新たな出会い
襲いかかってきたローグウルフは合計八匹。そこそこの群れだ。
「動きが速いから注意しないと……ウィンドカッター」
まずは足を取られないように、近くの草を切り開く。そして風を吹かせて草を飛ばす。
《キャウン》
草が体に張り付いたウルフたちは視界が遮られ、こちらとの距離感が曖昧になる。
「はっ!」
そこにジャネットさんが斬りかかり、まずは一匹。
「僕も!」
槍を巧みに使ってリュートも一匹の頭を貫いた。
《ワォン ウォン》
追撃とばかりに私も魔法を放ち、これで五対四……いや、最初のグレーンウルフがいるから六対四かと思っていると、分が悪いと思ったのかローグウルフたちは逃げていく。
「諦めの良いこった。面倒だからこのまま出てこなけりゃ良いんだけどね。ノヴァそっちはどうだい?」
「それが、こいつ動かないんだけど……」
「えっ!?」
すぐにグレーンウルフのところへ行って状況を確認する。グレーンウルフの大きさは一メートル四十センチぐらいで、体中に傷跡が見えた。
「どうやら、あの群れに追われてたみたいだね。どうする?」
「どうするって……」
「そりゃリーダーはアスカだからね。こいつをどうするかね」
「え、えっと……」
うう~ん、そう言われちゃうとこんな傷ついた魔物にとどめを刺すって言うのもなぁ。見た感じは襲ってくる気もないみたいだし。じーっと見てるとグレーンウルフはごろりとお腹を見せてきた。
「お腹を向けたってことは敵意がないってことだよね。仕方ないよね。ウォームヒール!」
私は火属性の回復魔法で回復させてやる。失血して下がっている体温も考えて火の回復魔法にした。
「どうかな? 痛くない?」
《ウォーン》
ちょっと大きめの声で吠えると、グレーンウルフはこっちにやってきた。
「アスカ、大丈夫?」
「多分」
近づいてきたグレーンウルフは私の目の前で座り込むと出した手を舐めてきた。
「わっ、舐めた。ははっ、くすぐった~い」
舌はちょっとシャリってしてるけど、離れる時はゆっくりだから風と合わさってくすぐったい。
「これ食べる? でも、味がきついよね。ちょっと水に浸けて食べられるようにしてあげるね」
簡単にお湯で干し肉の味を抜いて目の前に出してあげる。
パクッ モグモグ
「食べた! どう?」
《クゥ~ン》
「もうちょっと? はいはい」
バッグから追加の肉を出して味抜きしてさらに与える。美味しそうにオーク肉を食べてるなぁ。
「おいアスカ、終わったんならさっさと行くよ」
「あっ、は~い! じゃあ、元気でね~」
エヴァーシ村に急いで行かないと行けないんだったことを思い出し、すぐに進み始めた。
「なあ、あいつ付いて来てんだけど……」
「しかも、丁寧に肉はきちんと咥えたままね」
「うう~ん、餌をもらって懐いちゃったのかな?」
「いやぁ、どっちかというと怪我を治したからだろ。あれじゃ、群れに戻るのも難しかっただろうね」
「ついてきて大丈夫でしょうか? この辺に住んでるウルフなら、村の人も警戒するんじゃ?」
「アスカに懐いているところを見せれば大丈夫だろ。お前出来るよな?」
《ワフッ》
うう~ん、この目を裏切れない。仕方ないか。
「それじゃ名前を付けてあげないとね。名前はと……」
シロ? いや、ちょっとグレーも入ってるしなぁ。バウ? バウとは鳴かないし、何が良いかな?
「う~ん、う~~~ん。リン……リンネ君だね」
オスでも別に変じゃないよね? と思っているとリンネの身体が光った気がする。
「何だろ?」
「従魔にでもなったんじゃね?」
「そんな簡単になるわけないよ~、ねっ!」
《ワォン》
いや、なんかそれっぽい感じがする。ちょっと魔力取られた気がするし。
「試しに……」
魔力を送って傷を癒やそうとする。今はもう治ってると思うけど。
パァァァ
「あっ、光った。ということは……」
「二体目の従魔おめでとうアスカ」
「リュート褒めないで良いよ。本当に予想外だったの」
「まあ、懐いてるところに名前まで付けちゃね。それじゃ、行こうか」
ジャネットさんは何でもないかのように、先へ進んでいく。それにしても従魔が増えたって言うのにみんななんで驚かないんだろ? 私が一番驚いてるみたいになってるんだけど……。
「アスカ、行くよ~」
「あっ、待ってリュート」
そうだった。今は村まで急がないと。気を取り直して私たちは草原を進んでいく。四人と一匹となった行軍はなかなかのスピードだ。
「あっ、ふわふわ……」
「なんかアスカがさっきから、リンネの尻尾見て歩いてんだけど」
「しっ! ペースが上がってんだから黙ってな」
「なんだかアスカがキャット種みたい。ゆらゆらする尻尾について行って……」
こうして昼も過ぎ、辺りが茜色に染まる頃の私たちと言えば……。
「結局、着くのは夜ですか~」
「しょうがないよ。距離も結構あるし、馬車でも飛ばさないと着けないからねぇ」
「まあ、野宿ったって最後は村なんだから気にすんなって」
「そうかな?」
「野営と違ってそこまで周りを気にしなくても良いし、楽は楽だよね」
「そっか、うん。そうだよね」
別に急いでも夜になることは変わらないし、ならいいや。そう思って再び進んでいくのだが……。
《グルルルル》
いきなりリンネがうなりだした。どうしたんだろ?
