Cランク
「はあっ!」
「ウィンド!」
「ふっ!」
「エアカッター」
「ちっ!」
ジャネットさんとの立ち合いが始まると、とたんに一気に斬りかかられる。ここまで接近されれば詠唱が長いものは使えない。しかし、初級魔法だと魔法抵抗のある鎧に弾かれてしまう。
「くっ、いったん離れなきゃ! ウィンド!」
風を巻き上げ、衝撃も利用して一気に距離を開ける。さあ、仕切り直しだ!
「火よ! フレイムテリトリー」
私は自分を中心に四方を火の壁で囲い、炎の領域を作り出すことで、相手に接近されないようにする。動物が本能的に恐れる火なら効果的だろうという考えだ。
「おや、中々珍しい魔法だね。だけどね!」
ジャネットさんが剣を持ち替える。新たに握られた青い剣が炎の領域を切り崩す。
「魔法剣!」
すぐに別の手を考えないと、ならこれで!
「ウィンドブレイズ!」
次は風の弾幕を張り、その間に弓を構えて狙いをつけずに数発射る。これは相手の体勢を崩すか足止め目的だ。
「さらに、風の刃よ!」
「甘い!」
元の剣に戻したジャネットさんから微量だけど魔力を感じる。しかも、持っている剣の刀身が赤く染まっていく。
「剣の色がが……」
そのまま風の刃を切り伏せ、剣圧がここまで届く。
「あっつい! ウォームヒール」
剣圧でもたらされた熱をすぐに逃がし、対処する。だけど相手は目の前だ。こうなったら……。
「ウィンド……ファイア!」
巻き上げた砂を利用して粉塵爆発を起こす。これまでの戦闘で砂地も豊富にできていてよかった。
「なるほどね。そう来るわけか……」
「えっ?」
真っ直ぐ向かっていたはずのジャネットさんは、完全に半身の態勢で体をひねっている。位置も左に寄っていて爆発が当たらない場所だ。
「ま、まずい!」
しかし、ここまで勢いのある攻撃を不意打ちでは対処しようがない。
「そこまで!」
「はぁ~、負けちゃいました~」
リュートの声とともに試合は私の負けで終わる
「まあ、そう簡単に勝たれてもこっちが自信なくしちまうからね。頑張ったよアスカ」
「えへへ~」
「二人とも相変わらずすごいね。とっさの判断も早いし」
「まあ、死線をくぐれば身に着くと言いたいところだけど、身につかないと死んじまうからねぇ。こればっかりは」
「俺もあれだけやれたらな~」
ノヴァが先程の戦いの感想を述べる。褒められてるみたいで、ちょっと嬉しいかも。
「あはは、ノヴァの場合はまずは武器を揃えるところからだね。アスカの魔法を破るぐらいの魔剣を数本揃えるのは大変だよ」
「ちなみにそれ一本いくらぐらいだ?」
「この青いのは金貨……十二枚だっけか。他も平均すると十枚前後だね。折れたのもあるし、本数の維持も結構大変なんだよ」
「金貨十枚がぽっきり折れるなんて大変ですね」
「まあ、その後で得物がないよりはいいけどね。それに一応後で短剣に直してもらえれば、そこそこの補填にはなるよ」
「どのくらいになりますか?」
「ん~。金貨二、三枚ぐらいの価値かねぇ?」
「無いよりはマシかぁ~」
「そういうこと。金がかかる商売だけど、けちるのも違うからさっさともう一本ぐらい買いな」
ジャネットさんの返事にノヴァがため息をつく。私も金貨十枚も出したなら、折れてもせめて半分の価値は欲しいなと思う。
「次の剣はまたの機会にな。俺も買ってすぐだし、最近マジックバッグも買ってあんまり余裕ないんだよ」
「早いに越したことはないよ」
「はいよ」
「ところで私はどうでした? 受かる見込みありますかね?」
さっきから頭の片隅に浮かんで離れなかったので、早く結果を知りたい。
「何言ってんだか……。あんたが落ちたらそれこそ一大事だよ。ギルドマスターは首、Cランクは全員再試験だね。正直、あんだけ戦えるなら誰も文句は言わないよ。後は実地試験だね。たまに意地の悪い試験官が火おこしとか、テントの組み立てや水くみを魔法を禁止してやらせるぐらいだね」
「それって前にも一度やりましたよね?」
「あんなのは、本来パーティー内で確認すべきことなんだよ。出来ることをわざわざ封印してやって何の意味があるんだか」
