冒険とお見送り
メインディッシュであるデザートを食べ終えた私たちは、ちょっとゆったりする。
「こちらをどうぞ」
そこへすかさず店員さんが紅茶を持ってきてくれた。本当に気が付くお店だ。
「しかし、よく食べたなぁアスカ」
「えへへ、ケプッ。そうですか?いつもこんなものですよ」
「いや、絶対今日は宿より量が多かっただろ」
「でも、肉は少なめでヘルシーでしたから」
「ヘルシーねぇ。まあ、そう思ってんならフィアルの思い通りってわけか」
「そういえば、この店にも魔物がいるんだったわね。会ってみてもいい?」
「いいですよ。ミネルたちとも合流したいですし」
食後はバルドーさんたちを連れてライズたちの元へ向かう。
《ミェ~》
「あっ、ライズが鳴いてる。もうすぐですよ」
私たちがライズの元へと向かうとミネルたちと遊んでいたようだ。今はミネルがリーヌにつかまって跳ねて遊んでいる。ロデオみたいな感じで楽しんでいるのかな?
振り回され、時には上空に逃げたりと元気いっぱいだ。ミネルやレダだって、まだまだ若い小鳥なんだし日頃のストレスが発散できたみたいで何よりだ。
「レダ、ミネル~。そろそろ帰る時間だよ」
《チッ》
私が声をかけるとパッと私の肩に飛び乗ってくる。
「これが魔物なの? 普通の羊に見えるけど……」
「この子たちはヴェゼルスシープのライズとリーヌです。ライズは保護してリーヌはつい最近、ライズのお嫁さんとしてこの街に来てもらったんですよ」
「へ、へぇ~」
「さりげなく言ってるが、ヴェゼルスシープって希少種だろ? よくこんなに懐いたな」
「どうなんでしょう? 割と最初からこうだったので、実感はないんですよね」
私の元にやって来て、ちょこんと座ったままのライズたちを見てバルドーさんが言う。でも、リンネだって普段は大人しくしているし、こんなもんじゃないのかなぁ?
「希少種ってのは基本的に数が少ないってのとは別に、人に慣れにくいのも特徴だ。街中に番でいるとこなんざ普通は見れんぞ?」
「そうよね。私も毛を使った生地は見たことあるけど、本物は初めてだわ。触ってみてもいい?」
「多分……」
ジェシーさんが触れようとすると、一歩ライズが進んでリーヌは二歩ほど下がる。やっぱりまだリーヌは、見慣れない人間に警戒してるみたいだ。
「あんまり、強く触らないでくださいね。バチバチって来ますよ」
「わ、分かったわ」
恐る恐るジェシーさんがライズに触れる。
「わわっ、バルドー! この子すっごいふわふわだよ! すごいすごい!」
余りに気持ちよかったのか、ジェシーさんの口調が変わってる。
「おいおい、無茶するなよ」
そうは言いつつ、バルドーさんも興味津々だ。ジェシーさんの横に座ってライズに触れてみる。
「ほぅ~、こいつは確かに上等だな。これなら、市場の取引価格もうなづけるってもんだ」
「なんだかバルドーさん商人みたいですね」
「ん~、まあ見習いみたいなもんだな。商品の価値はある程度、冒険者時代に身につけてるから多少は楽だしな」
「えっ!? バルドー、商人になるの?」
「なるも何もおやっさんの店を畳むわけにはいかないだろ?」
「バルドー……」
おおっ! これが幸せオーラかぁ。眩しいな。こほんと咳をして再びこっちに向き直るバルドーさん。
「まあ、そう言うわけで次にレディトに行く時は誘ってくれ」
「次ですか?」
「ああ、せっかくだから王都まで足を延ばして仕入れたくてな。ジェシーにも、観光がてらこっちの王都を見せてやりたいしな」
「別に構いませんけど、次だと明日ですよ?」
「明日か、ちょっと急だが仕方ねぇか。よろしく頼むぞ!」
「ちょ、ちょっとバルドー。荷物はどうするの?」
「それぐらい宿の個室にいれときゃ良いさ。二週間ぐらいだろうしな」
「それなら良いけど……」
「そういうことだから急だがよろしく頼む。案内するのもなるべく安全に行きたいからな」
「でも、レディトからはどうするんですか?」
「レディトからなら乗り合い馬車も多く出てるし、運がよけりゃ一人分の運賃で行けるからな」
バルドーさん曰く、乗り合い馬車の冒険者は臨時の護衛に雇われることもあって、そうすればかなり安く王都まで行けるんだって。
「まあ、王都までは便数もあるし、元々そこまでしないがな」
ちょっと得した気分になるだけだとバルドーさん。
「じゃあ、明日は八時ぐらいですね。いつもその時間ですから」
「分かった。ギルドの前じゃなくて、東門のところで待ってるからな」
「なんでですか?」
「ギルドの中で待ってみろ、他のやつらに見つかるとうるさいだろ!」
「あっ、分かりました。じゃあ、また明日~」
その後もちょっと寄るところがあるというバルドーさんたちと別れて、私とミネルたちは宿に戻った。
「さあ、明日は朝早いしみんな寝よっか」
《チッ》
ミネルたちも今日はお休み。明日は冒険に出る日だししっかり休まないとね。少なくともバルドーさんの依頼は王都から帰ってくるまでの二週間近くはあるって分かったし。
「それじゃあ、おやすみなさい……」
「アスカ、おきる」
ドスンとお腹に衝撃が走る。
「ううっ、ティタそれやめて……」
「これがいちばんはやい」
ティタはいつの間にか効率重視で物事を考えるようになってしまった。なので、起こすのも一番確実な起こし方ということで、こうやって起こしてくれる。
