チャレンジ!多重水晶
意気込んで部屋に帰ってきた私だったけど、困ったことになってしまった。
「いきなり、水晶を削っていってやるのはリスクが大きいよね。どうしようか?」
見せてもらったものはティタが知っているのより質が悪いとはいえ、変な継ぎ目もないし、細工自体は綺麗だった。
「これをいきなりは作れないよねぇ。でも、銅を削って練習した後、再精錬を繰り返すのも……」
作り直してもそこまで品質は下がらないけど、いくつ失敗するか分からないのはリスクが大きい。
「うう~ん。金属じゃないけど練習だしいっか!」
悩んだ末に私が出した結論はオーク材を使っちゃえだった。金属とは違うけど、加工の精度を確認するだけならそれなりに経験をつめるだろう。
「薪の形がちょっとぐらい変でもちゃんと使えるしね。ちょっともらって来よ~」
厨房のライギルさんに頼んで薪をもらってくる。
「よ~し! 準備万端。やってくよ」
「アスカ、がんばれ」
セコンドにはティタが付いてくれるしこれは力強い。
「まずは球形を作って……その中をくりぬく」
これは簡単だった。馴れちゃえば球体も難しくないし、そこから中をくりぬくのも上部が開いているから簡単だ。
「でも、こうやって作ってみると上の方は全くの円形じゃないんだね」
作ってみて分かったけど、内側に球体を入れるために口を大きくしておかないといけないから、思ったよりも上の方はまっ平らな部分が目立つ。こうすれば作りやすいけど、上の方は銀で覆う面積が広くなるなぁ。
「上の金属部分が大きいのは製造上のものだったんだね。多分裏側に接着剤か何かを塗って、くっつけてるんだ」
上から金属で覆うことも考えれば外側は球形ではなく、ひょうたん型の上側を半分に切った感じかなぁ?
「それじゃ、作り直そう」
最初の形が駄目だったと分かったので、これは廃棄に回す。さっきの教訓を経て、再び作ってみる。
「うん! ちょっと歪だけど一応できたかな?」
形に余裕がある木だからか思いの外、簡単に出来てしまった。
「さらに、内側に入れる球体を作ってと……」
こっちはさらに簡単で、細工をしないならすぐに出来る。大きさも今は木だし、ちょっと詰めればごそごそにもならない。
「実物も上蓋で固定すれば、結構簡単に出来るかも?」
透明な板か銀の板を敷いて、接着剤さえ中に入らないようにすれば簡単に出来そうな気がしてきた。
「それじゃ、実際に入れてみますか」
小さめの球体を入れていく。
「見えないね」
「みえない」
木だと細工をしても中が見えないから、ちょっと問題かも。ただ、球体に細工をするっていうことの練習にはなるから、模様を描いてみる。
「う~ん、やっぱり線が難しいかな? 力を入れるとザクッと行っちゃうし、緩めるとひょろってなっちゃう。こっちの練習の方が大事かも」
似た形の物は作れたので、そこからは必死に球体に模様や絵を描く練習に時間を費やす。
「あっ! うう~ん、ザクッていっちゃったか……。やり直しだ」
値段が高いとバルドーさんが言っていたのも分かる気がする。球形にするのにそこそこの大きさの水晶を使うし、使い回しが出来ないから一度失敗したら、即廃棄だ。
そこをさらに小さく削って他の細工には転用できるけど、同じ作品には使えなくなっちゃう。
「やっぱりあれを作った人って、いい腕だったんだなぁ」
数時間で諦める気は微塵もないけど、改めて技量のいる作業だなと思った。それから二時間、三時間と時間が過ぎていき、お昼ご飯の時間になった。
「アスカ、ごはん」
「もうそんな時間? やっぱり細工してると時間が早く進むなぁ」
食事を取るため作業を切り上げてお昼ご飯にする。食堂へ行くとリュートが注文を取ってくれた。
「アスカ、おはよう。今日は時間ぴったりだね」
「うん。まだまだ先は長いからね」
「また何か作ってるの?」
「そうだよ。リュートも出来上がりを楽しみにしててよ。きっとびっくりすると思うから!」
「アスカが言うなら、すごいのが出来るんだろうね。期待してるよ」
「任せてよ!」
お昼を食べたら夕方まで細工を続けた。
「アスカ、どう?」
「最初の頃より失敗もかなり少なくなってきたし、本格的に模様とか絵を入れてみるよ。とはいえ今日はずっと座って集中してたから、もうおしまいだね」
《ピィ》
「どうしたのアルナ。遊んでほしいの?」
《ピィ》
そうだと言わんばかりに部屋を飛び回るアルナ。
「でも、お外は危ないから裏庭だよ?」
ご飯まではまだちょっと時間があるから、井戸のある裏庭に出て遊ぶ。屋根をつけたからあんまり飛び回ることは出来ないけど、部屋より広い環境に満足したのかアルナも楽しそうだ。
一緒にミネルたちも出て来てるし、今日は一家総出で夕方のお散歩だね。
「おねえちゃん、そろそろご飯できるよ~」
「は~い。ありがとうエレンちゃん」
「じゃあ、待ってるからね~」
食事ができたと教えてくれると、エレンちゃんは中へ入っていく。まだちょっとお仕事が残っているとのことだ。孤児院の子たちも昼の販売員だけじゃなくて、最近は夕食の手伝いにも来てくれてるから以前と違って、エレンちゃんの仕事も負担が軽くなった。
「それに、孤児院の子たちの帰りもリンネが付いて行ってくれるから安心だしね~」
《わぅ》
暇になったのか玄関口から遊びに来ていたリンネに声をかける。基本的には家の敷地から出ないリンネだけど、ずっと小屋に居るわけではなく、こうして敷地内を自由に徘徊している。
「でも、リンネは偉いよね。毎回誰かに行き先を教えているんでしょ」
《わぅ!》
まあなとリンネが返事をする。そうなのだ、一見だらけているリンネだけど、きちんと裏庭に行く時はそこに続くドアを示すし、適当にぶらつく時はぐるぐる回ってちょっとその辺行ってきますと教えてから動くのだ。
「飼い主に似て賢いよね」
《わふ~?》
あきれ顔で答えるリンネがなんていったのか気になったので、ティタに聞いてみる。
「リンネなんて言ったの?」
「かいぬしよりは、かしこいです」
「ひど~い!」
こうして、再びエレンちゃんが呼んでくれるまでリンネと言い争ったのだった。




