ランクUPへの第一歩
「何とか筋肉痛を治した私は決戦の舞台へと舞い降りた……」
「何言ってんだい。ただギルドに来ただけだろう?」
「こういうのは気持ちの問題ですよ、ジャネットさん」
「へぇへぇ、んじゃまあたしはお先に」
そう言うとジャネットさんは試験官と外に出て行く。Bランク試験はCランク試験と違って泊まりがけらしく、今から出発なんだって。
「頑張ってくださいね!」
「おう!」
私も試験、頑張らなくちゃね。
「よう、アスカ。来たな!」
「ジュールさん! 試験官ってジュールさんなんですか?」
「まさか。一々ギルドマスターが出てたら手が追い付かねぇよ。見学だ見学。折角だし判定員もするがな」
結局、時間使ってる気がするんだけど……。まあいいか。
「今日の試験の相手は何人なの?」
「来たな、マディーナ。活躍を楽しみにしているぞ。ちなみに今日は二人だ」
「二人だけ? まあいいわ、ささっと始めましょうか」
試験官の人がそう言うと、私ともう一人が練習場へ連れていかれる。そっか、ひとりだけの試験じゃないんだ。
「なんだアスカ?」
「いえ、試験は一人で受けるもんじゃないんだなって……」
「ああ、Dランクの試験はその辺の冒険者を捕まえりゃできるから簡単なんだ。Cランクからは実地試験もあるだろ? だから、近い予定は合わせるようにしてるんだ。Bランクになると受ける数がうんと減るからそういうわけにはいかないんだがな」
「ほら、話してないでさっさと始めましょう!」
「そうだな。先は……バルズからにするか」
「は、はい」
バルズと言われた青年はまだ二十歳ぐらいだろうか? ちょっと緊張しているようだけど大丈夫かなぁ。
「よし、じゃあ始め」
ええっ、そんな脱力した感じでいいの!? バルズさんも困惑気味だし……。
「えっと……」
「早く何かしなさいよ! それが仕事でしょ?」
「は、はい。アクアスプラッシュ!」
見かけはちょっと弱気そうだったけど魔法は結構すごいかも。水圧で攻撃する魔法もフィアルさんの魔法より威力がありそうだし。
「ふぅん。まあまあかしら? アクアスプラッシュ」
同じ魔法ですかさず反撃するマディーナさん。流石、ランクが高いだけあってすぐに飲み込んでしまった。
「うわっ……」
慌てて回避するバルズさん。
「水の刃よ、アクアカッタ―」
「あま~い。スプラッシュレイン!」
マディーナさんが魔法を唱えると、縦横無尽に水の矢のような物が放たれる。バルズさんの水刃はズタズタにされ本人にも襲いかかる。
「うわぁ!」
「そこまでだな。終了!」
ジュールさんの合図で試験が終了する。試験自体は格上と戦うけど、さっきは一方的だったし私も大丈夫だろうか?
「マディーナ、休憩は?」
「いらないに決まってるでしょう。さぁ、早く次に行くわよ!」
「バルズ。こいつは強いから自信を失うことはないぞ、精進あるのみだ。次の試験が始まるから外に出ておけ、危ないぞ!」
「は、はい……」
「今言っても仕方ないと思うけどね。さあさあ次の人〜来ていいわよ」
「お、お願いします!」
「じゃあ、始めるぞ……始め!」
さっきの流れならここで攻撃してもいいんだよね。ならば……!
「ファイアボール!」
「こんなもんなの今のCランクって? ウォーターボール!」
マディーナさんが水の玉で相殺してくる。しかも、ちょっと手加減してくれたみたいだ。これはしめた!
