番外編 崖の上の信仰
これはアスカたちが崖の上から帰り支度をしている時のお話かもしれないお話。
ほのぼのストーリーのはずが、宗教話になってしまいました。
そろそろ町に帰らなければいけないので渋々片付け始める。ミネルたちはぎりぎりまで両親と話をしていたみたいだ。あんまり来れないだろうし、こればっかりは仕方ない。すると、ミネルがこっちにやって来た。
《チィ》
「ティタ、何て?」
「シンゾウ、ホシイ」
神像? アラシェル様の像を? 私はマジックバッグからアラシェル様の木像を取り出すと、巣の近くに置く。すると、他の鳥たちもわっと集まって、像に向かって言葉をかけている。
「ひょっとしてお祈りしてくれるの? でも、ゴメンね。その神像には加護がついてないの」
「アスカ、カゴツケル」
えっ!? 加護って後付けできるの? ティタに詳しく聞いてみると、巫女なら可能とのこと。ただその方法が……。
「絶対見ないでくださいよ」
「分かっているから早くしろ」
「そんな言い方して! ロ〇○○じゃないの!」
「ち、違います。時間の心配を……」
「では先に下りておきますか?」
「い、いや、それは」
「ほら、後ろ向くよ」
ティタの示した方法と言うのが、巫女ならば祭壇で祈りを捧げれば、後からでも加護を付与できるというものだった。つまり祈りを捧げるいうことは……。
「うう~。こんなところでお着替えなんて……」
時間がないのは分かってるんだけど、とっても恥ずかしい。まさか、昼間に野外でお着替えなんて。
「へぇ~、変わってるけどとっても似合ってるわよ。その服」
じーっと着替えを見られながら二人に褒められる。
「そ、そうかな。自作だから変じゃない?」
「いえ、おかしくはありませんわ。それにその木像も似た格好をしてらっしゃいますし」
でも、着替えを見るのはやめて欲しかったな。わ~わ~きゃ~きゃ~騒がれたし。巫女服に着替えた私は早速、木像の前に立って祈りを始める。
「ねえ、アスカ。せっかくそんな動きやすい衣装なのに舞をしないの?」
「ま、舞って……。知らないし踊れないよ」
「なら簡単だから教えてあげるわ」
ムルムルが手を引っ張り祈りを中断させると、手取り足取り舞いを教えてくれる。水の巫女の衣装も舞の衣装は袖口や服の後ろにひらひらが付いているものが多いらしく、この巫女衣装でも見栄えは良いとのこと。
「そう! そこで腕を広げて回るの!」
「こ、こう?」
「そうですわ。後は軽やかにステップを踏んで跳ぶのです。着地はゆるりとですよ」
途中からはテルンさんも参加してきた。と言うよりなぜかテルンさんの方が厳しい。まるで普段から踊ってるみたいだ。動きもどっちかというと、ムルムルよりいい気がする。
「ふむ。こうしてみると悪くはないな」
「君は発言の意図を誤解されないようにね」
「ひっ!」
「ち、違う。舞としてだ! い、衣装も舞いに合っていていいものだと……」
「あんた、婚約者がいたわよね?」
「は、はい」
「確か、三つ年下の方でまだ婚約したままでしたわね」
「そ、それは、家の関係です!」
「だから言い方が……」
「貴族……ロ〇……若い婚約者……」
やっぱり貴族って、そうなんだ……。
「あ、いえ、向こうの家との契約でですね。向こうも二十歳にならなければ認めないということでして」
「それで私なんですか?」
「違う!」
「まあ、そんな冗談は置いといて。もし興味が出たら他のも教えられるから教会に来てよ」
「……冗談。うう~ん。この格好以外でなら」
「目立ちますものね。ですから、練習する時はお部屋で致しましょう」
えっ、毎回あの部屋で着替えるの? それはちょっと恥ずかしいな。二人に見られる訳だし。
「それより時間だ!」
「あっ、そうでした。それじゃ、一度踊って見ますね」
「アスカ、踊るんじゃなくて〝舞う〟の。間違えないように」
「はい……」
そこは巫女として譲れない部分らしく、強く注意されてしまった。気を取り直して舞っていく。舞っていると、ミネルたちや他の鳥たちも一緒になって動いていく。みんな私の舞の練習を見ていたからか、それに合わせた動きだ。
「綺麗ね」
「はい。これは我々も負けていられませんわね。これだけ初歩的な舞で美しいのですから」
「そうですね」
三分ほどの舞を終えると、自然に鳥たちが私の衣装に下りていく。
「うう~ん。まるでアスカは森の女王ね」
「そうですわね。森をバックに鳥たちと舞う。我々では滅多に出来ないことですし、とても美しいですよ」
「そうですか、えへへ」
つい嬉しくなったけど、森の女王ってなんだか気になる表現だな。人じゃなくて動物と戯れているというか……。まあ、今は褒められたということにしておこう。
「それで、加護は付いたのか?」
「私が確かめましょう」
テルンさんはそういうとアラシェル様の像に額を当てて目を瞑る。そんなので確かめられるんだろうか?
