目的地は?
「ふわぁ~、よく寝た…」
目をゴシゴシこすりながら目覚める。確か寝たときは11時前だったっけ?
「今は14時ぐらいかなぁ」
そう思って、外を見る。あれ?心なしか日が落ち始めてるんだけど…。ちょっと、下に確認しに行こう。
「こんにちわ~」
「あら、アスカ起きたの?もう18時過ぎよ」
「えっ!?嘘っ!」
「そんなところで嘘ついてどうするのよ、ほら」
エステルさんが店で置いてる簡易の時間表を指さす。確かにそこには18時の表示が置かれていた。
「あはは、ちょっと寝過ぎたみたいですね」
「折角、ジャネットさんも帰ってきたのに、挨拶もせずに」
「ええっ!帰ってきたんですか?」
「ええ、ご飯はゆっくり食べるって言ってたから、多分20時ぐらいに来るんじゃないかしら?」
「そうなんですね。じゃあ、ご飯が終わったら来てもらえるように伝えてもらって良いですか?」
「良いわよ。でもその前に…」
エステルさんはちょっと奥に行ったと思ったら、近くのテーブルにパンとジュースを置いた。
「ほら、さっさと食べなさい。お昼ご飯もまだだってエレンに聞いたわよ」
「ありがとうございます。でも、よく用意できましたね。もう夕食の時間なのに」
「エレンがいつ起きてきても食べられるようにって、ライギルさんに頼んでたのよ。感謝して食べなさいよ」
「エレンちゃんが…はい!」
私は用意されたパンを食べ始める。パンは2つあって、一つは鶏肉みたいな感じの肉が挟まれたチキンサンド風。もう一つは野菜たっぷりの野菜サンドだ。色んな種類の野菜がちょっとずつ入っていて、栄養バランスも良さそう。
うう~ん、おいしい!チキンサンドはちょっと衣を付けた感じになっていて、思ったよりサクサクしてる。そうだ!折角だし。私は魔法を使って、熱風でパンをくるみ温めて食べる。
「やっぱり!暖かい方がおいしいや」
ぱこっ
「いたっ!」
「こら、この席でそんなことしないの!」
エステルさんに注意される。ちらっと周りを見ると、何人かはこっちを見ている。そういえば、今日は奥の席じゃないんだった。
「ははは…」
乾いた笑いでごまかしてみる。さあ、さっさと食べて部屋に戻ろう。野菜の方は逆に冷めてた方がおいしいからそのままで食べた。しかし、野菜もだけど、かかってるドレッシングがおいしい。これだけでも売れ出せるよ。
「ごちそうさまでした」
「はい、それじゃ片付けるわね」
エステルさんにお盆を片付けてもらって私は部屋に戻る。お風呂に入ってから、部屋でくつろいでいると、ドアがノックされた。
「あたしだよ」
「ジャネットさん!すぐ開けます」
ガチャリ
ドアを開けてジャネットさんを招き入れる。
「久しぶりだねぇ」
「はい、お久しぶりです!」
「元気にしてたかい?」
「え、ええ」
先日倒れたことは誰にも知られてないから大丈夫だ。
「ふ~ん。で、話ってのは?」
「実はですね。今日、商会から鍛冶屋の紹介状が届いたんです」
これですと言って手紙をジャネットさんに見せる。
「へぇ~、こんなところにねぇ。あたしも行ったことあるけど、何もない村だよ。前に行ったワインツ村あっただろ?あそこと変わらないね。街の通り道にもなく、主要の交通路の整備もない。行こうとしなけりゃ通らない村さ。当然、何か特別な産業もないところだね」
「そうなんですか。でも、なんでそんなところにハイロックリザードの皮を加工できる鍛冶師さんがいるんでしょう?」
「さあね。だけど、アスカみたいな奴かもしれないね。あんただって、そこそこ活動したら引退と称して引きこもるんだろ?」
「ま、まあ、それはそうですけど。私の場合は細工とかで暮らす予定ですし、今みたいに商会の人に来てもらえば良いですけど、鍛冶師の人って向こうに来てもらわないといけないので、大変じゃないですか?」
「珍しくいいこと言うね。一回会ってみるしかないね」
「珍しくはひどいですよ。でも、それじゃあ、いつにしましょう?一応明日は冒険に行く日だったので、ノヴァたちにも相談してみようとは思ってるんですが…」
「明日冒険に出るなら、そのまま行っちまえばいいんじゃないの?」
「ええっ!でも、リュートは宿のお仕事がノヴァには大工の仕事がありますし」
「それこそ、大工にしろ宿にしろ元から冒険者を雇ってるんだから織り込み済みだろ。1週間ぐらい出かけるって言えばいいんだよ」
「大丈夫なんですか?」
「まあ、あいつらだってもうすぐCランクになるだろうし、いつまでも街の仕事で満足してても仕方ないだろ?」
「そう言われると確かに…」
冒険に行けばそれなりには稼げるし、ギルドの都合と言うより最近は私の都合で今は週に一度ぐらいだけど、それなりに依頼を受ければ、生活には困らないもんね。
「というわけで、宿の方には今から言ってくるよ。大工の方は年明けて頑張ってたから大丈夫だろ?」
「そういえばノヴァ言ってましたね。年末近くの依頼を年明けに回したから、明けてから大忙しだって」
「だろ?その間ずっと働いてたんだから、向こうも多少の休暇ぐらい大目に見てくれるさ」
「休暇が依頼で潰れちゃうんですけど…」
「それこそ、冒険者として甘えんなって話だよ。何でもかんでも自由って訳にはいかないさ。特にあいつらはアスカに随分面倒見てもらってるからね。こういうところで返していかないと」
「私お世話してる気はないんですけど…」
「そうかい?薬草の採り方から、魔物の相手と結構面倒見いいと思うけどねぇ」
自分ではそんな自覚ないけれど、冒険者として上位のジャネットさんが言うんだからそうなのかもしれない。とりあえず、明日集まったら話してみよう。
「ところで、鍛冶師に会いに行くのはいいけどお金の方は大丈夫なのかい?」
「なんとか工面できそうなんですけど、ちょっと不安ですね」
「この前の討伐依頼のお金を入れても?」
「討伐依頼?ああっ!」
忙しくてまだ、ハイロックリザードの討伐報酬もらってなかった!いくらになるかは分からないけど、結構入るんじゃないかな?
