アルバの町
…ようやく順番が来た。10分は待ち続けたかな。
「おい、次の順番のもの」
「はい!」
「お前、身分証はあるか?」
兵士の方に問われるが身分証なんてバッグに入ってなかった。きっと、各町で発行とかしているんだろう。
「持ってません」
「では、大銅貨二枚分の金とこの水晶に手を置け」
言われた通りにお金を門番に渡し、水晶に手を置く。きっとこれがあまたのお話に出てきた罪人かを確認する水晶なんだろう。水晶は何も反応を見せずそのままだ。
「犯罪歴はないようだな、入れ。それとこれが身分証だ。毎月在留所に行き、同額で再発行してもらうか冒険者になれば無料だ」
「ありがとうございます」
貰った身分証を首にかけ、ようやく私はアルバの門をくぐり町の中へ。
「初めての町へ来た―――」
あまりの嬉しさについ軽く叫んでしまった。両手を上げて…。みんなの目が冷たい、こんなことをする田舎者は珍しいのだろう。そもそも私自身には村で生活した記憶もないから、異世界初の居住区ですけどね。
「そんなことより早速、冒険者登録しに行かないと」
この世界は平和と言われてたし、絡まれることなんてありえないでしょ。そう思いながら冒険者ギルドの場所を案内板で確認して向かう。町の入口に案内板が置かれているなんて気が利いてるなぁ。
「こんにちわ~」
冒険者ギルドの扉をくぐる。入る時に看板を見たけど、剣と杖が交差しているいかにもな意匠だった。ちなみに女神様に言い忘れていたけど、ちゃんと言葉は話せるし文字も書ける。これは全転生者特典なのかな?
「ようこそ冒険者ギルドへ。本日は登録ですか?」
ギルドに入ると優しそうなお姉さんから声をかけられる。昼近い時間だからかカウンターには誰も並んでおらず、声をかけられたところに向かった。
「はい、そうです。今日この町に来たばかりです」
「やっぱり。普段見かけないし、小さい子はあまりいないから直ぐに分かるの」
そう言われて自分を見る。確かに13歳という年齢もあるが身長も低い。140cmあるかどうかだろうか?
「やっぱり私って小さい方ですか?」
「そうね。年齢は分からないけれど、女性でも冒険者なら大体160cmぐらいはあるわね。とりあえずこの紙に名前と分かればスキルとかも書いてね。因みに登録料は銀貨一枚よ」
そう言われたのでもらった登録書につらつらと必要事項を書いていく。スキル欄はとりあえず火魔法と風魔法でいいかな? レベルもなしで。
「書けました。これ、登録料です」
「はい、確かに。あら、綺麗な字ね。なるほど……魔法が使えるのね。それじゃあ、この水晶に触れてみて。これであなたのステータスが見られて適性を知ることができるわ。もちろん、適性通りに戦い方を決めなくても構わないわよ」
「はい!」
ステータスは知ってるけど知らないふりをして元気よく答える。水晶に手を触れると受付のお姉さんの方に画面が現れる。朝見たステータス画面と同じものだろう。
「ふむふむ……魔力は多めだけど腕力と体力は平均よりかなり低いわね」
やっぱり私の腕力と体力は低いらしい。
「だけど、魔法は二属性使えるのね。あら? ほとんどMPが残っていないわね」
「あっ、ギルドの登録が不安で朝から練習していたんです」
あながち間違いでもないのでそう答えておく。
「そうなの? でも、こんなに消費したら魔物と遭った時に大変だから気を付けるようにね。それと属性魔法は二つともLV2のようね。書き足しておくから。あら……」
受付のお姉さんからMPの消耗について注意を受ける。まさかここでお説教をもらうとは。でも、心配してくれてのことだしちょっと嬉しい。だけど、お姉さんは急に黙り込んでしまった。どうしたんだろう?
