Aランクハンター出撃す!
アスカたちがハイロックリザードたちに囲まれているころアルバでは、ドォンという音とともに何とかユスティウスが着地をしていた。
「はあ、はあ、何とか着地できたか。せめて説明を……」
だが、その時間すら貴重であることが現状なのだ。とりあえず町の一角を壊したことは無視してギルドへ向かう。一刻の猶予もないと思い、ドアもぶち破った。
「急用だ!」
「な、何ですか! 修理代請求しますよ!」
「そんなことより、ギルドマスターを至急呼んでくれ!」
私の焦りが伝わったのか受付の子が呼びに行ってくれる。
「どうしたんだユスティウス。綺麗な顔が歪んでるぜ?」
「お前たち……今日は残りのメンバーは?」
「休みで出かけてるぞ」
「すぐに集めてくれ!」
「ど、どうしたんだ。それによく見れば顔色も真っ青だぞ?」
その時、階段を下りてくるギルドマスターの姿が見えた。
「おいおい、俺は書類仕事で忙しいんだぞ?」
「ですが、至急だと……」
「ギルドマスター」
「おお、ユスティウスか、他の奴はどうした?」
「ギルドマスター、いやジュールさん。助けてくれ……」
俺はそれしか言うことができなかった。あの魔物には俺の魔法では効果がない。出遭い頭の魔法も一瞬でつぶされた。正直、連絡係になってほっとしたのも確かだった。
「何があった?」
「は、ハイロックリザードが出た」
「何だと! 俺の聞き間違いか?」
「いや、間違いじゃない。ハイロックリザードが出たんだ!」
とたんにギルドが騒がしくなる。みんな名前ぐらいは聞いたことがあるんだろう。主にサンドリザードの上位種として。ただし、その実力は上位種といっても他の種と違って段違いに強くなる。
オーガ上位種のAランクの魔物はBランクで相手ができる。しかし、ハイロックリザードはAランクパーティー推奨の高難易度の魔物だ。
「ホルン!」
「はい!」
「町に全体警報を鳴らせ! 必要なら避難指示を要請しろ! 他の受付は緊急クエスト準備だ。Cランク以上の冒険者に募集をしろ!」
「C、Cランク未満は?」
「いても邪魔だ! 避難時の整理をさせろ。それと、警備隊に連絡を入れて東門の防御を完璧にさせるんだ!」
「マスターは?」
「すぐに出る。町での指揮は任せた」
それだけ言うとジュールさんは部屋に戻り、すぐに装備を整えてくる。あの姿のジュールさんを見るのはいつ以来だろうか? このアルバでほぼ見たことはない。Aランク冒険者の装備だ。
「ここにいるもので、パーティーメンバーが揃っていないものは連れてきて参加してくれ。準備の出来ているものは一緒に来てくれ。だが、頼むとはいえん。覚悟してくれ」
「ギルマス……」
「集合場所は東門前だ! 向こうで五分待つ」
それだけ言うとジュールさんは出て行った。俺もギルドを出て向かおうとする。
「あんた行くのか?」
「手も震えて、行きたくはない。だが、あそこには仲間がいる。見捨てて生き延びる人間にはなりたくない」
「そうか……どうせ、ギルマスがやられたら町まで来るんだ。変わんねぇよな!」
「そ、そうね。護衛依頼と違って一攫千金よ。あれだけ高ランクの魔物の素材なんて!」
「ようし、すぐに準備だ! 宿の連中にも知らせるぞ!」
みんな思い思いにギルドを出て行く。
カンカンカンカン
そして街中には緊急事態を知らせる鐘の音が鳴り響いた。
「無事でいてくれよ……」
「はぁっ!」
「うりゃあ」
「ノヴァ!」
「おう!」
ファーガソンさんとノヴァがサンドリザードを倒し、リュートが魔槍でその援護をする。そして私とジャネットさんがハイロックリザードの注意を引く。幸い、今は森であることがいい方向に働いて、木を使って注意をそらしやすい。まあ、その木も一瞬でなぎ倒されるんだけど。
「やれやれ、木の陰に隠れられないのがこれほど面倒だとはね」
「来ます!」
「はいよ!」
何度目かの剣戟がハイロックリザードを襲う。しかし、鈍い音とともに跳ね返される。このままじゃ応援が来る前に……。
ドォン
