再会、水の巫女
結局、サンドリザードの幼体は十一匹のうち、四匹分の肉をフィアルさんが、二体分の肉を私が、ノヴァとリュートは一匹を半分ずつとなった。残り四匹のうち一匹はすでにクラウスさんが買っているので、肉の残りは後三匹分だ。
「残りだが、一匹は領主様に献上かの?」
クラウスさんがそんなことを言ったので、どうしてと訊ねる。
「今回の件でかなりギルドに好意的に接してもらっているし、遺族には珍しく見舞金も出されたのだ。ギルドとしてもその恩を少しは返さんといかんだろう」
ギルドが越境組織といってもこういう地方での関わり合いは大事なんだって。
「あっ、そうだ。一匹分は私も皮を下さい!」
「アスカがか?」
「はい。皮はほとんど扱ってきませんでしたけど、細工というか加工もできると思うんです。今はお金がないので一匹分だけですけど……」
「アスカは、本当に努力家だね。次々に新しいことに挑戦して」
「若いうちの苦労は買うものだって教わったからね!」
のんびりするのも大事だけど、定住した時のことを考えて手に職をつけとかないとね!
こうして私たちは各々持ち帰る分を支払う。ちなみに今回のサンドリザードの売却益は、各自のマジックバッグ容量内なので等分にすることにした。1人金貨一枚と銀貨一枚にパーティー口座へ銀貨二枚。これを一日で稼いだようなものだし、結構いい感じだ。合わせて細工も頑張らないと。
「じゃあ、クラウスさん。後はお願いしますね!」
「任せときな」
私たちはクラウスさんとも別れて、解散となる。
「さて、すぐ店に戻らないといけません。きっとみんな忙しいでしょうから」
「そうなんですか?」
「アスカも宿に帰れば分かると思いますよ」
意味深な言葉を残してフィアルさんは一足先に帰って行った。
「じゃあ、俺も棟梁に東側の話をしないといけないから」
「ばいばい」
「頑張ってねノヴァ」
「おう!」
「リュートは?」
「さっきのフィアルさんの言葉も気になるから、一緒に宿へ行くよ」
「それじゃ行こっか!」
二人で宿まで一緒に歩く。ちらりとリュートを見るとやっぱり背が高い。私はまだ百四十センチ台だから百六十センチ以上あるリュートからは見下ろされる感じだ。
「どうしたの?」
「ううん。二人とも背が高くなったなぁって思ってね」
「アスカも伸びてるじゃない?」
「でも、二人より伸びないからあんまり実感ないなぁ」
「今に伸びるよ」
「そうだといいんだけど……」
男女ともに前世より身長が高めのこの世界ではせめて百六十センチは欲しいな。でも、後二年で二十センチは厳しいかな?
「ほら、着いたよアスカ」
「うん、ただいま~」
「あっ、おかえりおねえちゃん。待ってたよ!」
「へっ?」
エレンちゃんに迎えられた私だけど、待ってたって何だろう?
「おおっ、ようやく帰って来たかアスカ! あの肉はまだ手に入るか?」
「ラ、ライギルさん落ち着いてください」
「どうしたんですか?」
「リュート! どうしたもこうしたもない。アスカがあの肉を買ったからきっと宿で出ると客が来てな。すぐさま大入りだ。おかげで肉の在庫がないんだ。すぐにでも追加を頼む!」
「はっ、ハイ!」
「塊一個で上乗せ銀貨一枚だ。頼むな!!」
「ライギルさん、すごい勢いだったね」
「そうだね」
帰ってきたというのに早々にギルドへの逆戻りだ。とりあえず、切羽詰まってる感じだったし買って帰ればいいか。手持ちは少ないけど、幾つ買えるかな? あっ、細工代入ったから結構買える。
「こんにちは~」
「あら、アスカちゃん忘れ物?」
「あの~、つかぬことをお聞きしますが、ハイロックリザードの肉ってまだあります?」
「え、ええ。残念だけどあの後、興味本位で買った人がこれは料理できないと返品もあったの。ただ、一部の料理店では扱えるみたいね」
「きっとそれ、うちの宿とフィアルさんの店です」
「みたいね。昨日はどっちも大盛況だったみたいよ」
「こんにちは」
「あら、噂をすれば」
フィアルさんもギルドに入ってきた。もしかして……。
「おや? アスカもですか?」
「はい。ライギルさんにすぐに追加で買ってくるようにと」
「うちもですよ。一応店長なんですけどね……」
「では、金額は以前と一緒の銀貨五枚でどの程度にしますか?」
「保存状態はどうですか?」
「氷の魔法で固めてマジックバッグで保管してますから、ある程度は新鮮ですよ」
「なら、とりあえず八個で」
「じゃあ、私も!」
数を聞いてこなかったし、多めの方がいいよね? 大体、宿には三つフィアルさんの所には二つ渡したのに、二日でなくなるなら多めに買っておいても大丈夫だろう。
「はい。ではそれぞれ金貨四枚です。頑張ってくださいね。他に調理できる人がいなくて、このままだと売れ残りになるの……」
「他でも扱えられれば良いんですけどね」
「あの鍋があればできるのですが……」
今は量産体制も整っていないし、料理の案がないので難しいかな? でも、もしもの保険も欲しいしなぁ……。
「とりあえず私はこれで。アスカも頑張ってください」
「あはは、私じゃなくて頑張るのはライギルさんですよ」
「そうでしたね。では」
フィアルさんと再び別れて私たちも宿に戻る。
「ただいま~」
「おおっ、待ってたぞ! とりあえず二つくれ。下準備しないと間に合わないんだ」
「は、はい」
言われるがままにライギルさんに二つ渡す。重たいので厨房で手渡しだけどね。
