シャスさん?
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お姉さんの家で食事をおよばれした私の目に入ってきたのは、シャスさんと呼ばれた人だった。
「女装? いやでも……」
う~ん。見た目はどう見ても女性の身体つきなんだよね。服装は男っぽいんだけど……。
「は? お前何言ってんの? 見て分かんないか、女だよ俺」
「ええっ!?」
新事実! シャスさんは男じゃなかった。じゃない、女性だった!
「えっ、でも、鍛冶屋って男の人がやるんじゃ……」
「そんなことないよ。現に俺は女だしね」
「言動を除けばだがな。あんたの場合は」
「別にいいだろ。しょうがないじゃん、男職場なんだから」
「……はっ! ごめんなさい。私てっきり男の人だってずっと思ってて」
「別にいい。名前も男っぽいだろ? 結構間違えられてな。向こうでも何度、お前じゃない! 本人を出せって言われたか」
おどけるように言うシャスさんだけど、きっと苦労したんだろうなぁ。ノヴァの働いてる大工の女将さんも男衆はみんな元気で大変だって言ってたし。
「あら、ようやく起きたのね。ほらあなたも座って。今日は臨時収入があったからちょっと豪華なのよ」
「おう! って、何かあったのかい?」
「この子たちが最近村の近くに来てたローグウルフを退治してくれたのよ」
「へぇ、お前見かけによらずやるな! なんか作ってやろうか? もちろん有料だけどな!」
「あはは、そうですね」
ウルフ退治の報を聞いて頭を撫でられる私。でも、力が強くて撫でられるっていうかぐりぐりされてる気分。
「あたた……」
「こら、小さい子に力を入れないのっていつも言ってるでしょ!」
「あっ、わりぃな。つい癖で」
「いいですよ。代わりにちゃんといいのを作ってくださいね」
「はぁ!?」
「だからさっき説明しただろ。この子たちがお前に依頼したいから連れてきたんだぞ」
「そうだっけ? まあいいや、とりあえず飯だ飯!」
「現金ねぇ。まあ、そんなとこが気に入られてるのね」
「なんだって?」
「い~え、何にも。さあ、アスカちゃんたちも召し上がれ!」
そう言ってお姉さんがテーブルに食事を運んでくれる。
「さすがにリンネがいるからウルフ料理って言うのもあれだから、今日はステップカウの肉だけどね。ちょっと置いとくと美味しいのよ」
そう言って出てきたのは紛れもないビーフステーキだ。
「頂きま~す」
ん~、美味しい! 赤身だけど柔らかいし、噛んでく度に味が舌に染みてくるよ。
「ふふっ、元気いっぱいね」
「はぇ?」
辺りを見回すとみんな私の方を見てる。どうしたの?
「そんなにがっつかなくてもなくならないよ、アスカ」
「さっきは魔物を射る時の目だったよな、リュート」
「うん、控えめに言ってもそうだったね」
「そんな……まあ、美味しいしいっか」
ノヴァやリュートの意見は置いといて、今はお肉が熱いうちに食べないとね。作ってくれたお姉さんに悪いし。
《わう~》
ほら、リンネだって私に負けず劣らずだし。
「面白い子たちね」
「アスカはね」
「あんたら、いっつもこの調子か? 冒険者はいっぱい見てきたけど、田舎に引きこもってるうちに時代は変わったな」
「いや、一緒にしないでくれるかい。さすがにそんなに変わってないよ」
「そうか。あんたは?」
「あたしはジャネット。Bランクの冒険者だ。よろしく」
「ああ、飯食ったらまた紹介してくれ」
「はいはい」
「やばい、俺たちって冒険者として結構まともだったんだな」
「今日ばかりはノヴァに同意だよ……」
こうして、楽しい昼食会は終わった。
「あ~、もうお腹いっぱいだよ」
「だな! んじゃ、行くぞ!」
「どこにですか?」
「工房に決まってんだろ!」