「でも、金額聞いて騒ぐんじゃないよ?」
「金額ですか?」
「ああ、ここまでの金額になるのは今回だけだけど、基本的には素材売り上げの3割が冒険者の懐に入るんだ。その中でもAランクは1割を人数割り、残りはBランクが等分にした2人分、Cランクが1人分さ」
「そうなんですね。でも残りの7割は?」
「ギルドの取り分」
ギルドの取り分多い!って思ったけど、ジャネットさんが言うには、解体するのにもかなりの腕がいるしそもそも運搬や死傷者への見舞金。さらには先日の慰霊祭にも関わっているらしく、収入の多さに比例して、かなり支出するんだそうだ。何よりそんな貴重な素材を個人で売り買いするのに、証明書や安全に取引できる環境と多くの問題があるからそんなもんらしい。
「過去に貴重な素材を売り歩いていた冒険者が襲われたってこともあったし、安全第一だよ。なんせ、死ぬ思いまでして手に入れたんだからね。死んじゃ意味ないでしょ」
「確かに…」
第一、売り歩くってことはそれだけマジックバッグなり馬車なり手配しないといけない。その護衛やバッグの料金も馬鹿にならない。バッグは最悪売れるけど、普通は自分の名を入れるから自由に使えなくなっちゃうしね。でも、名を入れないとロックがかけられないから、大切な素材が奪われるかもしれないし。
「そもそも、ギルドがなきゃみんな集まって対応できなかったんだから、前提がおかしいんだけどね」
そう言われれば誰も異論は挟めないな。今回も私たちだけじゃ倒せなかったし。お金がもらえるだけでもよしってことだね。
「で、結局いくらなんですか?」
「驚くなよ」
耳に顔を近づけてジャネットさんがつぶやく。
「よ、よ、よ、42枚!?」
「ああ、討伐報酬と合わせれば50枚は超えるね」
「そんなにもらっていいんですか?」
「といっても、売り上げを考えれば妥当だけどね。それに、今回はライバルがいなかったけど、緊急依頼の討伐依頼で一番おいしいのは、購入権の獲得だからね」
「そういえば前にも言ってましたね」
「王都なんかじゃ金持ちも一杯いるからね。争奪戦だったろうね」
何にせよ、これで次回の細工の報酬を待たずに鍛冶を頼めそうだ。
「ああ、そうそう。一応、現金で用意しておくんだよ?」
「へっ?」
「当たり前だろ?あんな小さい村にある鍛冶屋だよ。まさか、カード払い出来ると思ってるのかい?」
こんなところにまでIT遅れの波及が。地方だと結構カードが使えない店もあるらしい。というのもそもそも商人ギルドの支部がないから、設置にしても更新にしても支部のある街まで行かないといけないから、地方の人には重荷なんだって。まあ、馬車と護衛を雇って往復するなんて、一般人には無縁だろうしね。
「じゃ、じゃあ、大金持って歩くんですか?」
「大金ってどうせバッグの中だろ?」
あっ、そうか。マジックバッグに入れてれば、どれだけ入ってるかなんて分からないし、重たさも感じないんだった。
「それじゃ、明日は早くなりそうだし、そろそろ寝なよ」
「はい!ジャネットさんも帰ってきたばかりなんでよく寝て下さいね」
「ああ」
ジャネットさんと別れて私も祈りを捧げて、眠りにつく。
「アラシェル様、どうか良い旅になりますように…」
結構寝ていたと思ったんだけど、それでも私はぐっすりと眠ることが出来た。
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「う~ん、よく寝たぁ~」
目覚めの良い朝だ。早速、起きて今日の冒険の準備をする。
「今回は長旅になりそうだし、ミネルたちもそうだけどティタもみんなに頼まないとね」
食堂に降りて、早速ミーシャさんに声をかける。
「おはようございます!」
「おはようアスカちゃん。ちょっと宿を空けるんですって?ジャネットから聞いたわよ」
「はい。それで、ミネルたちやティタのことをお願いしたいんです。ティタは出来たらディースさんに頼めればと思ってるんですけど…」
「分かったわ。彼女が来たらそう言っておくわね。それとリュート君のことも大丈夫だから心配しなくて良いわよ」
「すみません。急な話で」
「いいえ、街の救世主のアスカちゃんにはそれぐらいじゃ感謝してもしきれないもの」
「そんな…」
「ふふっ、ティタのことは任せてね。もちろん、ミネルたちもきっちりお世話しておくわ」
「よろしくお願いします。最近体調が優れないみたいで心配で…」
「そうみたいね。でもきっと良くなるわよ」
「そうですね」
「じゃあ、すぐに朝食を持ってくるわね」
それから、すぐに朝食が運ばれてきた。そして出かける際にはお昼ご飯までいただいた。
「それでは、アスカ行ってきます!」
「行ってらっしゃい。体に気をつけてね」
「はい!」