春とティタ
※ここから数話はライズ登場前の書きためになりますので、文体・流れなどが異なる場合があります。ご了承ください。
この章の序盤は強めの戦闘描写があります。
ご注意下さい。
冬を越えてようやく春めいた気温になった。アルバの冬は凍える寒さとは無縁だったけど、それでも防寒着がないと厳しいかった。そんな日々も終わりかけのある日。
「ずっとこのウルフのコートを身に付けるって言うのも駄目だし、そろそろ卒業しないと」
ベッドの下から取り出した衣装箱の奥にコートをしまう。
「来年も宜しくね! 私が大きくなっていなければだけど……」
コートに別れを告げた私は朝食を済ませて冒険の準備をする。
《チチッ》
「ミネルたちもついて行きたいの? しょうがないなぁ。危なくなったら直ぐに隠れるんだよ?」
《チュン》
この子達はどこで身に付けたんだか、風と水の魔法でいつの間にかゴブリンぐらいなら倒せるようになっていた。
「全く誰に似たんだろうね」
そう言いながらも一緒に来てくれるのは嬉しい。今日は南側の岩場地帯に行ってティタと会うこともあり余計にそう思う。危ないからあまり連れていけないけどね。
「こんにちは~」
「あら、アスカちゃん。おはよう、今日はどこにいくの?」
「今日はティタに会いに行くんです。最近会ってなかったから」
「そうなの? この間も冒険者が迷惑かけたみたいだからこれを持っていって」
ホルンさんからそこそこいい魔石を受け取る。
「きっと喜びます!」
「じゃあ、依頼はこれね。それと職業は決まったかしら?」
「う~ん、まだ悩んでるんですよね。お試しで選んだり出来ませんか?」
「一応選べるわよ」
「本当ですか!?」
「ええ。でも、期間は一週間だけだからその間に本決めをしないといけないわよ。次に変えることができるようになるのは半年後ね」
「分かりました。それじゃあ、折角ですし周りにいない魔物使いを選びます!」
適正審査を受けた時から一度はやってみたいと思ったんだよね。だけど、これってもし契約した後で職業変えても大丈夫なのかな?
「分かったわ。正直お勧めはしないけど、本人の意思ですからね」
私はホルンさんにカードを渡して職業を記入してもらう。その後、私の体にぱあぁっっと光が集まる。
「はい。これでアスカちゃんは仮だけど魔物使いになったわよ。頑張ってね」
「ありがとうございます。ホルンさん」
「おや、アスカおはよう。職業決まったのかい?」
「ジャネットさん! はい、仮では魔物使いに決めました」
「そうかい。大変になると思うけど頑張りなよ」
「はい! ところでホルンさん、この期間中に契約してしまって、他の職業になったらどうするんですか?」
「その場合は同じ魔物使いの人に引き取ってもらうか、可能なら自然に返すかですね」
「無理だったら?」
「その場で処分だよ。まあ、本来魔物を扱う方が無理なんだからね」
そっか。じゃあ、気軽にお試しってわけにはいかないんだね。ミネルとかなら問題ないだろうけど、強い魔物だとみんな怖いもんね。
「さあ、今日は巡回依頼を頑張らないと!」
この巡回依頼も本当に根付いたなぁ。これまでは町の東側の依頼は調査と護衛がほとんどだったけど、調査してもこれ以上進展がないため、この冬をもってほとんどの調査依頼は取り下げられた。
その代わり新たに加わった依頼が、巡回依頼だ。数日に一度、東側の門を出て北側ルートと南側ルートを巡回する。その場で出会った魔物は討伐し、以前の調査依頼と同様の報酬を得ることができる。
また、道中で苦戦しているパーティーや商人たちに加勢することも依頼に入っている。危険になったこの周辺地域の安全を確保するための依頼だ。商人さんたちは安全になって嬉しいみたい。
「二人が来るまで待っていましょう」
「ああ、あいつらも直ぐに来るだろうけどね」
私たちは二人を待つ間、ギルドの椅子に座ってだらける。この時間も私は好きだなぁ。
「おや、そういや今日はミネルたちも一緒かい?」
