水の巫女
足音の先にいたのは…。
「アスカ!久しぶり!!」
「ムルムルも!」
立ち上がって抱擁の挨拶をする。ちょっと恥ずかしいんだけど、久しぶりに会えたから気にしないことにする。あれ?
「ムルムル、背伸びた?」
「分かる?わかっちゃう?そうなの!今まではかわいい巫女だって言われてたけど、最近は綺麗って言われる様にもなったのよ!アスカはあんまり変わらないわね」
「こ、これでも一応伸びてるんだよ」
「そうなの?私の方が伸びてるからあんまりわからないわね」
「ゴホン!」
「あっ、護衛の人もお久しぶりです。あれ?エスリンさんは?」
「それが聞いてよ~。エスリンったらあれからパンを教えるのに教会の厨房に入っちゃったの!本人も料理が楽しいですって言って私付きに戻ってくれないのよ、ひどくない!」
「そうは言われますがムルムル様。今、エスリン様が抜けてしまっては中央神殿で暴動が起きかねません。皆、あの食事を楽しみにしているのですよ」
「それはそうなんだけど。でも、今回ぐらい付いて来てもいいじゃないの!代わりに来たのが…」
「こんにちは。あなたがアスカ様ですね?」
「はい。あなたは?」
「テルンと言います。ムルムル様の側仕えとして今回やって来ました」
「なっ!?」
ん?なんだかみんなとやり取りをしているみたいだけどとりあえず挨拶を返しておこう。
「こちらこそよろしくお願いします。冒険者のアスカです」
「よろしくお願いいたします。今回は出来れば私がパン作りを学びたいと思っておりますの。大丈夫でしょうか?」
「あ~、ちょっと難しいかもです。今とっても忙しそうで…」
私はハイロックリザードのくだりを話し始めようとしたが…。
「ムルムル様。立ち話もなんですし、奥に行かれては?」
「そうね。じゃあ、行きましょう。アスカ、テルン…」
私たちは護衛の人たちと一緒に奥の部屋に入る。前に通された部屋だ。
「では、私たちは外にいますので」
「ええ、お願いね」
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「はい、それじゃ仕切り直しね。話してくれる?」
ゴソゴソ
その時バッグにもぞもぞと動きが。
「アスカ様?何か動いておりますけど…」
「あっ!また、もぐりこんだの?」
ティタはなんだかんだで寂しがり屋さんらしく、よくこうしてバッグにもぐりこむのだ。そしたら重たいはずなんだけど、自分に風魔法をかけて重量を感じさせないようにしている。魔法の練習があだとなってしまった。いやまあ、かわいいけどね。
「ヨイショ」
「なにこれ?ゴーレム?」
「かっ、かわいいですわ。ねっムルムル…様」
「ま、まあね」
「しょうがない…ゴーレムのティタです。事情があって私の従魔になりました」
「従魔ってアスカ、魔物使いなの?いや、適性はあると思ってたけどてっきり魔法使いになるもんだと…」
「色々あってね」
「と言いますか、職業が付くのはCランクからとお聞きしたことがあります。アスカ様はCランクなのですか?」
「はい。2月ぐらいになったばかりの新米ですけどね」
「でも、前に話した時は冒険者自体なりたてだって言ってなかった?」
「一応、後ちょっとで1年になるかな?」
「1年でCランクだなんてアスカ様は素晴らしいです!」
「あ、ありがとうございます」
「ということでティタ様を触らせていただいても?」
「ええ、いいですよ。ティタ、お姉さんだよ」
「ティタ、オモイ、チュウイ」
「あら、ティタ様はゴーレムなのにお話し出来るのですね。教会にも護衛に魔物使いの方がいらっしゃいますが、その方のゴーレムはよく分からない声を発するだけでしたが…」
鋭い!さすがはムルムル付きの人だ。
「ほ、ほら、ゴーレムも色んな種類がいるんですよ。確かに話せるのは珍しいみたいですけどね」
「そうなのですか?ですが、このかわいさの前にはどうでもいいですわね」
お姉さんはティタをひょいっと持ち上げると、胸元に持って行って抱きかかえた。
「確かに少し重いですが、冷たくて気持ちいいですわね」
「ほんと?私にも持たせて」
「ウン」
ティタを名残惜しそうな目でテルンさんが離す。そして、ムルムルもティタをかかえてみる。
「確かにちょっと重いわね。小さくてもゴーレムなのね。でも、確かに冷たくて気持ちいいわ」
「カルクナル、ハナレテ」
「えっ、うん」
ん?ティタってそんなことできたっけ?そう思っていると、ティタは宙に浮いて自分に風魔法をかける。かなり薄い膜を張って、浮遊力を発生させ重量を軽くするみたいだ。
「へ、へぇ~。魔法も使えるのね。流石はアスカの従魔ね」
「ほほ、本当ですわね。魔法が得意なゴーレムちゃんですか…」
「あ、いや~。そうなんですよ。と、とりあえず持ってみてください」
「じゃあ、持つわよ…って軽!ちょ、ちょっと、持ってみてください」
「あ、はい」
ムルムルがテルンさんにティタを渡す。
「確かに軽いですわね。このようなことが出来るのですね」
「ええ、頑張って魔法の練習してましたからね」
これで何とか誤魔化せないかな?