「ふむ。確かに神聖な力を感じますね。加護は無事についているようです。まさしく〝巫女の力〟ですね」
「よかった~……あっ!」
「テ、テルン様……」
「これはね、え~っと。そう! アスカは信心深いからできたのね!」
「しかし、信心深い信徒でも加護付きの細工はわずかという話ですが……」
「あなたねぇ、貴族なら少しは空気を読みなさいよ!」
「僕たちは帰り支度中で何も見てない。いいね」
「だが、聖霊の巫女となれば保護を……」
「駄目よ! 聖霊の巫女なんてますます外出できないわよ。異教徒みたいなもんなんだから」
うむむ。他の神を聖霊として祭れるシェルレーネ教でも巫女となると違うのか……。まあ、大々的に他の神を信仰してますって証だしなぁ。でも、保護と言うより軟禁っぽいし、宗教って大きくなると大変なんだな。
「そうですね。アスカ様が巫女とあらば、その不自由さを知る我々が気軽に周知させてはいけません。敬虔な聖霊様の信者ということで。何より連れ帰りでもすれば、一生シェルレーネ様の神像制作を行うことになりかねません」
「そういえば、あれもきちんと加護ついてたわね。アスカは同時に複数の神様を信仰してるの?」
「同時に信仰してるというか、私の生まれ故郷は多くの神様を同時に祭ってたから、一柱だけを祭る感覚がないのかも」
アラシェル様を特別信仰してるのは本当だけど、だからと言ってシェルレーネ様やグリディア様の信徒をどうこうとも思わないし、いい神様たちだと思うしね。
「なるほど。我々とは信仰の概念自体が違うのですね。世界を見ればまれな考えですが、多くの神の存在が確認されている以上、そちらの方が良いのかもしれませんね」
「ところで私、一生神像づくりですか?」
「まあ、教会でも細工や制作をする人間は惜しいからね。特に、シェルオークを扱えるわけでしょ? 一般人からしたらシェルレーネ教の信者が正しい心の持ち主だって証明になるもの。他の聖霊を祭ってる宗教でもあの木で作られた像は特別なのよ」
「じゃあ、もっと慎重にしないといけないのか。例えば……」
「こっちを見るな! 別に何もしない!」
(でも、貴族だしなぁ」
「心の声が漏れてるわよ」
「アスカさんは僕ら平民みたいに貴族を怖がるよね。身なりは綺麗なのに」
「そうね。自分自身が貴族に見えるのに不思議よね」
「よく言われますけど、そんなに貴族っぽいですか?」
「高い魔力と綺麗な食べ方。性格も大人し目で顔も良し。これだけ揃ってたら普通は貴族だからね。特に魔力はその歳でそれだけ強いなら貴族の方が多いわね。冒険者で魔力が強い人もさかのぼれば結構貴族の血が入っている人が多いのよ」
「貴族の個性とも言われるからな魔力は」
「じゃあ、護衛の人も?」
「無論俺も代々受け継いでいるぞ。剣を持ってはいるが、魔力も130はある」
「巫女の私たちが200前後の場合が多いから結構高いのよね。おかげで他の護衛を選べないのよ」
「巫女の護衛であれば所作はもちろん、魔力も高い方が有利ですからね」
「まあ、実力というやつだな」
「それを言われると私はつらいわね。巫女になって魔力が付いたから」
「あ、いえ……」
そういえば、信仰を集める神様の巫女は魔力が増えるんだっけ。私は巫女になってからどっちかというと止まってるし、魔力のほとんどが巫女になったから付いたなんて本当にシェルレーネ様の信徒は多いんだな。
「時間ですし、そろそろ……」
「ああ、そうでした。では、帰るとしましょうか」
その言葉を皮切りにみんな荷物をまとめて帰る準備を整える。最後はちょっとだけあわただしくなったけど、いい休日だった。




