はこれに合うガーデンの模様を外殻に使う水晶の内側に描いていく。
「最初に門を描いてと後はつたを絡ませて行ってと…」
むむむ、神経を使う作業だ。ただでさえ内側で細工しにくいのに直線曲線の嵐だ。
「やっぱり後回しにした方がよかったかな?でも、体力のあるうちに難しい方をしたいしね」
中途半端に疲れてくると、しょうもないミスもするだろうし、頑張って完成させてしまわないと。
「ええ~っと、門の模様はと…。ああっ、先につたを描かないと」
順番が逆になっちゃうと、見え方も逆になってしまう。門を貫通したつたなんて前代未聞だ。そうなっては細工の出来以前に世に出せなくなってしまう。つたをちょっと太めに門の模様を細目に描くことで、わずかに立体感を出し、それぞれの姿を明確にする。
「さあ、あと少し。あせらずに…」
一度、タオルで汗をぬぐって作業に戻る。ミス一度で終わってしまうから注意しないと。
あと一筆!
「やったぁ!完成!!!」
ピィ
何事かと巣箱からアルナが顔を出す。集中しすぎて、結界が解けてしまったようだ。
「ご、ごめんアルナ。細工が完成したのがうれしくって」
ピィ
何事もなければいいよと、ちょっとだけ肩に留まって再び巣箱に戻るアルナ。他の子たちは起きなかったみたいだ。疲れているのかと思ったら、意外に体力あったんだねアルナは。
「さあ、完成したといっても色はまだ付けてないし、ここから頑張んないと!」
再び作業を開始する。まずは、赤い塗料からだ。原料を混ぜて塗料を作り、それを薄めて塗っていく。淡い赤色が花びらに付いて行きとてもきれいになっていく。しかも、透明度が損なわれないように薄く塗っているので、一応は奥も見える。
「よしっ!次は緑色だ」
続いて、緑色の塗料を塗っていく。難しいと思った塗料の調合だけど、なぜかうまくいくんだよね。
「塗る作業はそこまで難しくないんだよね。確かに溝に塗りすぎて垂れないようにとか注意点は多いんだけど、わずかでもやり直せる余地がある。細工の方は直ぐに駄目になっちゃうからね」
後は門のところを塗るかどうかだね。でも、ここを白く塗っちゃうと透過が悪くなるし、見栄えにかなり影響が出そうなんだよね~。
「ここは石の特徴を生かすために何もしないでおこう」
そうして、次々と作業は進んでいく。後は乾かすだけになった。
「乾かし終わったら、後は中に入れるだけだね。それが一番緊張するけど、乾くまで時間がかかるし明日になるかな?」
塗料に影響が出ても嫌だし、今やっているバラの細工の作業はここで終了だ。慎重に机の上に置いて、次の細工に移る。
「ふぅ~、一先ずは作業も完了したし、ちょっと安心」
あれだけ、複雑で手間のかかる細工を終えられたということで、今後の制作の自信につながった。もう一つの方は、そこまで複雑ではないので2時間ほどで作業は完了した。
「こっちは色を塗る予定もないし、先にはめ込んじゃおう」
慎重に潤滑油を塗って、そっと上から力を入れて中に入れる。
「は、入った…。傷はないな」
じろじろと周りも見るも、傷は見られない。さっきどのぐらい潤滑油を塗ったかは覚えているし、擦れるかもと思った削った内側と外側の合わさる部分も問題ない。
「これならきっとバラの細工もうまくいくね」
期待を胸にその日の全作業を終えて、私は眠ったのだった。