「今度は何!」
大きい音がしたと思ったら、木が一直線に向かいハイロックリザードに当たる。初めて傷らしい傷が見えた。ほんのちょっとだけど。その方向の先にいたのは……。
「ティタ!」
ティタが自分の住処を出て、私たちに加勢に来てくれたのだ。
「まずい。ティタじゃあ相性が悪い。助かったけど、さっさと下がりな!」
《ゴゴゴ》
ジャネットさんの呼びかけを無視してティタはハイロックリザードたちに立ち向かう。
「ジャネットさんどうしたんですか?」
「ゴーレムとハイロックリザードじゃ、身体の強度が違いすぎる。木と金属のようなもんさ、硬い体も役に立たないんだよ。それに敵のの動きは決して遅くない。今まではサンドリザードを引き連れるために遅かったんだ」
確かに右へ左へ十メートルはあろうかという巨体にもかかわらず、すごく早い動きだ。
「聞いたティタ! 無理しないで!」
大丈夫だと言わんばかりに腕を振り下ろして後方のサンドリザードを倒すティタ。しかし、ハイロックリザードもそれに怒ったのかティタに攻撃を仕掛ける。
《ギャオォォォ》
ハイロックリザードの攻撃を受けたティタの右腕は……粉々に砕けていた。
「いやぁーーー!! ティタ!下がって!」
《ゴゴゴ》
なおも立ち塞がろうとするティタだったけど、実力差は明らかだ。ジャネットさんの言う通り、体の強度が違いすぎる。しかも、あちらは鞭のようにしなる体の為、衝撃が余計に伝わるのだろう。あれは人間だといちころだ。
「アスカ! いったん下がるんだ!」
「でも、でも……」
「ここじゃ、アスカだって魔法をうまく使えないだろ!」
「ジャネットさん……ティタ、早くこっちに!」
私の呼びかけでティタも何とか合流し、ようやく森の入り口に出た。
「ティタ……ごめん」
私が話しかけなければ今日もあの岩場で静かにしてたのに……。
「アスカそんな顔してる暇はないよ。何とかあいつを倒さないとねぇ」
「でも、サンドリザードよりはるかに硬いんだろ?どうするんだ?」
「さあ?」
「さあって……」
「ジャネットの言う通りよ。分からなくても戦わないと命はないわ」
「そういうことだね。あんたたちはとりあえずサンドリザードを減らしてくれればいい」
「だが、ジャネット。前衛が君一人では……」
「ファーガソンも出るかい? 当たったら確実に死ぬと思うけど……」
「しかしだな」
「今は時間を稼ぐ方法を考えましょう。アスカが後方からハイロックリザードを牽制、ジャネットが前方。残りがサンドリザードの相手ね。いい? ジャネットはものすごく危険なんだから、身体を張ってでもサンドリザードごときを通しちゃだめよ!」
「ごときって……」
「それだけ彼女たちの相手は別次元なの。他のことに気を取られたらやられるわ」
「まあ、そうだね」
「じゃあ、みなさんに魔法を掛けますから……」
「アスカちゃんいいわ。魔法は大事に使って」
「でも……」
「あいつを倒すのに全力を出してもらわないといけないの。私たちには怪我をした時だけ使ってくれたらいいから」
「分かりました……」
「じゃあ行くわよ!」
「「「はい!」」」
私とジャネットさんだけみんなと離れて準備をする。ティタも気づけばいつの間にかこっちに来ていた。ミネルたちは……離れて木の上で見ているけど、ティタのことが心配みたいだ。
「よし!」
気合を入れ直して杖を構える。
「風の加護よ……」
自分とジャネットさんとティタに補助魔法を掛けて決戦の準備は出来た。
「行くよ……」
「はい!」
《ゴゴゴ》
森を抜けてきたハイロックリザードからサンドリザードが離れたところを一気に攻め立てる。
「はぁ!」
「ウィンドブレイズ!」
《ゴゴ》
ジャネットさんの剣の後に私の魔法、そしてティタの拳が入る。
「どう!?」
風と衝撃で起こった砂煙が晴れると、ハイロックリザードはそこに悠然と存在していた。わずかに傷は負ったみたいだが、気にかける様子もない。
「ぶ、物理じゃダメなの?」
「アスカ、来るよ!」
