経由地レディトへ
エヴァーシ村での目的も果たし、いよいよ今日は村を出発する日だ。前日はあわただしいながらも夕食を村の人がごちそうしてくれた。
「にしても結構儲けたな~」
「あれにはちょっとびっくりしたね」
「まあ、金額だけ見ればこんなもんなんだけどな」
昨日の夕食の最中に村長さんからこの間の大工仕事の報酬を貰ったのだ。額にして金貨六枚。内訳は私が三枚、ノヴァが二枚、リュート一枚だ。技術指導の観点から考えてノヴァの方が三枚だと言ったんだけど……。
「でも本当によかったのノヴァ。私が金貨三枚で?」
「ん? ああ。俺のは割と普通のことだし、木材の用意なんかはアスカ任せだったからな」
「僕もまさか貰えるなんて思ってなかったし、滞在費より報酬の方が多くなったね」
「結局、真面目に働いたあたしが一番報酬が少ないなんてね」
「ジャネットさん、前日まで夜勤だったんですよね。大丈夫ですか?」
「ああ、そっちは昨日仮眠も取ったし問題ないよ」
「いいなぁ。俺なんてあんまり寝れてないぜ」
「ノヴァは結局、最後までいたんだよね?」
「ああ、多分二十一時ぐらいまで喋ったり、飲んだりしてたな」
「だから早めに寝ようって言ったのに……」
「でもよ、次いつ来れるか分かんねぇしな」
「それはそうだけど……」
私たちは思い思いの話をしながら村を出て、レディトへの道を歩いていく。
「それにしても、今はまだまだ暗いけど僕らの歩いてるところ、本当に草原以外はないんだね」
「だねぇ。ちらほら草食系の魔物も見るけど、後は何にもないね」
「こっからまた歩き詰めだろ。馬車とか通んねぇかな?」
「う~ん。あの村の感じじゃ難しそう。毛皮を買う時も、みんな結構慎重だったからね」
「ああ、それはあるね。頑張って護衛をつけて村に行っても中々買ってくれないんじゃ、街道なんて夢のまた夢だね」
「せめて、村の方に観光できるようなところとか、目玉があったらなぁ……」
「といっても、魔物も多いところだしすんなりとはいかないだろうけどね」
「そうですね……あっ!」
「どうしたのアスカ?」
《わぅ》
「魔物がいるみたい。リンネも匂いがするって」
「やれやれ、本当に手間のかかる土地だね」
村を出発して一時間余り、この辺りはこの前討伐した魔物とは別の魔物の縄張りらしい。
「ん~、何だか大きい魔物のようですね……」
「あ~、じゃあガンドンかもねぇ。ノヴァ、絶対に正面に入るなよ」
「ガンドン?」
「でっかい角が正面についてて、皮膚も硬い。草食の魔物なんだけど、縄張りに入ると襲ってくるんだよ」
なるほど、サイみたいな魔物かな? 幅も百五十センチはありそうだし、確かに正面から戦うのは難しそうな相手だ。
「分かった。でもどうするんだ? 草原じゃ隠れられないぜ」
「簡単だよ。前衛は二人いるんだから、どっちかが回避前提で正面に回る。今回はあたしが見本を見せるから、よく見ておきな。アスカ、数は?」
「え~と……四頭です」
「単独じゃないのかい。面倒だねぇ。リンネ、一頭は任せるよ」
《わぉん》
リンネが吠えて答える。意外といいコンビなのかな? なんて思っている間にも向こうは距離を詰めてくる。
「配置は?」
「右に三、左に一です」
「よし! リンネは左だ。あたしたちが残りを引き受けるよ。アスカ後ろは任せた!」
「はいっ!」
向こうがこちらを完全に捕捉する前に動く。特にリンネは背丈が低いので、目で捕らえるのは難しいだろう。
《グヲォー》
大きな魔物が私たちを捉え、一気に突進してくる。他の魔物なら逃げていくんだろうけど、私たちはここを通らないといけないから逃げられない。
「さあ、行くよ! ウィンドカッター」
挨拶代わりに風の刃を放つ。しかし、オーガと同様。かなり皮の硬い魔物らしく大きな傷は付かない。
「それなら!」
私は首回りや足に狙いを定めて再び放つ。
《グヲォーー》
硬いといっても皮膚を切れないわけではなく、足に命中した一頭は一時的に動きを止めた様だ。
「行くよ!」
そこをジャネットさんたちが一気に襲いかかる。とはいってもジャネットさんは常に正面に来るように且つ、余裕を持った攻撃だ。相手がかみつこうとしたり、角で突き刺そうとしたところをリュートが槍で突く。ノヴァもジャネットさんの斜め後ろから、隙を見て斬りかかる。
「うわ、何だ!? この角かってぇな。今、金属みたいな音がしたぞ」
「言っただろ。首元や口に突き刺す感じだよ。ただし、深く刺し過ぎないようにね。剣が抜けなくなっても知らないよ!」
「まだ、支払いの最中だぞ! そんなことするかよ」
ジャネットさんの注意を聞きながら、二人は相手を追い立てる。魔物は体が大きいけど、素早い動きは苦手なのか正面に捉えられずイライラしている様だ。そこをジャネットさんが斬り伏せる。
「はい、いっちょあがり。リンネは?」
《わん》
リンネはというと物理中心なため、爪での攻撃がほとんど効いていないようだ。しかし、考えがあるようで誰かに助けを求める気配はない。
《グヲォーー》
再び、リンネに魔物が向かう。それをやや大きめに回避して、一気に襲いかかった。
