か、完成…シェルレーネ像
エステルさんに指摘されて改めて時間の経過を感じる。
「もう、十四時なんですね。じゃあ、早くご飯食べて続きをやらないと……」
「どうしたのそんなに急いで?」
「今作ってる細工が難しくて。今日中に作るにはぎりぎりになりそうなんです」
「まだ夕食まで四時間はあるじゃない」
「それでギリギリですね。ちょっと細かいところが多いので」
今回のシェルレーネ様の本体はいつもよりサイズが小さめだ。代わりに細部を作る時には細かくなってしまうので、ただでさえ難しい難易度がさらに上がってしまう。
「しかも、神像の部分は銀になるんですよね」
「そうなの? じゃあ、高くなりそうね」
「そこはもう諦めました。でも、当初よりは簡単になったので何とか売れるぐらいですね」
休憩がてらエステルさんに話を聞いてもらう。愚痴っぽくなっちゃったけど、こういうことを聞いてもらうのもエステルさんならではかな? エレンちゃんだとちょっと難しいし、ミーシャさんだと遠慮しちゃう。
「息抜きも大事よ? たまには外を歩きなさい」
「分かりました。明日は外に出てみます」
「そうしなさい。それじゃ、食器片づけてくるから」
「はい、ありがとうございます」
エステルさんにお礼を言って、再び作業に戻る。
「さあ、残りは本体部分だけだ。え~と、服の指定はと……」
今回のシェルレーネ様の服装は羽衣風にした。以前のような法衣ではなく、流れるようなデザインに合うように変えたのだ。服自体は色も多くなくシンプルだけど、龍の勢いに負けないように水の流れを意識しながら作っていく。
「ここはちょっと曲げてと、こっちはすらっとさせてその奥はちょっと絞って……。ううん、後は飾りだなぁ」
ネックレスなどの細かい飾りを流線型の中に入れるのは難しい。これはちょっと考えないとね。元絵の時は現在あるものをつければいいって思ってたけど難しそうだ。
「新しいデザインかぁ……。せっかくだから、きちんと人がつけられるものも作っちゃおう」
とはいえ、女神様の装飾品だから一般に売ることは難しいかな?
「そうだ! いつもお世話になってるし、シスターさんに送ろう」
敬虔な信徒のシスターさんにつけてもらうなら問題ないだろう。そうと決まればきちんと絵を描かないと……。
「イヤリングが出来たぁ~!」
絵を描いて実際に作ってみる。新しくデザインしたのはイヤリングとネックレスで、ユニコーンの涙を元にしてちょっとアレンジしたものだ。
「これでイヤリングは完成したし、後はネックレスを作れば女神像の装飾も完璧だ」
ネックレスは大地に豊穣をという意味を込めて中央にはサファイア、周囲にトパーズを配した。うんうん、文句のない出来だ! 満足した私は食事を取るため食堂へ向かった。
「あれ? 今日はお客さん少ない」
「ええ、二十時にもなればね。もうちょっと時間の感覚を身につけなさいよアスカは」
「あはは……」
どうやら、新しく絵を描き起こしていたりして、かなり時間が経っていたらしい。考えてみれば十八時にギリギリできるかなってところに新しいアクセサリーを追加したんだから当たり前かぁ。
「それで、うまくできたの?」
「はい。出来の方は完璧です」
「良かったわ。失敗でもしてたら、また明日も頑張る気でしょうし」
「そんなことは……」
「あるでしょう? 私も新作料理を作ってたらそうなっちゃうことあるもの」
「エステルさんもですか?」
「料理は食材を使うから限界はあるけどね。アスカの場合は絵を描いたり、作り直せるだけの材料もあるでしょう? 無茶しないように!」
「は~い」
それから今日は珍しくエステルさんと食事をした。エレンちゃんは今日は早上がりだったのでもう寝たみたいだ。
「……でね、あの子たちったら」
「あら、話がはずんでいるようね。でも、エステルもそろそろ時間じゃないかしら?」
「ミーシャさん。もうそんな時間ですか? 話の途中だけどごめんねアスカ。もう帰らないと」
「いいえ、私も楽しかったです」
時間はそろそろ二十一時ぐらいだ。この時間は真っ暗だししょうがない。
「それじゃあね」
《わぅ》
宿の外まで見送りに行くと、リンネが挨拶してくれる。
「リンネ、今日もよろしくね~」
リンネと連れ立って帰っていくエステルさん。闇夜に消えていく姿は絵になるなぁ。
「さて、私もそろそろ寝ないとね」
今日はお風呂の日じゃないし、さっさと寝て明日また頑張らなきゃ。こうして眠りについた翌日、私はシスターさんの分を作るのだった。
《チュン》
「うん? 今日はレダかぁ。おはよう」
レダに起こされて今日も私の一日が始まる。
「さて、今日はご飯食べたら教会に行かないとね」
新しい神像を作ったはいいものの、本当にこれを売っても大丈夫か分からないし、第一号は教会に寄付しようかと思ってるんだ。
「シェルレーネ様からの依頼だし、その方がいいよね。後、シスターさんにこれも持って行かなきゃだし」
手に昨日作ったアクセサリーを乗せる。そこにはイヤリングとネックレスが輝いている。小箱を出して二つつさとも入れたら、ご飯を食べに食堂へ下りる。
「おはようございます」
「おねえちゃんおはよう。昨日はよく眠れた?」
「うん。でも、どうして?」
「夜は下りてこなかったから、寝てたのかなって……」
「ああ、うん」
また心配させてもいけないし、ちょっと言葉を濁しながら答える。
「それじゃあ、今日はこれにしとくね」
エレンちゃんが持ってきてくれたのは、野菜スープだ。色からも薄味なのが分かる。パンも特に何か挟んだわけでもないシンプルなものだ。たまにはこんな朝食もいいかもね。
「いただきま~す」
うん、胃に優しいし、温かくてしみわたってくるよ。朝食を食べた後はいよいよ教会へ行く。あんまりいい加減な格好も出来ないので、きちんと着替えてティタに後ろを確認してもらう。
「だいじょうぶ」
「ありがとうティタ。それじゃあ、行ってくるね!」
《ピィ》
ドアを閉めようとすると、アルナが飛び出してくる。食事中じゃなかったっけ?
