冬の終わりと春の訪れ
私が試験に受かり、Cランクとなってから二日。いよいよ今日はジャネットさんに結果を聞く日だ。といっても約束があるわけじゃないけどね。
「ジャネットさん居ますか?」
「ん? アスカか入りなよ」
「はい、失礼します」
部屋に入るといつものようにジャネットさんが迎えてくれる。
「どうでした、試験?」
「受かったよ」
「本当ですか!? おめでとうございます!」
「ああ、ありがとね」
何だか受かったにしては嬉しそうじゃないなぁ。やっぱり、Bランクともなると昇格も嬉しくないのかな?
「何かあったんですか? ジャネットさん」
「ん、ああ。ちょっとね……」
それから少しずつジャネットさんが試験の内容を話してくれた。実地試験の野営訓練は実践的だけど、普段から私たちがしているものと大差く、問題はなかったとのことだった。
むしろ、私作の魔道具とかで評価が高かったみたい。問題はそこで行われた模擬戦だった。
「はぁ~、いや分かってはいたけどね。実際にああなるとねぇ……」
ジャネットさんも今回の昇格戦には準備を入念に行っていて、そこに向けた鍛錬もしていたらしい。試験官だって倒してやるぐらいの勢いで乗り込んだけど、結果は完敗とのことだ。
「いやぁ、常日頃ノヴァには言ってるけど、実際に自分の立場に立つと辛いねぇ」
「そんなに強かったんですかその人?」
「ああ、剣術のLVも恐らく6、下手したら7あるかもね」
スキルレベル7なんてどんな世界なんだろう? ジャネットさんで剣術LV5だというから、空恐ろしい値だ。
「そんなに強い人に当たるなんてしょうがないですよ」
「そうなんだけどね。ショックなのは相手も同じタイプってことだね。あたしと同じくスピードと力で勝負するタイプだから、そうなると後はパラメータとスキル勝負になっちまうわけだけど、どっちもこっちが格下。普通はさ、十回やれば一回ぐらい勝てるかもって思うんだけど、あいつとやった時は絶対負けるって思ったね」
あれだけ強かったジャネットさんが言うんだからその人もすごく強かったんだろうな。
「後ね、アスカが私に負けても剣士と戦って、苦手な接近戦で負けたって思うだろ?」
「ま、まあ、普通はそうですね」
遠距離戦で負けるなら弓か魔法だけど、剣士の人相手ならそうだね。
「その場合、自分はこの人には勝てないって思うかい?」
「う~ん。実力差にもよりますけど、手の内も少し分かるので今度は勝てるかもって思うかもしれませんね」
「それが、魔法使い相手に負けたら?」
「きっと、全力で遠距離で戦うから今度やっても勝てないって……あっ!」
「そういうこと。これじゃAランクになるのはまだ先だねぇ」
「まだ、Bランクになったばかりですよ?」
「あたしの目標はAランクになることだからね。Bランクになれることは実力的に事前に分かってたから、次を目指してるんだよ。はぁ、また明日から気合入れて修行だね」
「たまには休んでくださいよ」
「ああ。そういやアスカはどうだったんだい? 模擬戦」
「あはは、私も実は負けちゃいまして……」
私も自分の模擬戦の出来事を話す。最初にバルズさんがすぐに負けたこと、自分なりに頑張ったけど及ばないことを説明した。
「へぇ~、あのマディーナさんが試験官だったんだね。そりゃ、勝てないね」
「ジャネットさんのお知り合いですか?」
「一回だけ王都で依頼を受けたときに一緒になったかな? 受けたのは護衛依頼だったけど、当時確かAランク試験を受けるって言ってたから、今はもうAランクだろうね」
「ええっ、あの人ってAランクだったんですか!? 道理で強いわけだと…………」
「そういや、こっちの相手もAランクだし、マディーナさんも前に会った時は暇だから一人で単発の依頼を受けたって言ってたから、同じパーティーの奴かもね」
