帰宅と食事
ティタにも食事用の魔石をあげてその後もゆっくりする。
「それにしてもいいところね。起伏もあって人も来ないし、景色は良いし」
「うん。冬はちょっと寒いけどね」
「確かに遮るものがありませんものね。……ずっとこうしていたいですがそろそろお時間ですね」
「なんで。まだ十四時ぐらいでしょ?」
「これ以上ここに居ては帰りを心配されますよ」
「は~い……」
「やっぱり外出って難しいんですね」
「短時間ならともかく、こうやって半日以上の外出は特にですね。夕方以降は騒ぎになる可能性もありますので」
「じゃあ、仕方ないですね」
渋々、片付け始める。ミネルたちはぎりぎりまで両親と話をしていたみたいだ。あんまり来れないだろうし、こればっかりは仕方ない。
「さあ、そろそろ行くよ」
《チィ》
《チュン》
二羽とも私の右肩につかまって一緒に崖を下りる。ちなみに、ティタは左肩だ。先に下りた後、みんなを順番に下ろして行く。ちょっと里帰りさせてあげるつもりだったのに、色々あったなぁ。
「さあ、帰るわよ!」
「は~い」
帰り道も魔法を使って探知したけど、特に何も出なかった。やはりまだ町周辺はハイロックリザードの影響があるのだろうか?
「とうちゃ~く!」
教会まで帰ってきた。今回は堂々と正面からだ。さすがにここまでくれば裏口から入っているところを見られる方が問題だからね。
「ん~、久々の外出でリフレッシュしたわ~。ありがとね、アスカ」
「ううん。こっちこそ無理させたみたいで……」
「いいえ。とても良い外出でした。お土産も出来ましたし。ムルムル様もこれで明日は大活躍ですね!」
「あ~、明日か~」
「明日って何かあるんですか?」
「明日はこの町に来た理由の一つでもある慰霊祭が教会であるのです。今回の事件の被害を受けてのことですね」
「被害の規模としては小さいが、何分王都までの中継途中の町でのことだ。それに本来ならもっと被害が大きくなると予想された事態だったからな」
「ちょっと異例ではあるのですが」
「その後はアスカの言っていたスラムの見学ね。それが終わったら数日は信者の人との交流や、告解なんかの受付もするわ」
「巫女ってすごくやること多いんだね」
私も一応は巫女だけど、こんなに多くのことをやらないといけないなんて、水の巫女は大変だ。
「本来の巫女の役目とは違うのですが、私たちも身分的には司教様の上になっていますので、皆様が言いにくいことを言える機会に出来ればと、数代前の巫女から取り組んでいるのですよ」
「はぁ~、昔はもっと単純で神殿で舞うのと祈りだけだったのになぁ」
「ですが、それだけのものを普段から私たちは頂いているわけですし、ムルムル様からしてみれば外出の機会が増えてよいのでは?」
「えっ!? 昔ってそんなに外に出られなかったんですか?」
「まあ、舞と祈りだけの存在だからその練習か写経ぐらいでまず外に出なかったんだって」
「神秘性を高めるためだったと伝えられていますわ」
特別な日にだけ姿を見せる巫女さんかぁ。言われてみればその方がすごいって感じが伝わるのかも。
「明日は舞も披露されるのですよ。良ければアスカ様も見に来られては?」
「私が行ってもいいんですか? 信者じゃありませんけど……」
「もちろんです。元々は慰霊祭ですから死者を弔うものです。その者が信仰しているかに関わらずです。ですから、聖霊様を信仰している方でも何の問題もありませんよ」
「別に来なくてもいいわよ!」
「じゃあ、時間が合えば行きますね。何時ぐらいからですか?」
「そうですね……九時頃です。そこから慰霊祭は三十分程度ですね」
「分かりました」
「無理に来なくていいからね」
「うん!」
「では、名残惜しいですか今日はこの辺で……。本日はこれから教会の方々との打ち合わせと交流会がありますので」
「はい! 頑張ってくださいね」
「じゃあね」
私はムルムルたちと別れて宿に戻っていく。
「ただいま~」
「あ、アスカおかえり。もういいの?」
「はい。向こうも忙しいみたいで……」
「そう。ところで心配かけたみたいね」
「いいえ。でも、エステルさんが倒れちゃうとみんなが悲しんじゃいますから、きちんと休んでくださいよ。じゃないとまたやりますからね!」
「気を付けるわ。それに一晩休んで頭もスッキリしたから、良い案が浮かんだのよ。まず、肉を誰かに売ってしまう話なんだけど……」
エステルさん、本当に分かってくれたかな? その後も肉の売り先を私がたまに利用していた串屋のおじさんに決めたり、肉を保存するやり方を考えついたりと忙しそうだった。これは第二回使用もやぶさかではないかな。
「とりあえず夕食までは時間もあるし、そろそろ細工を再開しないと」
この間ずっと休んでたし、ムルムルたちの細工をする時間も必要になるなら、今からやった方がいいからね。まずは最近ちょっとずつ売れるようになってきた、アラシェル様の木像を作っていこう。
