実地試験と結果
ディルスさんに付いて行った私たちは西の門を過ぎて、林の手前まで来た。
「よし! ここでCランク昇格の実地試験を行う。内容としてはさっきの模擬戦からアスカは自力でのキャンプ。バルズは魔法を使ってもいいから同様の内容だ。達成すべき事項はこの紙に書いてある」
そう言ってディルスさんから渡された紙を見る。
「なになに……最低でも三日分の燃料と一日分の水を集めて、テント設営までを四時間以内で達成する。えっ!? やることが多いというか時間が少ない……」
「当たり前だ。Cランク昇格の実地試験の上限は半日までに決められているからな!」
じゃあ、半日頂戴! という言葉を飲み込んで、恐る恐る聞いてみる。
「あ、あの~、斧とかは?」
「ふむ。確かに内容を公開していないから事前準備は無理か。仕方ない今回は貸し出そう」
そう言って私たちに斧とひもと桶をくれるディルスさん。というか、みんな斧とか常備してるんだろうか? 戦士のみのパーティーならあるのかな? まあ、そんなこと言ってる間に進めなきゃ!
「まずは木から~」
ガンッガンッと最初はゆっくり、徐々に力を入れて斧を木に入れる。後は逆側からも同じようにしてこっちはやや深めに入れる。
「後はこのまま倒すだけだけど、ちょっと怖いなぁ」
「さっきから頑張ってるね。アスカちゃんだっけ?」
「あっ、はい。バルズさんは今何してるんですか?」
「後はテントを組むだけだよ。まあ、苦戦すると思うけどね。苦手なんだよ」
「早いですね!」
「水は汲まなくても自分の魔法で出せるし、木を切るのも魔法が使えるからね。アスカちゃんは魔法禁止なんて大変だろう?」
「そうですね……。でも頑張ります! ただ、枝とかもいっぱいあってこれを倒すのが怖いんですけどね」
ちょっと今躊躇していることを言う。
「なら、枝だけ切り落としてあげるよ」
「で、でも、試験ですし……」
「じゃあ、確認してくるよ。どうせ僕は残りテント設営だけだし」
「あ、ありがとうございます!」
バルズさんはディルスさんへ話をしに行ってくれた。私はその間の時間を使って、簡単にテントの下地を作る。
「アスカちゃん、大丈夫だって!」
「本当ですか? 助かります!」
「でも、条件があって……」
「何ですか?」
簡単な条件だと良いなぁとバルズさんに聞き返す。
「枝を落とすのと同じぐらいの労働をアスカちゃんが僕に対してしろって……」
「そうですか。でも、残ったバルズさんの作業ってテントを組み立てるだけなんですよね……」
「うん。って、そこに打ってある杭は?」
「あっ、これですか? テントの下地ですけど」
「ひょっとしてアスカちゃんはテント組むの得意?」
「得意というか順序良くすれば誰にでもできると思いますけど……」
そんなに大変なことだったかな? ちょっとやれば慣れると思うんだけど。
「なら、代わりに途中までやってもらえるかな? それで十分に枝の分は返してもらえるから」
「分かりました。それぐらいならすぐ終わりますから」
早速、バルズさんからテント道具をもらうと、打ち付けていく。
「後はここを固定してと……。はい! 後は順番に立てていけば大丈夫ですよ」
「助かったよ。いつもこれだけで結構時間がかかってたんだ。アスカちゃんの手順を見て次からはうまく行きそうだよ」
どれだけテント設営が苦手なんだろう。まあ、私もこれで安心して木を引き倒せる。ちょっと枯れてる部分もあったりして、倒した衝撃で枝が跳んできそうで怖かったんだよね。
「せ~の!」
木を引き倒して、後は水汲みとテント設営だ。水は湖が近くにあるから汲んできて、テントはさっき作りかけだった状態から一気に設営して終了。
「後の時間はどうしようか……一応、薪の形にしとこうかな?」
ジャネットさんも言ってたけど、色々言われる余地を少なくしておいた方がいいよね。そう思って木をさらに小さくしていく。とはいえ斧でやっていくのは慣れないし、重労働だ。