「確かにこれだと一発で起きるけどね。ちょっと痛いけど」
まあ、起きたことだし早速ご飯食べて準備しないとね。
「おはようございます」
「おはようアスカ。今日は出かけるの?」
「はい。レディトまで行くつもりです」
「あら、大変ね。はい、朝ご飯」
「ありがとうございます」
エステルさんに朝ご飯を持ってきてもらい早速食べる。このスープを見るに昨日の宿の食事は肉っ気が多かったみたいだ。オーク肉の他にも二種類位の肉が入っている。基本的に朝のスープは昨日の夕食の食材の残りか端材なので、そこからメニューが分かる。
「ふぅ~、あったまる~」
油分が多いおかげで身体もポカポカしてくるし、旅に出るにはいいご飯だった。食事を終えて、一度部屋へ戻る。
「それじゃあ、ちょっとの間でかけてくるけど、みんな元気でというか迷惑かけないようにね」
《チッ》
「まかせて」
残念ながらこの言葉を聞いてほしい、アルナはまだ寝てるんだけどね。
「行ってきま~す」
宿の前で挨拶をして出発する。だるそうながらリンネも頭をあげて見送ってくれる。こういうところがあるから憎めないんだよね。
「おはようございます」
「おはようアスカちゃん。今日は依頼?」
「はい。レディトまでので何かありますか?」
「うう~ん、そうねぇ。あっ、アスカちゃんたちにいい依頼があるわよ」
「本当ですか?」
「はいこれ」
そう言ってホルンさんから渡された依頼票を見てみると……。
「薬草の採取? 何ですかこれ?」
「何もそのままの依頼よ。残念だけど、パーティー制限と魔物の出現率の減少で、最近ついでに納品されていた薬草の在庫がひっ迫しているの。そこで、ギルドとして通常の買取価格とは別に記載の条件を達成できたなら、依頼に追加で成功報酬を渡そうってわけなの」
「そんなことになってたんですね。知りませんでした」
「まあ、パーティーに回復役が居たりするとこういうのはちょっと疎遠になっちゃうかもね」
「じゃあ、これ受けてみます。ちなみに他の依頼は?」
「競争率がバカ高い巡回依頼と、相手の決まった護衛依頼なら……」
「出直します」
魔物の出現率がまだ戻らないから、強い魔物が出るけど護衛以外はいらない状態で、討伐依頼がほぼないんだよね。その為、必然的に巡回依頼という名の安定収入に人気が集中してしまう。Bランク以上の人が所属するパーティーは、ちゃっかり商人から指名の護衛依頼を受けてて、こっちも枠は満杯だ。
「最近、Cランク以上の冒険者も増えてきたのに残念だ」
ちょっと前まではジュールさんもこれで、所属冒険者ランクの平均が上がるぞって言ってたけど、最近じゃほとんどため息だもんなぁ。
「おはようさん」
「あっ、ジャネットさん。おはようございます!」
「今日の依頼は?」
「レディトまで行くんですけど、依頼はこれです」
「何々……リラ草Aランク十本、ルーン草Aランク六本、ムーン草Aランク六本、ベル草もあれば尚良し? 何だいこの依頼は」
「さっき、アスカちゃんには説明したんだけど……」
ホルンさんが再びジャネットさんにも同様の話をする。
「なるほどねぇ。確かにあたしらのパーティーじゃ薬草不足なんて分かんなかっただろうねぇ。依頼の頻度も低けりゃ、怪我するような無謀な依頼も受けないからねぇ」
「ギルドとしては達成率が高くて嬉しいのだけど、こういう依頼こそあなたたちのパーティーに頼みたいのよ」
「そんなもんかね」
「一応このギルドで、一番Aランクの薬草を持ってきてるパーティーですからね」
「それって大丈夫なのかい? 週一のあたしらが一番持ってくるって、他は何してんのさ?」
「生活の足しって意識のところもまだ多くて。数で言えば他のパーティーが多いわよ。買取価格までくると逆転してるけれど」
「まあ、ギルドから紹介されて依頼を受けると考えれば、良いことは良いことだね」
「じゃあ、今日はこの依頼で!」
ジャネットさんの了解も取れたし、今日の依頼は決まりだ。
「ところで他の依頼はなんかないのかい?」
「その話も二度目だけど必要かしら?」
「悪かったよ。じゃあ、薬草はあっちで売ってもいいのかい?」
「出来れば持ち帰ってほしいわ。こっちの薬師にも在庫を回したいのよ」
「しょうがない。ジェーンのためにもなることだし、そうするかね」
「助かるわ。それじゃ……リュート君たちは?」
「あ~、もうちょっとですかね」
今はまだ集合時間の十分前だ。リュートもこのぐらいにならないと来ないし、ノヴァはもっとぎりぎりだ。
「こんちは~」
「あれ、ノヴァ。今日は早いね」
「今日はって何だよ。俺だってほとんど遅刻はなしだぜ」
「そこは毎回って言ってほしいもんだね」
それから三分ほどしてリュートもやって来たので、みんなで依頼を受けていざ、依頼へ出発と行きたいところなんだけど……。
「今日はゲストもいるんですよ!」
「ゲスト? 足手まといの間違いじゃないだろうね」
「それは……どうでしょうか?」
そういえばジェシーさんって冒険者なのかな? 聞き忘れちゃってた。
「なんで分かんないんだよ。ほんとにゲストなのか?」
「そ、それは間違いないよ」
ノヴァにも突っ込まれてしまった。
「ところで、どこで待ち合わせてるの?」
「東門の前だよ」
「なら、さっさと合流しようか。変に時間を食うゲストかもしれないからねぇ」
こうして私たちはバルドーさんたちの待つ東門へと向かった。




