アスカと冒険者
ハイロックリザードに決定的な打撃を与える方法がないまま、時間が過ぎる。さっきの上級魔法でさえ、致命傷にならないなんて……。
「来ますよ! アクアスプラッシュ」
《ギャオォォォ》
相手の攻撃に合わせてフィアルさんが水の魔法で地形を変え、バランスを崩させる。こうしてさっきから私たち優位では進めているんだけど……。
「助かるフィアル。だが、後どれぐらい使えそうだ?」
「数回ですね。元々そこまで魔力もMPも高くないので……」
「弱ったね。決め手を欠いちゃ」
何とか、何とかしてあの外皮を破らないと……。さっきの以上の熱量? だけど、そんな魔法は知らないし、他に使える人もいるか分からない。後は、何かあったような……。
「しかし、あいつの皮膚はまるで金属だね。それも下手な物より硬いよ。あたしの魔法剣じゃ魔法抵抗値が高くて貫けないね」
金属……それだ! それならもしかしていけるかも。
「ジュールさん! 火魔法と水魔法が使える人を集められますか?」
「……今は向こうも手いっぱいだ。しばらくは無理だな」
「じゃあ、もう少し時間を稼ぎましょう!」
「何か思いついたみたいだね。うちのリーダーは」
「助かる。精神的にいっぱいいっぱいだった」
「ほう? 言ったなファーガソン! じゃあ、身体の方は大丈夫だな。ついてこい!」
「は、はい!」
「アスカ、フィアル! あたしたちも足止めに全力を掛けるよ!」
「はい!」
「で、アスカの案には何が必要なんだい?」
「火魔法と水魔法の使える人です。出来ればフィアルさんも……」
「それは余裕があったらだね。まず、それができるところに持っていけるよう、時間を稼がないことにはね」
「仕方がないですね。力を温存できる相手ではありませんし」
「分かりました! 私も残りの力を振り絞ってやります」
そう言って弓を取り出すと矢を次々と空中に射る。弱い風の魔法が込められた矢は空中で静止したままどんどん数が増える。
「おいおい、そんなこともできたのかい」
「へへっ、見様見真似ですけどね!」
ゲームのだけどね。そして、空中に放っている十数の矢を一気にハイロックリザードの傷口に向ける。
「ジュールさん、ファーガソンさん、下がってください!」
「おう!」
「はい!」
「いっけー、アローシャワー!」
ドスドスドスと次々に傷口めがけて矢が刺さっていく。矢の落ちるタイミングがほぼ一緒になるためにハイロックリザードも混乱して対応できない。
《ギャオォォォ》
「まだまだ、これから。あれがウルフの牙の矢ならまだ魔法がかけられるはず。矢よ、我が魔法を受けよ! ファイア!」
突き刺さった矢に向けて火の魔法を唱える。これならゼロ距離で魔法を発動できるから、防がれることもない。
狙い通り刺さった矢じりが燃え始める。
《グギャァァァ》
「えぐいね……」
「だが、先ほどよりも効いている様だ」
「これで少しは動きも鈍くなってくれればいいんだがな」
「そうですね。……アクアスプラッシュ!」
火の勢いが弱まるとやはりハイロックリザードはレジストを行う。そしてすぐ私に向けて牙をむいてきた。フィアルさんの魔法も一瞬ひるむ程度だ。
「ちっ! そうそう止まらないか……よっと!」
「ジャネットさん!」
私はすんでのところでジャネットさんに抱えられ、木の上から地上に下りる。その後、私のいた木はばらばらになった。
「やれやれ、アスカが小さくてよかったよ。あたしより背が高かったらやばかったね」
「む~」
「ほらアスカ来ますよ。魔法です!」
「ええ~い、ウィンドブレイズ!」
八つ当たりのように私はハイロックリザードの魔法を迎撃する。風属性は地属性と相性が良く、またハイロックリザードは大きい岩などを出す反面、魔力はそこまで高くないようで、強度はそこまでじゃない。それが分かってからは何とか迎撃できている。
それからも一進一退の攻防が続き、私たちにもかなりの疲労が見えたころ、サンドリザードとの戦闘に当たっていた人が伝令に来た。
「ジュールさんこっちは目途が付いた! 何かいるか?」
「水魔法と火魔法が使える奴を寄越せ! ただし、まともに使える奴だけだ!」
「分かった。すぐに選別する!」
そのまますぐに引き返した冒険者は数分後に八名ほどを連れてきた。
「悪い、火魔法が使える奴は三人だけだ。後は水魔法だ」
「上出来だ。お前ら、目につかない距離に下がって魔法を使う準備だ。アスカ! 唱えるのはどんな魔法だ?」
「背中の傷口を覆えるぐらいなら何でも構いません! 一番威力の高い魔法を使ってください!」
「聞いたな? ここが踏ん張り時だぞ!」
「「「はい!」」」
「最初に火魔法を使います! 私に続いてください」
そう言いながら私は少し下がる。
「ジュールさん。ちょっと下がります。後、最後はジュールさん頼みなのでよろしくお願いしますね!」
「任せろ!」
「準備は?」
「火魔法隊、出来ました!」
「じゃあ、行きますよ! 獄炎の猛火よ、渦となりて包み込め、ヘルファイア!」
「す、すごい!」
「ほら、ぼさっとしてないであんたらも頼むよ!」
「は、はい。フレイムブラスト!」
三人の魔法使いが各々得意とする火魔法を使う。その魔法を食らって、ハイロックリザードが苦しみだす。さすがにこの長期戦でダメージも蓄積している様だ。
「続いて、水魔法をお願いします!」