ギルドが中まで入り込み過ぎなんだよと不満を口にするジャネットさん。
「でも、何かの時に魔法が使えなかったら必要では?」
「リュート。マニュアル重視なのはいいことばかりじゃないよ。普段から魔法使ってるってことはそいつは魔法使いだろ? 何で魔法が使えないところまで追いつめられてるのに、肉体労働させられてるんだよ。真っ当なパーティーなら休ませるだろ普通」
「言われてみれば……」
「要は不必要な試験内容なんだよ」
テストで満点の回答をされるのが嫌だから難問を追加しておく先生みたいな感じかな? 何はともあれ、合格圏内と教えてもらったので多少は安心した。
「試験は明後日ですし、ジャネットさんのお墨付きも貰いましたし、弾みがつきました」
「当日は頑張りなよ。さあ、癪だけど後半はテントの組み立てや水のくみ方に火のつけ方の練習だよ」
「は、はい!」
こうして私はCランクの実地試験対策を行った。やってみた感想は結論から言うと、キャンプファイヤーってめちゃくちゃ恵まれてたんだなぁ……。
斧って重いし、木を切るのも大変だ。生木はいらないんじゃって言ったら『そこで何泊かする場合もあるから』と言われ一本切る羽目になった。
「でも、アスカみたいな子にこんなことやらせますかね?」
「念のためだよ。それに相手をコテンパンにしたいじゃないか」
「ただの試験なんですけど……」
「それよりさ、俺にも稽古つけてくれよ。二人の戦ってる姿が目に焼き付いて離れねぇんだ」
「いいよ。それじゃあ、リュートはアスカとだ」
「えっ、私とリュートですか?」
てっきり二人ともジャネットさんが相手をすると思ったのに。
「リュートは魔法も結構使えるし、魔法使いとかそっち系の魔物との相手を任せることもあるだろうからね」
「俺は?」
「ノヴァは投擲がまともに当たるようになったらだね」
ちぇ~と言いつつもノヴァは私たちと離れて、ジャネットさんと特訓を始めた。あっ、痛そう。
「それじゃあ、僕らもやろうか。アスカお願い」
「うん。でも、気を付けてね。うまくできないかもしれないから」
「こっちこそ」
やり始めるとみんな熱くなるもので、それから小休止を挟みながら二時間近くも私たちは特訓に明け暮れた。もっとも休憩は私たちの方だけで、ノヴァの方はほとんど通しだったけど。
私たちの方は私が体力的に持ちそうになかったから、リュートには悪いけど休憩をさせてもらったのだ。
「はぁ、さすがはアスカだね。僕が勝てたのは不意打ちの一勝だけなんてね」
合計で十戦はしただろうか? 結果は九勝一敗だ。一度だけ開幕、一気に突っ込んできた隙を突かれて負けてしまった。
「でも、本当に大丈夫。僕とぶつかったところ?」
「うん。念のため治癒魔法も使ったし」
「そっか、よかったよ。体当たりみたいになってごめん」
「いいよ。びっくりしたけどね」
そう、負けたところまではよかったんだけど、あまりの勢いでリュートが私の胸の辺りに突っ込む形になって、二人でそのまま倒れ込んだのだ。ちょっと擦り傷になったけど、魔法で治しから問題はなかった。
「でも、やっぱり私。接近戦に弱いんだなぁ……」
「アスカはサブの武器も弓で近距離じゃないしね。仕方ないよ」
「それでもこれじゃ足手まといになっちゃうね。腕力をもっと鍛えようかな?」
「アスカは細工もやってるんだし無理しなくていいよ。その……僕らがいるし」
「そっか、そうだね。頼りにしてるよ、リュート!」
「うん!」
「アスカたちはもう終わりかい?」
「ジャネットさんも終わりですか?」
私たちがシートに座ってのんびりしていると、ジャネットさんから声を掛けられた。さすがにジャネットさんの額にも少し汗が見て取れる。
「ああ、ノヴァがこれ以上は使い物にならないからね」
「アスカ、助けてくれ~」
「はいはい」
ジャネットさんの指差した先には、疲れ果てて傷だらけのノヴァが横たわっている。このままでは傷跡が残っちゃうし、早く治してあげよう。
「エリアヒール!」
「おお、相変わらずアスカの魔法は効き目がいいな! 頭もスッキリする感じだ」
その薬漬けみたいな表現やめて欲しいなぁ。治癒魔法って依存性ないよね?