「ねえ、アスカちゃんは冒険者としてどうしたいとかある?」
「えっと……体力とかないので、しばらくは採取とか簡単なものをしていきたいです」
「そうよね。じゃあこれは登録書には書かないでおくわね。登録書は各ギルドで保管するのだけど、初回登録の能力はみんな低いからといって、あまり良い管理をしていないの。説明だけはすぐ紙に書いて渡すから人にはしゃべらないように」
そう言ってお姉さんは他の項目も埋めていき、最後に水晶に触れると横でガシャンと音がした。
「はい、これがあなたの冒険者カードよ。表に名前とランク、裏には各ステータスやスキル、カードに入っている所持金が表示されるわ。端の丸いところを押すと切り替わるのよ。人にはあまり見せないようにね」
「はい。ありがとうございます」
お姉さんから受け取ったカードを見る。表には上から冒険者証、アスカ、Fランクと書かれている。裏にはステータスが表示されていて、言われた通りに丸いところを押すとスキルに切り替わり、次に押すと各貨幣の所持枚数が表示されている。今は全部0だけどね。もう一度押すと、ステータス画面に戻った。
「そのボタンは本人しか押せないし、基本的には本人にしか見えないようになっているわ。本人が見せる意思を示せば他人も見られるけれど。唯一、ギルドで預かる時には魔道具を通して見えるけれど、ギルドマスターか本人の許可無くは見れないから安心してね」
「ありがとうございます」
「それとこれがさっき言っていた紙よ。読んだらこっちで預かるか、直ぐに捨ててね。もちろん燃やして」
そういうとお姉さんが一枚のメモを渡してくれた。
「えっと……」
『あなたには魔力操作のスキルがあります。魔力操作は魔法使いが欲しいスキルの一つで、威力の強弱から範囲の指定まであらゆる操作が行いやすくなるレアスキルです。魔法使いで魔力の低い高ランク冒険者は全員持っているとも言われています。ただし、保持者が少ないため、親しい人や信頼できる人以外には教えないように』
「分かった?」
「は、はい」
魔力操作ってやっぱり良いスキルだったんだな。紙に書かなくてよかった~。
「それじゃあ、紙はどうする?」
「あっ、処分をお願いします」
「かしこまりました。それじゃあ、次はギルド全般の説明ね」
それからお姉さんにギルドのことを教えてもらった。
「まずランクだけど、F、E、D、C、B、A、Sの七段階で、多いのがDとCランクね。Fランクも多いけれど登録しているだけの人や、採取と町の中だけの仕事しか受けないから、冒険者とは見られないわ。失効は依頼最終日から一年後だから、頻繁に依頼を受けない場合は気を付けてね」
「失効するとどうなるんですか?」
「もう一度、冒険者登録費用がかかるわね。後は失効してもカードの返却は要らないけれど、カードの残高に対して管理手数料が発生するわ。だから、やめる時は気をつけてね」
「分かりました。やめる時は注意します」
「じゃあ、説明を続けるわね。討伐依頼はEランクから。ただし、出遭った魔物はランクに関係なく討伐可能よ。依頼によっては条件付きなものもあるけれど。後は冒険者同士の争いごとは基本、外でね。もちろん、不法行為やギルドの評判を落とすことは個別に処罰対象になるわよ。今、アスカちゃんに関係あるEランクへの昇格は、規定数の依頼達成と本人への意思確認だけね」
「そんな簡単にランクが上がるんですか?」
「ええ。採取のみの人のランクが上がっても、討伐依頼を受けてくれないわよね。そこで、討伐依頼を受けない人はランクが上がらない設定にするの。だから、区別のためにFランクからEランクへは直ぐよ。Dランク以降は昇格試験があるから簡単じゃないけれどね」
「Dランクなんてまだまだ先ですよ。でも、覚えておきますね」
「とまあ大体こんな感じね。後はこっちの冊子にも書かれているから読んでおいて。それとF、Eランクの冒険者には安価にマジックバッグといって、小さい袋に二メートル四方ぐらいものが入る魔道具を大銅貨三枚で貸し出しているわ。お金はかかるけれど、力のないあなたには良いと思うから利用してみてね。入り口の所で借りられるから」
「ありがとうございます。力がないので助かります」
私はお姉さんにお礼を言い冊子を受け取ると、今日のところは宿も決まっていないので、依頼は受けないことも伝えた。
「まだ、宿が決まっていなかったのね。じゃあ、ギルドを出て左に行くと鳥の巣という宿があるからそこに行くといいわ。安いけれど安全で評判も中々よ」
「ありがとうございました」
私はお姉さんにお辞儀をしてギルドを去り、いざ宿へと向かう。初めての宿はどんなところかな?
「いらっしゃいませ~」
宿屋の入り口を開けると元気な挨拶で迎えられた。受付の女の子のようだけど歳は同じぐらいかな?
