番外編 アルバ商人ギルド会議
私は商人ギルドに所属しているルイゼ。父から1年前に服屋を継いだ新米の店長よ。今日はアスカちゃんから分割支払いを教えてもらった翌日。新米と今まで侮ってきたおじさんたちに一泡吹かせてやる日だ。
「月一定例の各店主が一堂に会す、ギルド会議で目にもの見せてやるわ!」
「それでは今回も定例となっている商人ギルドの会議を始めます」
ギルドマスターが音頭をとる。まだまだ若いのに王都にも店を持っているらしく、異例の抜擢だ。しかし、今回あの話をすれば私もいつかは。
クフフフフフ
「なんだぁルイゼ。気持ちわりぃぞ」
「失礼ですわね、おじさん」
「これ、まだ報告の最中だぞ!」
「「すみません」」
今は各店の収支状況だ。とはいっても同業者もいるから具体的な数値は出ない。儲けが増えた減った、最近困ったことがある程度だ。
「次は…宿屋の鳥の巣ですね」
「はい。うちはまあ前回よりは上がってる。多分何人かは来たこともあると思うが…」
なんだか煮え切らない言い方ね。あそこの店主はもっとはきはきしていたと思うのだけど…。こう見えても一応は接客店の店長。お客を覚えるのもこういう癖とかも覚えるのは得意なのだ。
「ああ、あの新人の子だろ?いやぁ~どこで見つけてきたんだ?」
新人?誰か雇ったのかな。確かに忙しいとは言っていたと思うけど。
「新人と言っても手伝いで本業は違うんだがな」
「でも、目当てで行ってる人もいるみたいね。うちのもこの前行ってたわ」
「それはどうも」
あそこの亭主は昔、プレイボーイだったって噂だから、新しい子はかわいい子なのかな?
「アスカちゃんでしたっけ?彼女かわいいですよね~。実は私も行ったことあるんです。何て言うんですかね。スレてないというか純粋ないい子ですね」
ギルドマスターも噂を確認しに行ってたのか…。
「ええっ!アスカちゃんなの!?」
「なんだルイゼ。お前も知り合いか?」
「え、ええ。最近うちでよく服を買っていってくれるの。昨日も来たんだけど…」
「ああ、あの服はルイゼのところだったのか。とても気に入ってたな」
「ほんとですか!ま、まあ私も継いでそろそろ1年になりますし当然ですね」
ほんとはちょっと押しつけがましくしていたので不安だったのだ。喜んでいると知ってうれしい。
「ハッ!そういうのは仕入れをきちんとできてから言うんだな。最初に仕入れたあの服どうせまだ残ってんだろ!」
そういうのは細工師のゴルドンさん。気難しくて口うるさい人の1人だ。
「ちゃんとあれは売約済みです。私だってちゃんと成長してます」
ふっふ~ん。そんな昔のネタがいつまでも引っ張れると思わないことね。
「ああ、あの銀色の服もルイゼの店のものか。服の魔道具なんて俺も初めて見た」
「…お前まさか」
「ち、違う!無理やりじゃあないわよ。ちゃんと話し合ってます!」
私が焦るのも無理はない。ここでは近況報告の他に不正や嫌がらせなどがないかの報告もある。当然、そういった店はギルドから排除されるし、捕まることだってある。捕まるよりつらいのが噂を流されることだ。不正を行ったという噂はすぐに広がるし、商人ギルドは世界規模だからどこに行っても噂が消えることはないのだ。商売どころか働くのも難しい状態に追い込まれてしまう。
「だが、ありゃあ結構高いだろ?そんなほいほい買えるものじゃないぞ!」
「そ、そう!そこよ!私は新しい支払方法を考えついたの!」
今こそ私の考えた『分割支払い』を語る時だ。これでみんな納得するだろう。私は次々と話していく、そしてみんなが耳を傾けているのが分かる。今までは何を言ってるんだ位にしか思われなかったけど見直したわよね。
「~という事で、予算以上に買い物ができる上に店としても急な売り上げの変動が減り、平均化した売り上げになると思います」
「ふむ、なるほど。お金の回収という面で不安は残りますが、信頼できる人間や常連など幅を狭めればいけますし、ギルド登録者ならそんなに心配もないという訳ですね」
ギルドマスターからも好感触だ。よしよし。
「たしかにいい話ではあるな。ただ、回収に手間が増えるから俺はあんまり好かねぇけどよ」
「まあ職人さんなら、しっかり評価して貰い支払って欲しいところですね。でも、今回のような多少高額な商品についてはこれで間口が増えるわけですし、多いに検討する余地はあります」
「ですよね~、さすが私!」
「で、だれから教えてもらったんだ?」
「そりゃあもちろんアス…って自分でですよ自分で」
「本当は?」
「ほんとに私です!そりゃあ、いくらかは教えてはもらいましたけど、ちゃんと思いついたのは私ですから。ただ、なぜかアスカちゃんが知ってただけです」