「はい。なかなか、ティタに会わせてあげられないので今日こそはと思って」
「まあ、あっちに空飛ぶ奴らはいないから大丈夫だと思うけど、こいつらも懐いたもんだねぇ。いっそのこと契約したらどうだい?」
「何か変わるんですか?」
「さあ?」
「さあ? って……」
「あたしの知り合いにも魔物使いはいないしねぇ。従魔にするメリットがないのにする奴はいないだろ?」
「確かにそうですよね。従魔にすればするほど毎日魔力を持って行かれるわけですし」
「まあ、こいつらも独立してやっていけてるんだし、不要ならしないでもいいんじゃないか。どうせ今のままで何も問題ないんだろ?」
「そうなんですよね。特に何かするわけでもないですしね。言うことも聞いてくれるし」
「何なら、アスカよりもしっかりしてるしねぇ」
しみじみ言うジャネットさんだったけど、朝の目覚ましといい食事のお知らせといい、お世話になりっぱなしだから言い返せないなぁ。
《チッ》
「はいはい、感謝してますよ」
「おはよ~」
「あっ、ノヴァにリュート」
「ようやくか。それじゃ、出発しようかね」
みんな揃ったので、私たちはギルドを後にして一路、岩場地帯へと向かっていく。東門を抜けて森に入ると早速、ゴブリンたちと出くわした。しかし、私も今やCランク。ジャネットさんに至っては地方ギルドで試験を受けられる最高ランクのBランクだ。
そこにノヴァやリュートも強くなった今、こんな相手には手間取らない。さくっと倒して討伐完了。五匹ほどの数ならものともしない。最初の頃とはえらい違いだ。
「さっ、どんどん進もう」
「何だかアスカ、今日は張り切ってるよな?」
「久し振りにティタに会うからだよ。いつも楽しみにしてるからね」
「その内、人より魔物の知り合いの方が増えるかもね、この調子じゃ」
「休みの日も最近はずっと細工でこもってるみたいですから。僕が宿に行ってる時も出かける姿を見かけませんし」
「出歩いたって、細工師の親父と本屋の婆さんと服屋と冒険者ショップぐらいか? せめえなぁ」
「そういうあんたたちはどうしてるんだい?」
「そう言われると僕らもあんまり出歩かないかも」
「だろう? まあ、アスカの場合はちょっと変わった友達付き合いってことだ」
「みんな、聞こえてるよ! そんなことより早く」
「ということだ。行こうか」
みんなを引っ張るように進んでいく。そして森を抜けるとそこはティタの縄張りと化している岩場だ。最近はこの辺りにサンドリザードも来ないし、冒険者たちの良い休憩場所となっている。
おかげでたまに作っていたゴーレムキーホルダーが人気になったんだよね。お守りみたいな感じで旅の無事を祈願されているらしい。
「ティタ~、来たよ~」
私は駆け出すようにティタのいる岩場へと進んでいく。相変わらず祭壇のようなところに魔石置きがあり、今も数個の魔石が置いてある。きっと数日前にも冒険者の人が置いていったのだろう。
《ゴゴ》
「こんにちは。ほら、今日はミネルたちも連れてきたよ」
《チッ》
ミネルたちも久し振りにティタに会えて嬉しそうだ。早速私の肩からティタの肩に鞍替えしている。
「今日の巡回はその先で引き返す依頼だし、ここで休憩していこうよ」
「はいはい、嫌だといっても座るだろ。今のアスカは」
「えへへ」
シートを広げて、ティタやミネルたちのご飯も出し、私たちも干し肉を食べてちょっとだけお腹を満たす。お昼でもないし、満腹にならないよう気を付けないとね。
それから私たちは小一時間ぐらいのんびりしていたけど、さすがに依頼を済まそうということになった。
「また来るからね。ティタ~」
そうして岩場を進むこと五分。ドオォォーーーンという大きな音が辺りに響き渡った。
「な、何?」
「この音、この先からだ! 行くよ!」
「はい!」
みんな駆け足で先に進む。しばらくして前方からパーティーが見えた。
「あれは……ファニーだね。ファニー! どうしたんだい!?」