「これは本命かね。ウルフたちは夜行性のも多いから気をつけなよ。夜は敵の位置も掴みにくいから」
もう日はほとんど落ちている。これは大変そうだ。
「それなら! ファイアボール」
私は火の玉を空に放り投げ、辺りを照らす光源にする。
「ひっ!」
そこには火の玉に照らされて、ウルフたちの群れが見えた。数は……十二匹ぐらいだろうか。
「さっきより多い」
「ひょっとすると同じ群れかもねぇ。大層なことだよ。アスカを中心に据えて、みんな三方に分かれるよ」
「はい!」
相手の位置が分かりにくいので、こっちは受け身の陣形だ。位置を確認しやすい私が中央で、それをみんなが守る形だ。ちなみに私のすぐ後ろにはリンネがいる。
「リンネ、怪我が治ったばっかりなんだから無理しちゃだめだよ?」
《ワォン》
元気の良い挨拶を返してくれるけど分かってるのかなぁ。おっと、相手が距離を詰めてきたようだ。
「まずは、数を減らさないとね。ウィンドカッター!」
風の刃を大量に生産して群れに放つ。
《キャウン》
特に狙いも定めず放った刃は、運良く一匹に命中した。他は避けられたり外れたりだったけど、これで全体的に距離が取れた。
「魔槍よ!」
リュートも槍を長くして、近づけない雰囲気を作っている。これで、相手はジャネットさんとノヴァの方に向いたんだけど……。
「この程度の相手!」
あっちは大丈夫そうだ。
「うわっ!」
そう思っていると、二匹がかりで攻められたノヴァに二匹目が襲いかかって押し倒される。
《ワォン》
すかさずリンネがノヴァを押し倒したウルフの首の後ろを爪で切り裂く。
「わりぃ、助かった」
《ウォーン》
短く鳴くと再び私のところに戻るリンネ。私とリュートで距離を取らせて、近くに来たのをジャネットさんとノヴァが倒す。漏れそうな時はリンネが入り、万全の体制だ。
「そらよ!」
一匹、また一匹とローグウルフたちは数を減らしていく。しかし、昼間にとは違い逃げずに立ち向かってくる。
「こうなったら……ジャネットさん、ノヴァちょっと下がって!」
「はいよ!」
「おう!」
二人に下がるように指示して、相手が一気に来るのを待つ。すでに向こうは七匹。これぐらいならいけるだろう。
《ウウォーーーーン!》
突撃命令だろうか? 一気にウルフが距離を詰める。
「出ちゃだめだよリンネ」
《ウォン》
一気に襲いかかってくるウルフに私は魔法を放つ。
「風よ、ストーム!」
嵐が私の手のひらから広がって、こっちに向かってくる群れを一気に補足する。嵐に巻き込んでこのまま倒せるけど、買い取りのこともある。私は嵐を空に向けると魔法を使うのをやめた。
「さあ、とどめ! ウィンドカッター」
空に舞い、身動きの取れなくなったローグウルフたちを風の刃が仕留めていく。最後は弓を取り出して眉間に……。
「シュート!」
正確に狙った矢が相手の眉間を貫く。あれだけいたローグウルフの群れもこれで終わりだ。
「ふぅ~、疲れました~。今日は本当に多いですね」
「ああ、前に行った時は二回ぐらいだったけど、襲撃が多いんだよね。特に夜がね」
「アスカの魔法で明るかったけど、確かに戦いにくかったね」
「足場も草が多くて面倒だぜ!」
「ノヴァたちはもう少し背が伸びれば大丈夫だろうね。アスカは……」
「私は浮けますから!」
小さいから無理とは言わせない。私は魔法さえ使えれば浮けるんだからね。
「ああ、まあそうだね。リンネもご苦労さん」
ぽいっとジャネットさんがリンネに何かを投げる。リンネはすかさずキャッチして食べ始めた。
「なんですかあれ?」
「カーム印の干し肉だよ」
「カー、カーム印ですか……」
カーム印の干し肉は、安い端肉なんかを干して作ったもので、わずかな塩のみのシンプルな味付けが特徴だ。そう言えば聞こえは良いんだけど、実際は低予算商品で安いけど固くて味の薄いものだ。
塩分も少なく日持ちもそれなりで、もちろん私は二度と買わなかった商品だ。
「いやぁ、王都でどれぐらいかかるか分かんなかったから、久し振りに買ってみたんだけど、アスカと一緒に旅してるとあまり食べたくなくなってね」
要はあまり物さとジャネットさん。でも、リンネにとってはごちそうのようで、はぐはぐと元気そうに食べている。
「さて、そろそろ行こうか」
「その前にウルフどうします?」
「ん~? そのまま持ってくか。この辺に多く住んでるし、村で直接売れるかもしれないしな」
「じゃあ、そのまま入れちゃいますね」
私たちは手分けしてローグウルフを入れていく。ちょうど一人三匹ずつだ。
「んじゃ、出発だね」
再び私たちは歩き出した。さすがに魔物のおかわりとはいかず、夜も更けてきた頃にエヴァーシ村へ着いたのだった。




