アスカと嫁探し
「はぅ~、難しい~」
翌日もまた私は作りかけのジオラマに悩まされていた。一回組み立ててはみたものの、中身がスカスカでがらんとしていた。
「う~ん、さすがにこれはまずいよね。家具のセットも販売しているわけじゃないから、最低限のパーツは作らないと」
そう思ってレンガ作りの方は煙突と暖炉とテーブルと椅子のセットにベッドを作る。
「ああ~、暖炉~。薪が今度は……」
暖炉のレンガについては外壁と一緒だからなんとかなったけど、今度は薪を表現するのにつまずく。
「こうなったら一本一本作る……いやそれはさすがに。薪って並べた方が良いのかな? それとも適当にくべてるのかなぁ」
個人の家になると途端に分らなくなっちゃう。宿の部屋は複数人が泊まれる部屋でも簡素で、もちろん暖炉なんて備え付けてない。食堂には一応あったけど、ほとんど見て無いしなぁ……。
「そもそも使っているのが夜の短い時間だけだし、遅い時間に行く時は何かやった後で注意して見てないんだよね」
今は初夏も近い時間だし、どこも使ってないだろうから手本も見せてもらえないしなぁ。仕方ないので私は厨房に入って、料理中の薪の姿を観察させてもらう。こっちは料理だから使い方も違うかもしれないけど、贅沢は言えない。
「ありがとうございました~」
「おう、何だか知らんが頑張れよ」
「はい!」
ライギルさんにお礼を言って、さっき見た薪を思い浮かべながら作る。
「後は下を炭の表現で黒く塗ったら完成!」
ようやく、ジオラマ【レンガの家】が一つ出来た。
「うう~ん、それにしても疲れたなぁ。この調子だと慣れても一日一つが限度だね」
単価についてはおじさんとも話をして決めよう。軽い気持ちで作り始めたけど、あんまり安くは出来そうにない。
「残りも作らないとね」
私は気を取り直して焼き板の家の方も完成させるため、作業に取りかかる。
「こっちはかまどに台所にテーブルに布団セットだね。柄も布団以外は特に要らないからなんとかなりそう」
そのまま作業を進めてお昼前には作業を終わらせた。こっちも外壁に時間がかかるけど、内側のセットを作るのはそこまで大変じゃなかった。とはいえトータルかかる時間にほとんど差は無いんだけどね。
「終了! さぁ、ご飯食べよう」
疲れたのでご飯を取りに食堂へ向かう。
「おや、アスカ。お疲れさん」
「ジャネットさん、おはようございます。どうして私が細工をしてたの知ってるんですか?」
「ああ、たまたま近くを通った時にう~んってうなり声が聞こえたからね。多分そうなんじゃないかって」
「結界はちゃんと張ってたと思ったんですが……」
「ちょっと気が緩んだんじゃないかい? それより出来たのかい?」
「はい。なんとか完成出来ました」
エステルさんにお昼ご飯を注文して来るまでの間、ジャネットさんと今回の細工について話す。
「へぇ、そいつは面倒なもんに挑戦したねぇ」
「私も最初は簡単かなって思ってたんですけど、自然に出来るものの表現が難しくて」
「まあ、あっちは勝手に付くもんで、こっちの都合はお構いなしだからね」
「本当ですよ。結局、一日半かかって一つずつですから」
「それじゃ、安くは出来ないね」
「そうですね。作れって言われても数を作れそうにありませんし」
「はい、お待たせ。二人とも何の話?」
「アスカが力作を作ったって話さ」
「へぇ~、アスカまた無茶してないでしょうね? 気をつけなさいよ」
「は~い」
料理が運ばれてきたのでいったん話は中断だ。ご飯を食べてから再びの雑談タイムへ。
「ああ、そうそうライズのことだけど……」
「ライズが何か?」
「いや、あいつも大きくなったんだし、そろそろ番でもってね」
「番ですか?」
「ああ。ミネルたちがいるとは言え羊としては一頭だけだからねぇ。将来も考えると今のうちからいた方が良いと思ってね」
「でもどうします? 他にヴェゼルスシープを飼ってる人なんていませんよ?」
「それなんだよねぇ。いっそのこともう一回村に行って捕まえてくるか?」
「う~ん、それだとライズが気に入りますかね?」
万が一苦労して連れてきても、ライズと喧嘩になっちゃったら今度はその子の飼い主も探さないといけないし、気軽に飼えないんだよね。
「なら、いっそのことライズに選ばせたらどうだい?」
「えっ!? そんなにいっぱい連れてくるんですか?」
「逆だよ逆。ライズをもう一度森まで連れて行って、そこで見つけてくるのさ」
「大丈夫でしょうか?」
「あたしらもいるんだし大丈夫だろ。本人のためにもなることだしな」
「……そうですね。いつまでもひとりきりってわけにはいきませんよね」
それからジャネットさんと話をして、ライズをどうやって連れて行くかを話し合った。なんせ村でも珍しい生き物だから、ちょっと暑苦しいけど被り物をして連れて行くことにした。被り物と言っても皮を簡単に加工したもので、夏場に暑くないように空気孔もたくさん空けておく。
「そんじゃ、いっちょリュートたちに知らせるかね」
「お任せして良いですか?」
「ああ、出発は二日後だから忘れんなよ!」
「もちろんです!」
次の冒険の予定も出来たし、二日後ってことは明日は難しい細工は出来ないから今日のうちにやっとかないと。私は部屋に戻ると継続して依頼が出ている、位置把握が出来る魔道具作りに励む。
