番外編 結成、トリニティ!
これはアスカが試験を終えてCランクになった後のお話です。
「アスカはもうCランクなんてね。いいねぇ、そんなに簡単に上がれて」
「ジャネット。お前さんも早い方だぞ」
「まあ、人それぞれですよ。それより今日こちらに来るように手紙をいただきましたが、どのような用件でしょうか?」
今、あたしはアルバの細工屋の奥にいる。今日は店を閉めて、おっさんとあたしとレディトからドーマン商会の人間を呼んできている。
「ああ、そのことなんだけどね……」
先日あった貴族騒ぎを商会の人間にも話す。
「なんと! 確かに良い細工師ですが、貴族まで動いてしまうとは……」
「どっちかというと冒険者の方の判断だけどね。どうやら腕と言うより、継続性で選んだみたいだ」
「確かに、あれだけの腕で後何十年も現役とくればなぁ。弟子にしたい奴も大勢いるだろうよ。なんせ、自分が手を加えなくても自分の工房の評価が上がるんだからな!」
大きな声で笑うのはいいけど、ことは簡単じゃない。
「笑いごとで済んでるうちはいいけどね。今回は本人が貴族嫌いだからよかったものの、普通の商人とか細工師なら丸め込まれていたかもしれないよ?」
「そうですね。それはうちとしても困ります。富裕層からアスカ様の作品はなかなかの人気でして……」
「そこでだ。今回集まったのは、役割を決めてフォローしていこうと思ってね。具体的には、おっさんがアルバでの商売全般。商会はレディトから他の町へ流通する時の納品先の確認。あたしの方は旅先での取引の確認ってところかね」
「俺は構わんぞ。どのみち、アルバでアスカの商品を卸しているのはここだけだしな」
「私どもも問題はありませんが、他の町というのは?」
「商人なんだから、当然レディトの店で売るだけでなく他の町にも持っていってるんだろ?」
「わずかですが、お得意様向けに持っていきますね。大体は店で売り切れてしまうのですが……」
「店売りの方は心配していないけど、そういう他所へ持っていく時に、仕入れの話をされてもアスカもあたしたちも困る。そこで専門の売買商会を立ち上げようと思ってね」
「なるほど! アスカさんの商品を専門に扱う商会ですか。確かに薬師などでも、薬屋を開く時に小さいながらもそうやって商会を作っているものはいますね」
さすがは商人だ。理解が早くて助かるよ。
「そそ、それを参考にしたわけだ。収支としてはまずはアスカからの商品の買取、ようは仕入れだな。これを適正価格で買い取り、各々の店で売る。売った金額-仕入金額のうちの1割を供託金として商会に収める。供託金の半分をアスカに、残りの半分は店ごとの割合に応じて、通常仕入れとは別に新商品や受注生産を行いたい時に依頼料とするってところでどうだい?」
「ふむ。負担も大きくありませんし、商会長に話してみましょう。しかし、最後の供託金のくだりはどうするんですか? この話は本人にはまだですよね?」
「ん~。まあ、何とかなるだろ。出先とかでもしっかりした手紙とか書けば、よほどのことがない限り作ると思うよ。いつできるかまでは保証しないけどね」
「まあ、お話は伺っていますからそうなのでしょうけど、商会としてはそこは不安が残りますね」
「俺は別にいいぞ。まだ街にしばらくはいるようだし、そうそう手紙も送らないだろうしな」
「んじゃ、おっさんは決まりと。あんたらの方は早くしてくれよな。駄目ならいいって言ってくれるところを探さないといけないからさ」
「それは……今はうちのところとここにのみ卸されているんでしょう?」
「ああ。でも、アスカのことだから旅に出る前にきっとそこら辺の関係を整理しようとするから、それまでに話をして、旅に出た以降はここと取引するようにって言わないといけないからね」
「他人の取引ですよ?」
「だけど、一緒に旅に出るパーティーメンバーのことだからねぇ。商人の流儀があるように、冒険者には冒険者の流儀がある。メンバーの憂いを絶つためだしね」
「……分かりました。前向きにお話してきます」
「頼んだよ。あたしだってアスカに色々言い訳じみたことを言って、取引先を変えさせるなんて面倒なことはごめんだからね」
「それにしても、今回の件は商売をされないあなたに益のない話なのでは?」
「快適に旅をする。冒険者にとってはそれが一番だからね。変にあいつが悩むぐらいなら多少の手間の方が楽ってことさ」
「ふ~む。我々にはなかなか分かりにくいことですが、それが冒険者との違いということでしょうか」
「まあ、そういうことにしといてくれよ」
「んじゃあ、後は名前だけだな。どんなのにする?」
「名前ねぇ。そこは全く考えてなかったね」
仕組みを考えるので精一杯だったからうっかりしてたよ。
「……では、トリニティはどうでしょう? 我々には似合いの言葉だと思います」
「正直、あたしに名前のこだわりはないからそれで」
「そうだな」
こうして、新規の商会が商人ギルドに登録された。その名もトリニティ商会。その活動内容にはただ、商品の売買・交渉及び運搬とだけ書かれた謎の商会にギルド員は首をかしげたのだった。
「で、何売るんだろうここ?」
申請者であるジャネットは冒険者登録時と同じく、欄は埋めるものという認識だったのだ。
「なんだよ。要は商売できればいいんだろ?」