番外編 ティタとディースの過去、時々マディーナ ディースの章
その2
ディースと研究
私はディース。自分で言うのも何だけれど優秀な魔法の才能がある。その才能を見出され、六歳の時には商家の屋敷で働いていた。
「ほら、お風呂を水で満たして。終わったらこっちの調理場ね。あんたがいると助かるわ、水仕事は力仕事も多いもの」
「はい」
今日も今日とて魔法を使う。平民生まれの私がこの商家の屋敷に来て三年になる。来る日も来る日も魔力を使って水やりだ。その先が風呂か鍋か庭園かその差だけである。でも、この屋敷にいることは苦痛ではない。
「あら、あんたまたそんな本読んでるの? いくらただで読めるからってそんな本読んでどうするのよ」
「魔物さんいっぱい。かわいい」
「変な子ねぇ。私たちにしたら恐ろしいだけなのに。まあ、ウルフぐらいなら飼ってもいいけどね。あいつらなら一度飼いならせば言うこと聞くもの」
「他にもいっぱい……」
「はいはい。時間だけ忘れないようにね。あんまりずっといると今度こそ出入り禁止にされるわよ?」
「分かった」
「さて、今日もあんたのお陰で仕事が早く終わったから休んでくるわ。じゃあね~」
あの人は悪い人ではないけれど、自分に正直というか屋敷を追い出されないか心配だ。なんせメイド長は厳しいから。
それからまた六年の月日がたった。私は相も変わらず水をだば~するだけの仕事をしている。
「流石にもう飽きちゃったな。お給金は普通よりは良いんだけど、目標も出来たしなぁ~」
「何々? とうとう彼氏ができたの?」
「はぁ~、ベティさんはどうしてそうなの? あっ、そういえばまた庭師の人に手を出したそうですね。駄目ですよ」
「あら、またとは失礼な。これっきりよ」
「ほんとですか?」
「ほんとも本当。という訳でよろしくね!」
「何をですか?」
「逃避行のお・手・伝・い」
「嫌ですよ。私の収入がなくなっちゃいますよ。それに親が困りますから」
「あんたの親ならもうこの町にはいないわよ? かなりお金が貯まったから引っ越したって聞いたわ」
「ええっ!? 確かにここ二年ほど会ってませんでしたけど……」
「それも、契約したらしいわよ」
「誰とですか?」
「そんなのここの主人とに決まってるじゃない。あんたは魔法が使えるだけでなく見目麗しいからね。当然でしょ? 何でも貴族になるって話もあるらしいし、その時に嫁に魔力があった方がいいと思ったんじゃない?」
「ま~たそんなこと言って。自分が逃げたいだけなんでしょう?」
「しばらくはあなたと一緒にね!」
「はぁ……」
とはいえベティさんの言っていることが本当だったらたまらない。私はその日の夜にこそ~っと金庫のある部屋に忍び込んだ。鍵? そんなの魔法を応用すれば簡単に作れるわ。水魔法の適応性は高いんだから!
「うそ……ほんとにあった」
そこには汚い親の字で売買契約のところに署名があった。
「しょうがない。協力するか」
なんだかんだで面倒見てもらったしね。私はその書類を持ち出すと、翌日ベティさんのところに行く。
「今夜だけですよ、力を貸すのは」
「あら、随分早いのね?」
「契約書があるってことは何時言われるか分かったものじゃないですから」
私たちはすぐに休憩時間を使って身支度をする。私からすれば庭師の男は信用できない。一気に決めたいのだ。
「ほ、本当にディースが協力してくれれば大丈夫なのか?」
「大丈夫だって。この子はすごいんだから!」
「私はあなたに関してはどっちでもいいですよ。ただし、計画を知った以上は適当なところまでは連れて行きますけど」
「分かったよ……」
「じゃあ、出発ね!」
こうして私たちは闇夜に紛れて屋敷を後にした。
「ところでベティさん。路銀はあるんですか?」
「多くはないわよ。給料だけね」
「なんでもうちょっと持ってこなかったんですか? 店のものとか」
「あっちは商人よ。盗んで売ったものから足が付くわよ」
むむっ、そう言われたら仕方ないな。
「でも、どうするんですこれから?」
「そこでディースの出番よ! あなた水魔法ならかなり慣れてるわよね?」
「ま、まあ……」
「こう、天気のいい日とかに虹をキラキラ作ったり、水で動物……例えば鳥とかを作ったりして稼ぐのよ!」
ベティさんの案はまさかの大道芸だった。とはいえ他にお金を稼ぐ方法も知らない私たちは、それから大道芸をしつつも多くの町を旅して回った。
「そろそろ一年かぁ~。ディースの魔法ってもはや大道芸と言うより、立派な冒険者よね」
「まあ、実際に登録もしてますし」
あれからすぐに立ち寄った街で冒険者になることを勧められ、今ではDランク冒険者として旅をしている。もはや大道芸なんて見せる機会の方がまれだ。常識だってかなり身に付いたと思う。
「それじゃあ、お別れだね」
「えっ!?」
突然のことに唖然とする。ど、どうして今更……。
「だって、私たちじゃあなたと一緒に旅をしてもお邪魔だもの。冒険者としてあなたならもっと上に行けるけど、私たちじゃ精々採取だけだわ」
「でも、今更……」
「まあ聞きなさい。私たちはかなりの距離を旅してきたわ。追手なんてもう来ないぐらいにはね。だから、最初に言ったように別々の道を行くのよ。あなたは魔物使いになるんでしょう?」
「どうしてそれを?」
「あれだけ熱心に本を読んでたんだから分かるわよ。それが難しいってこともね」
そっか、ベティも魔物使いのこと知ってるんだ。
「だけど、別れなくたって……」
「でも、私たちがいるとパーティーもろくに組めないわよ。あなたのしようとしていることはお金がかかるんでしょう?」
「だからって……それにこれまでのお金は? それなら私の稼いだ大半のお金を返して!」
そうだ、どうせ金遣いの荒いベティのことだからきっとお金なんてないだろう……。
「う~ん。確かにお金はそんなにないけどね」
「でしょ!」
「だけどほら……」
そう言いながらベティが出したのは数冊の魔物使い用の本だった。見たことがないのもあるし、屋敷に置いてあった本もある。
「こ、これ……」
「頂いたり、旅先で少しずつ買い集めたの。きっと、こんな日が来るからって……」
「ベティ……」
「か、勘違いしないでよね! 本当はあの人との子どもが出来たからここから動けないだけなんだから!!」
「そっか……よかったねベティ」
「……うん」
「じゃあ、明日発つね」
「分かった」
「だけど、こんな本ぐらいじゃ貰い足りないから。絶対に! 絶対に取り立てに帰って来るからね!」
「うん……。その時に立派な従魔を連れ歩いてたらね!」
「あれからもう○○年かぁ……。結局、会いに行けてないなぁ」
はぁ、ベティ元気にしてるかな? 私はBランクとはいえ魔法使いのままだし。
「結局のところ、信頼されてる仲間って言っても私が魔法使いだからなんだよねぇ」
ディースといえばアルバでは名の売れた魔法使いだ。でも、魔物使いだったらしがない冒険者だろう。
「せめて、きっかけぐらいあればなぁ……」
それは、ナイトパーティーでアスカと出会う二週間前の出来事だった。