番外編 幼体と領主と
これはアスカがムルムルと再会した時のお話の一幕。
「領主様!冒険者ギルドより贈り物が届いております」
「分かった。持ってこい」
私はリンガー伯爵。レディト以西の海までの領地を治めている。普段であれば重要な交易地である港町の方に居を構えているのだが、今回ばかりはハイロックリザードがアルバに現れたと言うことでアルバの別邸に今は来ている。
「こちらが冒険者ギルドからの贈り物になります」
「ふむ、一見ただのサンドリザードに見えるが…。違いと言えばやや小ぶりといった程度か」
港町付近は強い魔物は海にしかおらず、陸の魔物はほとんど見かけない。だがこの魔物はレディト周辺に生息しているので私でも知っている魔物だ。
「こちらが目録と先日のハイロックリザード襲撃に関連した資料です」
「分かった」
部下から渡された資料に目を通す。目録は…サンドリザードの幼体。はて?あの魔物の幼体の記録はあったか?気になったので、そのまま資料を読み進めていく。
「なるほど!これまで確認出来なかった幼体の存在の確認とその強さについてか。これを読む限り相当弱いようだな。これを機に討伐してしまうか…いや、まずは全部読んでからだな」
「兄貴!いつまでこんなところに居るんだ?早く戻ろうぜ!」
「キャップ!また、言葉遣いが乱れているぞ。それでは一都市の領主も務まらぬ」
「はいはい。それより、今街に巫女が来ているそうじゃねえか?会ってみようぜ!」
「今は大事な報告書を読んでいるところだ。後に…いや、どのみち巫女様には挨拶をせねばならんか。よし!巫女への挨拶はお前に任せる。くれぐれも失礼の無いようにな!」
「ああ」
やれやれ、あいつもいい年だというのに落ち着きがない。貴族の利点だけを求める嫌いがあるのも困りものだ。まあ、挨拶ぐらいなら流石にこなせるだろう。さて、こちらは報告書を読み進まねばな。
「ほう?ハイロックリザードを撃退した冒険者と言うからベテラン揃いかと思えば、中々若いのも居るようだな」
特にこの20歳ぐらいの剣士の活躍は素晴らしいな。指揮をしながらも周りをよく統率したとある。とどめはやはり魔法使いのようだが、このような指揮官は中々いないからな。
「だが、見舞金を出したが6名のみの犠牲者というのは改めて見ても素晴らしいな。突発的な事態に対して文句のない結果だ。陛下もこれを聞けばお喜びになるだろう。加えて、サンドリザードの生態解明も進んだし、今後も頑張ってほしいものだ」
何より、領兵の犠牲がないのがいい。騎士が死亡し、叙勲の追贈ともなれば立派な式典が必要だし、遺族手当も馬鹿にならないからな。現に以前こいつが暴れた土地は騎士への手当と街の復興で数十年緊縮財政だったからな。それを思えば、教会への慰霊祭依頼と見舞金などはした金もはした金だ。
「全く、このまま冒険者として居住して欲しいものだ」
ここで馬鹿な領主なら領兵として迎え入れるのだろうが、迎えてしまってはそれなりの待遇が必要だ。ろくな教育も受けていない指揮官など規律を乱すだけだし、忠誠よりも金銭を求められれば不要な支出にもつながる。勝手に倒してくれることが幸いなのだ。
「ふ~む。とはいえこの年齢ならまだ間に合うか…。それに女剣士か、うちの騎士には良いかもしれんな」
それは後日考えることとして、残りの報告書を読み進めていく。読み終わると今回の報告書の精度に驚いた。これまでの報告書と言えば、何が出て倒した倒さなかったぐらいなものだ。具体的な特徴などの肝心なものが欠けているものがほとんどだった。
「今のギルドマスターはと…」
改めて目録に書いてあるギルドマスターの名前に目を通す。ジュールというのか…。
「おい!」
「ははっ!」
「この冒険者ギルドのギルドマスター、ジュールと言うそうだがそいつ宛に礼状を書いて送れ」
「内容はいかがいたしましょう?」
「献上した2つの貴重なもの、しかと受け取ったと」
「直ぐに用意いたします」
「うむ。それと、この献上品のサンドリザードの幼体は新鮮とのことだ。直ぐに料理人にメニューの変更を伝えろ。ああ、そうだ。騎士団長にもそれなりに魔物に詳しいものを同席させろと伝えておけ」
「承知いたしました」
今後もあの土地に我が領兵が攻め込むことはないだろうが、知識を蓄えておいて損はないからな。何せ、次に同じ機会があるとすれば、再びハイロックリザードが現れた時だ。
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その頃、兄であるリンガー伯爵の命を受けたキャップはというと…。
