いざ、草原の向こうへ
元気よく宿を出発した私は、早速ギルドに向かう。まずは、レディトまでの依頼を探さないと。
「おはようございます!」
「おはようアスカちゃん。なんだか久し振りね、その格好」
「そうですね。最近は依頼を受けに来てなかったですから」
「それじゃ、向こうにあるから見ていってね」
「はい!」
私は張り出された依頼を見ていく。でも残念ながら、相変わらず護衛依頼はCランク指定のものが多い。特にハイロックリザードの一件からランク指定が一気に増えた。
「まあ、不安になるのも仕方ないか。別の依頼は……」
ちょっと横の依頼を見てみる。お使い程度のものもあるけど、一パーティーで銀貨二枚。街道を進むなら最悪ありかな? 今回の行程はいったんレディトで一泊。翌朝、早くに出発して一気に草原を抜けるというものだ。
こうすることで草原での野営を避けることが出来る。とは言っても村に着くのが夜になる予定なので、宿に泊まれるかは別問題なんだけどね。
「ワインツ村の件もあるし、最悪は村の前で野宿かぁ。巡回依頼もまだ残ってるけど、さすがに巡回依頼をこなして今日中にレディトはちょっとつらいよね~」
巡回依頼を途中で切り上げることは冒険者としても町の一員としても出来ない相談だしね。こういうのはきちんと時間を取れる冒険者の人に受けてもらわないと。
「そうなるとやっぱりこの依頼だけかぁ」
「おや、アスカどうしたんだい?」
「ジャネットさん。依頼を見てたんですけど、受けられるのがこれぐらいしかなくて……」
「へぇ、よく見つけたねぇ。あたしはもう諦めてたからね」
「ええっ!?」
「そりゃ、現状受けられる依頼って言ったら、巡回依頼でそれだって時間がかかるだろ? そうなると、薬草採取ぐらいしかないけど、帰りはともかく行きはまずそんな時間の余裕がないからね」
薬草買取もちょっと買取価格は変わるけど、ギルド支部をまたいで納品できる依頼だ。だから、受けておいても良いんだけど、期日が五日は欲しいかな?
村に着くのが明後日で一日は滞在するだろうし、レディトに帰れるのは最短でも四日後だ。何かあれば五日後になるし、受けた依頼は完了させないといけない。そう考えると結構きつい。
「ですよね。じゃあ、これにしますね」
「ああ」
そう言って私は依頼票を持って行く。
「これお願いします」
「はい。え~と、依頼内容は依頼品をレディトの商店に納品ね。スペース的には三メートル四方ぐらいらしいわ。中サイズのマジックバッグがあれば問題なく受けられるわね」
「なら私たちは大丈夫ですね」
「これで受注完了ね。受け取りは東通りのところみたい。これが地図よ」
「ありがとうございます。後、この前の緊急依頼の報酬なんですけど…………」
「アスカちゃん、まだ受け取ってなかったの? てっきり、私が休みの時に受け取ったと思っていたわ」
「色々ありまして。現金で欲しいんですけど大丈夫ですか?」
「現金ね。悪いのだけど、一日の金貨上限は三十枚までなの。残りはレディトで明日以降に出金してくれるかしら?」
「確かに大金ですからね。明日でも大丈夫なので、向こうで残りは処理します」
「ごめんね。それじゃ、ひとまず三十枚と、残りはカードに入れるわね」
カードの残高が増えて、残りを袋でもらう。う~ん。さすがに金貨三十枚ともなれば結構重たい。すぐにマジックバッグに入れよう。
「それじゃ、気をつけてね」
「はい!」
ホルンさんと別れて、ノヴァたちを待つ。ちょっとして、二人が来た。
「おはようアスカ」
「…………おはよ~」
「おはよう二人とも。ノヴァはちょっと眠そうだね」
「ああ。最近は建前や棟上げでかなり忙しかったからな」
「そうなんだ。お疲れ様」
「それで今日はどんな依頼にするの?」
「それならもう決まったよ」
「ジャネット! 帰ってきてたのか?」
「昨日の午後にね。それと、今回はちょっと遠出するからね。リュートはもう宿に言ってあるけど、ノヴァはさっさと棟梁に言ってきな」
「何日ぐらいかかるんだ?」
「一週間前後」
「長っ! 大丈夫かなぁ?」
「最近働き詰めって言ってたし、大丈夫だよ」
「分かった。じゃあ、すぐに言ってくるな!」
「それなら、東門で待ち合わせね」
「おう!」
元気よく出て行ったノヴァを見送って私たちも依頼場所に向かう。道すがらリュートにも依頼を説明する。
「それで、今日の依頼はどんなの?」
「今回はちょっと時間に余裕がないからこれ」
私はリュートにも依頼書を見せる。
「何々、三メートル四方ぐらいの物をレディトまで運搬。輸送依頼だね」
「それも、護衛依頼ですらないものだね」
「商品単価は安くて、そこそこかさばるから費用をケチってるんだろうねぇ。本来は別の依頼と一緒に受けて、報酬の底上げをする用だろうね」
「あ~、巡回依頼で何とも会わなかった時用ですか?」
「そういうこと、売る物も何もないって時に収入不足を補えるってことさ。代わりにマジックバッグの容量を取られちまうから、魔物が大量に出た時とかには儲けも減っちまうけどね」
「一長一短なんですね」
「ま、そんなもんさ。ほらそこだよ」
着いたのは加工品を扱う小さい商店だ。確かにこの規模の商店ならわざわざ馬車を雇って護衛を雇っていたら、すぐに大赤字になっちゃうだろう。
「こんにちは~」
「あら、いらっしゃい。何かしら?」
「この依頼を受けてきたんですけど…………」
「受けてくれるのね、ありがとう。ちなみにいつ頃着くのかしら?」
「今からすぐ出るので、今日の夕方ぐらいになると思います」
「本当? 悪いわねぇ、こんな依頼料なのに……」
「いいえ」
そう言うとおばさんは奥からどんどん荷物を並べていく。中にはちょっと重量もありそうなものが混じっていた。
「じゃあ、合計十二箱ね。よろしくお願いね、アスカちゃん」
「はい! あれっ、名前……」
私、名乗ったっけ?
