リベンジマッチ!
おじさんの店から硬いと思われる水晶を大量に買い付けた私は早速、作業に戻る。
「それにしてもティタのおかげで、次の魔道具の材料もいいのが手に入ったよ。ありがとね」
「やくにたってうれしい」
「じゃあ、早速続きだね。まずは円形にしてと……」
さっきと同じように周りを削って、さらに中心に穴をあけていく。
「おおっ! さすがティタの選んでくれた石だ。丈夫だし、なんとなくだけど細工しやすい気がする」
そのまま二つ、三つと外殻となる水晶を彫っていく。それから三時間後……。
「よしっ! 四つの外殻と内側に入れる水晶が完成した。これで後は彫っていくだけだね。さっきのリベンジでまずはバラからだ」
さっき作ったのは傷がついているから、どうしようかな?
「ちょっと傷がついてるけど、見れないってわけじゃないし。もったいなくはあるからね」
一番いいのは失敗しないことだけど、どうしても発生してしまう以上、これは仕方ない。金属なら再精製するし、木なら薪にするところだけど、水晶だとねぇ。
「せめて色がついてたら粉にして塗料に出来るんだけどな」
そこまで考えてふと思いついた。
「ひょっとしてこの水晶の彫った後に薄めた塗料を塗ったら、綺麗なバラが出来ないかな?」
繊細な作業になると思うけど、ここは頑張ってみたい。今年の目標は今できる最高の物だ。今決めたんだけど。
「アスカどうした?」
「ちょっといいこと思いついたの。え~っと確か、宝石クズがこっちに……」
売値もほぼつかない石をおじさんに貰ってたはず。
「あった! よし、これを粉にしてと……」
調合用の道具を一緒に取り出して、石を粉にする。出来た赤い粒子はちょっとずつ原液に溶かして色付けしていく。出来上がったらひび割れた水晶にちょっと塗って色を確かめる。
「うん。このぐらいなら透き通った水晶にも目立たずに塗れるかな?」
早速、バラの模様を彫ってそこに塗り付けていく。塗る時はほとんど毛のないハケを使う。塗料が垂れたり、付き過ぎて色が濃くなるのを防ぐためだ。
「薄い分には重ね塗りで対応できるけど、濃くなると削って剥がすしかなくなるからね。そうなると割れるリスクもあるし」
塗るだけで割れるよりはリスクがあるだろう。塗り終わった後は乾かして状態の確認だ。
「十分に乾いてないと、潤滑油を試した時に色が剥がれ落ちちゃうだろうしね」
こうして先にバラを塗って、後で茎やつたのところも薄く緑色に塗る。これはグリーンスライムの魔石の割れたものを使った。魔石も割れると魔力が失われるので、魔道具の材料にもできないし、加工しないと宝石としても使えないから格安なのだ。これを使ってさらに塗り進める。
「うう~ん、もうちょっと……」
あれからさらに二時間。塗りの作業を終えた私は次の模様に移る。今度は単純な図形を組み合わせたものだ。そしてこれは内側に入れる水晶と外殻の内側で細工をして、合わさるとどのような見た目になるかの実験台にする。
「バラは細工の難度も高いし、実験ならこういう簡単な図形の組み合わせの方が分かりやすいよね。また、失敗するかもしれないし」
何せ水晶相手に難易度の高い細工は今回が初めて。この細工自体も他では見たことがないので、見た目もどうなるか分からないのだ。チャレンジといっても、それなりに精神ダメージの少ないものを選びたい。
「え~と、まずは内側に模様を描いてと……」
こっちの作業は割とすぐに終わる。模様も簡単なのにしたし、作業量も少なかったからだ。
「後は内側かぁ。そういえば内側の練習してないなぁ」
ここまで来て足止めって思うけど、一見遠回りに見えることが近道っていうし、木の細工を取り出して内側の細工に挑戦する。
「ううっ、明かりの都合でここからじゃ影になっちゃうな」
水晶と違って透明じゃないから、きちんと明かりがないと奥の方が見えない。仕方がないので、ちょっと机を動かして、明かりが入るようにする。
「さあ、再開だ!」
そう思って始めようとするものの……。
「あれ? つっかえちゃうな」
今まで外側を削っていたから、イヤリングにするサイズの球形の中には刃が届かない。
