王都からの帰還
私が自室でふてくされているころ、食堂では…。
「こんばんは。アスカは?」
「あら、ヒューイさん珍しいわね。アスカなら急に2階に上がっていったけど…」
「なんだ、てっきり魚でも食ってると思ってたんだが。ちょっと買取にも回せんのが余ったから持ってきたんだがな」
「へぇ~、ヒューイさんって釣り上手なんですね」
「といっても、俺よりベレッタの方が釣ってるんだがな。アスカは残念ながら釣れなかったが…」
「えっ?あの子さっき持って帰って来てたけど…」
「ああ、俺たちが大漁だったから1匹やったんだよ。それでも余るから追加で持ってきたんだ。エステルもいるか?」
「良いんですか?」
私たちの会話をよそに厨房から様子を見ていたライギルさんが反応した。
「何だって!じゃあ、アスカは釣ってなかったのか!?」
「ど、どうしたんですかライギルさんそんなに慌てて。ええ、残念ですけど小さい当たりが2度ぐらいで全くですね。当たりといっても喰いつくまでは行ってないんですが…」
「やばいな。どうしよう、俺さっきアスカに釣れないと思ってたが頑張ったなって言ったぞ」
「ちょ、それでアスカ上に上がったんじゃ…」
「…。すまん」
「それじゃあ多分、今日はもう降りてこないだろうな。これは足の速い魚だからエステルにやるよ。その代わり今日中に食えよ」
「良いんですか?」
「ああ、小さいし釣ったその日は割と高値で売れるんだが、すぐに匂いが悪くなる魚なんだ。夕方買取に回しても店が買い取るのは明日になっちまうから、売りもんにならないんだ」
「へぇ~、ありがたくいただきます。アスカには悪いけど、ライギルさんに感謝ね。あの子食べ物は手放さないから」
「本当にすまんな。ヒューイの折角の好意を無駄にしてしまって。今後アスカが釣りに行くときは気を付けるよ」
「次があったらですけどね」
「厳しいなエステルは」
「あの美食マニアが折角の食事を取らずに部屋にこもってるんですよ。反省してください」
「アスカってそんな風に言われてるのか?」
「ヒューイさんは知らないかもしれないですが、あの子冒険者ショップで売ってる例の硬いパンはまずいからそれならドライフルーツを買うと豪語したこともあるんですよ」
「そりゃすごい。あれは量も少なくて大銅貨数枚だろ?」
「アスカ曰く、まずい飯は栄養にならないということだ」
「ほんとに変わってんなぁ、あいつは」
三人がしみじみとうなづいている頃私はといえば…。
「お腹減った~!でも、今日はもういいもん」
相変わらず、ベッドの中でふてくされていたのだった。
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「今日は細工の日だ。前の続きをしないとね」
細工の後におじさんのところで材料も補充したから今日はこもるぞ~。いつものように朝食を食べて、細工の準備をする。
「今日はグリディア様の像だけどちびセットをもう1つ作っておこうかな?」
必要になった時に作るのもいいけど、見本と実物みたいな感じで作っておくことにする。
「まあ、時間にして半日で出来るだろうし、休み明けならちょうどいいかな」
スッと手を動かしていく。まずは大まかな形に銅の塊を加工する。加工が終わったらその余りを使って武器を作る。それから本体の方を削っていき最後に細かいところを調整して出来上がりだ。
「よしよし、午前中で1体半かぁ。結構いいペースじゃないかな?」
昨日は魔力を消費しなかったから、今日は余裕がある。銀の細工でもよかったんだけど、作る時は神経を結構すり減らすので、ほどほどにしないとね。一旦お昼ご飯を食べに下に降りる。
「おはよう、リュート」
「アスカ、おはよう。今日は時間ぴったりだね」
「うん。切りのいいところでやめようって思ってたから」
「それがいいよ。今日はどれにする?」
「う~ん、ちょっとお腹もすいてるしお肉のセットかな」
「はい、ちょっと待っててね」
リュートが注文を伝えに奥に行く。ちらりと食堂を見ると今日も盛況だ。お昼で食堂が開き始めたからだけど、もうほとんどの席が埋まっている。
「相変わらず人気だなぁ」
「ちょっとまってください!」
「はいよ!」
入り口から真っ直ぐ進んだパン専用のカウンタ―では、孤児院から派遣されている子たちが懸命に仕事に取り組んでいる。今では計算もできるようになったし、仕事の実績も出来たとエステルさんも喜んでたなぁ。
「なんせ、店番ひとつとっても難しいからね」
学校みたいな組織もあるけど、貴族とか商人が通うところで商人の子供も普通は親から計算を教えてもらう。その為、個人の計算能力はかなりぶれているのだ。常に店主が店番をすると仕入れにも影響するし、こういうことが出来ると仕事につきやすくなるんだって。
