エヴァーシ村へ
「ごめんくださ~い」
「はいはい、何でしょうか?」
23歳ぐらいの女性の店員さんが迎えてくれる。
「輸送の依頼で来たんですけど…」
「あら、かわいい運送屋さんね。どこかしら?」
「ちょっと待って下さいね」
私とジャネットさんはそれぞれマジックバッグから荷物を取り出して置いていく。
「あら、これはアルバの店からの…」
「はい」
「でも、変ねぇ。いつもはもっと日持ちのする物なのに、お母さんどうしたのかしら?」
「あたしたちはちょいと急いでてね。この荷物も朝引き受けた物だよ」
「そうだったんですね。ありがとうございます!新鮮な商品はあまりこっちまで送れないので助かります」
「それじゃ、依頼の完了のサインを…」
「はい。そうだわ!これぐらい早く送ってもらったんだし、ちょっとだけ上乗せしておくわね」
お姉さんはそう言うと、報酬額のところを銀貨2枚から横に大銅貨5枚を書き足してくれた。
「ありがとうございます」
「いいえ。こっちこそ滅多にこんな早さで送ってもらえないから助かるわ」
お姉さんのサインももらったし、ギルドで報酬をもらわなきゃ。
「お願いしま~す」
早速ギルドに行って報酬をもらう。
「は~、報酬増額なんて珍しいですね~。これからも頑張って下さいね~」
「はい!」
報酬も無事にもらったし、これで一応今日の宿代と食事代は稼げたかな?
「それじゃ、軽く何か食べましょうか?」
「そうだね。ちょっと早く着いたし、お昼もパンだけだったしねぇ」
私たちはレディトのいつもの喫茶店に入る。ん~、相変わらず雰囲気も良いし料理もおいしい。これでお菓子とかあればもっと良いんだけど…。何せ砂糖が馬鹿高いこの世界では甘みは大体果物と野菜からだ。当然野菜からだと中々お菓子には使いにくい。
「かぼちゃのお菓子とかはあるんだけど、流石に飽きるしね」
おいしいとかまずいじゃなくて、あふれすぎてて飽きるんだよね。果糖だけでも取り出す技術があればなぁ。ま、贅沢ばかり言ってても仕方ないし、健康に良いからしょうがないよね。
「そろそろ、行こうぜ」
「そうだね。商会の人も都合があるだろうし」
「じゃあ、行こっか」
リュートたちに促され、喫茶店を出た私たちは商会に向かう。
「こんにちわ~」
「はい、何をお探しでしょう…あら、アスカ様ですね。奥へどうぞ」
「はい!」
受付のお姉さんに案内されていつもの部屋に通される。そこで待つこと5分、セーマンさんが部屋に入ってきた。
「これはこれはお久しぶりです。今日はどのような件でしょうか?」
「はい。昨日、鍛冶師が見つかったと言うことでやってきたんですけど…」
「おおっ!その件ですか、ではご説明します。まずはその鍛冶師なんですが、実は以前は王都で工房を開いていたのですが、周りの店との競争が激しくて店を閉めたのです」
「は?店閉めたんなら腕が悪いんじゃねぇの?」
「こらノヴァ!そんなこと言っちゃだめだよ」
「でもよぅ…」
「ああいや、そう思われても仕方ありませんが、中々事情がありましてな。会って頂ければ分かるとは思います。とにかく、王都の工房を閉めた後、我々の方でも行方知れずだったのですが先日、従業員が里帰りをしたところに偶然同じ名前の鍛冶屋の店を見つけたとのことで、会いに行って確かめたのです」
「直々に会いに行ったのですか?」
「もちろんですとも。大事な顧客とのお約束ですから、それらしいでは済まされません。特に今回は加工が難しい素材ですからな。商会としても恥ずかしい人物を会わせるわけにはいきませんので」
ドンッと胸をたたいて自信げに話すセーマンさん。確かにこの調子ならいい人が見つかったみたいだけど…。
「でも、なんであんな田舎の村にわざわざ住んでるんだい?」
「何でも、王都暮らしで人と会うのが嫌になったから、あまり接触しない田舎で暮らしたいとのことでして。今でも数人の冒険者相手に月に数本作っては売っているのだとか」
「でも、よく今回は受けてくれましたね。そんな人なら断りそうなものだけど…」
「ああ、それは簡単ですよ。田舎の冒険者相手じゃ儲からないからです。端的に言って王都での貯金を取り崩しながら生活しているとのことでした」
「それで今回、アスカの依頼を受けてお金を稼ごうってことかい?」
「まあ、そういうことですな。田舎住まいでも大口の依頼があれば生活できますし、今回改めてエヴァーシ村で実績を作って、固定客を掴もうとしておられるみたいですな」
「へ~、でも私に作ったって宣伝になるんですか?」
「まあ、失礼ですがCランクの方の装備を作っただけでは無理ですな。しかし、材料がハイロックリザードの皮で魔法使い装備となれば別です。魔法使い用の防具は良いものになると、魔法付与をして本人の魔力を使うことで補助効果をもたらすものがほとんどです。ですが、これが出来るのは鍛冶師多くとも中々いないのですよ」
「そこで、実績を作って宣伝ですか?」