「そうでした。それじゃ行きますか。お姉さんありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ。宿に泊まるんでしょ? 連絡しておくわ」
「本当ですか! ありがとうございます」
お姉さんにお礼を言って別れる。肝心の工房は歩いて五分ぐらいのところにあった。村の家からはちょっと遠いね。
「この辺だと木を切っても文句が来ないし、音も響かない、いい工房だ」
一歩、小屋に入るとその異様さにびっくりする。中には色々な工具やハンマー、武器が所狭しと並べられている。
「ここら辺のは試作のもんだったり、適当に売る用だ。さあ、奥に行くぞ」
奥に進むとすごく整頓された部屋があった。炉のような物も見えるし、ここが仕事場だろう。
「それで、依頼主は誰だ?」
「わ、私ですけど……」
「ん、お前か?」
「はい」
「そうか、丈を見るから……そうだな。あんたが保護者で付いててくれ」
「あたしが? まあいいけどさ」
「それじゃ、残りのガキは帰った帰った。村の周辺で遊んでな」
「ちぇ、何か見れると思ったのによ」
「ほら、行くよノヴァ」
「へいへい」
不貞腐れながらリュートに続いてノヴァが出ていく。まあ、私もできれば見たかったから、気持ちは分かるけどね。
「さて、邪魔者がいなくなったところで本題だ。お嬢ちゃんステータスを確認させてもらってもいいかい?」
「何でだい? 別に聞かなくても装備は作れるだろう?」
「そうだけどな。俺はハイロックリザードを倒した冒険者って聞いてる。適当に作業しちゃ、せっかくの装備が耐えきれない可能性もある」
「鍛冶師に言われちゃしょうがないか。アスカ、言ってやりな」
「言う?」
私はシャスさんに近づいて、自分の魔力の最大値を言う。
「さ、350!? 嘘でしょ! ……だろ」
別に言い直さなくてもいいのに。普段は無理してるのかな?
「まあ、そう思う気持ちも分からなくもないけどね。アスカ、あれ出来るか?」
「あれって、木材から薪を作った時のですか?」
「そう、それだよ」
「いいですけど……。じゃあ、外に出ますね」
私は能力を解放してアルバ南東で始まった伐採に使った魔法を見せる。
「あんまりいい思い出じゃないんだけどなぁ……。嵐よ、ストーム!」
家近くにあった一本の木に嵐の魔法を使う。するとたちまち木を包み込み、次の瞬間には切り刻まれてガラガラと薪に早変わりだ。状態の悪い倒木を薪にしてどけるという話の時に使ってみたんだけど、大工さんたちにこんなことが出来るか! と大目玉を喰らったのだ。検分に来ていたジュールさんにも手順を説明しろと怒られてしまった。
「なっ!? こんなに簡単に……。しかも、大きさも揃ってる」
「分かっただろ? 並の魔力とコントロールじゃこれだけのことはできないよ」
「確かに……。やる気の出るものを見せてもらったな」
再び工房に戻って、打ち合わせに入る。
「おっと、その前に言ってたやつ持ってきたか?」
「えっと、ちょっと古い服ですよね。何に使うんですか?」
「まだ、若い冒険者だって言うからな。成長して、合わなくなったら困るだろ? 成長度合いを見て、将来のお前に合った形を作るためだ」
「そんなこと出来るんですか?」
「ああ、完璧とは行かないけどな。今回俺に話が来たのもきっとその為だろう。俺は土魔法が使えるからな。成長度合いを考えて、本人の未来の姿をかたどったものを作れば差異も少なくなるって寸法だ」
なるほど、土魔法で型を作るんだ。それなら未来の私が着ても大丈夫そうだ。
「ふぅ~ん。そんな方法があったなんてね」
「これでも、王都じゃかなりの腕前で通ってたんだぜ!」
「じゃあ、なんでこっちに来たんですか?」
「……嫌がらせがひどくてね。腕もそうだけど、女がやってるのが気に入らない奴らからも変な噂を立てられちまった。結局、めんどくさくなっちまったからここ来たってわけだ」
