新たな依頼と帰り道
「これは無理なお願いかもしれないのですが……」
店長さんがそう切り出すなんて珍しいな。いつも、出来ますかっていう注文なのに。
「なんですか?」
「こちらのバラのイヤリングなのですが、この中心部に宝石を埋め込むことは出来ますか?」
「これにですか?」
「はい」
思わず聞き返してしまった。確かに、花の中心部に宝石を入れたものは見たことあるけど、このバラにかぁ。結構花自体が小さい上にこの中に型を作って入れるとなるとかなり慎重な作業になる。
「出来ないわけではないですけど、あんまり期待しないでくださいね。もしかすると内側の花びらが開いちゃうかもしれませんから」
「お願いします。石の方はこちらでお願いします」
店長さんが部屋を出るとすぐに石を持ってきた。小さいけど純度の高い石であることが見て取れた。
「出来れば奥の方に入れて頂いて、普段はあまり見えないようにできると尚ありがたいです」
「頑張ってみます」
こんなに店長さんがぐいぐい来るのも珍しいし、私は受けることにした。何より、今の自分でも難しいと思う細工をさらに難しくすることで、どこまでできるか試したいという気持ちもあった。
「では、よろしくお願いいたします」
「はい。今は優先的に受けたい依頼があるので、その後になると思いますけど、必ず作ってきます」
「お願いいたします」
用事は済んだので、ちょっと店内を見ていると急に声を掛けられた。
「ねぇ、ひとり? この後で暇ある?」
「私ですか?」
「うん。それでどうかな?」
「いや、知り合いと待ち合わせが……」
「良いじゃんちょっとぐらいどう?」
「えっと……」
私が答えに窮していると奥から店長さんがやって来た。
「お客様、何かお探しですか?」
「や、あんたに用は……」
「では、お帰り下さい」
「あ、いや……」
そのままその男性は店長の圧力に屈して去って行った。
「ほっ、ありがとうございました」
「いいえ、あのような輩が来ないように一層の努力を致します。しかし、これからは単独行動は避けた方がよろしいかと。他の店でも言い寄られてしまいますよ」
「そんなまさか、アルバじゃ声なんてかけられたことないですよ」
「あちらでは冒険者としても有名なのでしょう? 外見ですぐに分かりますし、さすがに簡単に声を掛けられませんよ。別の街ではまだ経験も浅い冒険者に見えなくもないですから」
「そうですかねぇ……でも、店長さんがそういうなら、次からはジャネットさんを誘った方がいいのかなぁ」
「あ、いえ、出来るだけリュートさんかノヴァさんをお勧めしますよ。それでは手間が増えるばかりで……」
最後の方はよく聞こえなかったけど、ジャネットさんは駄目かぁ。でも、ジャネットさんはカッコいいから変に騒ぎになっちゃうかも。
「誰を見て誘ってんだい! なんてね」
改めて店長さんにお礼を言ってから店を出る。それからいつもの喫茶店で合流して、みんなに店長さんの話をしてみた。
「そりゃ店長の意見に賛成だね。アスカは気づいてないだろうけど、アルバでも最近はよく見られてるんだよ」
「そんな視線は感じませんけどね」
「アスカが視線を感じるなんて、相当だからね」
「まあ、害がないうちは別にいっか」
「でも、面倒は避けるに越したことがないから、せめてリュートでも連れて行きな」
「う~、分かりました。リュートよろしくね」
「うん。任されたよ」
「ところで、みんなの方はどうだったの? 武器も防具もいっぱいあったんでしょ」
「まあ、あるにはあったんだけどね……」
「結局買ったものといえばノヴァのリストバンドぐらいだね」
「リストバンド?」
「見てくれよ! どっかの国で作られたものらしくて、魔力を流すと一時的に筋力が上がるんだぞ!」
へぇ~、それは便利そうだ。ジャネットさんは買わなかったのかな?
