緊急依頼評価と報酬
「こんにちは~」
ギルドの扉を開けて元気よく挨拶する。ずっと眠っていたせいか調子いいんだよね。
「ア、アスカちゃん。大丈夫だったの? 一応、目が覚めたとは聞いたけど……」
「はい。ホルンさんも元気そうでよかったです」
「私たちは裏方だから大丈夫だったけれど、アスカちゃんは最前線で戦って、気を失ったって聞いて心配していたのよ」
「ご心配をおかけしましたけど、もう大丈夫です」
むんと力こぶを作る仕草をする。
「……はぁ。本当に気をつけなさい。さあ、二階へ行きましょうか!」
「へ?」
「あなた以外はすでに緊急依頼の処理を終えているの。報告もあるし、その方が手間も省けるから」
「そうだったんですね。お手間を掛けます」
「いいのよ、大変だったんだから。なんて、私が言っても仕方ないわよね。さあ、上がりましょう」
「はい」
ホルンさんに連れられて、もう何度目かわからないジュールさんの部屋へと向かう。
コンコン
「おう、開いてるぞ」
「マスター、アスカちゃんが来てくれましたよ」
「アスカ! 大丈夫だったか? 心配したんだぞ」
「その節はどうも……」
「身体はどうだ? おかしなところは?」
「今のところは大丈夫です。むしろ調子がいいぐらいです」
「そうか……よかった。実はあの後で何人かが体調不良を訴えていてな。もしかすると引退するものも出てくるかもしれん。お前は大丈夫そうで良かったよ。とりあえず、先日の緊急依頼の評価をするぞ!」
「ひょうか?」
「ああ、いずれ説明しようとは思っていたがまだだったな。カードには討伐した魔物の記録が取られているだろう?」
「そうですね。報告時に便利で助かってます」
何せギルドの魔道具に読ませれば、前回討伐との差異まで出せるんだから。
「その中でボスクラスに指定されている魔物がいるんだが、それを倒した時には個人個人に評価が付くんだ。今回のように緊急依頼としてギルドが出した場合には、この評価によって報酬が決定される仕組みになっている。要は数合わせのものはそれなり、前線で働きが大きかったものは高い報酬を得ることが出来るようになっている。もちろん、回復や補助でも評価は入るぞ!」
「因みに今回の緊急依頼の報酬は?」
「金貨百枚だ」
「き、金貨ひゃくまい!!」
思わず叫んでしまった。だけど、素材を除いて討伐依頼だけでそこまでいくなんて思ってもみなかった。巡回依頼でも精々、銀貨四枚前後。実に二百倍以上だ!
「アスカちゃん、一応言っておくけど頭割りよ?」
「は、はひ、そうれすよね」
だめだ、頭が付いてこない。旅の準備資金の金貨百枚枚がたった一匹で……。
「あ~、一応聞いてると思って説明を続けるぞ。今回の参加者は総勢四十三名だ。その中でAランク評価、つまり最高評価は三人。俺と、ジャネットとアスカ、お前だ。ジャネットは最前線の維持と判断、俺は全体の指揮にとどめをしたこと、アスカは戦闘に関して最大の威力の発揮だ」
「わ、私もですか?」
「当たり前だろう。俺なんて最後のとどめ以外見せ場無しだぞ? 大体、Aランクの俺がBランクとCランクと同じ評価なんぞ……」
「はぁ、しばらくあっちは放っておきましょう。それで基本的にはだけど、A評価の人たちは参加人数に関わらず、討伐報酬の一割を貰えるの。後は討伐依頼なら優先的にその魔物の素材の買取権が手に入るわ」
「そ、それじゃあ、私とジャネットさんとジュールさんで金貨三十枚……残りをみんなで分けるんですか?」
「それもB評価の人が幾分多くもらえるわね。今回の参加者は大体みんな金貨一枚半ほどね」
「ああ、そうだ。この手の依頼のいいところはな、死んじまっても貰えるところだ。もちろん行き先が決まっている奴に限られちまうがな」
「死んでもって……」