「今の時間からなら四つぐらいは出来そうかな?」
早速、準備をして作業に入る。久し振りだけど、作り始めてみると問題もなく進んでいく。
それから二つぐらい作ったところで違和感に気づく。
《ミェ~》
「あっ、ライズ帰してない!」
危ない危ない。店の人たちも心配してるだろうし、すぐに帰さないと。いったん作業の手を止めて階段を駆け下りる。
「ちょっと出てくる~」
「は~い」
エレンちゃんに挨拶をして店に向かう。
「こ、こんばんわ~」
「あら、アスカちゃんそんなに慌ててどうしたの?」
「そ、その、ライズ帰し忘れてて……ごめんなさい」
「今日は泊まりがけじゃなかったの? みんなそう思ってたけど……」
「へっ?」
どうやら、街の外まで行くということをみんなはレディトまで行くと思っていたらしく、全く心配していなかった。頑張って走って来たのに。
「そういうことだったのね。疲れたでしょ? 何なら食べていく?」
「良いんですか?」
「ええ、ちょうど席が一つ空いているのよ」
「じゃあ、いいですか? あっ、でも宿の食事もあるし少なめでお願いします」
残しちゃうのはもったいないしね。
「それなら大丈夫よ。宿に泊まってる人も来てるから伝言してもらうわね」
「本当ですか。じゃあ、お願いします」
「ええ。アスカちゃんにも店長は食べて欲しそうだったからちょうどね」
「フィアルさんが?」
「そうよ。宿とは違う料理を出すって意気込んでたから。昨日までは出かけてて、宿とうちでほとんど同じ料理だったから、何とかしたいって言ってたのよ」
そういえばここにも料理マニアな人がいたなぁ。すぐに出かけたから煮込みしか作れなくて頑張っちゃったか。そのまま私は二階の席に案内された。前の席もここだったし、景色もいいのに何時も空いてるんだな。
「じゃあ、ちょっと待っててね。今日は固定メニューだからすぐに持ってくるわ」
「固定?」
「そう。いつもはお客さんにいくつかから選んでもらうのだけど、せっかく珍しい食材があるのだからとしばらくは同じメニューなの。店長のことだから、メインの料理は変えてくると思うけど」
「へ~」
ちなみに店からすると食材の調達も狭まるので、利益率は悪くないのよとリンさんが教えてくれた。
「はい、お持ちいたしました」
別の人が料理を持ってきてくれた。一つ一つ運ばれてくるので、メインの料理はまだだ。気にはなるものの前菜やスープも美味しくて、すぐに食べてしまう。
「ライズも美味しい?」
《ミェ~》
ここは個室になっているので、ライズもよほど大きな声をあげない限り目立たない。ライズのご飯もちょっとずつ違うのが運ばれてきていて、その都度元気に食べているのがほほえましい。
「さあ、いよいよお待ちかねよ」
そう言って置かれたお皿に載っていたのは、ステーキだった。
「これって……」
「どう? 驚いたでしょ。今日の看板メニューのハイロックリザードステーキよ」
「でも、硬くて焼いても食べられないんじゃ……」
「じゃあ、ちょっと切ってみて」
言われるがままにステーキにナイフを入れる。あれ?
「肉が切れる……」
「そうなの! アスカちゃんは知ってるから言うとね、先に圧力鍋に入れて肉を柔らかくしてから焼いてるのよ。もちろんかかっているソースはその時の煮汁を使ってるから、旨味はそのままとまではいかないけれど、とても美味しく仕上がっているの」
ぱくりと実際に肉を口に運んでみる。
「お、美味しい~。肉も柔らかくて美味しいですけど、ソースがすっごく美味しいです!」
「でしょ?私も味見させてもらったけど、もっと食べたかったわ」
お姉さんが戻った後も私は美味しいと連呼しながら食べていた。そういえば珍しくメイン料理と一緒にパンが出てこなかった。いつもならここで一緒に出てきたのにな。
「さあ、これで最後のメニューよ」
置かれたお皿にはサンドイッチが。でもどうしてだろ? そう思って具を見てみるとフルーツサンドだった! さっぱりしてて好きだったんだよね。クリームべた塗りでもなくフルーツも食べやすくなっててとってもいい感じだ。味は……。
「思った通り、さっぱり目でフルーツが美味しい!」
「良かった。ちょっと変わったパンの使い方だったから心配だったんだけど」
「まあ、そうかもしれませんね。でも、こういうのも私は身近だったので好きですよ」
「そ、そう」
ん? 一瞬変な感じだったけどどうしたんだろ? まあ、今は食事だね。パクパクとフルーツサンドを食べていく。
✣ ✣ ✣
その頃厨房では……。
「どうでしたか? アスカはびっくりしていましたか?」
「それが、どうも食べなれてる感じでした……」
「なんと! アスカのいたところはそれほど食が発展していたのですね。これはまだまだ研究が必要ですね」
こんな会話が繰り広げられているとは知らないアスカだった。