「じゃあ、ジャネットさんの試験に合わせて、メンバー繋がりで私の試験官もしたってことですか?」
「さあ、そいつはどうだろうね……」
それっきりジャネットさんは試験には触れなかった。
「ああ、そうだ。話は変わるけど、買ってきてもらった本はどうだい?」
「すごいですよ! どの本もかなり珍しい本みたいです。文体がちょっと古いというか堅いですけど……」
「まあ、そこは貴族の本らしいね。文章の書き方も文体も堅苦しくなるだろうさ」
「はい。でも、書いてあることは役に立つことばかりですよ。歴史書も各地方のことはそこまで詳しくは載ってませんけど、それでも当時何があったのか背景から書かれていて、分かりやすいです!」
「そりゃよかった。最もあたしはそんな本に興味ないけどね」
「まあ、興味がないとただの分厚い本ですからね」
それにしてもかなりの情報量が納められた歴史書だと思う。歴代国王の血縁についても要所要所で綺麗な家系図が載っているし、相当調べられたものを確認しながら書いてあるはずだ。
途中で文章の書き方が変わっているから、おそらくは何代かに渡って編纂されたものを本にしたのだろう。装丁はよくないけど読んだ後は大事に保管しよう。
「そういう意味じゃ依頼を受けたのが貴族でよかったね。一般人には卸してもらえない本もあるしね」
「たまに依頼するならいいかもしれませんね」
依頼するとしてもに年に二回とかだけど。出来れば受け渡しもギルド経由でお願いしたいな。
「そうだ! アスカはCランクになったんだし、職業適性受けたかい?」
「職業適性?」
「ほら、あたしなら剣士、フィアルなら弓使いって感じで冒険者の横に入ってるあれだよ。ボーナスもあるから選んでおいた方がいいよ」
「そう言えばそんな話もありましたね。じゃあ、お昼を食べた後にでも受けてきます」
「あたしの時は拳闘士と剣士と戦士だったんだよな。懐かしいね」
「拳闘士は分かりますけど、剣士と戦士は何か違うんですか?」
「剣士は剣以外にはほとんどボーナスがない代わりに、剣を使った時のボーナスが多い。後は素早さとやや腕力にボーナスがある。
戦士は腕力のみにボーナスで、各種様々な武器にボーナスがある。だから結構違うんだよ。元の得物で違うし、今後自分がどの武器を使っていくかでも選ぶんだよ」
「う~ん。結構違うもんなんですね。それにボーナスですか……悩みますね」
「とはいっても自由になれるもんじゃないからどうしようもないけどね」
「なんにでもなれるわけじゃないんですか?」
「ああ、それまでの戦い方か才能か分からないけど、適性を調べてもらってその中から選ぶんだよ。ごく稀に一番高いパラメータを使う職業の人間が、その手の職につけなかった例もあったみたいだね」
「ちょ、気になること言わないでくださいよ」
「あっはっはっ、まあ大丈夫だって!」
何の意味もない慰めを受けて、二人して食堂で昼食を取った。食事を終えると早速、ギルドに向けて出発する。
「何になれるかな~」
「あんまり期待しないようにね。こればっかりは運なんだから」
「は~い!」
私はそんなことより職業につけるというだけでルンルン気分だった。
「こんにちは~」
ギルドに着くと元気よく挨拶をする。
「あら、アスカちゃんいらっしゃい」
「ホルンさん、今日は職業適性を見てもらいたいんですけど……」
「そう言えば、Cランクになったんだったわね。おめでとう」
「ありがとうございます」
「それじゃ、そっちに行ってくれる? 特殊な魔道具を使うの」
「はい」
案内されるがままにジャネットさんと一緒に指定されたカウンターへと向かう。
「ここは特別な処理をするところなの。さあ、カードを確認させてくれる」
「お願いします」
カードを渡し、普段と違う魔道具に入れるホルンさん。一体どんな適性があるのかなぁ?