「なあ、巫女さん。あんた名前は?」
「は、はあ。ムルムルと申します」
「へぇ~、変わった名前だね。いつも神殿ばっかで退屈だろ?どうだ、あっちの馬車で街へ行かないか?大丈夫だって、この街で俺に何か言うやつはいないぜ?」
「いえ、巫女としての予定がありまして…」
「そんなの後に回せばいいだろ?慰霊祭だっけ?そんなの当日ちょっと出ればいいんだろ」
「そういうわけにはまいりません。司祭様と打ち合わせもありますし、普段会えない地方の方との交流会も予定されておりますので…」
「半日ぐらい別にいいだろ?今日が無理なら明日でもいいぜ!」
「細かい予定についてはお付きのものに聞かないと」
「…はぁ、仕方ない。兄貴にいい土産話が出来ると思ったのによ」
「申しわけございません」
「そうだ!ならさ、神殿でのことを聞かせてくれよ。ちょっとぐらいならいいだろ?」
「は、はぁ、少々でしたら…」
「よっしゃ!」
こうしてキャップは1時間近くも居座り、ムルムルからテルンを経由して、正式に教会から抗議を受けたのだった。
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それから数日して…。
「アスカ!最近はハイロックリザードの肉料理ばっかりだろ。そろそろ飽きてきたんじゃないか?」
「どうしたんですかライギルさん?まあ、ちょっと思ってたところですけど…」
「だろ?店も売れるとはいえ工夫しないとつらくなってきてな。そこでこの前に売ってもらったサンドリザードの幼体の料理を作ろうと思うんだ」
「急に出来る物なんですか?」
ハイロックリザードの肉は硬くて、逆に幼体の肉はやわらかい。アプローチとしては真逆だけど大丈夫なのかな?
「実はこの為に毎日コツコツと色々な調味料に漬け込んできたんだ。新しい調理法を試してるついでにな」
「へぇ~、それは初耳ね。あなた?」
「ミ、ミーシャ。いや、別にそのために時間を割いたわけじゃないぞ?」
「ええ、わかっているわよ。今日は少しお話ししましょうか」
「ああ…」
あ~あ、最近ずっと夜遅くまで料理をしているからとうとうミーシャさんがお冠のようだ。私はそっとその場を離れて夕食を待つ。ムルムルにも食べてもらいたかったんだけど、最近ずっと私たちと一緒に動いていたので、今日は来れないのだ。何でも先日の貴族の訪問について抗議を行ったら、今日はその謝罪に招待されたらしい。
「抗議しても招待されるなんて、やっぱり貴族相手は大変だね」
今回はテルンさんも一緒に行くから大丈夫だと思うけど。
チッ
「うん?ミネルたちもお腹空いたの?ちょっとだけ待ってようね。後1時間ぐらいだから」
そしたら、美味しいご飯がまってるんだろうなぁ。久しぶりに細工道具を取り出して、ちょっとだけ作業する。
「むぅ、食事が気になって変なのが出来ちゃった」
最初はちょっと大きい細工物にしていたつもりだったんだけど、出来上がりかけのそれはどう見ても…。
「これ、ステーキのサンプルだよね」
形になっていたのはステーキのサンプルだった。奇しくもちょっと黒っぽい木材がいい味を出している。付け合わせのコーンなんかも結構な再現度だ。
「これは見なかったことにして、夕食に行かないとね」
階段を下りて夕食を食べに行く。今日はミネルたちもいるのでちょっとにぎやかな食事なりそう。
「こんばんわ~」
「アスカちゃん、最近早いわね」
「ミーシャさん。それはもう楽しみですから」
「そう、それじゃ奥の席にどうぞ」
「はい」
ありがたく奥の見えにくい席に案内してもらう。この近辺には常連さんぐらいしか座らないから、安心して食べられるんだよね。
「はいアスカ、熱いから気を付けてね」
しばらく待つとエステルさんが料理を持ってきた。最近はエステルさんも元気そうでよかった。
「ありがとうございます」
そうして並べられたのは、サンドリザードの幼体を使った数々の料理だ。まずは大量のスパイスに漬け込まれたであろう包み焼と、ほぐし身のサラダ、それにピッツァ風の四角い料理、スープは色も薄めであっさり目のトマトスープだ。
「ライギルさんがまずはパン生地を使ったやつから食べてだって」
「珍しいですね。ライギルさんが食べる順番を言うなんて」
基本的にライギルさんはおいしいものを好きな順番で派だ。こんな風にどれから食べろなんてめったに言わない。
「それじゃまずはピッツァから…」
ぱくっ
「ふわっ!」
す、すごい。この世界に来てからたまにチーズを食べたけど、どれも癖が強かったり味が安定していなかったのに、とてもコクが強くておいしい!