「ごめんなさい。嫌なこと聞いちゃって」
私も最初は男の人だって思ってたし、鍛冶仲間からも色々言われたんだろうな。
「いいぜ別に。王都に居たらあんたの依頼は受けられなかったからな。いくら腕がいいって言っても、ハイロックリザードの皮を使ったもんなんざ、おいそれと俺に依頼してくる奴はいなかっただろうし」
「そうなんですか?」
「ああ。あんたは魔法使いだろ? 魔法使いであれを使うとなれば、依頼料が金貨三十枚はくだらない。言っちまえば大博打だ。それを素性の怪しい鍛冶屋に任せるなんて出来ないだろ?」
「うう~ん。素性はともかく腕のいい鍛冶師さんなら依頼するかなぁ」
セーマンさんもシャスさんの腕は保証してくれたわけだし、良いものになるなら誰でもいいと思うんだけど。
「それはあんたが社会を知らない子どもだからさ。現実は厳しいぜ」
実際にこの村に移り住んだシャスさんが言うんだからそうなんだろうな。でも、そんな理由で来たなんて悲しいな。
「ま、おかげであれこれ言われる心配はいらないし、悠々自適な生活が手に入ったんだからどう転ぶか分からないものだけどな」
「でも、依頼が少なくて困ってるんだろ?」
「そりゃあ、こんな村で来る依頼といえば、刃物研ぎか狩猟道具の作成だからな。というわけであんたには期待してるよ!」
「わ、私ですか!?」
「ああ。あんたがうちの銘で活躍すれば、仕事は選べるし金は手に入るしだ」
「でも、商会の人は作るだけでも十分って……」
「そりゃ嘘じゃないけどね。でも、一番いいのは『あの人が使ってる!』『あんなのを自分も身につけたい!』って現場の声だからね」
「頑張ります」
私にできるのは程々だけど。
「まあ、俺も飾りっ気は少ない方だし、あんまり期待はしてないけどな。どうしても見栄えがいいのが人気になっちまうからな」
そういえばムルムルの護衛の人たちもジュールさんの鎧を無駄がないってやけに気に入ってたなぁ。だけど、そういう物は依頼が少ないのか。
「んじゃ、とりあえず服な」
「はい」
私はマジックバッグから服を取り出す。夏物だからほぼ一年前の服だ。
「ふむふむ。なるほど、んじゃ今はっと」
ペタペタとシャスさんが私の身体を触っていく。ちょっとこそばゆいなぁ。
「ほ~う。生意気にも背の伸びに対してこっちは……」
「な、何言ってるんですか!」
「いや、大事なことだぞ? 良い装備も苦しいと付ける気も起きないだろ? ふむ、ちょっと胸は大きめで、足はそこまでじゃないな。多分、百五十五センチ前後で止まるだろう」
え、嘘。私って後十センチしか伸びないの?
「もうちょっと背は伸びると思うんですが……」
「ないない。今の伸びから言って後二年で十センチが限界だね。王都にはいっぱい人がいたから、俺の目は確かだぜ!」
しかも、断言されてしまった。そんなぁ……。
「でも、気をつけなよ。今の感じじゃ、結構いい体格になるよ」
「そんなに筋トレとかはしてないんですが」
「この子、年齢偽ってないか?」
「残念だけど、もうすぐ十四歳だね」
「まあ、いいや。依頼は胸当てとブーツって聞いてるけどそれでいいね」
「いいというか、これでどのぐらいの物が作れるのか分からないんです」
私はマジックバッグから早速、ハイロックリザードの皮を出す。
「ほう、見事な皮だ! う~ん、これならちょっと残るな。肘当てとかグローブぐらいなら出来るかな?」
「肘当ては硬くて加工が難しいって聞いたけどねぇ」
「ああ、確かに難しい。でも、皮に細かい波を入れて伸縮しやすくすると出来なくもない。まあ、独特の感触が嫌で人気はないけどな」
「じゃあ、グローブで!」
動きにくいのは苦手だしね。これで私の防具の作成は胸当て、ブーツ、グローブの三点セットに決まった。




