ティタの秘密は…
「ア、アスカちゃん。今ティタちゃん喋った……よね?」
「な、何言ってるんですか? 魔物が喋るわけないですよ」
「そうよね! 何言ってんだろ私」
「空耳が聞こえるなんてあんた歳なんじゃない?」
「何言ってんのよ、まだまだ若いわよ!」
「ナカヨク……スル」
「って、ほらやっぱり!」
「ティ、ティタ!」
「ちょ、ちょっと待って、静かに! こればれたら面倒なやつよ」
「結界、結界張りましょう!」
「そうね」
✣ ✣ ✣
「なんだ女どもは? アスカを連れ込んだと思ったら、結界まで張ってこそこそ話かよ!」
「酌の一つでもしてもらいたかったのにな~」
「こらこらお前ら、主役に何させようとしてるんだよ。それにまだガキだぞ、酔わせてどうするんだ!」
「そ、そりゃあ……」
「げ、あんたってそっちだったの! 私ちょっと席変わるわ」
「冗談、冗談だよ」
「いやぁ~、目がマジだったね。そりゃ、三十近いのに恋人の一人もいないわけだ」
「ジャネット、やめろ! みんな違うんだ」
まあ、十中八九ティタがなんかしたかな? あいつも魔物だし、常識はないだろうからねぇ。結界張るってことはまあ大丈夫だろ。そう思って今日はとことん飲むことにしたジャネットだった。
✣ ✣ ✣
「さて、それじゃあ話の続きね。ティタちゃんは喋れるのね?」
「ウン」
「はわ~、喋れるなんてお利口さん。ますます欲しくなったわ。でも、どうして話せるの?」
「アスカ、オカゲ」
「ああ~、それじゃあ厳しいか。アスカちゃんの魔力は一級品だものね」
「そ、そんなみなさんだって……」
じーっとみんなの視線が私のもとに集まる。
「な、何でしょう?」
「私、昇格試験の日にたまたまギルドにいたのよね~」
「あら、あんたもいたんだ。どうだった?」
「正直、ちょっと自信失くしたわね。相手があのマディーナさんだったし」
あれ見られてたんだ。そう言えば昇格試験とかって見学自由だったっけ。私も何度か見たことあったなぁ。
「ね~、あこがれのお姉さまから一本取りそうになってたでしょ?」
「あれは向こうも手加減してたからですよ」
「でも、昨日の魔法を見る限り、アスカちゃんもあの時は全力じゃなかったわよね?」
「そ、それは~」
目をそらして何とか誤魔化そうとするけど、何も思い浮かばない。
「まあ、私たちも冒険者だし嗅ぎまわる気はないけどね。ただ、あれだけの魔力と実力があればティタちゃんのことも納得かなって」
「そうね。でも、もう少し実力が付けば私にもできるかもしれないわ」
「あんた、諦め悪いわね」
「もちろんよ! Cランクになって早七年。あがき続けてるのは伊達じゃないわ!」
「しょ、将来のこととかいいの?」
「いざとなったら、低ランクの冒険者を言いくるめてゲットよ。たとえ相手がいても気にしないわ!」
そこは気にして。ヒューイさんとか大丈夫かな?
「高ランク冒険者の品位を下げる行動だけはやめてよね」
「将来がかかってるの!」
「なら、今から準備しなさいよ」
「でもぉ~、振り向いてくれないかもしれないし」
おおっ、こういうところ特有の恋バナかと思われたのだが……。
「そんな与太話より、今はティタちゃんよ。言葉はどれぐらい分かるの?」
「さ、さあ。話し始めてまだすぐですし。でも、基本的な言葉はほとんど分かるみたいです」
「へぇ~、知能が高い魔物もいるって言われてるけど、ひょっとすると彼らなりの言葉があるのかもしれないわね」
「ン……アル」
「分かるのっ! っていうか元々魔物なんだから当たり前か。ああ~、研究したいなぁ~。駄目?」
「だ、駄目というか、ティタは物じゃないので……」
「ティタ、アスカ……イル」
「そうよね~、そもそもゴーレムが人間と友好関係にあるだけでも珍しいのよね、本来。でもね~」
すっごく名残惜しい感じでティタを見るお姉さん。
「そうなんですか? でも、ジュールさんはゴーレムからあまり手を出さないって言ってましたけど?」
「まあね。でも、手を出さないのと友好関係は全く違うわ。普通はお互い不干渉、これが大半なの。たまになわばりの関係で戦うぐらいね」
「そうそう。あたしのパーティーも一回助けてもらったし、ほんとにいい子だよね」
そう言いながらお姉さんがティタを撫でる。ティタもこっちをじっと見てくる。うう~ん、研究とか良いのかな?
「ティタはどうしたい?」
「モット、ハナシタイ」
そっか……ちょっとさびしいけど毎日じゃないし、本人も乗り気ならお願いしようかな。
「それじゃあ、言語の研究をお願いしてもいいですか? えっと……」
「私はディースよ」
「ディースさんですね。よろしくお願いします。でも、毎日は駄目ですよ、ティタもしんどいと思うので。それから代わりにといっては何ですけど、今は片言なので、きちんと話せるようにお願いしたいんですが……」
「もちろんよ! アフターサービスも抜かりなくするのが一流よ! 言語の本もある程度出来上がる毎に報告書として提出するわ。当然依頼料も払うわよ」
「そんな……そこまでしてもらわなくても」
「いいえ。私のような研究者にとって、これはとっても貴重な機会なの。これに対して報酬を払わないことは冒涜だわ。もちろん、研究中はご飯も私があげるわね。魔石でいいんだったわよね」
「コウイウノ」
ティタが袋をガサゴソすると、魔石の欠片が出てきた。
「それ、昨日のご飯の残りだよね。どこに隠し持ってたのもう~」
「ティタちゃんったら非常食を持ち歩くなんてしっかりしてるわね。それじゃあ、これからよろしくね」
図らずもティタのことについて調べてくれる人が出来てしまった。これは喜ぶべきなんだろうか?