「ね、ねぇテルン…。このゴーレムはただ小さいゴーレムよね?」
「え、ああ、そうですね。そうしましょう。私たちは今回そのようなことで来た訳ではありませんし」
ティタを撫でながらもテルンさんもムルムルも目がちょっと濁って見えるなぁ…。とりあえずこの場は見ないふりをしてくれるようだ。
「そういえばミネルはどこなの?」
「あ~、多分ミネルたちはライズの所かな?宿にもいなかったし」
「ラ、ライズ!あんた彼氏でも出来たの!?」
「へっ!?ち、違う違う!従魔じゃないけど、フィアルさんに預かってもらってる魔物だよ」
「そ、それは大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫。魔物と言ってもまだ子供だし、ヴェゼルスシープだから暴れたりしませんから」
「アスカ、なんてものを…ヴェゼルスシープと言ったら、大司祭様や私たちの舞衣装にも使われる、高級糸の持ち主じゃない!」
「その表現はどうなのでしょうか、ムルムル様。ですが、糸を入手するだけでも難しいと聞きましたが…」
「色々ありまして…」
「会わなかったのはたった数か月なのにアスカの周りはどうなってるの!ちゃんと話してもらうまで帰さないわよ!」
「そんなぁ~。今日は折角のハイロックリザードの煮込みなのに…」
「ハイロックリザードの煮込み!?そうよ!まずその話からしなさい!し、心配したのよ!!」
「ムルムル…」
「本当に報告を受けた時は仕事がしばらく手つかずで困ったのですよ」
「そ、そこは秘密にしておいてって…」
相変わらずムルムルは恥ずかしがり屋さんだなぁ。
「じゃあ、話すね。でも、ちょっと刺激が強い話もあるからダメだと思ったら言って?」
私は冒険者として危険な目にも遭ってるし、体験談だから生々し過ぎるかもしれない。先に忠告しておかないと。
「分かったわ」
それから私はムルムルたちに当時の状況を話していく。もちろん、自分が危険な目にあったこととかも含めて。話す以上はきちんと話しておかないとと思ったのだ。
「それじゃあ、ティタは…」
「かわいいだなんて申し訳ありませんでした。お辛い思いを…」
「ウウン、アスカ、ハナセル、ウレシイ」
「そ、そっか。それから話せるようになったんだもんね」
「ええ、不幸中の幸いですわ…」
ぐすぐすと2人とも涙を拭きながら話している。やっぱり、2人には刺激が強かったかな?
「で、でも、この話はみだりにしちゃだめ…」
「そうですわね。ゴーレムが形を持つなら、悪用しようとするものが出てきてしまいますわ」
先に平静さを取り戻したテルンさんから注意される。まあ、私も他の人には軽々しくは話さないよ。ムルムルは大事なお友達だからね。
「やっぱり教会の人もそう思うんだね。ギルドでも注意されたけど」
「教会だからですわ。もしゴーレムの姿を教会の神像に変えてしまったらどうなると思いますか?」
「別にただのゴーレムでは?」
「そんな訳はありません。巫女の神託と言うのはかつて神が降臨した時に、神託を果たしたということを人々に伝えたから信じられているのです。残念ですが神託を疑問視する声も少なからずあります。それが、神像がしゃべるとなってしまえばそれこそ神のお言葉となってしまうでしょう」
「そうよ。ゴーレムの契約者がまるで神のように神託を出すのよ。もちろん天罰が下るでしょうけど、万が一ということもあるわ。悪意をもってすればそういう使い方もできるの」
「絶対、そんなことさせません!」
「ええ。あなたがそう言ってくれただけで助かりますわ。現状は他にはいないのでしょう?」
「多分…」
あれだけ大量の魔力を一度に使用するなんて、魔法使いでもなければ難しいだろう。魔物使いはAランクが最高だって言ってたし、魔法型の人でもかなり難しいはずだ。
「じゃあ、この話はなかったことにするわ。もちろん、見たと言うこともね」
「残念ですけれど仕方ありませんわね」
「それにしてもアスカったら無茶したわね。てっきり、サンドリザードと戦ってたと思ってたわ」
「私が一番びっくりしたかも。だって、本当にいきなりだったから」
「ですが、最初に遭ったパーティーの方が無罪で本当によかったですわね。罪に問われてしまっては他のパーティーも依頼を受けにくくなってしまったでしょう」
「本当ですね。ファニーさんたちも精神的に疲れたって言ってました」
「で、その肉を食べようってわけね」
「うん。私は今日が初めてなんだ。街では2日前ぐらいから出てるみたいだけど」
「ねぇ、折角だから私たちもそこで食べられないかしら?」
「護衛に負担をかけてしまいますが、私も気になりますし手配しましょう」
「宿の方は席とか大丈夫?」
「う~ん。いっぱい人が来てるみたいだけど、最悪私の部屋があるから大丈夫だよ!」
「えっ!アスカの部屋入れるの?見たい見たい!」
「ムルムル様。人の部屋をのぞきたいなどと大声で言ってはいけませんよ?」
「でもぉ~」
「別に見るだけならご飯を食べなくてもいいよ」
「やった!じゃあ、早速手配しなきゃ」
だだだっとムルムルは駆けだすと、護衛の人に話をしに行ってしまった。