「九九を教えてた頃が懐かしいなぁ」
孤児院にたまに様子を見るついでに九九を教えていたら、すぐに皆覚えてしまった。今では小学生よろしく早口で言う遊びも流行っているらしい。
「そのおかげで割り算とかもみんな喜んで学んだから、すぐにマスターしちゃうんだもん」
次々に問題を欲しがるものだから、最後は2次関数の問題を教えて逃げてきたのだ。
「解き方も教えてないし、あれからしばらくは質問も来なくなったしよかった~」
問題があるとすれば、それを自力で説いた時だなぁ。私は数学とか苦手だからこれ以上は分かんないし、問題を考えるのも大変だ。
「アスカ、焼けたよ」
「ありがとリュート」
色々考えているとリュートが料理を持ってきてくれた。今日はボアステーキみたいだ。やわらかくてデンッと大きい肉を安価に提供してくれる良いメニューなんだ。
ぱくっ
「うん!おいしい!スパイスも効いてて食が進むよ~」
「そういうと思って、はいっ」
リュートが小皿をわきに置いてくれる。
「これは?」
「最近ライギルさんが用意した新しい調味料なんだ。ちょっと酸っぱいけどあっさり食べられるよ」
「へ~、楽しみ。ちょっとつけてみるね」
肉をリュートの言ったたれに付けて食べる。
「ん?これポン酢だ!おいしい、ねぇ大根ある?」
「ダイコン?ああ、あれのことね。アスカはたまに変な呼び方するよね」
「あはは、故郷での呼び方が染みついちゃって。それをちょっとおろしてここに入れてくれる?」
「これに?分かった」
厨房に向かったリュートが2分ほどで帰ってきた。
「リュート、早いね」
「料理が冷めちゃうといけないからね。そのまま入れればいいの?」
「うん、お願い」
ぽととととリュートが大根おろしをポン酢に入れる。うんうん、これでますますおいしくなるはずだ。
はむっ
「ん~、これこれ。お肉があっさり食べられるし、このおろしの味がいいよね~。やっぱり、作りたては一味違うなぁ」
「それってそんなにおいしいの?」
「リュートも食べてみなよ」
「う、うん」
私はおろしをたっぷりつけてリュートの口に肉を一切れ放り込む。
「わっ、本当だ。たれだけは味見させてもらったけど、それよりはるかにさっぱりしてるね」
「でしょ?よかったらライギルさんに話して、今度また出してね」
「分かったよ。すぐに伝えてくる」
リュートは注文の合間を縫って、ライギルさんに伝えに行く。
「リュートも器用だよね。動き回りながら、暇を見つけて奥に行くなんて。あむっ。ん~、美味しい!」
そんなことを一瞬考えた私だったが、すぐに食事に意識が持って行かれる。このお肉がおいしいんだから仕方ないよね。そして、午後からは細工だ。この日だけでもグリディア様のちびセットを1つ作った。翌日以降は通常の像に戻し、ある程度の数が確保できたところで、普通の細工にシフトする。
「そろそろ来月の細工の納品分も確保しないとね。こうやって、先にひと月分作ってれば焦ることもないし、何かあっても余裕があるしね」
これも、魔道具の納品が簡単になったからだ。これまで魔道具といえば、効果とデザイン両方から考えて作っていた。それが通信用の魔道具をしばらく作ったことで、かなり余裕が出来たのだ。
「なんせデザインに2日、制作に丸1日ってことも珍しくなかったからなぁ」
作り始めの頃は割とデザインもパッと浮かんだし、効果とかも適当に付与していた。だけど、ある程度経ってからは効果に合わせたデザインや、効果も実用的なものを中心にしていったので構想に時間がかかるようになってきている。
「もうちょっと簡単になればいいんだけど、流石にうまくはいかないよね」
デザインは本などから持ってきてはいるものの、オリジナリティも重要だしちょっとデザインを変えると変になるものもある。作り続けていくうちに難しくなっていくのだ。納期も考えればそこそこ時間もかかっていたのが、同じものの納品で助かった。
「後はこのままのペースを維持できればいいんだけどね」
そんな簡単にはいかないと思うけど、行けるところまで行こう。そう思いながら私は細工を作っていった。こうしてさらに数日をかけて在庫を作ったころ、食堂へ行くと懐かしい顔があった。
「おっ、アスカ調子はどうだ?」
「バルドーさん!帰ってきたんですか?」
「ああ、やはり何度行っても王都は良いな。かなり、仕入れが進んだぞ」
「そうなんですね。どんなのを買ったんですか?」
「細工物とか向こうで売れそうなものだな。後は材料なんかも買ってきたな。ほら」
バルドーさんが石を見せてくれる。角度で光る色が変わるものだ。確かに、こういう石はアルバでは見たことがない。
「わっ、珍しい石ですね」
「そうでしょう?私が見つけたのよ」
得意げに話すジェシーさん。そのまま私は王都での話を聞くことにした。