「大体、乾いてないのをやるのが無茶なんだよね」
そうは言うものの出来るだけのことを時間内にしたいので頑張って薪を作り続ける。
「そこまでだ!」
ディルスさんの号令で実地試験が終了する。
「今回の実地試験だが、問題はないだろう。特にアスカは魔法で楽をしているかと思っていたが、まあまあの手際だった。そうやって道具を使っても同じ作業が出来ることはよいことだ」
あっ、やっぱり嫌がらs……わざとだったんだ。もうくたくただよ。
「それに複数での試験ということで協力体制を敷けたのもいい判断だ。ただ、野営途中に見知らぬパーティーと協力することは予期せぬ事態につながることもある。注意せよ」
「「はい」」
まあ、それはそうだよね。今回は二人とも試験を受けに来てる冒険者ってことで、身元もしっかりしているけど、森とかなら実は山賊とか盗賊とかかもしれないしね。
「では、後はギルドに戻って試験結果の発表となる。戻るぞ!」
私たちは来た時と同じくディルスさんの後ろに付きギルドへと戻る。ちなみに後片付けは新人さんがやってくれるんだって。依頼料も発生するギルドからの正規依頼だから、割と人気があるみたい。
「あら、お帰りアスカちゃん」
「ホルンさん! ただいまです」
「さあ、ジュールさんに報告だ」
ディルスさんに促されて私たちは階段を昇り、ギルドマスターの部屋に入る。
「ただいま試験を終えて戻って来ました」
「ああ、ご苦労だったな。試験結果を書いた紙を提出して下がっていいぞ」
「はっ!」
そう言うとディルスさんは部屋を出て行った。なんだか今のジュールさんってえらい人みたい。
「おいアスカ! 表情に出てるぞ」
「はぇ?」
「お前、俺がまじめに仕事してるって思ってただろ?」
「違いますよ。ただ、いつもと違って偉そうだなって……あっ!」
「ほら見ろ! 思ってたんじゃないか!」
「あ、あの~、結果は?」
「おっと、バルズの言う通りまずは結果からだな。ちょっと、この報告を見るから待っててくれ」
そう言うとジュールさんは書類を読むのに集中してしまった。仕方ないので手持ち無沙汰になっていると、バルズさんから声を掛けられた。
「アスカちゃんって、ギルドマスターと知り合いだったんだ?」
「あっ、えっと、初心者講習で直接話してもらう機会があったんです」
「そうなんだ。僕の頃はまだ無かったけど、講習は評判いいみたいだね。新人の子が噂してたよ」
「そうですね。薬草とか魔物の特徴とか教えてもらえるし、便利な冊子も貰えるからお得ですよ!」
「へぇ、それは知らなかったな。冒険者って親子でなる例はほとんどないし、みんな手探りだから心強いね」
「そうなんですか?」
「お父さんやお母さんのような冒険者に僕もなるんだ!」的なことが多いのかと思ってた。
「親が成功すれば子はそんなに頑張らなくても食べていけるし、逆に親が失敗してれば子は安定を取るからね。どっちにしても冒険者は危険だから、よほどのことがないと勧められないよ。でも、アスカちゃんみたいな子までなるなんてね」
「うちはもう両親がいないので……」
「……ごめん。でも、ちょっとだけ安心したかな。アスカちゃんがどうして冒険者やってるんだろうって思ってたから。そういう事情なら仕方ないよね」
「私が冒険者ってそんなに意外ですか?」
「意外というか親がそれだけ魔力があるなら、魔道具師に弟子入れさせるとか、貴族の屋敷で働かせるとか一般人でも色々働き方はあると思っただけだよ。でも、生活がかかってるなら中々そうもいかないよね。自分以外に収入がないんだから」
「そうですね。でも、冒険者は楽しいですよ? 危ないことは嫌ですけど……」
「そうだね」
「お~い、終わったぞ」
話をしているとジュールさんの査定も終わったらしく声を掛けられた。
「じゃあ、今回のランク昇格の件だが、まずバルズなんだが……模擬戦だけ再試験だ。実地試験は合格だ。人格的にも褒められていたぞ」
「はっ、はい! でも、模擬戦の再試験とは?」
