対面
リンネの話題になったところで村長さんが魔物の話題を振ってきた。
「そういえば、ローグウルフに襲われたって言ってたが大丈夫だったか?」
「はい。群れも倒したのでしばらくはこの辺にも近づかないんじゃないでしょうか?」
「群れを!すごいわね。この辺の近くでも最近見つかっててみんなで話し合っていたところなのよ」
「話し合うって言っても、この辺にはギルドがないだろ?」
「そこで、荷馬車を使ってレディトに依頼を出すかどうか話してたんだ。だけど、荷馬車が襲われる危険もあるから困っていたんだ」
「そりゃ、依頼料をもらい損ねたね」
「依頼か…そうだな。その、死体というか皮とかは持っていないのか?」
「ああ、一応全部取ってるよ。これでも冒険者だしね。まあ、肉は使い道があんまりなさそうだけど」
「そうか!なら、村で買い取らせてもらえるか?もちろん、裕福な村ではないから買取価格はギルドより安くなるが…」
「まあ、肉とか皮の一部ぐらいなら別にいいかな。あたしらはあんまりウルフの肉も食べたことないしね。もちろん、変な値段じゃなければだけど」
「ええ、あなたたちが倒してくれたという証明になれば村人たちもほっとするので。後、ウルフの肉はこの辺ではメジャーな食料の一部ですからみんな喜んで食べますよ」
そういえば草原の魔物はよく食べられるって言われてたけど、あれってウルフ系もなんだ。
「でも、よくリンネは食べませんでしたね」
「リンネ?ああ、サボのことか。こいつは本当に適当に近寄って来てな。あまりのことに毒気を抜かれたんだよ」
「そっか、よかったねリンネ」
わふわふと料理を食べているリンネは特に反応を返してくれない。ほんとに野生なのかな?
「それじゃ、食事が終わったら出すよ。処理できるところは?」
「裏手の丘の向こうだ。そこに処理場があるから準備が出来たら呼ぶ」
「準備?」
「一応、村人数人を呼んで実際に見せた方が説明の手間も省けるからな」
「はいよ。そうだね…ついでに素材をその場で売りたいから、買いそうな奴も頼むよ」
「分かった。他には何かないか?」
「そういえば私たち鍛冶師さんに会いに来たんですけど、今日は会えますか?」
「ん?シャスの客だったのか。それなら大丈夫だ。ただ、寝起きは遅いみたいだからまだ起きてないだろうがな」
「どのぐらいからですか?」
「う~ん。といっても、客らしいのはほとんど見かけないからなぁ。起きたらじゃないか?夜は酒飲んでたりするしなぁ」
うう~ん、いったいどんな人なんだろ?
「まあ、まずは戦利品の処理からだね。それじゃ、やることもないし準備が出来るまでゆっくりするかね」
「そうしましょう」
リュートたちも思い思いに過ごす。私はというと早くシャスさんに会いたい気持ちでそわそわしていた。
「準備が出来た。来てくれるか?」
「あいよ。ほら行くよ」
「は~い!」
「サボ…リンネはここでお留守番ね」
わぉん
おばさんとリンネを置いて、みんなで処理場へと向かう。
「村長さん、ほんとにあいつらを倒したんだって?」
「ああ、今から見せてくれるって言っただろ。すまんな、みんな思ったより不安がっていたみたいでな」
「しょうがないよ。この規模じゃ討伐隊も無理だろうし、警備もほとんどいないんだろ?」
「仰る通りで。では、お願いします」
村長さんに促されて私たちは台の上にローグウルフを置いていく。
「お、おおっ!こいつは…」
「鮮やかな切り口だ。こっちなんかほとんど傷がないぞ」
「これなら、来年の冬服の当てが出来るな」
「肉もおいしそうねぇ」
は~、みんなしきりに感心してくれてる。っていうか目の前で褒められると照れるなぁ。
「ほら、分かっただろう?若い冒険者だが腕は確かなんだ。後、彼女たちの持ち物だからな。勝手は許さんぞ」
「わ、分かってますよ」
「それじゃ、まずは解体が出来るやつはいるかい?費用は腕にもよるが売値の2割ぐらいだけど…」
「お、俺が出来るぜ!」