「じゃあ、あんたはこれからも触れる機会がいっぱいあるんだから、私に貸しなさいよね」
「あっ、ずるい。今度は私だと思っていたのに!」
「ランクもお宝も早い者勝ちよ!」
「言ったな~!」
あわわ、とんでもないことにならないといいけど……。
「ごめんねアスカちゃん。あの子たちはいつもああだから心配ないわ。でも、ティタちゃんのことは本当に任せて。外部に漏らさないように慎重にやるから。魔物使いの大躍進になるかもしれないからね」
「大躍進ですか?」
「ええ、今までは契約後も言うことを聞かない子が多かったの。特に好戦的な種族は敵を倒すことしか考えなくて困ってたのよ。そういうことも魔物の言語で伝えられれば、改善できるかもしれない。将来は魔物使いが大人気職になるかもしれない可能性を秘めているのよ」
「でも、ディースさんって魔法使いですよね?」
「そうよ。だって、その方が稼げるもの。研究っていっても先立つものが必要なの。魔物使いで登録してパーティーを探すより、魔法使いでパーティーに加わる方がずっと儲かるもの」
「……そうなんですね」
改めて、一般冒険者の魔物使いの評価の低さにため息が出た。でも、確かに難しいよね。魔物使いを目指しても魔法が得意なら自分で戦え、戦士職なら契約に回すMPが足りない。
そこに言うことを聞かないなら仕方ないのかも。現状が改善されるなら頑張ってもらいたいな。
「じゃあ、ディースさんって魔物使いに詳しいんですね?」
「他の人よりはね。書物も何冊かは読んでるしね」
「だったら、例えばウルフなんかの群れる魔物を従魔にした時は、どうなるか分かりますか?」
今後、従魔契約をする可能性があるから、この機会に気になっていたことを質問する。
「あ~、それね。残念だけど、従魔にしたウルフの格によるわ。リーダーなら一匹との契約で群れを持てるけど、ちょっと強いだけなら一家族単位。大体は三、四匹かしら? 強くなければ単体ね。結構、差が出ちゃうから慎重にしないと外れを引くわよ。最もこれは魔力だけの話でエサ代は数が増えると、とんでもないけどね」
確かに十頭以上になると毎日のご飯だけでも大変そうだ。それにしてもウルフかぁ~。毛皮があったかいんだよねぇ~。冬の間のコートのぬくもりを思い出してとろんとしていると、ディースさんに話しかけられた。
「アスカちゃんって、ちょっと変わってるわね。後、魔物と言っても生物だから常に触れるわけじゃないわよ」
「ど、どうしてそれを!」
「分かりやすいのよ。でも、たとえ一匹でもウルフ種は優秀で忠誠心も高いから、旅にはいいかもしれないわね。オーソドックスな従魔だから、街中でもそこまで警戒されないし」
「やっぱり、従魔によっては警戒されたりするんですか?」
「ええ、過去の記録だとキメラの一種を持ち込んだ冒険者が、危うく処刑されそうになったって話もあるわ。しかも、主人の危機を見てキメラが暴れ出したから、その町では相当の被害が出たみたい」
あ~、確かにティタも今回私をすごく守ってくれたし、そんなことになったら暴れそうだ。ジュールさんの話だとかなり強い主従関係のようだし、捕まった時点で魔法を乱射しそうだな……。
それからも私たちは料理をつまみながら色々な話をした。私が普段外に出ないのと、他の冒険者と組むほど依頼を受けないので、とてもいい経験になったと思う。でも、さすがに時間が経ってくると……。
「あ~、なんであいつは言ってこないのよ~~!」
「こら、ハミル! もうちょっと静かにしなさいよ」
「うっさいわね~。もう一杯!」
だんっ! と空になったコップにエールを求めて暴れるハミルさん。よく見ると、他にも結構出来上がった人が出てきているみたいだ。
「アスカちゃん、こんな遅くまで疲れたでしょう?送って行こうか?」
「あはは、大丈夫です。それよりみなさんを……」
「そう……気を付けてね」
「やれやれ、こんな子どもに心配される冒険者が先輩だなんてアスカはかわいそうだねぇ」
「ジャネットさん!」
今まで別テーブルだったから久し振りに見た気がする。
「もう帰るんだろ? 一緒に帰るよ」
「いいんですか? あっちは盛り上がってますけど」
「いいって。けぷっ」
「ジャネットさん。私は大丈夫ですから帰るのはもう少し後でもいいですよ、お酒臭い……」
「あ……悪い」
普段の私ならもろ手を上げて喜んでいるけど、ちょっと今日ばかりは遠慮したい。かな~り匂いも漂ってきている。
「しょうがない……また今度な」
「はい! みなさんお疲れ様です」
あまり目立たないように挨拶をして帰ることにした。ちなみに手にはお留守番中の二羽へのお土産もきちんと持っている。出る時にちらりと目をやると、リュートやノヴァは結構人気者みたいで、挨拶できなかった。また今度会えるし良しとしよう。
「ん~、夜風が気持ちいいなぁ」
一人でとぼとぼ歩いていると、さっきまでの喧騒がちょっとだけ懐かしく思える。
「でも、こんな月夜もいいよね。ね~、ティタ!」
「ツキ……キレイ」
「ふふっ。帰ったらみんなでお月見しようね」
私は宿に戻ると窓を開けて、レダとミネルも誘って小一時間ほどお月見をしてから眠ったのだった。