《ピィ》
「お外へ行きたいの? すぐに帰ってくると思うけど……」
それでもいいというので、アルナも連れていく。まあ、街中だし別にいいよね。
「行ってきま~す」
挨拶をしていざ教会へ。まだまだ朝早いので人の動きもまばらだ。道行く人は市場に行く人か冒険者が多い。ほとんどの店はまだ開かないから、一般の人が動くのはもう少し先だ。
「お仕事してる人は別だけどね」
ただ、布を作る人も作業は家でするから、納品に行く時だけ外出って人もいるので、実際にそういう人の割合は多くないみたい。
「大規模工場とか出来たらこういうのも変わっちゃうんだろうなぁ」
そんなことを考えながら教会に着いた。
「おはようございます」
「おはようございます。悩みは解決しましたか?」
「はい! シスターさんのおかげでばっちりです! それで見てもらってもいいですか?」
「構いませんが、私には細工の良し悪しは分かりませんよ?」
「大丈夫です。教会的に大丈夫か見てもらえれば。よければそのまま寄付したいんですが……」
「それぐらいなら大丈夫ですよ。もっとも、アスカ様であれば問題ないでしょうが……」
シスターさんに案内されて、いつもムルムル達と会っていた部屋に通される。この部屋結構豪華だけど私が使ってもいいのかな?
「どうかされましたか?」
「いえ、ここって綺麗なお部屋なのに私が使っていいのかなって」
「もちろんです。水の巫女様のお友達ですし、教会としても神像を依頼するなど実績ある方ですもの」
「そ、そうですか。あっ、これです」
照れながら出来たばかりの像を見せる。
「こ、これは……」
「大丈夫ですか?」
じっと見つめるシスターさんに不安になりながらも返事を待つ。
「大丈夫といいますか、こちらをもらってもよろしいのでしょうか?」
「はい。一生懸命作ったので大事にしてもらえると嬉しいです」
「そうですか……。少しお待ちください」
シスターさんが出て行ってすぐに戻ってきた。
「おお、慌ててどうしたのだ。お前らしくもない……」
「司祭様、こちらをご覧ください」
「これか? 見事な細工だな……なんと! これは水龍か。いやぁ見事なものだ。我が村にもこのような水龍様は祀られておらんかった。どこでこれを?」
「そちらのアスカ様が水龍様の話を聞き作られたのですわ」
「おおっ! ムルムル様が話しておられた方だな。前回の腕輪といい素晴らしい腕だ。しかし、こちらは依頼していないようですが……」
「あっ、はい。新しいものを作りたかったので制作したのですが、こちらに寄付しようと思いまして……」
「寄付! 寄付ですとっ!? 本当によろしいのですかな? 後日改めてお礼をいたしますが……」
「はい。いつもお世話になっていますし、せめてものお礼にと」
「おお、我らがシェルレーネ様! この邂逅に祝福のあらんことを……」
ちょ、ちょっと司祭様、感動で像を拝み始めたんだけど。
「こうしてはおれん! これに見合う台座とケースを探してこんと。わしは倉庫を見てくるぞ」
「は、はい」
すごい剣幕で言うものだからシスターさんもあっけに取られている。
「元気な方ですね」
「ええ。実は以前お話しした水龍を崇めている村は、司祭様の故郷ですの。まさかあそこまで興奮なさるとは思いませんでしたが……」
「そうですね。でも、喜んでもらえて嬉しいです」
「しかし、本当によろしいのでしょうか? この出来映えの像であれば後日依頼を出すことも可能ですが……」
「はい。いつもシスターさんたちにはお世話になってますから。手紙を届けてくれていることもですけど、ラーナちゃんたちのことも頼みっぱなしですし」
「彼女たちは未来の巫女になるかもしれない方ですもの。当然ですわ」
「そうだ! それとシスターさんにはいつもお手紙届けてもらってますし、これをどうぞ」
私は持ってきていた小箱をシスターさんに差し出す。
「開けてもよろしいですか?」
「はい! きっと気に入ってもらえると思うんですけど……」
シスターさんが箱を開ける。
「こ、これはそちらの神像の……」
「はい! 作る時に見本が欲しかったので、一緒に作っちゃいました」
「こちらは私が身につけてもよろしいのでしょうか?」
「何か変ですか?」
「いえ、神像と同じデザインですし……」
「大丈夫ですよ。シスターさん綺麗ですし、敬虔な信徒さんですから」
「ですが……」
「じゃあ、私がつけてあげますね」
私は箱からイヤリングとネックレスを取り出して、シスターさんに付ける。
「やっぱり似合ってますよ! ユニコーンの涙の中央部にあるサファイアが綺麗です」
といっても、本物のユニコーンの涙じゃなくて宝石飾りなんだけどね。あれは珍しいし、なかなか高いのだ。




