ディースとティタのち食事
準備も出来たしディースさんの家に行かないと。ディースさんの家は町の北側にある。北といっても西側の住宅地ではなく、東側の方だ。
「こんにちは~」
「アスカちゃんいらっしゃい。今日はどうしたの?」
「今日と明日は細工に集中しようと思うんで、ティタを預かってもらおうと思って」
「そうなの? じゃあ、明日の夕方まで預かってもいい?」
「はい。お願いします。じゃあ、ティタ頑張ってね」
「ウン」
ティタを預けると、そのまま部屋に戻って作業を再開する。これでほったらかしにしなくてもいいし、集中できる。
「よし! 再開だ」
次々に作業を進めていく。今回は一つの細工で花を三つ作るので、まずは同じ形の花を作っていく。後でこれをまとめるのだ。まとめる時は少量の銀を溶かしたもので内側の茎につながるところをくっつける。そこに髪留めの部品を合わせる感じだ。
「ひぃ~ふぅ~みぃ~。まだ三つか。形はちょっと違うけど後十二個もいるんだね」
試作を作った時はそこまで思わなかったけど、思ったより時間かかっちゃうかも。最初は銀貨一枚でって思ってたけど、もしかしたら銀貨二枚近くになるかも。
「これは明日おじさんに相談しないとな」
それからも作業を続けて、夕食前に四つと夕食後からの時間で三つを作った。ちなみにライギルさんの作ってくれた夕食は、デミグラスソースを使った本格的な煮込み料理だった。
前回食べた時はどちらかというとポトフみたいなやつだったんだよね。今日のは確かに美味しかったんだけど、美味しいだろって何度も聞かされながら食べたからとても疲れた。
「ん~、よく寝た~」
《チッ》
「ミネル、お腹空いたの? じゃあ、朝ご飯にしよっか」
前日貰っておいたご飯を出して、私は食堂に行く。
「おはようございます!」
「おはよう。朝ご飯ね。食べたら来客がいるからよろしくね」
「分かりました」
こんな朝早くから誰だろう? まあ、ご飯を食べてからでいいって言うぐらいだから、細工屋のおじさんかな? ご飯はすぐに出てきたので、焦ることなく普通に食べる。昨日の煮込みをパンに挟んであって贅沢な朝食だった。
「ごちそうさまでした」
「はい。それじゃあっちにどうぞ」
エステルさんに通されたのは宿の入り口の席だ。いつもは誰も座ってない場所なんだけど……。ローブを目深に被った人がいた。
「おはようございます」
「おはようございます、アスカ様」
「えっ!? テルンさんどうして?」
そこにいたのはなんとテルンさんだった。
「あら、昨日約束したでしょう? 舞を教えて欲しいと」
「言いましたけど……忙しいんじゃ」
「大丈夫ですわ。今日の会食の予定はムルムルがしますから。私は舞の見込みのある方に教えるためと言って抜けてきましたので」
「そんなことしていいんですか?」
「はい。巫女の巡礼の時や神殿でも大掛かりな舞の時は巫女以外も舞うのですが、何分色々と制約がありますのでこういう機会があればと、各地の司祭様も理解を示してくださるのです」
「で、でも、私そんなつもりは……」
「ええ。もちろんアスカ様は自分の信じる聖霊様に捧げればよいのです。ただ、正直に言っても機会を作ることはできませんので」
「では、せっかくですからお願いします」
「はい」
それから教会に帰って教えてもらうのかと思いきや、戻ってしまうと人目に付くので宿の裏庭ですることになった。
「ほ、本当にここでいいんですか?」
「もちろんです。平たい場所ならどこでも練習は出来ますわ」
「じゃあ、お願いします!」
「その前にせっかくですから着替えましょう! その方が身が入りますよ」
「えっ、それは……」
「さあ、早く!」
「はい!」
有無を言わさぬテルンさんの声につい返事をしてしまった。穏やかな話し方なんだけど、なんだか力があるんだよね。
「では始めますよ。まずは前回の基本ステップの復習からです」
タンタタン
私は言われた通り、前回教えてもらったステップを踏む。
「ふむ。思ったより身に付いているみたいですね。でも、動きが小さいですね。もう少し大きく、リズム良くしてください」
「こ、こうですか?」
「いいえ、それだとあからさますぎます。足を下げる時は緩やかかつ早く! 上げる時の動きはやや力強くです!」
「はい!」
……基本のステップだけで何度注意されただろう。あれから一時間は立ったけど、まだ前回のステップだ。
「いいですか。これが出来ていないのに次などもっての他です。さあ、次は足を下げてから軽く跳ぶところですよ。跳ぶ距離がアスカはバラバラです。どのぐらい跳ぶかを決めるようにしなさい!」
「はぃぃ」
うぅ。冒険者である私より断然、テルンさんの方が体力がある。それだけ普段から熱心にしてるってことなんだろうけど。
「はぁはぁ……」
「じゃあ、ちょっと休憩しましょう。あまり根を詰めすぎてもダメですからね」
「ありがとうございます」
ようやくのお休みだ。もう今日は数日分動いたというか、冒険に出てる時より動いてる。巫女ってハードなんだな。
「さあ、お休みの間にこちらをどうぞ……」
「すみません」
テルンさんが持ってきてくれたのはジュースだった。アフターケアまでしっかりしてるなんて、最高です!
