お宿の案内人
私たちは連れ立って宿に向かう。でも、やっぱりテルンさんがいるからか道行く人たちが振り向いてくる。
「な、なぁ、あんな美人、街にいたっけ?」
「初めて…だよな」
「でも、隣の子もいいなぁ」
「そうか?アスカちゃんもきっと美人になるけどなぁ」
最後の方はよく聞こえなかったけど、やっぱり人気みたいだ。ちらほら後をついてくる感じの人もいるし。まあ、護衛の人が後ろに控えてるから安心なんだけどね。
「もうすぐだよ」
「ふ~ん。てっきり稼いでると思ったから街の東側かと思ったら、普通の宿なのね」
「そりゃそうだよ。まだまだ駆け出しだもん!」
「駆け出し…そうだよな。アスカちゃん駆け出しなんだ…俺もう7年やってるけどDランクなんだ。田舎に帰ろう…」
何だかすれ違うおじさんが何か言ってたけど、何だったんだろ?
「ただいま~」
「おかえりおねえちゃん。後ろの人たちは?」
「私のお友達と付き人さんだよ」
「ええっ!おねえちゃん貴族の人と一緒で大丈夫なの!?」
「あっ、私は貴族じゃないわ。う~ん、一先ずは商人の娘ってことで!」
「は、はぁ。いらっしゃいませ?」
そういえば、エレンちゃんって直接会ったことなかったっけ?じゃあ、仕方ないよね。
「エレンちゃん。この子が前に言ってたムルムルだよ。後ろの人がテルンさんって言うんだ」
「ムルムル?ひょっとしてあの水の巫…」
「しーっ。その先言っちゃだめ」
「ご、ごめんなさい。宿の娘なのにうっかり…」
「いいえ。でも、騒ぎになりたくないから注意してよ」
「はい!ところで宿に何の用でしょう?」
「そうだった。ライギルさん居る?」
「いるよ…ずっと料理の話で盛り上がってる…」
「えっ!ひょっとしてまだエステルさんと話してるの?」
「うん。流石にお昼は中断したけどね」
呆れた。あれから、結構時間たってるのにまだ話してるなんて。ちょっと後でジェーンさんのところに行こう。
「お父さんに用事なんだね。頑張ってね!」
「うん…それじゃ、行こう」
並んで厨房に入っていく。この時間はお昼も過ぎたし、お客さんもいない時間だ。
「ライギルさん入りますよ~」
「だからだな、味付けを濃くして…」
「それなら、別に他の肉でもよくないですか?」
「いやいや、他の肉と純粋に対比できるだろ?」
「そんなのもっと簡単に手に入るやつでやってくださいよ!」
ん~、白熱しすぎて聞こえてないかな?えいっ!
「ティタ砲」
ティタを持ってエステルさんに投げる。投げるといっても、ティタが魔法でコントロールしてふわりと着地するんだけどね。
「わっ、ティタ!ってアスカ?いつ厨房に来たの?」
「エステルさんたちがずっと話してるから気づかなかっただけですよ」
「そうだったの。わざわざ厨房に来るなんて珍しいわね。どうしたの?」
「ライギルさんにちょっと用事で…」
「俺に?ところで後ろの人は?」
「初めましてムルムルです。こっちは…付き人です」
「よろしくお願いいたします」
「どうも。で、アスカ用事は?」
「今日のハイロックリザードの料理なんだけど、ムルムル達にも食べさせてあげたくて。6人ぐらいのテーブル借りられるかなって…」
「う~ん。今は客足が伸びてるからなぁ。うちはそういったことはしてないし、時間ちょうどに来るなら何とか出来るかもしれんが、途中の時間から来てすぐは無理だな」
「じゃあ、それでいいわ。アスカの部屋には今から行けばいいんだし」
「ええっ!結局部屋には来るの?」
「当たり前じゃない!」
「ですが、護衛の方はどういたしましょう。部屋の外で待っていてもらうわけにもいきませんし…」
「食堂はダメよね…店の外じゃ何か言ってくるだろうし…」
「隣の部屋にいてもらうとか?」
「お隣のお部屋は空き部屋なのですか?」
「ん、ああ、エステルどうだ?」
「私が受け付けてる間には来てませんけど…エレンに聞いてきます」
エステルさんはエレンちゃんに空き部屋のことを聞きに行った。
「大丈夫でした」
「なら、そこを空けておくといいか」
「申し訳ありません。その分のお代は支払いますので…」
「そうですか。助かります。ところで、そちらの子はムルムルさんと言われましたが…」
「あっ、ハイ。一応、水の巫女なんかをやらせてもらってます」
「や、やはり!よろしいのでしょうか?うちの宿で?」
「ええ。アスカの泊まってるところも見たかったし、この宿以外だと前に食べた店以外ではあの肉は食べられないんでしょ?それに、私は結構街でも食事をしてるからどんな感じかは大体わかるから」
「そうですか。では、精一杯頑張らせていただきます」
「良かったですわね、ムルムル様」
「ええ、楽しみにしてるわ」
おおっ!あのライギルさんも思わず丁寧口調に。やっぱり水の巫女ってすごいんだなぁ。
「じゃあ、さっきの案の続きを話しましょう、ライギルさん。巫女様に出すならやはり色々と挑戦してみなければ…」
「ああ、確かにな。では、我々は料理の仕込みに入りますので」
ええっ、まだ昼終わったばかりだよ。夜の仕込みは早くても16時からだよね。
「2人とも!ご飯ちゃんと食べました?」
「ん?ああ…そういえば」
「まだね」
「きちんと食べてからにしてください」
「そうね。すぐできるものでいいわね」
そういうとエステルさんは玉ねぎっぽいのとレタスっぽいのをザクッと切って、パンにはさんでドレッシングをかけたのを2つ作る。まさか、それがお昼なの?せめて肉とか入れないの?
