番外編 過去と未来 リンネの生活
これはリンネが旅に出る直前から、アスカの従魔になったその後の物語です。
※ストーリーの先取り部分があります。また、展開は多少変化するかも?(これはリンネ目線ですので)
僕はグレーンウルフの雄。生まれてからずっと群れで暮らしてる。群れは十五頭で親が四頭、子どもが十一頭の群れだ。もうすぐ生まれてから二年経つので、そろそろ独り立ちの練習をしろっておじさんやお父さんがうるさいんだ。
「別に狩りなんて簡単なのにな~」
なんてったって、僕は子どもたちの中で一番早く狩りを覚えたんだ。切り込みも早いし、成功率だって大体一番だ。みんな何を心配してるんだろ?
「ほら、またそうやってぼーっとして! 一人になったら自分で警戒しないといけないのよ?」
「そうは言うけどママ、そんな簡単に捕まらないよ」
「また、言い訳ばかりして! いい、相手が複数ならいくら強くても関係ないのよ? おじさんだって、自分の群れが襲われてこっちに来たんだから」
またその話か……。おじさんが人間と戦って負けたって話は聞き飽きたよ。
「でも、こっちも二十頭近い群れだって言ってたから、その人間たちは強かったんだろうなぁ……。何を食べてるんだろ?」
きっと、僕らより良いもの食べてるんだよね。じゃないとおじさんが負けた理由が分からないし。おじさんは今でも狩りのうまさは群れでNo.2だ。ただ、目の近くを怪我してるから群れのボスは辞退したけどね。
それから幾日かして……。
「本当に大丈夫か? お前は狩りの腕は良いが、どこか抜けてるからなぁ」
「大丈夫だよおじさん。それじゃね~」
他の子どもを待たずして、僕はこの草原の新天地を求めて走り出した。
「さて、この辺は知ってるところばっかりだし、向こうに行ってみようかな?」
グレーンウルフはやや北側から中央部の草原に縄張りが多い。だから僕はあえて東側のローグウルフたちがいるところに出かけた。
「あっちの方がサイズはでかいっていっても、馬鹿ばっかりじゃん」
そう思いながら進んでいく。実際に三頭のローグウルフとも出会ったけど、特に負ける気がしなかった。
「おんなじ若オスなら負けないね、あんなんじゃ。大体構え方が甘いんだよね~」
ひょいっと隠れては草食の魔物を一瞬で仕留める。仕留めたら直ぐに見つけておいた木の上で食事だ。
「はぁ~、あいつらでかくて登れないからってまた見てるなあ~」
そんな暇があるなら狩りをすれば良いのに。だけど、いちいち狩りをするのも面倒だ。
「どうせ狩れるんだし、向こうからやってきたりしないかなぁ~」
そう思いながら数か月。今日も今日とて頑張って狩りをする。しかし……。
「あれ? また失敗しちゃった。う~ん、もうちょっとやる気を起こさなきゃ」
あまりに手を抜きすぎたせいか、ここ二日は成果なしだ。僕にしては珍しい。すると、いつの間にか人間の住処に近づいていたことに気づいた。
「あれ、こんなところにまで来ちゃったか。帰ろうかな?」
そう思っていると、視線の先に人間がいることに気づく。手にはシカを持っているようだ。
「僕らと一緒のものを食べてるなぁ。もっと美味しいものは食べないのかな?」
気になったのでその人間にこっそり近づいてみる。う~ん、他にめぼしいものは持ってないみたいだ。
「なんだぁ、つまんないの。でも、それならなんで強いのかなぁ?」
目の前の人間を見てもそんなに強そうには思えない。今の自分でも勝てる気がするんだけどなぁ。
【6j5mh4t?】
人間が話しかけてきた。でも、言葉なんて分かんないしなぁ。だけど、シカの足を前に向けてくれてるから獲物を分けてくれるのかも! それなら遠慮なく……。
バクバク
ん~、二日ぶりの飯はうまい! ありがとな!