「いやねぇ。アスカちゃんのことはこの辺の人はみんな知ってるわよ。頑張って細工師をしながら生活してるんですってね。小さいのに偉いわねぇ」
おお……この情報源は即売会に来てくれたお姉さんたちかな? あの時の会話がここまで広まってるなんて。頭をなでられた後、荷物を積み込む。積み込むって言っても、魔法で持ち上げてマジックバッグにぽいっと入れていくだけだけどね。
「これで全部だね」
「はい。よろしくお願いね。届け先は向こうの姉妹店になるの。地図は……こちらです」
「はいよ、確かに」
ジャネットさんに地図を渡すと、店の準備や応対でおばさんは奥へ行ってしまった。
「さあ、あたしたちはこの荷物をさっさと運ぼうかね」
「はい!」
私たちはノヴァが待ってるであろう東門に向かう。
「おっ、もう来たのか?」
「ノヴァ、待った?」
「いいや、棟梁にも気合い入れられたし、女将さんにも頑張ってこいって言われた」
「そうなんだ。それじゃ行こっか」
「おう!」
私たちは東門を出て街道を進んでいく。街道をそのまま進んでいくなんて護衛依頼以外では初めてだ。二時間ほど歩くとちょっと小腹が空いてきた。少し先に行くと休憩所が見えたので、そこでちょっとだけ休んでいくことになった。
「この辺まで街道をただ歩くなんて初めてだね」
「リュートの言う通りだね。なんだかんだ、護衛依頼を受けない時は薬草を採りながらだったし」
「そうだな。この辺りまで来たのって、オーガに遭った時ぐらいだな」
「もう~、変なこと言わないでよノヴァ」
「へぇ~、この辺でかい?」
「そのおかげでノヴァたちと出会ったんですけどね」
「懐かしいなぁ。簡単とは言えないけど、今なら僕らだけでもなんとか相手できるようになったよね」
「おう! 強くなったな俺たちも」
「あの頃はショートソードにナイフだったもんね、二人とも」
「それも中古のね」
「そうだったの?」
「ああ。防具をなんとか買ってから、使ってたのが折れたりして、新品には手が届かなかったんだよ」
「大変だよねぇ。あたしも駆け出しの頃は折れない剣が欲しかったよ」
「今は違うんですか?」
「最悪折れても良いけど、相手に合った武器が欲しいね。それなら元はきちんと取れるからね」
「へ~、ジャネットは言うことが違うぜ」
「そんなことよりあんたたちはきちんと休みなよ」
「は~い」
腰を落ち着けて小休憩を取る。今日はまだまだ水の心配もいらないから、みんなも思い思いの食事や飲み物を飲んでいる。私はちょっとだけ持たせてもらったパンを食べて、水筒から水を飲む。
ちなみにこの水筒はまだ私がお金があった頃に、内部を銀で外側を銅で覆った水筒だ。よく冷えるし、栓のところの空気を抜くことで保存性や保温性も高めてある。
「ふぅ~、美味しい~」
本当はこの綺麗な水で顔でもじゃばじゃばと洗いたいところだけど、さすがにそこまでは出来ない。想定外のことにも備えておかないとね。
「じゃあ、そろそろ出発ですね」
「ああ、行くよ」
再び私たちはレディトに向かって進む。まだ半分も来ていないから、油断しないように行かないと。今日の目標はレディトに着いた後で、商会の人に詳しく話を聞くところまでだから、出来れば十六時ぐらいまでには依頼も終わらせたいし。
「しっかし、こうやって街道を進んでると、まるで旅行者になった気分だぜ」
「そうだね。旅に出るってこんな感じかな?」
「ノヴァもリュートもまだまだ甘いねぇ。この道を行ってる間にも稼がないと宿代がなくなるんだよ」
「結局、旅に出ても冒険者は変わりなしか」
「それだったらまだましだよ。土地勘もなくなっちまうし、野営も緊張するだろうね。何せ魔物の分布が分かんないんだから」
「そうですよね。今はこの辺だとオーガかオークって思いますけど、初めての場所だと何が出てくるか分からないですよね」
「ああ、それにこの辺はウルフなんかの集団で動く魔物が少ないから、そういう戦い方も身につけていかないとねぇ」
「ウルフぐらいなら何回か戦ったことあるぜ?」
「この辺のウルフは少数の群れしか作らないだろ? 本当は八体とか十五体とかの群れになるんだよ。この近辺だと林も小さくて、森には他の魔物が多くいるから滅多に大群にならないだけで、他の地域だと結構やっかいなんだよ」
「へ~、一度ぐらいは経験したいですね」
「リュート、別の機会にね」
せっかく新しい装備を作ってもらう時に変な経験はいらないよ。そんな話も交えながら道なりにひたすら進んでいく。途中からは面白みもないので、道中無言の時間まで出来てしまったぐらいだ。
「とうちゃ~く!」
「久し振りのレディトだな!」
「そういやあんたたちはあたしと行った以来だったね。隣町ぐらいで騒がないようになってもらいたいね」
「は~い」
とりあえず今は荷物の引き渡しだ。地図を見て目的地に向かう。はてさて、行き先はどんな人がいるのかな?