「あら、解体なら私が良いわよ。この村の狩人は取ってきたら仕事は終わりで、気が向いた時しかしないもの」
「あ、いや…」
「なら、まずは1体ずつ解体してくれ。腕の良い方に頼むよ」
テキパキとジャネットさんが指示を出していく。さっすが、慣れてる感じがするね。
「アスカもぼけっとしてちゃいけないよ」
「ほへっ!?」
「いや、あんたがリーダーなんだから仕切れるようにならないとね」
「ええっ!?そこは適材適所で…」
「毎回、都合よくあたしの手が空いてるとは限らないだろ?ちゃんと見ときな」
「は~い」
「おや、アスカさんがリーダー何ですか?」
「えへへ、一応は」
「へ~、小さいのに頑張ってるのね。後でお姉さんのところにいらっしゃい。解体が終わったらご馳走してあげるわ」
「ありがとうございます」
それからしばらくして解体が終わった。結果は…。
「まあ、お姉さんに一票だね。スピードも丁寧さも見てわかるね」
「やったわ!あなた、臨時収入よ!」
「がっくし…」
抱き合って喜ぶ夫婦と、うなだれるおじさんが対照的な光景だ。
「あ、そうだおっさん。皮の方に肉とかついてるから、きちんと処理してくれよ。そこまでやって報酬だからね」
「ああ…」
そんな追い打ちを…。確かにちょっと汚いけど。一見早く見えるんだけど、実際は途中で筋に引っかかってたりして同じところ切ったり、あまりに勢いよくいきすぎて、皮側に肉がごっそり残ったりしてたもんね。
「とりあえず、毛皮は銀貨2枚と大銅貨4枚。肉は1頭当たり大銅貨7枚と銅貨2枚。牙は大きいところが銀貨1枚と大銅貨2枚でそれ以外は大銅貨1枚と銅貨2枚だね。ああ、もちろんこの値段は加工費込みだよ。お姉さんの取り分は毛皮なら大銅貨4枚って感じだね」
「うう~ん、やっぱりちょっと高いなぁ」
「ローグウルフは大型の種類だからね。色味はそこまで人気はないけどサイズと加工のし易さを考えればこれぐらいだと思うよ」
「確かに…傷もほとんどないしな。前にレディトで買ったやつは外は綺麗だったが、内側がぼこぼこだったぞ」
あ~、分かる。割と安いなぁってコート見てたんだけど、外が汚いか内が汚いかの差で、銀貨2枚以下のは結構微妙なんだよね。それ以上だとお客さんは絞られるってお姉さんは言ってたけど。
「これを加工したら、もっと高い服と同程度になりますよ?」
「加工って言ってもなぁ。ちょっと手縫いできる奴しかいないんだ」
「でも、これならそれぐらいでなんとか行けるかもしれないわよ?元々が大きいし」
「そうだなぁ。よし!いっちょ買うか」
「そう来なくちゃねぇ」
こうして臨時市場のセリが始まったのだった。
「は~い、お肉が欲しい方はこちら、毛皮はあちらですよ」
「アスカ、俺のところの牙には誰も並ばないんだけど」
「あ~、まあ牙を加工しても普通に使えば鉄以下だからね。いくらでも作れるわけじゃないから割高だし」
「なら、俺いらねぇんじゃない?」
「だめだよ、ノヴァ。きちんと仕事はこなさなきゃ」
「そうそう。協力しないならお昼は自分で確保しなよ。アスカの招待にかこつけて食べさせてもらうってのに」
「分かったよ。あ~、こちら牙の販売です。どなたかいらっしゃいませんか?」
「お!坊主元気が良いな。でかいのはいくらだ?」
「銀貨1枚と大銅貨2枚。小さいのは大銅貨1枚と銅貨2枚だよ」
「ほう?ならでかいのを4つと、小さいの30個だ」
「良いけど、よくそんなに買うな」
「俺も猟師の端くれだからな。でかいのはナイフに、小さいのは矢じりにちょうど良いんだ。どうも鉄は合わなくてな」
「なら…」
「大銅貨4枚と銀貨8枚だよ」
「だって」
「はいよ」
こうして、臨時の即売会はなかなかの結果だった。やっぱり牙は売れ残ったけど、肉は全部売れたし、毛皮も結構はけた。特に毛皮は大量にギルドに持って行くと供給過多だし、季節的にも外れてるから安くなりそうだったので助かった。ひょっとしてジャネットさんはこういうことも頭に入れて安めって言ったのかな?