「……はい。終わったわよ。職業について分からないことは聞いて頂戴ね。こっちもマニュアル片手だけどきっちり教えるから」
「じゃあ、お願いしますね」
期待に胸を膨らませ、そーっとカードを覗き見る。
アスカ:職業適性 魔物使い 魔法使い 伝道師
ん~、魔物使いはバルドーさんに説明を聞いたことがあるけど、伝道師って何だろう? 早速ホルンさんに聞いてみよう。
「ホルンさん。伝道師って何ですか?」
「伝道師? そんなのあったかしら……きっとレア職のところね」
ホルンさんが本の後ろの方を見ている。どうやら一般的な職が前にあって変わった職ほど後ろのようだ。
「伝道師、伝道師……あったわ! ええと、何かを伝えたいと思う人物に発現する。交渉や物語などの伝聞や書籍の刊行時にボーナス。ただし、戦闘系のスキルに対してマイナスが付く。ですって」
完全に文化系の職業だなぁ。冒険をやめる時にはいいかもしれないけど、流石に今なる職ではないかな?
「珍しいけど、これはないね」
「そうですね。少なくとも定住してからじゃないと難しいですね」
「後は魔法使いですね」
「魔法使いはCランクでも人数が多いわね。優秀な職っていうのもあるけれど。じゃあ、説明するわね。魔法使い、その名の通り魔法にボーナス。魔法のスキルや魔力へのボーナスは時に自身の限界値を超えることもある。アスカちゃんみたいな冒険者なら迷うことなく選ぶ人が多いわね。実際一番多い職よ。剣士や戦士で分かれる前衛と違って、魔法系はほぼこれ一つになるから」
「そうだね。物理系はレンジャーとか補助職を取るやつもいるけど、魔法使い系は補助に長けたやつでも魔法使いを取るからね」
「へ~、そうなんですね。最後は魔物使いですね」
「魔物使いね……ぎりぎりレア職かしら? 発現する人数からいくと一般寄りなんだけど、なる人数からするとレアなのよね。あ、あったわ」
「そう言えば前に聞いた時も不人気だって聞きました」
「あたしでも知り合いがいないぐらいだしね」
「じゃあ、説明していくわね。魔物使い、魔物を使役出来る唯一の職。ただし、契約した魔物との間に魔法的繋がりが出来、常に魔力を与えなければならない。量自体は契約した魔物ごとに違うため一概には言えないが、よほどのことがない限り、自分で戦った方が強いと言われている。契約方法が基本的に相手を納得させることのため、倒すことが条件であることが多いのも忌避される理由だ。ちょっと待ってね、ページをめくるわ」
何だか最初からマイナスな書き方だな~。なり手がいないのはこの書き方の所為じゃ……。
「続きね。しかし、高位の魔物を使役出来ればかなりの戦力になるだろう。だが、前述のとおり魔力を与える必要があるため、一人旅には向かずパーティー支援が必須となる職業といえる。特徴としては運にボーナスが付く唯一の戦闘職であり、契約すれば魔物を魔力でも回復させられることが出来るようになる。特殊な種族を連れ歩くには必須の職である」
「記述が長いですね。他のは結構あっさり書いてありましたけど……」
「それだけ、特殊な職業ってことね」
「ちなみに最後に書いてあった特殊な種族って何なんですか?」
「ああ、アンデッドとかだよ。あいつらは普通に回復魔法使ったら、再生どころか崩壊しちまうからね。体を魔力で無理につなぎ合わせてるから、癒しを使うと正常な状態に戻ろうとして逆になっちまうんだとよ」
「ひえぇ~、ホラーですよそれ」
「因みにここにも書いてあるけれど、その特性からアンデッドはどんなに弱くとも、かなりの魔力を持っていくですって」
いいとこなしだな、アンデッド。でも、どっちの職にしようか迷うなぁ。魔法使いっていっても私、魔力はもう伸びないって言われてるし。限界を越えられる記述も一例だしね。一人旅をする予定はないし、そうなると魔物使いもよさそうだな~。
「決めたっ! もうちょっと私考えます」
「そう。まあ、焦らなくても時間はあるし、ゆっくり決めるといいわ。決まったらまた来てね」
「はい!」
「そんじゃ、宿に戻るか?」
「はい。でも、折角ですからどこか寄って行きましょう!」
「了解」
こうして私たちはお揃いのデザインのコートを着て街を練り歩き、宿に戻ったのだった。二人で歩く道は少し暖かかった。アルバにもうすぐ春が訪れようとしているみたいだ……。