「これ、パッと作るのに良いんだよね~。簡単すぎて腕が上がらないのがネックだけど」
手慣れたもので次々に子機も作っていく。ちなみにこれを元に親機から子機へ連絡を取れる無線電話みたいなのを試作したけど、魔力の拡散が早くて出来なかった。
「スマホまでとは言わないけど、携帯電話があったら便利なんだけどな」
そう考えたものの、よくよく考えれば携帯って電波の送受信に基地局を経由するから、それを魔力でやろうとするとかなり大がかりだ。
「これは個人でどうにかなるものじゃないね」
領主様なら出来るのかもしれないけど、これ以上のものを作るのは難しそうだと思って諦めた。
「この通信機みたいなのも強めの魔力を一瞬放って受け取るタイプだし、連続通話って何気に難しいんだね」
さっきまで作っていた家といい、簡単に見えることが結構難しい。これからはもうちょっとイメージをちゃんとして作る前に考えなきゃね。
「とりあえず今日はもう寝ないと。明日はそんなに時間取れないし」
いつものように巫女服に着替えてお祈りを済ませてから眠りにつく。慣れてくるとこの動作だけで直ぐに眠れるようになってきたからとても役立っている。
「お休み~」
《ピィピィ》
「う……ん?」
声がするので起きた。小屋の方を見ているとどうやらミネルたちの子どもが鳴いているみたいだ。
「ミネルたちは?」
よく見ると小屋には子どもたちしかいないみたいだ。どうしたんだろう? この間ずっと二羽のうちどちらかがいたのにな。しばらく様子を見ていると、メスの子どもの方が我慢出来ずに部屋を飛び出した。
《ピィ》
パタタタとまだまだ未熟な動きだけど、それでも一応は飛べたみたいだ。それに促されるようにオスもなんとか飛び立った。ミネルたちはというと隣の家の屋根にいた。
「そっか、今日は巣立ちの日だったんだね。小鳥の巣立ちって早いんだね~」
まだ生まれてから一月も経ってないのに巣立ちなんて忙しないなぁ。
「とはいえここは宿の部屋だし、お外はまだ早いかなぁ」
自然の中ならともかく、街の中は危険も一杯あるからね。それから数分後にはミネルたちも戻ってきた。家族団らんの後はみんなで家に戻っていく。うんうん、家を出るのはいつでも良いんだから、ゆっくりね。
「ちょっといつもより早起きになっちゃったけど、良い光景に出会えたなぁ」
ちょっと早めの朝食を取って、部屋に戻るとそのまま細工に入る。今日は補充の日だから、既製品作りだ。
《ピィ》
「と、思ってたんだけどなぁ~」
どうにも、自分で飛べるようになったのが嬉しいらしく、メスの子どもがかなりうるさい。ちょっと鳴くだけなら別に結界で防げるんだけど、とにかく部屋中を飛び回る。危ないので結界は解除しないといけないし、ところ構わずパタパタ飛ぶので集中出来ない。
「しょうがない。今日は遊ぶかぁ~」
気持ちを切り替えた私は、ミネルたちと一緒に遊ぶ。遊ぶといってもミネルたちの家の屋根上にある止まり木を色々な形に変えて見てるだけなんだけどね。
たまに触るとミネルたちは喜んでくれるんだけど、子どもたちは何だか変な感じみたい。
「もうちょっとしたら慣れてくれるのかなぁ」
でも、また数日間留守にするので帰った時に忘れられてないと良いなぁ。結局その日は全く細工は出来ずに遊んで過ごした。まぁこんな日があっても良いよね。
「おはよう」
「おはようアスカ。久し振りだね」
リュートたちと冒険するのも久し振りだ。以前エヴァーシ村から帰った時は結構仕事を休んじゃったから、ノヴァはその後忙しかったって言ってた。
リュートは今度、ノヴァと一緒にCランクの昇格試験を受けるということで、自分が宿の仕事を抜けられるように孤児院の子たちに宿の仕事を教えている。昇格してしばらくしたら、入れ替わりで孤児院の子たちが働いているだろうな。
「今日はライズのお嫁さん捜しに来てくれてありがとね」
「別に良いぜ。あっちの村にも行ってみたかったしな」
「そんじゃ、いっちょ行くよ!」
フィアルさんからライズを預かって、一緒に町を出る。目指すはワインツ村だ。
「で、町を出たけどよ。そのワインツ村ってどんなところなんだ?」
「どんなって言われると困っちゃうなぁ。特に何かあるわけじゃない普通の村だと思うよ」
エヴァーシ村と違って、鍛冶屋さんがいるわけでもないし、本当に森近くにあるごく普通の村だ。
「ジャネットさんからは何かありませんか?」
「何かと言われてもねぇ。強いて言うなら向こうと違って近くにアルバ湖があるから魚が捕れるぐらいかねぇ」
「アルバ湖ってそんなに広いんですか?」
「ああ、ワインツ村の近くまで続いているから、向こうでも魚が捕れるんだよ」
「でも、向こうでってことはアルバでも取れるんだろ?」
「まあ、そりゃねぇ」
「じゃあ、やっぱり何もないんじゃんか」
「ノヴァは付いて来てくれたの?」
「そりゃあ、エヴァーシ村みたいに野菜がうまいかなって思ってよ」
「うう~ん、私もあっちの宿で食べたけど、そんなには記憶に残ってないなぁ」
「アスカの記憶に残ってないなら諦めた方がいいよノヴァ」
「なにそれ! リュートってばひど~い」
私たちはこんな感じで賑やかにワインツ村を目指したのだった。




