来訪への準備
イメージも固まり絵も描けたので、いよいよ最後の像を作っていく。
「ううん、ここはもっと細かく、こっちは質感を出したいなぁ」
あんまり髪をまとめた像はこれまで作ってこなかったので、今回のはちょっとだけ難易度が高い。だけど、新しい表現になるので、やってて楽しい。
《ピィ》
「ん? どうしたのアルナ?」
集中しているところにアルナが近づいてきた。というかこの子、結界を中和しながら入ってくるなんてミネルたちより魔法の素養が高いんじゃないだろうか?
《ピィ》
しきりに窓の方を指さすアルナ。ひょっとして外に出たいのかな?
「うう~ん、まだ早いと思うんだけど、いつかは出ないといけないもんね。ミネルの許可は取った?」
《ピィ!》
元気よく反応を返すアルナ。ミネルの方を見ると渋々といった感じだ。だけど、家族総出で外へ行くみたいでレダたちも準備をしている。
「みんな夜までには帰ってくるんだよ?」
《チッ》
窓を開けてやるとみんな一斉に飛び出て行く。ミネルだけの頃は遊びに行くんだって思ってたけど、四羽も一気に飛ばれるとなんか寂しい感じがするなぁ。
「静かになっちゃった……。おっと、せっかくのチャンスだし細工に集中しなきゃ」
型を作って終わりじゃなくて、実際に作らないとね。目標はポニーテールのが三つ、神殿のが五つ、髪をまとめたのが五つだ。
「何日ぐらい泊まっていくか分からないけど、せめてそのぐらいは来た時に見せたいな。後は何時頃来るかだよね。手紙では一週間ぐらいしたら着くって書いてあったけど、私が見たのって手紙が宿に着いて数日経ってたしね」
いくら冒険に出かけていたとはいえ、いざ来てみて何もないじゃ悲しいよね。そう思って、細工を進めていく。
「……出来たぁ!」
集中すること二時間ほど。やっぱり髪のところでちょっとつまずいたけど、結構いい出来ではないだろうか?
「後はこれを元に作っていくだけだ」
マジックバッグからオーク材を取り出すと、早速作っていく。まずはさっき型を作ったばかりの髪をまとめた像を作る。これは髪の作りが他と違うからいい練習になるから、一気に作ってコツを覚えてしまおうという考えだ。
「こういうのに慣れたら、他の髪型も試しやすくなるしね~」
今後は色々な依頼を受けることもあるだろうから、ひょっとしたら自画像が欲しいなんて人が出てくるかもしれない。その時に備えて色々な髪型を作れるようになっておいて損はない。
「その練習台が神像だなんて人には言えないけどね」
その後も集中して像を作っていく。二体ほど完成させたところで、ドアがノックされた。
「は~い」
「アスカちゃん、そろそろご飯食べない?」
「ミーシャさん。もうそんな時間何ですか?」
「ええ、もうすぐ十九時ね。今空いてるからどう?」
相変わらず、細工をしていると時間の経過が早いなぁ。
「それじゃあ、すぐに行きますね」
パパっと木くずだけごみ箱にまとめて、食堂に向かう。
「あっ、おねえちゃん。今日はちょっと遅いんだね」
「うん。さっきまで細工してたから」
「ミネルたちは知らせてくれなかったの?」
「そういえばまだ帰って来てないなぁ。外に出てるんだよ」
「外に行くの久し振りだね。ミネルとレダだけ?」
「ううん、みんな一緒だよ。アルナがしつこかったみたい」
「あはは、あの子元気だもんね。シーツ替える時もすっごく構ってくるし」
「その分、エミールは大人しくて助かってるけどね」
「そうだね。エミールはじっとこっちを見てるだけだよね」
「アルナみたいないたずらっ子にならなくてよかったよ」
「ほんとだね。あっ、これ今日の夕食だよ」
「ありがとう」
エレンちゃんが持ってきてくれた夕食はスープ中心の料理だ。メインのロールキャベツ以外に野菜も入っていて、後はパンとサラダ。これだけでも十分な量だけど、パンにはバターまで用意されている。
パンは元々、スープに浸けて食べることが多いので、こういう風にパン用の付け合わせが用意される店はまれだ。
「これも、柔らかいパンのおかげだよね~。はぐっ」
硬いパンばかりだと、どうしてもそれでいいやってなってしまうけど、こうやって柔らかいパンが出てくると、色々な食べ方をしたくなるのが人だ。最近ではパン用のジャムも店で出回り始めている。
とはいえ、持ち帰りできる柔らかいパンはここでしか売ってないから、まだまだ売り上げはよくないらしいけどね。
「将来的に広まったら、きっと大人気だよね」
私もそこのジャムを買ってきてパンと一緒に食べたけど、本当に美味しかった。
「さあ、食事も終わったし、細工を再開しよう」
パッとお風呂に入って細工を再開する。ちょうど始めたところで、ミネルたちが帰ってきた。
「ちょっと遅かったね。大丈夫だった?」
《チッ》
ミネルは返事をするものの、ちょっと機嫌が悪いみたいだ。後ろを見るとどうもアルナがやらかしたみたいでそっちはちょっと沈んだ感じだ。
「アルナ、どうだったお外は?」
《ピィ》