「このチーズどうしたんですか?」
「実はね、アスカの作ったコールドボックスのお陰で温度管理が簡単になったのよ。それで、一定の品質になるってわけ。もちろん、庫内温度も変化するから状態を確認しながらだけどね。大変だったのよ、野菜の匂いと混ざらないようにするの」
「へ~。ってじゃあこれ貴重なんじゃないですか?」
「もっと大きくて大量に保管できる倉庫でもあればね」
「なるほど…それなら地下室ですかね」
「地下室…でも、結構作るのって大変じゃない?」
「そうですね。ちょっとぐらいなら私でも地面を掘れますけど、壁を固めたりと大変そうですね~」
ユスティウスさんなら出来そうだけど、作っても依頼料が高そうだ。Cランクでもそこそこの依頼料がかかり、なおかつ魔法を使う依頼は特別報酬がいるから、かなりの金額になるだろう。魔法は身近でも貴重な物には変わりないということだ。
「残念ね。環境さえ整えば、もっと作れるのに…」
「仕方ありませんよ。エステルさんが店を開いて、人気店になったらお願いしますね」
「先は長そうね。それじゃ、ごゆっくり」
エステルさんが仕事に戻っていく。というのも連日の勢いはまだまだあるようで、結構お客さんの入りもいいのだ。
「さて、それじゃ他の料理も…」
次に目を付けたのはスープだ。なんでと思うかもしれないけど、ピッツァの味が濃いから、一旦口の中をリセットしないと、次の料理の味がちゃんと味わえないからね。
「あっ、思った通りあっさりしてておいしい」
飲みやすいし、味も薄めなので後味がすっきりしている。そこで次はスパイスの包み焼を食べる。
「ん~、濃厚なスパイスの味とさっぱりした身がいい組み合わせだ。でも、味が濃いな…そうだ!」
こんな時こそ用意されたサラダだ。サラダには薄くドレッシングがかかっている程度で、味付けは控えめだ。
「これなら!ぱくっ、うん!おいしい。あっさりしたサラダがスパイスで味付けされてちょうどいい感じ」
スープをもう一回飲んでサラダだけ食べてみる。
「うん、これはこれであっさりしてておいしい。身がほぐれやすいし、そこまで濃厚な味じゃないのも大きいかな?」
流石はライギルさんだ。難しいハイロックリザードの料理を考えながら、こんな料理も作れるなんて。
「特にチーズは驚いたなぁ。地下室が作れる人を見つけたら頼んでみようかな?」
何せこの味だ。大量に作ればそれだけで売り物になるだろうし、最悪私が立て替えてその分を徐々に返してもらってもいい。こういう温度管理の難しい食品に私は飢えているのだ。
「まあ、今のところは保留だしこの美味しい料理をまずは食べないとね」
チッ
隣ではミネルとレダがサラダに使ったであろう、ほぐし身を使ったご飯を食べている。
「おいしい?」
チュン
「ふふっ、よかったね。でも、こうなるとティタだけちょっとかわいそうだね。サンドリザードの魔石はないし」
ちらりとティタの方を見る。あっちは忙しい中、ミーシャさんが用意してくれている。ほんとに面倒見がいい人だ。