「ほら、私たちは仕事に入るからまたねアスカ。巫女様たちも失礼します」
「え、うん」
ムルムルもあまりのことにポカーンとしている。そのまま押し出されるように私たちは厨房から出て行った。
「おねえちゃんどうだった?」
「何とかお昼は食べてくれたよ」
あれがお昼ご飯というならの話だけど。心配させるのもなんだし、詳細は伏せとこう。
「ありがとう。私じゃ言っても聞いてくれなくて…」
「後ミーシャさん居る?」
「お母さんは今はお掃除中だよ」
「そうなんだ。なら、後でちょっと話があるって伝えておいてくれる?」
「分かった」
エレンちゃんもお仕事に戻っていく。
「へぇ~、アスカって宿の人たちと仲いいんだ」
「今はほとんどしてないけど、前は毎日のように働いてたから」
「冒険者とはかようなこともなさいますのでしょうか?」
「う~ん。どうでしょう?でも、ランクが低いときは収入も低いですから、副業があるのは良いと思いますよ。私も最初はそういう理由で細工のお仕事始めましたし」
「今は違うんだ?」
「うん。作ってると楽しいし、休日も時間をつぶせるしでとっても助かるよ。それに、こうやって仕事を持ってると旅先でも、定住しても困らないしね」
「ふ~ん。そう言われると私も何か始めようかな?そうすれば神殿でもいい暇つぶしが出来るわね」
「それは良いお考えですよ。お付きの方も苦労が減りますし、巫女が作ったものとして神殿に祭れます」
「どんなの作る予定なのよ私は…」
「それじゃあ、おばあさんの本屋に行く?」
「まだ、何も決めてないから今度見ておくわ」
「そう?なら行きたいところがあるんだけど…」
「わかったわ。行きましょう!」
私たちは一旦宿を出て、目的地に向かう。
「こんにちわ~。ジェーンさんいますか~」
「アスカ…なに?」
「えっと、睡眠薬ありますか?即効性の奴!」
「誰か始末したいの…」
「い、いや、体調崩す前に寝て欲しいので…」
「ならよし」
ジェーンさんがドアを開けて家に入れてくれる。そこはかとなく独特の匂いだ。
「わ、私たちも入ってもいい?」
「…どうぞ」
4人掛けのテーブルに座る。ちなみに護衛の人は丁重に断られていた。まあ、個人の家だしね。
「で、睡眠薬」
「はい。う~ん、4回分ぐらいかな?もちろん、一気には使いませんよ」
「ふむ…ならこれ」
ジェーンさんが取り出してきたのは20粒入りの錠剤だった。これだと飲ませるのが大変そうだな~。
「液体のとかありませんか?」
「ん…」
ジェーンさんが錠剤を1つ取り出すとプチッとする。すると中の液体がじわっと垂れる。錠剤と思ってたけどカプセルだったんだ。
「2つもあればすぐに効くはず。じゃあ…」
そういうとジェーンさんはその指を舐めると、ちょっとしてテーブルに突っ伏した。
「もしかして寝てる?」
「い、一応、優秀な薬であることは確認できましたが…」
とりあえず、目的は果たしたしベッドに運んで家を出るんだけど…。
「戸締りどうしましょうか?」
「では、私がやりましょう」
全員家から出ると、鍵穴に合うように水でカギを作るテルンさん。ガチャリと音がしたら水が鍵穴からこっちにでてスッと消えた。
「これで良いでしょう」
「すごいですね。流石は水の巫女の付き人さんですね」
「まあ、褒められた使い方ではありませんけれど…ね」
「こっちを見ないで。私もいつも使ってるわけじゃないわ」
神殿を抜け出すときに使ってるんだムルムル。でも、繊細なコントロールが必要だし、この人もすごいんだなぁ。
「それじゃあ、用事はこれで終わりよね。アスカの部屋に行きましょうか!」
「は~い」
「その前に教会の方たちにお知らせだけしておきましょう」
「そうね」
無事に目的も果たせたので、私たちは教会に寄ってから再び宿に戻った。