「中には活躍して、B評価だった奴もいたんだぜ。そいつ自身には何にもならねぇが、俺たちからのせめてもの慰めだ」
「そうですね。アスカちゃん、通常は依頼途中の死亡は依頼失敗扱いとなって無報酬なの。それを緊急依頼に関しては相手とのランク差を依頼時に許容するという名目で、特例的にこういう処理ができるのよ」
「まあ、金貨数枚で還ってくるなら払ってやりたいが、現実はそうもいかないんでな。そいつのパーティーも恐らくは解散するだろう」
「どうしてですか? 新しく人を入れるなり……」
「ちょうどお前らのところに似たパーティーでな。前衛がBランクのそいつ一人、後はCランク魔法使いが二人でレンジャー見習いのDランクが一人だ。なあ、アスカ。お前はもしジャネットが死んだら、またパーティーを誰かと組むか?」
「そ、そんなの……」
ふと、ハイロックリザードとの戦いがよみがえる。何とかかわして大きな怪我を負わなかったけど、ファーガソンさんを助けた時にもし私が魔法を使っていなかったら―――。
ぽろぽろ
「ア、アスカちゃんっ!? マスター、なんてこと言うんですか!! まだ起きてすぐで、気持ちの整理も付いていない子に!!」
「わ、悪いそんなつもりは……」
「だ、だいりょうぶれす~」
涙を床にこぼしながらしばらく泣き続けた私は、現在ホルンさんに抱かれながらソファに座っている。さっきからすっごい目つきでホルンさんがジュールさんを睨んでいて逆に私がちょっと怖いぐらいだ。
「す、すまない。アスカ、この通りだ」
「い、いえ、私こそすみません」
「いいのよアスカちゃん。こんなのに謝らなくても」
ホルンさんとジュールさんはなんだか立場が入れ替わったみたい。ちょっとおかしいな。
「ま、まあ、そんな訳で、しばらくは俺も巡回に出ることにした。もちろん町の安全を考えてもだが、パーティーの状況が安定しない今、無理に動かしたくはないからな。それに……岩場の件もあるしな」
「そうだ! 岩場と言えば見てもらいたいんですけど……」
私はバッグに入れて連れてきたティタを見せる。何となくあまり目立たない方がいいかと入れてきたのだ。
「それはティタの人形だな……。よく出来てるじゃないか」
何だか哀れんだ目で見てくるジュールさんとホルンさん。一体どうしたんだろ?
「やだな~、ジュールさん。人形じゃなくて本物のティタですよ~。ほらティタ、ご挨拶」
「コ……ニチハ」
「あら、かわいいわね。新しい魔道具?」
「ホルンさんまで。この子がゴーレムのティタですよ。ギルドにも貼り紙させてもらってるじゃないですか」
「た、確かによく見ると似てるわね。でもほら、色とか大きさが……」
「そ、そんなことよりそいつ喋ってるじゃねぇか!」
「はい! 私の魔力のお陰か喋れるようになったみたいです。まだ、片言ですけどね~」
そう言いながらティタをつんつんと触る。
「まさか……いや、だが、アスカだぞ。理論上は可能か? しかし、可能だとして特定の環境で起こるのか? 再現性は?」
「なんだかジュールさんさっきから難しい顔してますね」
「そうね。だけど、ゴーレムってお話しできたのね。いつからなの?」
「こんなにちっちゃくなっちゃってからです。大きい時は私も雰囲気でしか分かりませんでした。でも、今は核だけになってしまって、そのせいじゃないかってジャネットさんは言ってました」
「へぇ~、珍しいこともあるものね。ギルドの方でも滅多に魔物使いなんて見ないから知らなかったわ!」
「なるほど、核のみの状態なのか! それにあの時死んだと思っていたが、生きていたとなると大部分はアスカの魔力だな。なるほどなるほど……」
「さっきからうるさいですよマスター」
「何がうるさいだ。これは世紀の大発見! いや、秘匿事項かもしれん」
「ええっ!?」
確かにお話しして意思疎通できるのはすごいとは思うけど、それほどかなぁ?