「バカなこと言ってないで、さっさと反省点を書き込みな。そうしないと今以上にはなれないよ!」
「お、おう!」
「あっちはあっちで楽しそうだね、アスカ」
「一緒にはなりたくないけどね」
「でも、ノヴァもやる気だしまた強くなるだろうね」
「リュートはどう? 最近、大丈夫?」
宿のことも含めて幅広い意味で聞いてみた。
「順調とは言えないけど頑張ってるよ。ただ、槍については師匠がいないから……」
「そっか、大変だね」
「でも、アスカだっていないでしょ? 僕もみんなに負けないようにしないとね」
「だけど、私は魔力操作もあるからね」
リュートを見ていると特にそう思う。細かいコントロールも難なくできるし、持っていなかったら魔道具による細工も出来なかったかもしれない。
「でも、僕だけ置いていかれるわけにはいかないよ」
そう言ってリュートは立ち上がり槍を振り始める。みんなの中で一番後に使い始めた槍だけど、今ではかなり使えていると思う。なのにそんなに頑張るなんて。
「綺麗……」
頑張って槍を振っているリュートを見るていると、思わずそう呟いていた。どんな心から出たものかは分からないけど、いつか答えを探そう。
「そのためにも、私も負けられないよね! リュート、最後の一勝負しない?」
「いいの? アスカだって疲れてるでしょ?」
「いいよ。私もたまには頑張ってみたい時もあるんだよ」
「いつも頑張ってると思うけどね。なら、最後は真剣勝負だね!」
「うん!」
ちなみにこの勝負は私の圧勝だった。開幕からウィンドカッターを展開させて、三方をファイアウォールで覆って正面からはこぶし大のファイアボールとウィンドボールをいくつも放ったのだ。
なお、勝った後でジャネットさんにめちゃくちゃ怒られた。周りを焼いたのもそうだけど、MPの無駄遣いだと言われた。
「確かに、あれはやりすぎだったかも」
宿に帰って部屋で反省する。あんなに力を入れることもなかったけど、どうしてもやりたかったから仕方ないよね。それからお風呂にじっくり浸かって、その日は寝てしまった。
「アラシェル様、ごめんなさい。昨日はお祈りを忘れちゃいました。今日は朝夜の二回やりますので許してください」
あまりの疲労だったのだろう。祈りも忘れるなんて。とりあえず、今日は二回祈りを捧げよう。アラシェル様に断りを入れて、祈ろうと祭壇を出す。
「いたっ! いたたっ……」
これはまさか……。
「筋肉痛だ。なんてこと!」
痛みに耐えながら、頑張って祭壇を出して祈る。ううっ、今日は食事もつらそうだ。エレンちゃんに言って昼と夜は持ってきてもらおう。あっ、アラシェル様。お祈りはきちんとやりますから安心してくださいね。
その日は終始笑顔のエレンちゃんに介護されるアスカだった。