火の魔法が途切れる瞬間を狙って、水魔法の使用をお願いする。
「はい! スプラッシュレイン!」
「……アクアスプラッシュ」
こちらも各々の得意魔法を放っていく。一際、魔法を連続で放っている人がいるみたいだけど。ってあれジェーンさんだ。来てくれてたんだ。
「アスカ、もういいか?」
「まだです。最大限に効果が見えてから……今です!」
「おおっ!!」
大きくハルバードを振りかぶり、ジュールさんがとどめの一撃を入れる。
ズシャァァァ
大きい音とともに堅かった傷の部分に深々とハルバードが刺さる。
《ギャォォォォ》
最後の悪あがきとばかりに大口を開けるハイロックリザードに私も最後の魔法を放つ。
「もう消えて! ケノンブレス!」
ぎりぎりまで収束させ放った魔法は一筋の光のようにのどに吸い込まれて行った。たまらず口を閉じた後、ハイロックリザードは動かなくなった。
「はぁ、はぁ。ここまでやっても貫通出来ないなんて……」
「大丈夫かいアスカ?」
「ジャ、ジャネットさん……やりましたよ」
「ああ、本当によく頑張ったよ」
「か、勝てましたか?」
「何言ってんだファーガソン! 俺が、このジュールがとどめをしくじるとでも?」
「い、いえ……」
「勝った、勝ったんだ俺たち!」
その場で沸き上がる冒険者たち。
「こら! サンドリザードどもはまだ居るんだぞ!気を引き締めろ!」
「「はっ!」」
そのサンドリザードたちもボスがいなくなったのを感じ取ったのか、すぐに退いていった。
「なんだ? サンドリザードが退いていくぞ……」
「ほほう、ついに倒したか! これでリザードキラーだな。あいつら」
「た、助かったのね!」
「リュート……」
「ノヴァ、やったね」
「おう! そうだ、ユスティウスさん。剣の持ち主のところに連れて行ってくれよ」
「おい、少しは休ませてくれよ」
「今じゃないと、次はいつ会えるか分かんないだろ?」
「はぁ、わかったよ」
そうしてみんなが喜びに浸る中、沈み込む人たちもいた。
「やったよ。町を守れたよ……」
「もう少し、お前も手を抜けたらなぁ……」
戦いの終わりとともに見えてくるのは勝利だけではない。実力が及ばなかったもの、運に見放されたもの。その姿が白日の下にさらされるということでもあった。今回この戦闘で出た死者は六人。Aランクの魔物に対して犠牲は少数ではあったが、残されたものには意味のない数字であった。そして、戦場でも尽きようとする命が一つ……。
「ティタ! ティタ、しっかりして!」
《ゴ・・・ゴ・・・》
私は身体の半分以上を失い、横たわるティタに必死に呼びかける。何とかしないと……。傍らではミネルたちが必死に魔力を送っている様だが、効果がないようだ。
「風の癒しよ、エリアヒール!」
駄目だ。効果が見られない……だけど、諦められないんだ!
「エリアヒール!」
「アスカ、ゴーレム種に回復魔法は効かない。彼らは核に蓄えた魔力で傷を癒すんだ……」
「そんな、それじゃあ……」
まだだ、まだ、何か手があるはずだ。ティタが魔力で身体を回復するなら……。
『魔物使いは魔力でつながってMPで傷を癒すことが出来るのよ』
そうだ! 今はお試しで魔物使いになってる! これに賭けるしかない!
「ティタ、お願い! 私と契約して魔力を受け取って!!」
「……アスカ」
私の魔力を全力でティタに渡していく。しかし、すぐに魔力が空っぽになる。こんな時に……。
「アスカ、これ……」
その時、目の前にポーションが出される。その奥にいたのは……。
「ジェーンさん……。ありがとうございます」
ジェーンさんに飲ませてもらいながら、傷つきむき出しになったティタの核に向けて、魔力を放ち続ける。
「いくらでも必要なら持っていっていいから……お願い!!!」
他のポーションも飲みながら、私は魔力を送り続ける。そして……。
「ア……スカ」
《チィ》
チュン
「うん? みんな……」
目を覚ました私は辺りを見回す。ここは……宿だよね? 私どうしたんだろ?
「ア、アスカ! 目を覚ましたんだね……」
「ど、どうしたんですかジャネットさん」
珍しくジャネットさんから私に抱き着いてくる。私ってば何かしたっけ?
「なんですかも~。しょうがないですね~」
「あんた、覚えてないのかい?」
「へ?」
そう言えばなんだか必死だったような……。そうだ!
「ハイロックリザード!」
「ようやく思い出したかい。全くあんたって子は……」
「ど、どうなりました!? ティタは?」
「今はまずその頭を冷やすついでに、先に風呂入ってきな」
ぽいっと部屋からつまみ出される。うむむ、私の部屋なのに。だけど、ちょっと服の匂いを嗅ぐとばっちいにおいがする。ここは言われた通りにしておこう。
「エレンちゃん、お風呂入れる?」
「お、おねえちゃん起きたんだね! うん、すぐ準備する!」
エレンちゃんがミーシャさんも呼んで他のお客さんそっちのけで、お風呂の準備をしてくれる。そこまでしてくれなくてもいいのに……。
「はわ~、それにしても気持ちいい~」
何はともあれハイロックリザードは倒したわけだし、こうして生き残ったことを喜んで汚れを落とす。
「でも、ティタが……」
それにあの時は全く意識しなかったけど、他にも死んだ人がいたのかもしれない。そう思うとやりきれない気分のアスカだった。