「助かった。今から漬けて煮込めばぎりぎり何とかなる」
「お役に立てたならよかったです」
「ああ、仕入れ先がギルドということは分かってたんだが、俺たちじゃあ買えなくてな」
「そうなんですか?」
「アスカ、ジュールさんがしばらくはアルバの冒険者だけに売るって言ってたでしょ?」
急いで帰ってた私と合流したリュートが疑問に答えてくれる。
「そういえばそうだったね。でも、あの肉高かったですしそんなに売れるとも思ってなかったんですけど……」
「……そうだな。ちょっと食べてみろ」
昨日の残りと思われるスープをライギルさんが私とリュートに出してくれる。
「ん~。ん、美味しい!! すごく良い出汁ですね」
「だろう? 堅いし筋ばっかりかと思いきや、煮込むとすごく良い出汁が出てな。値段も大銅貨三枚と高いんだが、次々に売れて困ってる。こんなに売れると思わなかったからな」
「この味なら納得ですね」
「リュートの言う通りだね。これが出来立てでないのが残念だなぁ」
きっとこの味でも風味が落ちてるだろうし、出来上がりが楽しみだ。
「今日の夜には食べさせてやる。もちろんお代はなしだ。疲れてるところに走らせたからな」
「ありがとうございます」
「アスカ帰ってたの? おかえり」
「エステルさん! ただいまです」
「エステル、お邪魔してるよ」
「リュートもいたのね。休みに来るなんて珍しいわね」
「みんながすごい勢いでハイロックリザードの肉を欲しがるものだから気になっちゃって」
「すごいのよ! 今のところ圧力鍋で煮たものになっちゃうけど、美味しいの! 筋に沿ってしか食べられないのが残念だわ!!」
「わ、分かったから離してエステル!」
「あっ、ごめんね」
くわばらくわばら。エステルさんに話題を振らなくてよかった。料理のこととなると見境ないからね。リュートもガシッとつかまれた肩を押さえている。料理に力は必須って聞いたことあるし、実はエステルさんもかなりの力持ちなのかも。
「そうなんだよ。色々な料理を作りたいんだが、まずもって研究する時間もないし、鍋もこいつだけだからなぁ。とりあえず煮込んでしまえば何とかなるんだが、メニューを考える時間がない」
「なるほど。じゃあ、煮込むだけ煮込んでおいて誰かに売っちゃったらどうです? そしたらどうやって柔らかくしてるかも分かりませんし」
「それは良いな! 俺たちでは考えられない料理もできるかもしれんしな」
「ええ、私もちょっと貰えれば家でも研究できるわ!!」
「エステルさんはきちんと休んでくださいね」
「何言ってるのよアスカ! この食材を扱えるのは次は何時になるのか分からないのよ? 今頑張らないでいつ頑張るのよ!!」
ああ~、これは駄目な人の思考だ。ちょっとあれかもしれないけど、ジェーンさんのところで睡眠薬をもらってこようかな。無理して倒れそうだし。
ライギルさんは……ミーシャさんと相談しよう。今は食材が煮込まれるのを待つ方が先なので、それから考えよう。
「そうだ! ライギルさん、煮込み以外なら先に表面を焼くといいらしいですよ」
うろ覚えの知識だけど、チャーシューも先に焼いて作るはずだし多分あってるだろう。
「本当か! よしっ、エステル。スープにする以外にもこの時間で少し考えてみよう」
「はいっ!」
もうこれ以上ここに居ても仕方ないとリュートと目配せして厨房を出る。
「二人ともすごいパワーだね」
「エステルももうちょっと冷静になれればいいんだけど」
「あの調子だと店を出してもちょっと心配かも」
「普段は僕らより大人びてるんだけどね」
「でも、ちょっとかわいくて面白いね」
「確かにそうかも」
「あっ、おねえちゃんもういいの?」
「うん。用事は終わったけど」
「なら、はい!」
エレンちゃんが小さい包みをくれる。もしかしてポチ袋! とか思ったけどそんな文化はないよね。裏を見ると普通に手紙だった。
「今日の朝、シスターさんが届けてくれたんだよ」
「じゃあ、ムルムルからだね。早速読むよ」
「それじゃあ、僕はここで。またね、アスカ!」
「うん」
リュートやエレンちゃんと別れて部屋に戻って手紙を読む。何々……。
『お元気ですかアスカ。私は元気に過ごしています。前回の手紙で書いた通り、アルバの孤児院にいる子が巫女かどうか確認するためにそちらへ向かいます。予定が合ったら一緒にどこかに行きましょうね。というか空けといてよね。この手紙が届く頃には私も町に着いていると思うからよろしく。 水の巫女ムルムルより』
「あはは、相変わらずなんだから。でも、いつもより文面も短いし出先から急いで書いたのかな? 届く頃には着くって書いてあるし、ちょっと確認しよう」
お昼までまだちょっと時間もあるし、私は街行きの服に着替えて教会へお邪魔する。
「こんにちは~」
「あら、アスカ様。ようこそいらっしゃいました」
「シスターさん。お手紙ありがとうございます。ムルムル……様は来ていますか?」
「ムルムル様のご友人ですから普段呼ばれている呼び方で結構ですよ。私どもの前ではですけれど。先ほどお着きになられて、今は司祭様とご挨拶をされておりますわ」
「そうですか。着いたばかりだと悪いし一度戻りますね」
「いえ、話したいことがあると聞いておりますのでこのままお待ちいただけますか?」
「はい……」
何だろ? 相談事なんて珍しいな。その後ちょっと待つと奥から足音が聞こえてきた。