「ええ~い!」
ひゅんひゅんと弓を取り出して、矢を射る。といっても当たったらまずいので(そんなことはないだろうけど)視認性の良い火の矢を放つ。続いてさらに矢を連続で放つ。
「なあにこの子面白いじゃない。スプラッシュレイン!」
さっきと同じ魔法だ。多方から降り注ぐ矢のような物に対処しないと。
「それなら! 火よ私を包み込め、ファイア!」
炎を身にまとい一気に間合いを詰めに行く。
「考えたわね。でも、これを貫けるかしら? アイシクル……」
「今だ! ウィンド」
相手の攻撃が来る前に後方に風を射出して一気に加速する。
「な、何!? ちっ!」
驚いたマディーナさんだったけど、すかさず作成中の氷の壁と四方に散っていた水をかき集め、私の進路上に放つ。直線的だった私の攻撃は、その勢いに流され進路がずれて、マディーナさんにかわされてしまった。
「ジュールさんどうなってるのこのDランク!?」
「だからぁ、休むかって言っただろ?」
「そういう問題じゃ……ええい、アクアカッター」
「ウィンドカッター!」
私はマディーナさんのアクアカッタ―をウィンドカッターで相殺していく。相手の一つの刃に対してこちらは二つ必要だけど、相手が作り出すのが一つに対して、三つずつ作りだしてるうちは優位に立てる。ついでに上へ余った刃を滞空させることも忘れない。
「いい?」
「ああ……」
ん? マディーナさんがジュールさんと何かサイン交換してるけど何だろう?
「行くわよ! アクアブレイズ!」
「う、ウィンドブレイズ!」
は、早い。それに威力も上がってる。マディーナさんが片手で放った水の弾丸を、今の魔力制限状態じゃ対応できない。私が両手で同ランクの魔法を放ち続けて同等だなんて……。
「くっ!」
「そろそろ底が見えてきたようね!」
「ま、まだまだ! 風の刃よ、舞い踊れ!」
滞空状態の刃をどんどんマディーナさんの移動予測箇所に落とす。
「む! いい度胸ね。剣よ!」
水の剣を作り出してそれに対応するマディーナさん。だけど、風の刃はまだまだある!
「そぉれ!」
「同じ手は……スプラッシュレイン!」
すごい勢いの水しぶきで風の刃が吹き飛ばされ練習場のあちこちに刺さっていく。よかった、人がいなくて。
「もう手はないのかしら?」
「まさか!」
とはいえ、この魔力で戦い続ければ余力がない。仕方ない……この前怒られたばかりだけど、これで決める! 無理ならしょうがないよね。
「風の刃よ、舞え! 炎の領域よ、フレイムテリトリー!」
相手の正面以外の三方に火の壁を作り出す。ファイアウォールでも代用できるけど、私は二面、三面となるとこちらの方が想像しやすいのだ。本来は一定の範囲を四方から包み込むんだけどね。
「やるわね。連続で魔法をこうも使うなんて。でもね、これはどうかしら。アクアテリトリー」
同じように領域の魔法を使われる。これだと相手の威力の方が高いから一気に決めないと!
「これで! ウィンドボール、ファイアボール、続いて、ウィンドカッター!」
「は、はあぁ? ……ちょっと聞いてないわよ! ええい、アースウォール!」
私の正面への攻撃を土の壁で防ぐマディーナさん。というか、複数属性持ちだったんだ……。
「からの、ツインブラスト!」
さらにマディーナさんは土と水の魔法を同時に撃ってくる。最初のウィンドカッターはアクアテリトリーで吹き飛ばされてるし、このままだと貫通してきちゃう!
「マディーナ!」
「やばっ!」
「ええ~い、なるようになれ! ツインブラスト!!」
なけなしのMPを振り絞って、火と風の魔法を真似て放つ。
「ふんぎゃ!」
それでも勢いは殺しきれず、後ろの壁に叩きつけられた。
「だ、大丈夫坊や?」
「だ、大丈夫です~、いたた。後、私は男の子じゃなくて女の子です」
「そ、それは御免なさい。今治すわね、ハイヒーリング!」
マディーナさんから輝く水が私に降りかかる。とたんに痛みが引いていき傷も瞬時に治った。
「わぁ、すごい! たちまち痛みが引いていきます!」
「あったりまえよ! この私の魔法だからね。でも、御免なさい。怪我までさせてしまって、試験官失格ね」
「い、いいえ。私もいい勉強になりました」
図らずも新しい魔法覚えたし。さっき使った魔法が載ってる本って高そうだしね。
「ふぅ~、ひやひやしたぞ。何はともあれ第一試験終了だ。後は実地試験だな」
「そう言えばこれ一つ目の試験でしたね……」