「アスカさんが知っていたのですか?」
「…はい。私が思いついたんですけど、彼女の地方では当たり前のようでああ分割ですねって」
「興味深いですね。会ったことはありますが、どちらかというと街も初めてという印象でしたが、そんなに流通が発達していたところの生まれなのでしょうか?ライギルさんは何かわかりますか?」
「さあ?従業員でもあるが、お客でもあるんで深くは聞いてないな」
「にしても、この案は良い案ですし、これからも何かいいことをもたらしてくれるかもしれませんから、皆さん彼女には親切にしてください。ああ、もちろん割引しろとかそういうのはありませんので」
そこからはいつも通りの会議だ。収支の続きと提案の有無。私もここで話す予定だったからもう話すことはない。そして最後は連絡事項の項目だ。ここは商人ギルド以外からの情報が伝達される。情報を共有し、相互に他団体の情報を店で流すのだ。特に材料費高騰による値上げの時は助かる。いきなり店に来て高くなっているのと、別の店であらかじめ聞いているのとでは相手も態度が違う。
「連絡事項ですが、ここ最近本業の方は気づいておられるかもしれませんが、この周辺でとれる薬草の品質が少し上がりました」
「ああ、やっぱり。予約できる数も多くなったと思ったんだ」
「ええ、冒険者ギルドに確認したら冒険者の一部で効率的な採取方法が発見されたとのことで、今後はBランク以上のものが増えていくだろうとのことでした。長らく予約という形で皆さんには苦労を強いてきましたが、多少はこれで緩和されるはずです」
「それは助かる。無茶な戦い方をする冒険者も多くてな。中級ポーションの材料は何時もぎりぎりだったんだ。売るものがない時もあるし、これで在庫不足も解消できる」
「ただ、Cランクの数が大きく減りますが、何とかなるでしょう」
「私たちも常に思った通りの等級が作れる訳じゃないからそこはいいでしょう。その分、中級以上を作れる腕があれば問題ないし」
どうやらこれまでも議題に上げられていた、品質の良い薬草の安定的確保の問題が解決したらしい。冒険者ギルドにとってもギルドにとってもいい話だ。さぞ、優秀な冒険者なんだろう。
「と、まあそんな感じですね。これがアルバから広まっていけば、ギルドの名声も上がり町も大きくなるでしょう。これからもよろしくお願いします」
このギルドマスターの言葉を締めに今回の定例会議は終了した。おや、ギルドマスターが宿屋のおじさんを呼び止めてる。珍しいな、いつもはスッと帰っていく人なのに。
「ああ、ライギルさん。できたらアスカさんと故郷の話とかできる機会はありませんか?大変、興味深いのですが」
「どうだろうな、うちも宿屋の客で手伝ってもらってる身だしな」
「そうですか…それでは失礼」
私も特に用事がないのでそのまま商人ギルドの建物を出る。出たところで件の宿屋のおじさんに呼び止められた。
「おい、ルイゼ。あんまり個人の名前を出すなよ。特に相手が目立ちたくない時はな」
言われて思い出した。アスカちゃんはこっそり教えてくれたんだった。私の案として出すつもりだったので、すっかり忘れていた。
「ごめんなさい。でも、あの場は…」
「名前なんてただの旅人に教えてもらったでいいんだ。つまらんことで目をつけられるよりはな。在庫処分もできたんだからそれでよしとしないとな」
「そうだな。ライギルがギルドマスターに別れ際に言っていた宿の客という表現が、これ以上は教えんという事だぞ」
「ゴルドンさんも…」
「まあ、経験不足なのはいいとして、今後は気をつけろ。訳ありの奴だったら死ぬかもしれんからな」
「そんな…」
そんな重大なことなんて思ってなかった。ただ、いいことを思いついたぐらいだったのに…。
「まあ、ライギルのとこは冒険者相手だからの。街の人間相手のルイゼは難しいのは分かるが、精進だな。だが、あの案を思いついたのは中々だな。これまでの会議に出ていた連中は反省せんとな」
落としつつもフォローしてくれるゴルドンさんに私は初めて褒められた気がする。職人気質で近寄りがたい人だけどよく見てるんだ。
「あっ、でもそういうことならゴルドンさんも思いつかなかったから一緒じゃないですか?」
「何を言っとる?わしは元々あれには賛成できんから問題ない。お前らや冒険者相手の道具屋なんかが助かるだけだろう」
「俺のところも一緒だな。宿代すらまともに払えん冒険者に金の当てなんてある訳がないからな」
2人にあっさり言い返された。どうやら、私が1人前になれるのはもう少し先のことらしい。