「まず確認だが、ティタのその姿は核が変形したものだな?」
「ソウ」
「やはりか……だとするとアスカ。これはとてつもないことだぞ!!」
それは分かったけどいい加減説明してくれないと私たちも分かんないよ。そう思っているとジュールさんがとんでもないことを言い出した。
「簡単に言うとだなアスカ、お前は魔王になった!」
「ま、おう?」
まおうって魔王? あの、勇者に世界の半分くれたり、異国の地から雷起こしたり、怖いと思ったら相手を別世界に閉じ込めるあの魔王? 何で? 私にそんな要素全くないと思うんですけど……。
「ちょ、ちょっとマスター、いくら何でも暴言ですよ! 会議に上げますよ!!」
「あ、いや、落ち着け。魔王といっても魔物を率いて世界を破壊するおとぎ話の方じゃない。二百五十年ほど前にいた魔物を従える方だ。噂によれば彼の者はその強大な魔力で自らの手足となる魔物を創造したという話だ。しかも、その魔物たちは高い知能を持って、魔王の意のままに動いたらしい」
「そ、それが私と何か?」
「アスカとティタの関係に似ていると思わないか? ティタが瀕死の時にアスカがその魔力を何度も込めて、助けることで新しい姿にしただろう?」
「マスターはそれが魔王の使った術と同じだと?」
「同じだとは思わん。あちらと違って意図したものではないからな。ただ、アスカが理解できるように言葉を喋るようになっているし、共通している部分はあると思う。言語能力自体も主との意思疎通を図るために身につけたのだろう」
「じゃ、じゃあ、ティタがこの姿でいるのって?」
「魔力を貰いティタが自分の姿を復元したというよりは、恐らくアスカが思い浮かべた姿がゴーレムの姿だったからだと思う。もしかしたら、将来的には自在に姿を変えられるかもな」
そ、それって金属生命体ってやつ? ティタ、あなたすごい子になっちゃったんだね。
「……とりあえず従魔登録はアイアンゴーレムにしておくからな。色も似てるし、知識のあるやつもそうそういないだろう。あ~頭が痛いぜ! 先日の報告書もまだなのに、また改ざん依頼を出さんといかん。一応その前に従魔のステータスを測っておくか。ティタここに手を置いてみろ」
ジュールさんが持ってきた魔道具にティタが手を置くと、淡く光り始める。
名前:ティタ
年齢:257歳
種族:オーアゴーレム
従魔:Cランク
HP:102
MP:450/450
腕力:62
体力:90
速さ:46
器用さ:35
魔力:150
運:45
スキル:火魔法LV2、風魔法LV2、魔物言語、巨大化
「ん、なんだこりゃ? 種族も見たことねぇが、ゴーレムは普通、最低限の魔力で物理型のはずなんだがな。まあ、アスカの魔力を受けてるからその影響か? しかし、魔法まで使えるとはな。ただ、同じ属性ってのはネックだな。とりあえず従魔用のカードだ」
私もジュールさんから渡されたティタのカードを受け取って見る。
「ティタすご~い! 私の初期の腕力の二十倍もある!!」
「アスカちゃん。冒険者は恥を隠すものよ」
「はい……」
あれって恥ってレベルだったんだ。まあ、今や70近いし過去はふっきろう。
「だが、思った以上に魔力が高いな。一応目安としては従魔の魔力の半分よりやや多めが、毎日魔物使いに必要なMP量だと言われている。アスカなら80~100ぐらいはティタに取られると思っていた方がいいな。特に他の魔物使いよりも主従の結びつきが強いから気を付けることだ」
「はい。教えてもらって、ありがとうございます」
「それにしても強さは置いといて、この種族とかはなぁ……どう書いたものか? おっと、忘れるところだった。アスカ、急で悪いが明日はギルドを盛大に使ったパーティーがあるから参加しろよ」
「パーティーですか? 何もこんな時に……」
「こんな時だからだよ。死んだ奴を忘れないためだ。いついつにそういえばパーティーしたなぁ。あの時はって感じで、忘れられないようにと無事に明日を迎えられたってことでやるんだよ。お前はメインだから必ず来いよ!」
「は、はぁ……」
いまいち事情が呑み込めないけど、まあ当日参加すればわかるかな? とりあえず今日のところはお話はいったん終わりだ。それにしても私が魔王かぁ……。異世界発女神産魔王、うむ。現実に敵でいたら絶対勝てないね。
「私は所詮ただの魔物使いだけど」
決め台詞は、『カードにはそう書いてある!』だ。