ワォ~ンとお礼に一鳴きすると男は満足したのかそのまま去って行った。それから、数日に一度そこに行くと入れ替わり立ち替わり、人がご飯をくれるようになった。
「いやぁ~、働かずに飯が食える生活が出来るなんてな。他の奴らにも教えてやりたいぐらいだぜ」
ま、こんな楽な生活、他の奴に取られたくないし言いには行かないけど。
「ん? 何だ今日の飯はガキか?」
村から子どもが一匹出てきた。だけどこっちに向かってくる様子もない。あの先は確か三匹のローグウルフが縄張りにしてるところだな。
「面倒だけど仕方ないか。いつも飯貰ってるし」
だるいけど、これぐらいなら別にいいだろう。ガキを咥えて村に行こうとしたら……。
「おう! グレーンウルフのガキが俺たちの獲物を横取りか?」
「はぁ? ガキを村に返すだけだ」
そんなことも分からないのかこいつらは?
「何言ってんだい。そんな上物逃がそうってのかい!」
「逃がすんじゃなくて届けるの。分かってないなぁ」
こいつはうまいかもしれないけど、食べたら人間が襲ってくるんだぞ。返せば今まで通り肉がもらえるんだ。どっちがいいかなんて考えなくても分かるだろ?
「なんだと! 今日こそは締め上げてやる!」
「ついでにこいつも喰っちまうか?」
「そりゃあいい。グレーンウルフごときに偉そうにされるのも癪だ!」
《ウウォーン》
3匹が唸り声を上げて間合いをつめてくる。
《ワフッ》
子供を村の方に投げるとすぐに俺も戦闘態勢に入る。
「俺も舐められたもんだぜ!」
《ワォン》
「と、跳んだ!」
一声啼いて一気に三匹を飛び越えると、相手が振り向く前に左端の奴に跳びかかる。こいつが一番小さくてやり易い。
「よし、まずは一匹!」
「貴様、よくも!」
「甘い甘い」
怒って突撃してきた奴の顔には爪を、残りの反応が遅い一匹には一気に間合いをつめて、すれ違いざまに牙でかみつく。
「ぐっ、悪い、悪かった。この縄張りはお前のもんだ。だから……」
「縄張り争いなら仕方ないね」
「ほっ……」
ガブリと相手が油断したところへ更にきつくかみつく。
《キャウン》
「何で……」
「縄張り争いなら生きるか死ぬかだろ? さあ、お前はどうする?」
「覚えてろっ!」
《キャンキャン》
「はい終わり……。何見てんだ? 行くぞ」
ガキをもう一度咥えると村に連れていく。
【9h2@q@Zqu!x-@m3lt@す!!】
村近くに来ると人間が何か言ってるみたいだが、相変わらずよく言ってることは分からん。でも、歓迎されているみたいだな。
それから数日間は結構良いご飯が置かれた。気をよくしたので、今度から村を出るガキは届けてやろう。
「うん。俺は良いものが食えるし、向こうは喜ぶ。いい働きだな」
もっとも俺が働くのはせいぜい月に一度あるかないかで、ほとんど何もしないのだが。気が向いた時に腕がなまらないように狩りはしてるけどな。そんな生活が一年ほど続いたのち、俺は運命的な出会いをした。
「ちっ、次から次へと!」
「そろそろ観念しな! この顔の傷の礼はたっぷりとしてやるぜ!!」
こんなに執念深いとは。あん時にとどめを刺していればよかった。急に十匹の群れで襲ってきやがって! 逃げながら二匹は倒したが、さすがにこれ以上は無理だ。逃げようにも怪我してるしな。
「さすがにここまでかな?」
思えば群れから離れて、ただ食べては寝るを繰り返していただけだったな。
「まあ、それはそれでいいか」
せめて、一矢報いようかと思った時、風上から匂いがした。
「この匂いは……間違いない! お人よしだ!」
あれから多くの人間と関わってきた俺には分かる。最初に会った男より、筋金入りのお人よしオーラの香りだ。迷うことなく俺はその場所に全力を持って突っ込んだ。
《キャウン》
へっ、ざまーみろ! 案の定、あいつらは人間にやられて逃げていった。にしてもやっぱり人間はつえ~な。八匹とはいえ、とっさのことなのに追い返しちまった。まあ、さすがにこの傷じゃ俺も助からないだろうけどな。
「せめて、助けてもらったお礼に腹でも触らせてやるか」
中々、村の人間にも触らせないんだぜ。そう思って腹を向けると、ガキが近づいて来て、俺の身体に魔法をかけた。
「傷が治っていく……。痛みも引いていくしすげぇな!」
これが人間の力か! 魔法も出来るって聞いてたが、こんなにすぐ治せるなんてな。ちなみにワンワン言ってたらエサまでくれた。味も俺好みにしてくれたみたいだし、こいつに付いて行けば一生食い物には困らない気がする。
「待てよ」
去っていこうとする後を付いて行く。向こうも付いて行く気なのが分かったのか、名前を付けてくれた。
「……リンネ」
リンネ、それが俺の名前か~。うん、いい名前だぜ。この時からこいつの言うことだけは割と分かるようになった。なんでも、従魔ってのになったかららしい。ついでに飽きずにまた襲撃してきたあいつには今度こそとどめを刺してやった。
「まあ、男を助けたついでだけどな」
他のローグウルフたちも倒したし、これで村の周辺もしばらくは安全だろう。それから村で何日か過ごして、レディトという町に着いた。
「さあ、従魔登録しようね~」
チクッと針で刺された後、何だかカードを見せられた。何々……。
名前:リンネ
年齢:3歳
種族:グレーンウルフ
従魔:Cランク
HP:400
MP:60/60
腕力:139
体力:122
速さ:210
器用さ:81
魔力:30
運:37
スキル:俊足、切断、夜目、忍び足
ん? これが俺の能力か。まあ、こんなもんなのかな?