「ああ~、悪いな。こっちの試験官があまりに時間を取らずに決めちまったせいで、きちんと評価できねぇんだ。改めて二日後にちょうどいいのを持ってくるから」
「よ、よろしくお願いします。正直、落ちたと思ったので助かりました!」
「ま、まあ、あれで判断されちゃかわいそうだからな。だが、あれだけの使い手もいるってことを忘れるなよ!」
「はい!」
「それじゃ先に帰っていいぞ」
「はい。じゃあね、アスカちゃん」
「再試験頑張ってくださいね、バルズさん」
バルズさんと挨拶をして別れる。次は私の番だ。
「さて、アスカの方の結果だが……」
私はごくりとつばを飲み込んで、ジュールさんの言葉を待つ。
「合格だ。文句なしの満点だ。模擬戦はもとより、実地試験での協力体制や魔法使いでも基本的な野営の知識を持っていると、ディルスも太鼓判だ」
「や、やった~!」
やっぱりこうやって実際に結果を告げられると喜びもひとしおだ。
「じゃあ、今からカードの書き換えを行うからな」
カードを渡してランクを書き換えてもらう。これで私も晴れてCランクだ。思えばこの街に来て登録した時はFランクだったから、これで三つもランクが上がったんだね。
「よし! これで明日からCランク依頼が受けられるからな。頑張れよ」
「ありがとうございます!」
お礼を言って私は部屋を出て行く。ジャネットさんの結果も気になるところだけど、まだ試験中だし明後日ぐらいに聞いてみようかな? とりあえず宿に帰って報告だ。
「ただいま~」
「あっ、おねえちゃんおかえり。どうだった?」
「受かったよ~。ほら!」
私はカードのランクのところを見せる。
「うわぁ~、ほんとだ。おめでとうおねえちゃん!」
「ありがと、エレンちゃん」
「あら、アスカちゃん帰って来てたの? どうだった?」
「おねえちゃん受かってたって、お母さん」
「そう、良かったわね。それじゃ盛大にお祝いしましょうか!」
「で、でも、みんな忙しいですし……」
「まあ、お祝いといっても夕食だけになるけれど」
「そうそう。おねえちゃんはいっぱいお店に貢献してくれてるからね。こういう時ぐらい、お世話させてよ!」
「じゃあ、今日だけ……」
早速部屋に戻ってミネルとレダを連れて食堂へ行く。その日の夕食は豪華なものが用意された。オーク肉も上等な部分だし、他にも珍しいお肉も出してもらえたり、サラダのソースは初めての味だった。きっとこの為に用意してくれてたんだろうな。
「でも、私が落ちてたらどうする気だったの?」
「私がジャネットさんに聞いておいたからね。落ちることはないだろうって。それに、最悪落ちても残念会にすればいいし」
私の疑問にエレンちゃんが答えてくれる。なるほど残念会か……そうすればどっちにも対応できるってことね。
「でも、まだ実感わかないかも。依頼とか受けたわけじゃないしね」
「だけど、これからもっと危険な依頼が増えるんでしょう? 気をつけなさいよ」
エステルさんもお祝いに厨房から駆けつけてくれた。
「はい、エステルさん。って言ってもパーティーランク自体はジャネットさんが受かってもDランクのままなので、そんなに変わらないんですけどね」
「そうなの? 私はあまりそう言うところは詳しくないから……」
「だから、しばらくは今までと一緒ですよ。次にリュートやノヴァが受かったらわかりませんけど」
「そ、そう……」
それだけ言うとエステルさんは奥に引っ込んでしまった。忙しいところに来てくれたんだろうな。それから、ゆっくりとお風呂にも入って、今日の出来事をアラシェル様に報告する。
「アラシェル様、改めて転生させていただきありがとうございます。今日私は、この世界を自由に回れるぐらいのCランク冒険者になることが出来ました。旅に出るのはまだ先ですけど、きっといい旅をします。だから、これからも見守っていてください……」
気持ちいつもより長めのお祈りを済ませて床に就く。おやすみなさい…………。