「こんにちわ。宿泊したいんだけど部屋は空いてる?」
「大丈夫ですよ。ひとり部屋ですか?」
「うん、お風呂もある?」
「うちはないですけど、お湯とタオルのセットが銅貨二枚でありますよ。泊まりは夕食付きで大銅貨二枚です」
「じゃあ、とりあえず十日泊まるね。お湯は必要な時に言うから」
そう言って私は銀貨を二枚渡す。
「ありがとうございます。部屋は二階の223号室です!カギは……これですね」
223というプレートの付いたカギを渡される。見たところこの宿は三階建てだけど、一階部分は食堂だからそんなに多くは泊まれなさそうだ。
「お客さんは旅の方ですか?」
「うん、今日この町に来て冒険者になったの。名前はアスカ。歳はちょっと上か同じぐらいだと思うし、よろしくね!」
「わたしはエレン、11歳です。よろしくおねがいします」
「あっ、やっぱり私の方が年上だね。私は13歳なの」
「えっ⁉ あ、ごめんなさい。同い年ぐらいかと……」
「冒険者ギルドで受付の人にも言われたんだけど、私って結構小さいみたい。今までは村で暮らしてたからこんなものかなって思ってたんだけど……」
「これから伸びますよ。アスカさん」
「ありがとう。そういえば夕食は時間とか決まってるの?」
「六の音の時から大丈夫ですよ。冬の間は五の音の時からです」
「六の音?」
「ああ、村の出身でしたね。八時から二時間ごとに二十時まで鐘が七回鳴ります。なので、今の季節は六の音、つまり十八時からですね。二十時以降の時間は鐘が鳴りませんので、中央広場に行けば時間が分かるようになってますよ。多分、他の町もおんなじだと思います」
「ありがとうエレンちゃん。田舎暮らしでよくわからなかったの。少ないけどこれ」
私は袋から銅貨を二枚渡す。異世界一日目の情報としてかなり重要なことを教えてもらったから、大盤振る舞いしたかったけど、今は駆け出しだからこのくらいで。
「ありがとうアスカさん。でもいいんですか? まだ、冒険者になりたてなのに……」
「当面は村の家を売ったお金があるから大丈夫。心配してくれてありがとう」
「いいえ、じゃあごゆっくり~」
新しく冒険者の格好をした人が来たので彼女はそちらに向かっていく。私もゆっくりしたかったのでそのまま223号室へ。
「まあ、思ってた感じに近いかな」
部屋は五畳ぐらいでベッドと机、それに窓がある。荷物を置いて寝るだけなら十分だろう。それにシーツはよく洗われており綺麗だ。冒険者相手だからもう少し汚いところを想像していたけど、いい宿を紹介してもらえたようだ。
「……名前も知らないギルドのお姉さんに感謝を」
今更ながらあそこまで丁寧に説明してくれたお姉さんの名前を聞いていないことに気が付いた。明日、依頼を受ける時にいたら聞いてみよう。それから荷物を整理すると、一冊の手帳が見つかった。ただ、内容が難しく、良く分からなかったため、机の奥にしまい込む。それからベッドに腰かけて、もらった冒険者冊子を開く。
「何々…」
最初は冒険者の心得とランク。これは聞いたからパス。次にEランクへの昇格条件。
「あっ、こっちは依頼達成の規定数が載ってる。『依頼五件の達成と討伐依頼を受けることの意思確認』これがお姉さんの言っていた条件かぁ。次の項目は討伐証明…うう、見るのが怖いなぁ」
『討伐証明について。討伐証明部位は基本的には不要。魔物を倒すと自動的にカードへ記録される。ただし、牙など有用な部分はできるだけ持ち帰ることが望ましい』
「えっ⁉ 自動で記録されるなんて便利な世の中だなぁ。でも、結局素材は取らないといけないんだね。あっ、次のページは魔物の紹介と薬草の紹介だ。これはきちんと覚えないと」
スライム……通常攻撃は効きにくいので核の魔石を狙うか魔法を使う。熱に弱いものが多い。核は状態によるが最低大銅貨二枚。(前衛職では魔石を壊すため)
「なるほど、核の魔石が弱点だけど、魔石を壊すと売るものが減るんだ。何だか討伐って大変そう」
他にもゴブリンとその亜種、オークやオーガなどが簡単な絵とともに紹介されていた。ちなみにオークやオーガに遭ったら初心者は這ってでも逃げましょうと注意が書かれている。
「ここからは薬草の紹介だね。そういえば私も薬師の娘って設定だけどスキルはなかったよね?」
そう思いながら読み進めていく。
リラ草…ポーションの材料。採取されたランクによって初級から上級まで使われる。
ルーン草…MP回復薬として主に使用。やや希少。
ムーン草…夜にうっすらと発光することから。まひや毒などの治療薬に。
ベル草…その形状から命名。多くの薬の効果を高める希少な薬草。
「載ってるのだけだと、結構種類は少なそうだね。絵も付いてる。これがそうなんだね~、よく見てたけど知らなかった……あれ?」
ん、よく見てた? 何を言ってるんだ私。そう思ったけど自分の記憶にない記憶が呼び起こされる。ぼんやりとして顔は見えないけど、おそらく母親と小さい私が薬草を取っている。私は教えてもらった草だけを取っているけど、説明はあんまり聞いてないみたいだ。
「ひょっとしてこの記憶が、薬師の娘に生まれた設定の記憶かな?」
とりあえず、この記憶についてはひとまず置いといて冊子を読み進める。途中には初級魔法が属性別に載っており、魔法のイメージを具体的につかむこともできた。そして、最後のページには帰り際にお姉さんが教えてくれたマジックバッグの貸し出しについて書かれている。
「なになに……F、Eランクの冒険者の方には安価で貸し出しているので、ランク昇格を目指して利用を推奨する、か」
下にもさらに何か書かれていたけど、とりあえず疲れたので今日はここまで。まだ夕方までは時間があるからちょっと寝てしまおう。まったり過ごすために転生したんだし、これからこれから。