「いやいや、単純に帰りも手に入るかもしれないし、邪魔だから処分したかっただけだよ」
「なるほど、ってまた遭うんですか?」
「今回の群れが村近くをうろついてるだけで、そりゃまだまだ草原には一杯いるからね」
「せめて帰りはゆっくり出来ますように…」
「アスカ、集計終わったよ。牙が金貨1枚と銀貨5枚大銅貨6枚、毛皮は金貨2枚と銀貨4枚、肉が金貨1枚と大銅貨8枚だよ」
「ありがと、リュート。それじゃあ、お姉さんたちの分は牙が銀貨2枚と大銅貨6枚、毛皮は銀貨4枚、肉が銀貨1枚と大銅貨8枚だね。合計して差し引きしてと…私たちが金貨4枚と銀貨2枚、お姉さんが銀貨7枚と大銅貨3枚と銅貨6枚でおじさんが銀貨1枚と銅貨4枚だね」
「よっしゃ~、1匹で良い儲けだ」
おじさんはお金を受け取るとささっと帰って行った。
「よし行ってくれたね。お姉さんには結局残り全部解体してもらったから14体分だね。ほい、金貨1枚と銀貨4枚と大銅貨5枚と銅貨6枚だよ」
「よろしいんですか?」
「あたしたちは帰りにレディトで売りさばけるけど、こっちはそうはいかないだろ?代わりに向こうで高く売れても差額は渡せないけどね」
「ありがとうございます。商人もいつ来るか分からないので助かります」
「それじゃあ、結局俺たちは?」
「え~と、金貨3枚と銀貨4枚に大銅貨8枚だよ」
改めてリュートが計算し直してくれる。
「1人金貨1枚を割っちまうのかよぉ~」
「でも、レディトで売ればまだ上がるよ」
「しょうがないか。じゃあ、飯だ飯!」
「ノヴァは切り替えが早いなぁ」
「それじゃ、いらっしゃい。この代金の分もごちそうするわ」
「は~い」
こうして私たちは解体をしてくれたお姉さんの家へと向かった。
「あ、そうだ。ついでにシャスさんも呼ぶわね。あの人、放っておいたら直ぐに食事抜くから…」
「は、はい!」
トントンとお姉さんが料理をする間に、ご主人さんがシャスさんを呼びに行ってくれた。
「連れてきたぞ~」
「はあ、なんだってこんな朝っぱらから飯なんだよ」
シャスさんの声かな?結構ハスキーボイスなんだ…。
「まあまあ、そんなこと言っていつも食べるの夕食と夜食だろ?」
「でもさぁ、2食食えれば良いと思うんだよ俺は」
「良いから入れって、客も来てるんだぞ?」
「客?あんたん家に?」
「正確に言えば、シャスにだ」
「俺に?そういやぁこの前、商人に言われたっけな。それを早く言えよ!俺は待ち遠しかったんだ」
「なら寝てんなよ…」
「しょうがないだろ?こんな田舎にいつ来るのか分かんないんだからさ~」
そんな掛け合いをしながらシャスさんが入ってきた。
「あれ?そのカッコ……」
入ってきたシャスさんは女装?していた。