「おっしゃるとおりです。何もその冒険者が活躍しなくとも、私どもの商会などでこういうものが出来上がったと宣伝すればそれだけで価値があることなのですよ」
「でも、宣伝したらまた人が一杯来ちまうんじゃないのか?」
「そこは紹介制を敷けば大量な発注も抑えられて、のんびり暮らせるというわけです。作って買ってもらう側から作ってあげる側に変わるわけですから」
「でも、よくそんな鍛冶師さんとお話し出来ましたね。僕には商会に利益がないように思うのですが…」
「そんなことはありませんよ。もし、うまくいった場合はうちが仲介に入りますから」
「仲介ですか?」
「ええ、向こうは大量の顧客は嫌ですが、最低限の数は必要です。そこをうちが調整して仲介料を稼ぐ。立派な商売ですよ」
「で、肝心の場所はどのあたりなんだい?」
「村の奥ですね。ちょっと外れたところです」
「なんでぃ。やっぱり、そこでもぼっちなのかよ」
「ノヴァ、前にも言ったけど思ったことを直ぐ口に出すんじゃないよ。鍛冶屋なんだから当たり前だろ」
「なんでだ?」
「そりゃ、街ならともかく田舎は店舗も家も兼ねてるところばっかりだよ。一緒のところに作って、朝も夜も鍛冶の音が響いたら生活出来ないだろ」
「あっ、そうか」
「おっしゃる通りで、家の位置は外れにありますが特に仲が悪いこともないようです。一部には人気ですしね」
「へ~、会ってみるのが楽しみです」
「ええ、先方も気に入ると思いますよ」
「そう言ってもらえると安心します。あと、今回の納品なんですけど…」
この間、細工にいそしんだこともあって、私のマジックバッグにはまだ細工物が一杯入っている。補充とかは希望を聞く機会がなかったから適当になっちゃったけど、在庫の確保は出来てるはずだ。
「おや、そちらもでしたか。では少々お待ちください」
セーマンさんが席を立って2分ほどで店長のトーマスさんがやってきた。
「どうもご無沙汰しております」
「今回もよろしくお願いします」
「私も同席しますが、やはり直接お客様の対応をするトーマスも必要かと思いまして連れてきました」
そこからは私の持ってきた細工の鑑定や売価の調整の話などであっという間に時間が過ぎていった。何でも、アルバでの私の噂がこっちにも届いてきて、今まではレディトでは無名の細工師の制作物だったのが、アルバのアスカ制作の細工になってきていて、売価の値上げを検討しているとのことだ。
「もちろん、売り上げが伸びる分は仕入れにも反映させますよ」
「でも、それじゃあ買いたくても買えない人が出ちゃいますよね」
「ですが、市場の適正価格からするとずれてきているのも確かでして、最悪転売の危険も…」
「なんとか、割引とか出来ないですか?」
「対象をどう絞るかが問題ですな。不公平だという声に対応しなければいけませんし」
「学割とかがあれば良いのになぁ…」
思わずつぶやいてしまう。私が安く売りたいというのも、中々子どもたちは自分を着飾ったりすることにお金が使えないからだ。
「学割…ですか?」
「あ~えっと、学校に行ってて働けない人のために割引するんですよ」
「学校?いける人はお金持ちですが…」
ああ、そこからだった。
「いや、私の知ってるところはすごく安いんですよ。でも、行ってる間は働けないのでその分、安くしてあげるんです。ちょうど今回だったら、働いててもあまり自由に使えない子どもたちのためですね」
「成る程、安くはするけれど収入が低い世代のみに絞るのですね。商会長どうですか?」
「ふ~む。会員証を作るのか…。だが、それを使って大人が買うことも考えられるしな。直ぐには対応出来ないな。まあ、面白い意見だし、支店が広がれば取り入れてみよう。街を超えての客を確保出来るかもしれん」
「是非お願いしますね!」
「ああ」
セーマンさんとの話も終わり、今日の宿を決める。
「ここで二部屋だね」
泊まるのは以前お風呂の件で話をしたお姉さんの宿だ。ここなら、お風呂もあるしゆったり出来る。
「じゃあ、明日は朝6時起きだよ。遅れないようにしな!」
「おう!」
「はい」
リュートたちとも別れて、明日の朝までは別行動だ。といっても朝早いから、あんまりゆっくり出来ないけどね。
「で、アスカはどこにも行かないのかい?」
「う~ん。今は鍛冶屋さんでどれだけ費用がかかるか分かりませんから、そんな気になれないですね」
「まあ、あたしの時も高かったからねぇ」
「いくらぐらいだったんですか?」
「25枚ぐらいだね」
「やっぱりそれぐらいするんですね」
「まあ、加工が難しいってのもあるけど、軽くて丈夫なところを魔法処理までして作ったからね。ただ、アスカの作るものみたいな、魔道具的要素はないからもうちょっとあんたはかかるだろうね」
「いいものは高いんですね…」
「それが命を守るんだから贅沢言っちゃいけないさ」
「そうですよね」
結局、夕飯も宿のを頂いたし外出することなくその日は眠った。さあ、明日は朝早く出発だ!