「そういえば、今回は新たな水の巫女の確認も兼ねているのですが、アスカ様も一緒に来られますか?」
「出来ればお願いしたいです」
そういえば、ムルムルにも手紙を書いたし、テルンさんも神託で知ってるんだった。今まではテルンさんが巫女だと思ってなかったから、二人きりの時間がなくて言い出せなかったけど、それなら話していいよね。
「では、夕方教会に来ていただけますか?」
「教会にですか?」
「はい。夕方は孤児院にお邪魔して院長様と話したり慰問がありまして。せっかくですからアスカ様もと」
「ぜひっ! 子どもたちにも久し振りに会いたいですし、巫女の件も気になります」
月に一度ぐらいは行くんだけど、やっぱりリュートたちの手前、ちょっと遠慮しちゃうんだよね。
「そう言えばアスカ様も巫女でしたね。てっきりアラシェル様の巫女は会いに行く彼女一人だと思っていましたので……」
「私も驚きました。アラシェル様の像を身につけているのは知ってましたが、名前も知らないのに巫女になれたんですよ、ラーナちゃんは」
「それはすごいですわね。ちなみにもう一人の水の巫女についてもご存じでしょうか?」
「セティちゃんですか? しっかりしているというかちょっとおませさんな感じですね。どっちかというとムルムルに近いかも?」
「そうですか。それは楽しみです」
「ええ。前にですね……」
「では、そろそろ練習に戻りましょうか?」
「はい……」
ここから雑談タイムかなと思っていたら、練習復帰の宣告だった。本当にテルンさんは舞に関しては妥協がないようだ。
「っはぁ、はぁ……」
「もう無理ですか?」
「は、はぃ……」
あれからさらに一時間半。同じように動いているテルンさんにほとんど疲れた様子はないけど、私はもう肩で息をしている。さすがにこれ以上は……。
「ではいい時間ですし、お昼にしましょう」
そのまま、食堂へ行ってご飯を食べようとするテルンさん。
「ちょ、ちょっと待ってください。大丈夫ですか? すごく目立つと思うんですけど……」
朝は宿泊客しか食堂を利用しないので、目立たなかったけど、お昼は街の人たちが来るから、さすがに気付かれちゃう。
「そうですか? では、どういたしましょう。お昼はこちらでいただくと言ってきてしまって……」
ひょっとしてテルンさんって、巫女生活が長くて一般常識がないのかな?
「じゃあ、私のお部屋で食べましょう! それなら目立ちませんよ」
「では、お願いできますか?」
「はい!」
私たちはこそっと裏口から部屋に戻る。
「じゃあ、ちょっとだけ待っててくださいね。すぐに持って来ますから」
「はい」
食堂へ下りてパンを注文する。エステルさんも事情が分かったのか、ポンポンポンとパンを四つ持ってきてくれて、一緒にジュースもくれた。
「アスカ、はい」
「ありがとうございます、エステルさん」
「いいえ。後でパンの感想聞かせてね」
「はい!」
エステルさんから受け取った食事を持って部屋に戻る。
「お待たせしました」
「いえ、お世話になります」
二人で食べるスペースもないのでテルンさんには机で、私はベッドに腰掛けて食べる。
「せっかく、一緒に食べるのですから失礼しますわ」
そういうとテルンさんは椅子をベッドの前に移動させ、その上にお盆を置いて私の横に座る。
「良いんですか? お行儀悪いですよ」
「構いません。今は二人きりですもの。こういうのもたまにはいいですわ」
「じゃあ、食べましょうか。え~と、一つ目はミーシャさん考案の野菜パンですね。二つ目はオークサンド、三つ目がツナ風パン、四つ目は何だろこれ? 見たことないや」
「では、私は四つ目でお願いします」
「チャレンジャーなんですね。テルンさん」
「一番最初にエスリンのパンを食べたのも私なんですよ。みんな後になってなぜ一番最初に美味しいパンを食べなかったのかと悔しがっていました」
「へ~、エスリンさんの作った物ならみんなすぐに食べると思ってました」
「彼女は今でこそ厨房にいますが、それまでは炊き出し以外ではほとんど料理をしませんでしたから。もちろん私は炊き出しの手伝いの時に、彼女の腕は知っていましたが」
「してやったりですね」
「ええ。ですが、あそこまで生き生きする彼女を見れて本当に嬉しいですわ。以前も楽しそうでしたけど、どこか遠慮したところがありました。今はそのような素振りもありませんから」
「良かったです。やりたいことが出来るのが一番ですから」
「本当にそうですわね。ではこれを食べたら、またしましょうか?」
「えっ、いやぁ」
「ふふっ、冗談ですよ。あら?」
「どうしました?」
「どうやらこれも〝当たり〟のようですわ。ほら」
そう言ってパンの中を見せてくるテルンさん。そこにはハイロックリザードの肉と思しきものが。手間をかけて甘露煮のようにしたものが、一口サイズにほぐしてあって甘辛いたれがかかっていた。
「一口食べますか?」
「良いんですか?」
「もちろんです。喜びは分かち合うものですから」
「では、失礼します」
ん~、美味しい! 柔らかめのパンにじわっとたれが染みててパンだけでも美味しいのに、そこに味の染み込んだ肉と食感が合わさってハーモニーを奏でてる。今まで食べたどのパンよりも美味しいかも!
「もう一口食べますか?」
「良いんですか! でも……」
「遠慮はいりませんよ。ほら」
目の前にパンが……抗えないこの誘惑。
「あ~ん」
ん~、二口目でも味が濃すぎることもなくドンドン食べられる~。でも、ここまでだなぁ~。
「ありがとうございました」
「もういいのですか?」
「は、はい。十分です……」
そう言いながら野菜パンを食べる。あっ、なんだか野菜と一緒にさっきの肉の味がする気がする。いつもの三割増しで美味しい。※野菜サンドにあの肉が入っていればという妄想の中の味です。
パン自体はそこまで大きくないので、二人で二個ずつの食事を楽しんだ。