「速いんだね~、リンネ」
【3qd9lf6せ:s@、!】
《わんわん》
「なら勝負だ!」
馬鹿にされた気がしたので、勝負を挑む。
「どうしたのリンネ?」
【7.gte?】
勝負は引き分けだった。走り出したら俺の方が速いけど、小回りは効かないし、すぐにかわされる。ぬぐぐ、こいつは強い! 気が向いたら修行しよう。
それからアスカが根城にしているアルバという町へ連れていかれた。なんでもここの大きな家で暮らしているらしい。これは良いやつに拾われたぜ!
「ちょっと待ってね。ティタに会わせてあげるから!」
ティタ? 誰だそいつは? どうせ言葉も分からんから別にいいけどな。と、思っていたのだが。
「わたしティタ、よろしく」
「ああ……」
「よろしくお願いします。でしょう? 新入りですよあなた」(ティタ魔物言語使用中)
「なっ!」
連れてきたのはゴーレムだった。小さいのに迫力があって逆らえねぇ。
「ティタ、リンネはなんて?」
「あわせてくれて、ありがとう」
「本当? それにしてもティタ喋るの上手くなったね」
「ディース、おかげ」
「こいつ人の言葉まで喋れるのかよ……」
「うらやましい?」
けっ! ゴーレムだけにすまし顔しやがって。
「そうだ! 私、来年ぐらいに旅に出るんだけどリンネも来る?」
はっ? このでかい家から引っ越しかよ。人間ってのは分からないな。やだよヤダヤダ。このでかい家で、のんびり暮らすんだ俺は。
さっき、この家のちっこい人間にも会ったけど、あいつとは仲良くできそうだしな。アスカと同じ世話焼きオーラが見えたからな。
《ワォンワォン》
精一杯の意志を込めてそう宣言した。
「ティタ、なんて言ってるの?」
「このやどと、エレンきにいった。ずっといたい。だって」
「そうなの? じゃあ、仕方ないね。頑張ってこの宿の警備お願いね。それじゃ私はミーシャさんに伝えてくるから」
アスカが去っていくと思わずつぶやく。
「何でそこまでしないと……」
ボッボッボッ
そこまで言うといきなり周りに火球が現れる。
「アスカはエレンが傷つけば悲しむわ」
「わ、分かりました。せ、精一杯やらせていただきます」
「ついでにエステルの送り迎えもしてね」
「何でそこまで……」
エステルってのが誰かは分からんが、送り迎えなんぞ村の近くにいた頃でもしなかったぞ。
ヒュンヒュンヒュン
今度は風の刃が辺りの草を切り刻む。
「二属性持ちですか……」
「まだある。やる?」
「遠慮します」
俺たちウルフの一族は基本的に魔力が低いものが一般的だ。硬いだけじゃなく、魔法も使える規格外のゴーレムと戦って勝ち目はない。しょうがない、ここは大人しく聞いておくか。こいつも旅に出るみたいだし、何とかなるだろ。
こうして俺の新しい、ワンワンライフが始まったのだった。朝と夜にエステルを送り迎えするだけで、三度食事が出るし悪くはないな。
「たまには、うでみがく」
「わ、分かりました……」
こいつ早く旅に出ね~かな。はぁ、西の方にでも行ってくるか……。あっちは雑魚ウルフとゴブリンぐらいしかいないしな。




