依頼と神像
あれから2日経った。バルドーさん依頼の銀製の神像も何体か出来たし、いよいよ今日からはシェルレーネ様の神像を考えていく。
「とはいえ、アラシェル様は知名度がないし、グリディア様は戦神として結構気さくな感じでもよかったけど、シェルレーネ様って、割と厳格な信仰があるから難しいんだよね」
グリディア様を奉る神殿とかももちろんあるんだけど、各神殿ごとに用意した神像を崇めており、これといった基準がない。それに引き換え、統一した信仰を持つシェルレーネ様はある程度イメージがある。
「話した感じをそのまま像にしたいんだけど、流石にまずいよね…」
悩んだ果てに意見を聞くことにした。私は服を着替えると、教会に向かった。
「ごめんくださ~い」
「はい。あら、アスカ様ではありませんか。本日はどのようなご用件で?」
「ちょっと相談があるんですけど、今大丈夫ですか?」
「ええ。人々の相談に乗るのも我らが務めですから」
そう言って、シスターは小部屋に通してくれる。本当にテーブルをはさんで向かい合うだけで、後は椅子しかない部屋だ。
「こちらにおかけください」
「あ、どうも」
促されて椅子に座る。
「それで、本日はどのようなお悩みで?」
「実はですね…」
私は夢で会ったということを抜きにして、簡単に説明した。
「なるほど。シェルレーネ様の像を作るのにどのようなイメージが良いかですか。確かに難しい問題ですね。私たち教会の人間は普段、教会に置いてある像以外は目にする機会はありませんし、それ以外の像となるとめったに見ませんので…」
「そうですよね。何か、教会でこういうのはよくないというのが分かればそれだけでもいいんですが…」
「ふむ。それでしたら、禁忌という訳ではありませんが基本的には武器を持ってはならないと言われていますね」
「武器ですか?」
「そうです。慈愛の女神ということで、武器を持った神像は見たことがありません。杖は先導するという意味で持つことはありますが…」
「それ以外には何かありますか?珍しい像とか…」
「一般的なもの以外は…。あ、ですが以前に話は聞いたことがあります。一部の地方では水龍にまたがっているのだとか」
「す、水龍ですか?」
「はい。何でもその地方には大きな滝があり、それとシェルレーネ様を結び付けた像だとか」
「へぇ~、そんなのがあるんですね。参考になりました」
「あまりお力になれず申し訳ありません」
「いいえ、話を聞いてもらえただけでもうれしかったです」
シスターさんと別れて、再び部屋に帰ってきた。
「水龍、水龍かぁ。多分ドラゴン!って感じじゃなくて中国っぽいあっちだよね。一応描いてみよう」
それから、午前と午後の大半の時間を使って描き上げた。
「ううっ、流石にこれは…」
思い出しながら描いてみたんだけど、やっぱり難しいよね。描くのがではなく細工にするのが。
「この細かい鱗とか絶対欠けちゃうよ…。というより1個作るのに何時間かかるんだろ。いや、何日か掛かるかもしれない」
水龍の部分だけでも大きくて細かいのに、それに合わせてシェルレーネ様を描いていたらきっと、数日かかる。単価もべらぼうに高くなりそうだ。一度きりの依頼ならともかく、数は作れないと思う。
「せめて、鱗とかだけでも無くせられればなぁ…」
もう一度描こうとして手を置く。だめだ、これを色々描いてたら腕が棒のようになりそうだ。今日だけでもかなり修正とかして描き続けてるのにこれ以上はよくない。一度、案を出してからじゃないと…。
「水龍…シェルレーネ様。水かぁ…。そうだ!龍を水で作ってみよう!」
水なら水流に見立てて鱗がなくてもおかしくないし、作るのも多少楽かも。
「そうと決まれば早速、行かなきゃ!」
もう夕方だし、急いでおじさんの店に行く。
「おじさ~ん、いる~?」
「うん?アスカか。こんな時間にどうした?」
「ちょっと大きめの水晶とかないですか?蒼いやつ!」
「まあ、あることはあるが、色はちょっと安定してないぞ?」
「大丈夫!そっちのがいいから」
「ああ、分かった。今持ってくる」
おじさんは奥に入っていき、少しして戻ってきた。
「これだが、今在庫は5個ぐらいだな」
「これいくらですか?」
「まあ、通常はここから製錬して中央の純度の高い部分だけを取り出すから、銀貨1枚と大銅貨2枚だ。加工すれば銀貨3枚だな」
「じゃあ、5個とも頂戴!」
「あ、ああ。ほらよ」
私はギルドカードを出して、支払う。
「ありがとうおじさん!」
「まあ、商売だからな。それより何に使う気だ?」
「新しい、シェルレーネ様の像だよ」
「これを?出来たらまた見せてくれ」
「分かった。出来たら持ってくるね~」
おじさんと別れて部屋に戻る。これで水龍が出来るはずだ。私は再び作業を開始する。
「まずは絵だけど、流れるように表現して曲がっているところは水しぶきのようにしてと…」
こっちはこっちで難しいけど、色づかいとか細かさで言えば大分ましだ。