「ジャネット!? よかった! みんな、あっちに進んで!」
ジャネットさんを見つけて一気にファニーさんのパーティーがこっちに走ってくる。
「お久し振りです!」
「え、ええ、でも話は後! すぐ町へ戻るわよ」
「どうしたんだい。そんなに慌てて」
「で、出たんだ!」
「何がだよ?」
「ハイロックリザードだ!」
「はぁ!? あんなのがここに出るわけないだろ! あんたたち見間違えたんじゃ……」
「いいえ、あれは本当にハイロックリザードよ! 本で見ただけだけど、あんなに強いのは他に知らないもの。とにかく逃げるわよ」
私たちはファニーさんについて逃げながら話を聞く。
「何ですかそのハイロックリザードって?」
「Aランクの魔物だよ。この周辺どころか王都の向こうでも滅多に見かけないボスクラスの魔物だよ」
「そう! 私達Cランクの冒険者じゃ足止めすら難しいわ。とにかく応援を……」
「でも、アルバにはBランクの冒険者もほとんどいないぜ?」
「だけど、それに賭けるしかないわ! このままじゃ全滅よ!!」
あのファニーさんがここまで慌ててるなんて本当に強い魔物なんだな。私も意識を集中させて後ろの気配を感じ取る。
「リベレーション……」
それと同時に小さく呪文を唱え力を解放する。今回の相手はこれまでの魔物とは桁が違うだろう。
「アスカ、追ってきてるかい?」
「はい。確実に大きいのがこっちに狙いを定めてます。それに他の反応もあります。多分こっちは普通のサンドリザードだと思います」
「確定だね。そのサンドリザードはハイロックリザードの取り巻きだよ。あいつ一体だけでも厄介なのに、取り巻きまでいるなんてね……。この中で足が速いのは?」
「風魔法が使えるアスカちゃんでしょうね」
「駄目だ。アスカが居てくれないと話にならない。回復もそうだけど、相手は複数だ。他の奴だと?」
「ユスティウスね。土魔法があまり効かない相手だからむしろいいかも」
ファニーさんとジャネットさんが次々に話を進めていく。私たちは聞き取るので精一杯だ。
「面目ない……」
「仕方ないか。リュート君たちだと信じてもらえるか微妙なところだからね」
「こっちの方が格段に危ないんだけどね。どうにかして一秒でも早く行けないかしら?」
逃げながらもみんなどうにかしてギルドに応援を頼もうと必死だ。私も何か考えてみる。風の魔法をユスティウスさんに掛けることは可能だけど、気配か姿が見えてないと効果が落ちるんだよね。一瞬でも加速して早い速度で動ければいいんだけど……。
「そうだ!」
「アスカ何か思いついたのかい?」
「ユスティウスさんって土の壁はいつでもどこでも出せますか?」
「あ、ああ、もちろんだ」
「なら、大丈夫ですね。行きますよ!」
私はユスティウスさんの身体を風で包んで弾丸のように空へ打ち出す。町の方向は分かるからこれで着くはずだ。
「土の壁でブレーキと着地、頑張ってください!」
「うわぁ~~~」
「あ、アスカちゃんせめて説明を……」
「あっ……」
「ま、まあ、あいつも優秀な魔法使いだから大丈夫だろう。それよりこっちだな」
「ああ、もう少しで追いつかれるね。もうちょっと行けば森の入り口だからそこを抜けるまでは逃げるよ」
「そうだな。地中からも森の魔物もとなると戦うどころじゃない」
「じゃあ、ちょっとだけ先行してくるわ。そこに誰かいたら邪魔だし」
「ファニー頼んだぞ」
話をしていると後ろから岩石が飛んで来た。
「う、ウィンド!」
咄嗟に地面から風を勢いよく巻き上げて岩を逸らす。
「あ、危なっ! なんだよ今の」
「アスカありがとう」
「ハイロックリザードが魔法も使えるのは本当らしいね」
「全く、最低な奴だな。墓場に持っていく言葉ぐらいは考えさせてもらいたいものだ」
「ファーガソン縁起でもない。とはいえ、これはどうしたもんかね……」
私たちは森の入り口間近というところでハイロックリザードとサンドリザードの群れに囲まれてしまった。