キランと一瞬爪が光ったと思うと、今まであれだけ爪の攻撃を防いだ魔物の皮膚を切り裂いた。しばらく魔物は抵抗する意思を見せたが、やがて出血が多く倒れた。
「ノヴァ! 最後は任せたよ」
「おう!」
最後の一頭はリュートが注意を引き付け、ノヴァがとどめを刺した。
「終わったねぇ。しかし、相変わらず硬いやつだ」
「リンネ、頑張ったね」
《わぅ》
満足げに返事をするリンネ。でも、それもつかの間、すぐに肉が欲しいと魔物をつんつんする。
「現金だね。ちょっと待ってな」
リンネの要望に答えるため、ジャネットさんが皮を切り裂いて適当な大きさの肉をリンネに投げる。
《わぅ~~》
尻尾を振ってすぐに肉の塊に飛びつくリンネ。ここだけ見ると野生の魔物なんだなぁ。
「リンネは肉を食べてるけど、人間も食べられるかな?」
「ああ、ちょっと筋が多いけどねぇ。買取は当然安い、皮と角はそこそこだけどね」
「でもこれだけ大きいと、マジックバッグに直接は無理ですね」
「持って帰るかい?」
「初めてのお肉ですし、出来れば欲しいですね」
「そっちかい。まあいいけどね」
まだ、時間も早いので今回は解体することにした。図体が大きいので、解体といっても背中から剣を入れて切る大雑把なものだ。これでもかなりの重量と大きさなので、買取価格には響かないとのことだ。
「結構臭うな、こいつ」
「どこか水場があったら洗おう」
「そうした方がいいね。肉はどうする? 皿とかないけど……」
「それなら! アースウォール」
私は土を硬化させてお皿状にし、そこに肉を乗せる。簡単に洗えば土は問題ないし、最後は土に戻るから持ち運びも便利だ。
「アスカいつの間に土魔法なんて覚えたんだい?」
「これはハイロックリザードの装備の効果ですよ。私が使えるわけじゃないんです」
「へぇ、いい鍛冶屋に当たったみたいだね」
「はい! 紹介してもらえてよかったです」
今回の解体は大雑把だったので十分ほどで完了した。固いと心配していた皮も切れないレベルではなく、割と簡単に切れたのも大きかった。
「結構、簡単に切れるんだな」
「ノヴァもそう思った? 実は私も」
「この剣の切れ味がいいのさ。こいつの革は革鎧の材料としては割と一般的な素材だよ」
「へ~、そういえば防具屋で見たことあるかも」
「まあ、昔のあんたたちには結構な値段だったから、使ったことはないと思うけどね」
「防具と言えば、リュートもハイロックリザードの皮を買ってたよね。あれはどうしたの?」
「僕は普段からつけてるよ。加工するお金がなかったから、そのまま胸当ての裏に付ける形だけど」
へ~、そんなことしてたんだ。確かにリュートの買った皮は小さかったから、そのまま使えそうだったけど。
「もうちょっとしたら加工できるようにはなるさ」
「そうですね。肝心な時に取れても嫌なので、お金がたまったらどこかに依頼します」
「そんじゃ、作業も終わったし出発だな」
肉もマジックバッグにしまい込んで、私たちは再度出発する。まだまだ、道のりは長い。
「今どんぐらいだ~?」
「さてね。半分は越えたはずだけどね」
「まだ、半分なんですか……。ていうかこの道来る時も通りましたっけ?」
「多分通ったと思うよ?」
私の言葉に通ったというリュート。何か目印とかで覚えてるのかな?
「辺り一面草原だけど通ったよ。行きと帰りじゃ景色が違うからね」
お昼休憩も過ぎて一時間は歩いたけど、まだまだ大草原の中を私たちは歩いている。
「それよりアスカ。さっきから止まっては追いついてを繰り返してるけど、それも新しい装備の効果?」
「うん。風魔法より燃費がいいというか、速さの調整とかもしやすいかな? あっちはドンッと加速して、ちょっとずつ減速していく感じだけど、こっちは加速の度合いも選べるし」
「まあ、休憩が減るのは良いことだね。今回は夜前にレディトへ着きそうだよ」
「そういや、来る時はもっと休憩が多かったからな~。それで余計に進んでない気がしたのか」
「景色はほとんど変わり映えしないからねぇ」
「でも、ジャネットさんはよく場所が分かりますね」
リュートもそうだけど、ところどころにある低木を目印になんて無理だし、どうやって位置を把握してるんだろ?
「まあ、何ヵ所か目印になるところがあるからね。それさえ覚えておけば簡単さ。一度迷ったら終わりだけど」
「怖いこと言わないでくださいよ~」
「そうは言うけど、魔物に襲われて方向を見失うってことも考えられるからね」
「そうならないことを願います」
「全くだね。二度と経験したくないよあれは……」
ということはジャネットさんは経験ありなのか。すごく渋い顔をしているところを見ると、大変だったんだろうなぁ。
「町が遠いとさぁ、食料だけじゃないんだよ。水はないし汗はかくしで……おっと、来る時にも使った休憩所だね。ちょっと休むよ」
「やったぜ!」
もうちょっと話を聞いていたかったけど、私も疲れていたので休憩できるのは嬉しい。私たちはありがたく休憩所を使わせてもらった。