「アスカ今、あたしは何で買わなかったって思っただろ?」
「すごいですね。心が読めるんですか?」
「顔に出てたよ。確かにあれは使用する魔力も少ないし、効果もすぐに表れるいいものだとは思うけどね」
褒めつつもどこかマイナスな話し方をするジャネットさん。
「何か引っかかったんですか?」
「増加した筋力のことが気になってね」
「ちょっとぐらい筋肉質でも大丈夫だって!」
「こら、ノヴァ失礼だよ」
「そうじゃないよ。一時的にとはいえ限界を超えて筋力が上がるってことは身体に想定外の負荷がかかるってことだろ? アスカが使う補助魔法のフォローは筋力自体は上がらないから副作用はないけど、これの場合はどうなんだろって思ってね」
「試しに使ったけど何ともなかったぜ?」
「それならいいんだけど、旅の途中でいきなり筋肉痛とか動きに影響が出るようなことが起こるかもしれないだろ? そうなったらどうしようってだけさ。もちろん、何もない可能性もあるよ。ただ、値段に見合った働きにならないかもって思うとね」
「高かったんですか?」
「そりゃあ、出展不明の謎の魔道具だぜ! 高いに決まってるだろ」
「それってただの怪し……むぐっ」
「だめ、それ以上言ったら本人が気づいちゃうから」
私が言い終わらないうちにリュートに口を塞がれた。本当にみんな、私が何を言うか分かってるみたい。
「……でさぁ、何とか金貨一枚と銀貨八枚まで負けさせたんだぜ。すごいだろ!」
「ああ、うん。そうだね」
「まあ、まだまだ伸び盛りのノヴァだから、今は相性がいいのかもね。年取って使ったら骨が折れないことを祈っときな」
「その時にはジャネットに貸してやるよ。俺が骨を折る時はジャネットは腰が折れてるだろ」
「へぇ、言うねぇ。ちょっとお外行くか」
「わっ、ちょっと放せって! 俺まだ食事中だぞ」
「良いから来な。年長者の扱い方を教えてやるよ!」
バタンとドアが閉まって、ジャネットさんとノヴァが出て行った。
「大丈夫かなぁ、ノヴァ」
「発言に気を付ける癖がついて帰ってくればいいかな?」
「こういう時って案外リュートは冷たいよね」
「それだけ付き合いも長いから。直して欲しいところではあるしね」
「そっか」
私たちはありがたくノヴァがくれたおやつを食べながら、喫茶店でのんびりと過ごした。
「いってぇ~」
「大丈夫ノヴァ? 魔法掛けようか?」
「そんな奴に無駄な魔力使うんじゃないよ」
「は~い」
宿に帰ってきてもこの調子だから、ノヴァったら外で何言ったんだろ。最後は見かねた街の人がギルドに連絡して仲裁してもらったらしい。ジャネットさん曰く、『ただ、木刀で稽古をつけただけ』とのことだったけど、ノヴァは全身擦り傷だらけだし、稽古というにはやりすぎと言われても仕方ない。
「真剣でなくてよかったね」
「全くだぜ。命が何個あっても足りねぇよ」
そんな話をしながら宿の食事を頂く。明日、何かあっても駄目だし、ノヴァには簡単な治癒魔法を使っておいた。
「これで舌が染みないで飯が食える」
「動きながら喋るからだよ」
「で、明日はいつ出発するんだ?」
「う~ん。帰ってから色々したいし、今日と一緒ぐらいかな?」
「なら、早く寝た方がいいね」
「そう? 私は何時も一緒の時間に寝てるけど」
「ひょっとしてアスカはいつも今日と同じ時間に起きてるの?」
「うん。季節に関係なく早めに起きるようにしてるよ」
だって、生活習慣って一度崩れるとすぐ戻せないもん。
「そんじゃ、さっさと寝ないとね。おやすみ」
ジャネットさんはご飯も早々に食べて、寝に行ってしまった。出先の宿で細工もなんだし私も寝よう。
「俺は風呂入ってから寝る!」
「さっきまではしみるって言ってたよね」
「アスカのおかげだぜ。ありがとな!」
「なら、私のお世話にならないように気を付けるんだよ」
「おう!」
本当に分かってるのかなぁ。元気のいいノヴァに一抹の不安を覚えながらも私は眠るのだった。
「おはようございます」
「おはよう。アスカは本当に早起きだねぇ」
「習慣付けておかないと不安なだけですよ」
「早起きは良いことだよ。それじゃ、朝飯を食いに行くか」
「は~い」
一緒に下りて宿の朝食を食べる。
「うあ……」
「こら、文句言わずに食べる」
「は~い……」
そうだった。昨日の夕食はパンをスープにつけて食べるメニューだから気にならなかったけど、当然朝はそんな気の利いたものじゃなくて、残り物のスープに堅パンだ。いつも食べてるからって当たり前のように感じるのは何とかしないとなぁ。
「いただきます」
朝食を食べているとふと気づく。
「リュートたちがいませんね」
「まだ、寝てんだろ。ほっとけ」
しょうがないなぁ、後で起こしてあげよう。帰ったらすぐに細工を再開させないといけないし、店長さんからの依頼もあるから、ちょっとでも私は時間を確保したいのだ。
「起きた?」
「うん。ノヴァも起こしてご飯を食べてくるよ。ありがとうアスカ」
「ううん。それじゃあ、時間に遅れないようにね~」
リュートをドア越しに起こしてから部屋へ戻る。これで帰りも安心だ。
「で、街を出たわけだけど、帰りはどうするんだい? さっさと街道で帰るかい?」
「う~ん。次もレディトまで行くとは限りませんから、出来たら南側を通りたいです」
「それじゃあ、そっち側を通ろうか」
私たちは行きとは反対方向からアルバを目指す。こっちもレディト側は採取の跡が多く見受けられた。
「うう~ん。ここも発見されちゃったか。結構、腕のいい人が探してるみたいだね」
「確かに。アスカの地図でも北側のところで何ヵ所か採られた後があったしね」
「こっち側も色々探してるんだね。次のポイントはほとんど採っちゃおうかな?」
「どうして?」
「うう~ん。うまくいくか分からないけど、ここから先の場所でほとんど薬草が採れなかったら、その先に行くのをやめてくれないかなって」
「でも、採り方でばれない?」
「ま、物は試しでやってみるぐらいいいんじゃないかい?」
「そうですよね。じゃあ、その先のポイントに行きましょう」
気を取り直して私たちは一つ先のポイントに向かった。