「こっちはそのまま加工すれば彩色の手間も省けるし、1つ1つ見え方も違って特徴が付くからいいよね。それじゃあ、絵も描けたし早速…」
コンコン
「は~い」
「おねえちゃんどうしたの?もう20時だよ」
「えっ、うそ!」
「ほんとだよ。早く、降りて来てね」
「うん」
そういえばお腹空いたかも。
「そういえば、夕方どこに行ってたの?あんな時間に珍しいよね」
ご飯をエレンちゃんと一緒に食べていると、不意に問いかけられた。
「細工のおじさんのところだよ。欲しいものがあったんだ」
「明日にすればよかったのに…」
「今取り掛かってる細工にどうしても必要だったからね」
「へぇ~、今度見せてもらってもいい?」
「出来たらね。多分明日いっぱいはかかると思うけど」
「そんなにかかるの!大作だね」
「そうなっちゃうかな?細かいところも結構あって、今までで一番難しいかも」
「おねえちゃんがそういうなんて珍しいね。いっつも簡単に作っちゃうのに」
「そうでもないと思うけど…。でも、最近は難しいのにも挑戦してるからその所為かも」
「おじさんも大変だね。強力なライバルが出来て」
「私はまだまだだよ。色んなアドバイスをもらってるし」
「でも、体は壊さないようにね」
「気を付けるよ」
それからも色々話をしていたけど、途中でミーシャさんにもう遅いからと注意されてしまった。そういえば、降りてからも時間が経ってるし、もう21時ぐらいだ。街灯とかもほとんどないこの世界では子どもには深夜といってもいい時間だ。エレンちゃんもちょっと眠そうだし、話を切り上げて部屋で休む。
「ちょっとだけ、イメージを考えながら寝よう」
そう思って目を閉じて細工のイメージを思い描こうとしたけど、気が付いたら眠ってしまっていた。
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ピィ
「あっ、おはようアルナ」
最近はミネルたちだけじゃなくて、アルナたちも私を起こしてくれるようになった。おかげで目覚めもスッキリだ。
「さあ、今日もご飯食べて細工しなきゃ!」
直ぐに下に降りて朝ご飯を食べる。
「あら、アスカ早いわね?」
「エステルさんこそどうしたんですか?まだ時間じゃないですよね」
「たまにリンネが朝早くに起こしに来るのよ。どうも、散歩がしたいみたいで…」
「ご迷惑おかけします。もう、リンネったら」
「いいのよ。私もいい運動になるし、いつも送り迎えしてもらってるしね」
「だったら、よかったです」
「最近は孤児院でも人気なのよリンネは」
「そうなんですか?」
「ええ。たまに早上がりの日に孤児院に寄るんだけど、一緒に来てみんなと遊んでくれるの。最初はみんなも怖がってたけどね」
まあ、いくら大人しいとはいえ成犬だし、子どもたちから見たら大型の動物だしね。でも、街に慣れてきたみたいでそこはよかったかな?あんまり外に出してあげてなかったけど、そろそろ昼間とかでも外出してもいいかもしれない。
「そしたら、美味しい店に連れていってあげないとね。寝るのと食べるのが好きなリンネには一番うれしいことだと思うし」
食事も終えて、細工の準備を始める。
「アスカ、きょうもする?」
「うん。ごめんね、しばらくは細工に集中したいんだ」
「わかった。みんなとでかける」
「気を付けてね~」
最近のティタは引率の先生よろしく、こうやってミネルたちと一緒に外に出て行く。そのおかげで私は細工に集中できる環境を整えてもらってるんだ。この前、店に来たリュート曰く、噴水広場でティタに乗っかってミネルたちが休んでいたりして、観光スポットみたいになってるって言ってた。
「さあ、みんなも見送ったし、細工に移ろう」
細工道具セットを取り出して、昨日描いた絵を元に進めていく。
「まずはおじさんのところで買ったこの水晶っぽいものを加工しなくちゃ」
買ってきた水晶を削り始める。まずは横長に削っていく。そうしてちょっとずつ龍の形を作っていく。
「う~ん。もうちょっとスリムな方がいいかな?」
この水晶の問題点といえば、削っていくので材料を使い回せないことだ。木材とか金属なら大きく先に落として、使い回すんだけど、こういう結晶体は折れちゃうのが怖いから削っていくしかない。
「せめて、塗料とかにならないかな?」
宝石を削って塗料にするって話を聞いたことがあったはず。一応、この削りカスも取っておこう。そうして作業も順調に進んでいく。
「出来たぁ~!まあ、龍だけだけど…」
流石にぶっ通しで作業をしていたので疲れた。ちょっと休みに下に降りよう…。
「あら、アスカまた細工してたの?早く食べなさい」
「はぁ」
いきなりやって来て、エステルさんがパンとスープのセットを持ってきてくれる。
「準備が良いんですね」
「何言ってるのよ。もう14時よ?」
エステルさんの指さした先には確かに現在14時頃のところに印がしてあった。