私は必死にしっぽ攻撃から逃げる。こんな軽装じゃ当たった瞬間にばらばらになるだろう。ジャネットさんも木の上に乗ったり、体の上に乗ったりして何とかかわしている。しかし、ティタは―――。
《ギヤァーーオ》
《ゴゴ》
身体の大きいティタはどうしても避けきれず、攻撃が当たってしまう。その度に当たったところが砕けていく。
「だめ、だめだよ。もう下がって……」
《ゴゴ》
それでもなお立ち上がるティタ。どうして……。
✣ ✣ ✣
カンカンカンカン
「おや、どうしたんでしょうか?」
「店長大変です。緊急避難ですよ」
「みたいですね。何か分かりますか?」
「詳しくは分かりません。でも、早く逃げないと!」
「そうですね」
そう言いながらも念のため店の奥から慣れ親しんだ道具を持ち出して店を出る。店を出たところで冒険者たちが東に向かっているのが見えた。
「どうかしましたか?」
「こっちは急いでるんだ! なんたってハイロックリザードが出たんだ! あんたも早く逃げな!」
「ハイロックリザード……こんなところに」
名前だけは知っていますが、見たことはありません。しかし、それが本当だとすると嫌な予感がしますね。
「店長行きますよ!」
「リン、先に避難してください。用事が出来ました」
「この緊急時にですか?」
「ええ」
振り返ることもなく私は東門へと向かった。
「みんな、よく集まってくれた。これから何人も集まるだろうが、そいつらにはこの門の防衛と怪我人との入れ替わりをして欲しい。つまり、この人数であいつと戦う。無理はするな。怪我人が出ると動揺する。退く時は隣の奴に伝えて退け。回復が使える奴は死んでも守れ、以上だ。行くぞ!」
「「「「「おおっ――!!」」」」」
掛け声とともに集まった冒険者たちが一斉に進んでいく。これでも不安はぬぐえないが、この街にはこれ以上の戦力はない。それよりも今はアスカたちに加勢しないと。あそここそ戦力として貴重だ。俺のハルバードでもあいつの外皮はほぼ貫けないだろうからな……。
✣ ✣ ✣
「くそっ、なかなか数が減らねぇ」
「無理するな! 減らすことより戦線維持をするんだ」
「そうよ。戦うのはもっと後よ」
「ノヴァ、ちょっと退いて。ウィンドボール!」
風でサンドリザードを吹き飛ばすつもりだったけど、アスカみたいにはうまく行かない。空へ上がったのも二体で、四十センチほど浮いただけだ。
「十分よ!」
その二体に対してファニーさんが投げたナイフが急所に当たる。すごい精度と切れ味だ。
「これ? アスカちゃんからのプレゼントよ。いいでしょ?」
こんな時にも軽口を言えるのがうらやましい。僕らは話をする余裕もないのに。
「みんな、下がって!」
アスカの声がしたのでみんな、一気に下がる。
「風よ、竜巻となりて敵を吹き飛ばせ! トルネード!」
アスカの魔法で近くにいたサンドリザードは森の方へと飛ばされていく。相変わらずすごい制御だ。僕ではとてもじゃないけどできない。それに、こっちにまでフォローを入れるなんて……自分たちも手一杯だろうに。
「ぼさっとするなよ少年。次が来る!」
「はい!」
それでもまだまだ戦端は切り開かれたばかりだ。
あっちは今ので持ちこたえるはず。後はこっちだ。
「……トルネード!」
「これでいったん、休憩できるかね……っておいおい。この竜巻の中を進んでくるのかい」
「くっ、下がります!」
「はいよ」
このまま足止めして、もっと多くのサンドリザードと切り離したかったけど、ここまで来られてはまずい。だけど、これほど魔法耐性があるなんて……。
「魔力だけなら私もAランクぐらいのはずなのに……」
「まあ、あっちもAランクの魔物だからねぇ」
「そうでしたね」
明らかに劣勢に立たされてみんな下がっていく。森の入り口まで下がっていたのが、そろそろ門が見えてくるぐらいだ。このままだと町に被害が……。
「バカなこと考えるんじゃないよ。応援は町から来るんだから、このまま退いて正解さ」
「はい……」
自分を何とか納得させて、私たちはさらに退き続けた。