番外編 女神の千里眼
「ようこそ転生の間へ…」
私は転生を司る女神アラシェル。この任に抜擢されてからすでに数千、いや数万年の時を経ました。今日もどこかの世界の死者の魂に転生の説明を行います。
「私は大いなる力をもって強敵と戦いたいです!」
「分かりました。あなたに最適な世界へと送りましょう…」
光に包まれ、また新たな生命が旅立っていきます。ここ最近の者たちはずいぶんと力にこだわるものが多いと思います。先ほどの彼もそうでした。ですが、彼もそんなに長い命とはならないでしょう。彼の世界には他にも多くの転生者がいます。それも彼のように抽象的ではなく明確な望みを持った者たちが。せっかく生まれ変わった命がすぐに散るのは本意ではありませんが、そこに神個人の意思を残すことはできません。
「あの者にも幸多からんことを…。そういえば以前ここに来た少女はどうなったでしょうか?」
時間の概念が薄いここでは、どれだけ経ったか解りませんがそんなに経ってはいないはず…。私は上位転生者に限ってのみその生を確認できます。これは今後の転生に生かすための権限でもあります。
「さて…」
私は水晶を目の前に生み出すとそれを介して彼女の世界を覗きます。なるべく安全なところと言いましたが、あの世界にも危険は多いのです。ただ、神族が影響を及ぼすことが少ないために選んだのです。神の力が絡んでしまえば、そこに住む生命は途端に脆弱になってしまいますからね。加護や祝福を与えることはあっても、あの世界の神々はそこまで強い影響がありませんから。
『さ~て、始めますか!』
何やら部屋で作業をするのに力を開放しているようですね。平和に過ごしたいと言っていた彼女にしては珍しい…。そう思って見ていると、何やら像を作り始めたようです。出来上がりを見たくなってそのまま眺めます。
『やった!やった~!』
今にも飛び跳ねそうな勢いで完成した像を眺めているようですがあれは…私ですね。一度しか会っていないというのに見事に再現されていて、なんだか恥ずかしいです。今までも私に感謝するものは多くいましたが、あのように像を作ってくれたのは初めてかもしれませんね。まあ、そんなに転生後の人を見ることもないですが…。これでも多くの世界にまたがる命の管理者なので忙しいのです。
「おや?」
完成して終わりかと思っていましたが、何やら絵を描き始めましたね?かわいらしい絵ですがどうするのでしょうか?そう思って眺めていると、再び魔道具を使用して新たな像を作ってしまいました。
「ずいぶんかわいらしい像ですが、あれも私ですか」
彼女の知識にあるという事は前世が関係しているのかもしれません。少し、地球に目を向けてみましょう…。ふむふむ、あれはミニキャラというのですか、面白い文化ですね。
『完成した~!ミニキャラ版アラシェル様。題して女神アラシェルちゃん』
あら?ちゃん付けなんて神見習いの時に一緒に修行していた子に呼ばれたきりですね。懐かしいです。
「どうされましたアラシェル様?」
私付きの下級神が興味を持ったようです。普段はあまりこうやって様子を見たりしませんからね。
「ええ、最近新しく送った方を見ていたのですよ」
彼女にもその様子を見せてあげる。
「なっ、アラシェル様をちゃん付けとは…」
「ですが、久しぶりにそう呼ばれて私はうれしかったです。彼女ぐらいですしね、最近の転生であの世界に送れるものは」
「確かにそうですね。生まれてまだまだ浅い世界ですし、文明崩壊も経験がありません。もっと平等に転生者を送りたいものですが…」
何度か破壊と再生を経験した世界は遺物として過去の技術が残されることが多い為、ふとしたことで危険にさらされます。そういうこともない世界は珍しく、見守っていかないといけませんから、送れるものも自然に少なくなってしまうのです。
「そういう意味では彼女の暮らしぶりはテストケースとして良いかもしれませんね。他の者に与えた分よりはるかに少ない加護で立派に生きているのですから」
「全くですよ。この前の彼はさすがに参りました。2つ3つならかわいいものですが、やれ魔法と剣の才能だの王族だのハーレムだのとつらつら語って厚かましい。選ばれたのは偶々で他者の運命を過去から変化させるなどもってのほかだというのに…」
「仕方ありません。私の加護を理由に新たに加護を与えて、神の代弁者として送る管理神もいますから…」
「嘆かわしいことです。アラシェル様の様な転生神の加護を見なければ、加護を与えるべきものが分からないとは…」
「失礼ですよ。かの神たちも自らの世界を守ろうとする一心なのです。ただ、この選定は過去の功罪のみで選ばれるため、実際の人となりは見ませんから過大な評価はして欲しくないのはそうですが…」
別に過去の功罪を見るといっても英雄的活躍や新たな技術の発見などは必要ありません。ただ、人を陥れることなくまっとうに生きる。また、過ちを犯してもそれを悔いて生きればよいのです。そういう意味ではその時は偶々、何も問題を起こさなかったとも言えるでしょう。彼女も短い命の中で懸命に家族と一緒に生きたというだけです。大切なことではありますが、次の世界でどういう人生を送るかはその人次第なのですから。
「そういえばアルトレインの神々には話してあるのですか?」
「いいえ、彼女はそれを望まないでしょう。それに、話してしまえばきっと誰かが加護を与えに行きます。生まれたばかりだからかあそこの神は人懐っこいですから」
「そうですね。過去に送った方は2神の最大の加護を受けて困っていましたね。剣を振れば森林が吹き飛び、魔道具を作れば延々と動き続けるものになるなど」
「あの時は大変でした。最もあのおかげで、ギルドカードの様な高性能な魔道具が生み出されたわけですが…」
「彼があれ以外のものを都度処分してくれたので助かりました。あのままだと滅んだかもしれませんでしたし…」
「そうですね。彼女はこのまま良い人生を送ってくれそうです」
私は消えゆく水晶の中の彼女を見ながら、定期的に見守ろうと思い任へと戻りました。