「そういえば、特殊な道具がいるかもって思ったっけ。今度はどうしよう。さすがに今から道具を作ってくださいって頼みに行けないし……」
そもそも、おじさんのところ以外で細工道具は買ってないけど、専用の道具があるとも思えない。
「木とか水晶を削るぐらいだったら、銀で何とかならないかな?」
私じゃ精巧なものは出来ないと思うけど、細い軸を曲げるぐらいなら魔道具で出来そうだ。早速、銀を取り出して思い描いたものを作ってみる。
「おおっ、いい感じかも?」
そんなに長さはいらないので、強度を保ったまま細く作る。そして水晶を削れるように鋭くしていく。
「これで試せるかな。実際にやってみよう」
作った道具を試してみる。さすがに木相手だと簡単に削っていくけど、一つ困ったことが……。
「難しい。指で力をちょっと込めるだけが難しい……」
水晶でもそこまで変わらないと思うけど、とにかくちょっと動かして横に当たっただけでも、傷が付いてしまう。慎重にって思うと、手先が震えて当てる場所がずれちゃうし。
「直線が描けないよ~。まあ、曲線も描けないんだけど」
なぞった線はギザギザしている。これは道具の精度がどうこうというより、力の入れ方が悪いのだろう。四苦八苦の末、何とか線を描けるようになった。
「う~ん。まだまだ先は長そうだ」
「アスカ、ごはん」
「もうそんな時間なんだ。分かった」
もう少しやりたい気もするけど、昨日今日とで疲れたし、大人しく食事にいこう。
「こんばんは~」
「あら、アスカ。調子はどう?」
「う~ん。微妙ですね。そうだ! これよかったらもらって下さい。ちょっと傷がついちゃってますけど……」
「そうなの? 見た感じ分からないけど」
「この中央のところの細工がちょっとだけ削れちゃったんです」
「言われてみればそうかも。でも、これ凄いわね! 水晶の中に模様だなんて」
やっぱりエステルさんも見たことがないらしく、色々な角度から水晶の中を見ていた。
「あっ、ごめんなさい。すぐ食事を持ってくるわね」
「お願いします」
さっきの反応を見るに、こっちでも人気出そうだし頑張らないと!
食事を終えると今日はお風呂の日なので、着替えをもってお風呂へ行く。
「ふぃ~、疲れた身体に染み渡る~」
「アスカ、おじさんくさい」
「そう? ティタにも分かる日が来るよ」
そういうティタは風の膜を張り巡らせて、お湯にぷか~と浮いている。この程度で熱さを感じることはないみたいだけど、浮くのが楽しいらしい。
「そういえばこの前、お水出してあげたんだって?エレンちゃんが喜んでたよ」
「うん。たいへんそうだったから」
お風呂は井戸の奥で動線が近いとはいえ、何度も水を入れに往復しなくてはいけないので大変なのだ。ティタは最近属性がかなり水に寄ってきたので、逆に火はほとんど出せなくなった。
「水道があればいいんだけど、各家庭になるとねぇ~」
町の主要なところには通っているんだけど、建て替えや、費用の負担から家庭にまでは普及していないのだ。井戸から汲んでお風呂まで運ぶ水路は作れるけど、ポンプがあったら一番なんだけどね。
「誰か設計に詳しい人がいたらなぁ」
無い物ねだりをしても仕方ない。今はこの至福の時間を楽しむことにしよう。
「ふぅ~、いい湯だった」
お風呂も上がり、祈りを済ませて今日はもう寝ることにする。
「アラシェル様、おやすみなさい」
「う~ん。いい朝だ!」
《ピィ》
今日はやけに早くからアルナが起きている。通訳をティタに頼むと、最近は私とあまり遊べてないから待ち構えていたとのことだ。
「しょうがない。疲れも溜まっているし、今日は細工をお休みしよう」
元々、今日は休みの日だったのだけど、進捗が良くないので今日も細工をしようと思っていたのだけど、アルナもまだまだ小さいし、コミュニケーションを取るのも大事だもんね。
「それじゃあ、どこへ行く?」
《ピィ》
すかさずアルナは窓の外を指す。どうやら、今日は外出したいみたいだ。
「みんなとはぐれないならいいよ」
《チュン》
家からミネルたちも出てくる。はてさて、みんなはどこに行きたいのかな?