慰めようとアルナに呼びかけると、沈んでいたのもいつの話か、すぐにアルナが飛びかかってきた。あっ、これは長くなりそう。
「しょうがない。ちょっと待っててね。ティタを連れてくるから」
細工を頑張るつもりだったけど、この状態のアルナは放っておけない。よく見るとエミールも少し興奮してるみたいだし、今日は諦めて話を聞いてあげよう。
「アルナとびまわった。すごくたのしい」
「そうなんだ。良かったね。でも、まだまだ外に出たばっかりなんだから、あんまり遠くに行っちゃだめだよ?」
「き、きをつける……」
すかさずミネルが目を光らせたから、本当に遠くへ行ったんだろうなぁ。街中ならそうそう危険はないだろうけど、東側まで行けば魔物がいるから危ないんだよね。
「西側でもゴブリンは弓を使うし、気を付けるんだよ。エミールはどうだった?」
「そらきれいだった」
エミールは飛ぶことよりも景色の方に目が行ったみたいだ。行けるところまで行くアルナと違って、安心できるなぁ。
《ピィ》
話し疲れてきたのか、アルナたちは眠くなってきた。まあ、最近までずっとお家でゆっくりしてたもんね。
「そろそろ寝ようね~。ティタも通訳ありがとね」
「ん、まかせて」
アルナたちが寝床に行くと、ミネルたちが替わってこっちに来る。
「どうしたの?」
《チッ》
《チュン》
「子どもたちの相手をしてくれてありがとう? こっちこそだよ。毎日にぎやかで楽しいよ」
私の言葉に満足したのかミネルたちもパッと飛んで家に帰っていく。時間はと……二十一時前かぁ。
「さすがに今から細工って気分にもならないし寝よう」
いつものように舞っていると、ふとティタに目が行く。ティタも人型に成れれば一緒に踊ったりできないかなぁ。一人でも別にいいんだけど、できれば誰かと踊りたいなぁ。
ラーナちゃんはまだまだ小さいし、今踊れそうなのってティタぐらいなんだよね。ちなみに以前、ジャネットさんに同じことを言ったら、すごい目で見られた。
「似合うと思うんだけどなぁ~」
それから四日が経った。その間に私は新しいデザインの像を作り続け、昨日で目標の三種十三体の神像を作り終えた。だから、今は普通の細工を作っている。こっちもバルドーさん向けに作っていて、バルディック帝国の花も取り入れている。
「帝国もバルドーさんの出身大陸の国だし、作っておいたらいいよね。とりあえず、紫のバラのイヤリングかな?」
この前、作成物を一覧にしてみたら、見事にイヤリングが少なかった。そこで、今回からちょっと意識してイヤリングを作ることにした。その第一弾がこの紫のバラのイヤリングなんだ。
「こうやって一輪を付け根にして、ツタが下に伸びる感じで……。ああ~、かなり花の部分が難しいなぁこれ」
花を小さくする過程で花びらが多いこの品種だと、かなり加工が難しい。気軽につけて欲しいと思ったけど、これはちょっとお高くなっちゃいそうだ。
「このひらひらとした花びらの表現が難しいなぁ。もしかすると、作るたびにちょっとずつデザインが違ってくるかも」
僅かにでも曲がると、それを修正するために他の花びらを曲げて表現しないといけない。そうなっていくと、どうしても元デザインと違ってくる。かと言って、全く違いが出ないように作るとかなりの数が、試作という名のもとに沈んでいくだろう。
「これは細工の腕がどうこうという感じじゃないね。ちょっとしたことでも形が変わっちゃうし、そういうものとして扱った方がよさそう。後、強度も欲しいから基本的には金属で作る方がよさそうだね」
銅で型を作ってみて思ったのだけど、ちょっと力が入ると欠けそうだった。輸送もそうだけど、きちんと使ってもらうためにも、これは銀で作った方がよさそうだ。
「でもこれだと、銀貨っていうより金貨に手が届きそうな値段になりそうだな~」
材料だけで銀貨二枚前後、そこに手間や加工に魔力がかかるから、値段も相応になっちゃいそうだ。
「よし! 次は本当に簡単なものにしよう」
何とか作り終えると、気を取り直して簡単なデザインのイヤリングに取り掛かる。
「今度のデザインは三日月がメインでそこから下に光が伸びてるようなデザインだね。三日月の中心には宝石も埋め込めるように型取りをしてと」
三日月にはちょっと金色の塗料を塗って、手前には好きな宝石が入れられたら違いが出て嬉しいよね。細工屋のおじさんに話したら、宝石を入れるぐらいは格安で出来るとのこと。細工用におじさんも宝石は持ってるから、販売と加工料を別料金にするならとOKをもらってたんだ。
「こっちはデザインも簡単なものだし、今日中にいくつか作れそう。これなら銅でも作れるし、宝石を入れてお揃いにと色々出来るもんね」
さっきのは二つぐらい作ってみて、様子見だね。やっぱり高いものって売りにくいし。頑張ってその後に三日月のイヤリングを二つ。バラのイヤリングを何とか一つ作った。
「うう~、頑張ってたらもう二十二時前だよ。早く寝よう……」
明日はちょっとだけ遅くに起きちゃうかも。そう心配しながら私は眠った。