「まあ、アスカはくたくただろうし、二人ともマジックポーションを飲んどけ。次の試験に差しさわりが出るだろう」
「あっ、あたしにも頂戴!」
「仕方ないな。今回だけだぞマディーナ。じゃあ、ここからは俺も立ち会えないから別の試験官に引き継ぐな。ディルス」
「はい」
「こいつはディルスっていうやつで古株の冒険者だ」
「まあ、今はほとんど冒険には出てませんがね。さあ、では行きましょうか」
「「はい」」
こうして私とバルズさんはディルスさんに付いていった。そう言えば、マディーナさんってランクいくつなんだろ? まさかCあの実力でCランクってことはないよね……。
✣ ✣ ✣
「ジュールさん聞いてないわよ! あんなに強い子の試験なんて!」
「お前が聞かなかったのが悪いんだろう?」
「あんな実力のDランクがいるなんて思わないわよ。道理でAランクの私を呼んだ訳だわ」
アスカって言ったっけ? あの実力ならCランクでも上位だ。それがCランクの昇格試験に来るなんてあり得ない。
「まあ、Cランクを出して勝たせるのもあれだし、かといってBランクじゃなあ……」
「Bランクで勝てるの?」
「ジャネットはアスカに勝ってたぞ! この前、自慢しに来てたからな」
「あの子もまだCランクよね?」
王都で活動している時に何度か見たことがあったけど、なかなかの実力だった。
「明日にはBランクだけどな」
「最近の子はみんな強いのね……」
「そうでもない。あいつらはちょっと抜きんでてるからな。だが、お前が試験中に二属性を使うとは思わなかったぞ?」
「仕方ないでしょ。あのまま負ける訳にはいかなかったもの。魔力に差があるとはいえ、二属性と一属性だとあの戦い方をされれば勝つのは難しいわ。それにこれも付けてるし」
私は耳にはめたピアスを指す。これは一定以上の魔力を抑える魔道具だ。試験官が相手を殺さないように制御する効果がある。効果は三段階に分けられており、あの子への対処に困って制御レベルを引き下げたのだ。
「だけど、来てよかっただろ? なかなか、力を試す機会なんてないんだからな」
「そうね。貴重な体験だったわ。ツインブラストをまさか真似されるなんて……」
「才能ならすでに一級品だからな」
「そうね。だけど、最後のあれには驚かされたわ」
発想もそうだけど、あそこで試す度胸も気に入ったわ。
「あの魔法を連続で使ったやつか。どうしてだ?」
「あんな非効率的な使い方なんて普通しないもの。あえて言うなら、余力があるのに自棄にでもならないと出てこない発想よ。とはいえ、戦士でも魔法使いでも簡単には防げないでしょうね」
「まあ、俺も突っ切るにしても無傷では無理だな」
「でしょ! うんうん、私がちょっと本気を出しても仕方ないわよね。相手と一緒で」
「あん?なんだって?」
「だから、あの子も本気じゃないの」
「そりゃまあ、模擬戦だしな」
「違う違う。言ったでしょ? 余力があるのに自棄な攻撃をしてきたって」
「まさか……」
「絶対、あれ以上に強いわね。いいわね~、あの歳であれだけ強いなんて!」
「この話は内密にな……」
「仕方ないわね。じゃあ、これ。代品頂戴ね」
そう言って持っていた試験用の杖を渡す。試験用といっても私の物だ。ジュールさんの手に渡ったそれは魔石部分がボロボロと崩れ落ちていく。
「おい……」
「杖の寿命なのか、無理に使ったのかは判断に窮するところね」
「分かった。魔石は前に取っておいたのがある」
「ありがとう。流石ジュールさん。最速Aランクは伊達じゃないわね」
「……昔のことだ。届け先は?」
「王都のギルドまで。って言ってもまだ相方の用事があるからアルバに居るけどね。ジャネットの方はどうなの?」
「まあ、あっちは勝とうが負けようが昇格は決まってるからな。成績、人格、冷静さ、どれをとっても問題がない」
「それ、あいつが聞いたら怒るわよ。何のために来たんだって」
「まあ、刺激にはなるからいいだろ?」
「それもそうか……私は街をうろついてくるわね」
「ああ、それならいいスポットが出来たぞ。細工屋にでも行ってみろ」
「あそこ? あそこのおじさん苦手なのよね」
並んでる商品に文句はないんだけど、店主が職人気質で苦手なのよ。
「まあまあ、ものは良いんだぞ」
「ギルドマスターの言うことなら従いますか。それじゃあ、またね。ジュールさん!」
「おう!」
俺は出て行ったマディーナの背中を見て思う。あいつなら魔力で誰が作ったか分かるだろう。存分に驚くがいい!