販売はいかに
「おじさん、とうとう始まっちゃいますよ!」
「そうだな」
「今回も来てくれますかね~」
「いや、来るかって聞いて回ったんだろ?」
「でもでも、予定とか入っちゃうかもしれないですし……」
「相変わらずうっとおしいな。覚悟を決めろ」
「でも、こういうの慣れてないので……」
「じゃあ、慣れるんだな。自分だけで開く時になったらどうするんだ?」
「そ、その時はその時ですよ! 今度から店貸してくれないんですか?」
「いや、アスカは旅に出るんだろ。そのうち一人でやらないと後で困るぞ」
「そっか……そうですよね。頑張らなくちゃ!」
「分かったら開けるぞ~」
「え、それとこれとは……」
私の返事を待つことなくおじさんは店を開けて、OPENの札を掛ける。今日は私の店なので一緒に貼り紙を張り付けた特別仕様だ。
「わぁ~、ほんとにいっぱいある。聞いた通りだ~」
「ね~、店員さん。商品はどうなってるの?」
「あっ、えっと、ここから向こうが即売会の対象で、こっちは今日までに作ってあったものです。そちらはセールじゃないので注意してくださいね」
「は~い。ありがとう。店番なんて偉いわね」
なでなでとやって来たお客さんに頭を撫でられる。むぅ、もっと知名度を上げて、この現状を何とかしないと! 背も伸びないし、これを防ぐためには知名度しかない。
だけど、撫でられるのも嫌いじゃないのから、中途半端な結果につながってるんだよね。
「あ、あの……私、子どもじゃないですから」
「かわい~、おじさんこの子いくら?」
「アスカは売りもんじゃなくて、作る方だぞ。そこの細工もアスカ作だ」
「えっ、あなた細工師なの?」
「は、はい。一応……」
手を止めることなくお姉さんたちが聞いてくる。この流れなんだか前にもあった気がする。とりあえず、気を取り直して商品の説明だ。
「それで今日はどれぐらいの予算ですか?」
「あっ、うんとね。銀貨三枚かな?」
「一点なら一般コーナーで、数点ご希望ならこっちです。ちなみに奥が小物で手前が装飾品です」
「へぇ~、色々あるんだ。じゃあ、私はこっちから」
「私も~」
それからも次々と人はやってくる。常連のおじさんや、孤児院のみんなに街の人たち。見たことのない人もいっぱいいたけど、頑張って接客した。
意外だったのは一般品が思いのほか売れたことだ。即売会のものを見てから、一般品を眺めて一緒にセットで買ってくれる人が多かったんだ。
「う~ん。思った以上に売れたのは嬉しかったけど、これじゃあ在庫が十分とは言えないなぁ」
「まあ、両方売れたってのは重要だぞ。飾り付けも前と違って片づけやすいしな」
「それは、頑張りましたから。前は結構失敗しちゃいましたし」
飾るまでは楽だったけど、片付けの時に苦戦したんだよね。それを踏まえて今回の飾りは簡素なものを組み合わせる形だ。一見複雑なものもばらすと簡単なものになり、収納性にも優れている。旅のお供はこれで決まりかな?
「でも、これでしばらくは在庫補充はないから、頑張ってくださいよ」
「任せとけ! まだまだ、アスカに負けるわけにはいかんからな」
予定より早い十五時頃に終わりを迎えた即売会は大成功で幕を閉じた。イベントを一つ終えた私に実はまだもう一つイベントが残っている。
「これで明日からはランク昇格のための活動かぁ~」
年末から止まっていたCランクになるための活動を再開するのだ。Cランクからは実地試験もあるため、その練習もすることになっている。
「でも、ひとまず今日は疲れたから宿に戻って休もう」
満足しつつも、疲れた身体を押して私は宿へ帰った。
「ふわぁ~」
昨日は頑張ったから早く寝れたし、今日も頑張ろう! 差し当たっては朝ご飯を食べて、冒険の準備だ。
「エレンちゃ~ん。朝ご飯お願い」
「は~い。おねえちゃんおはよう。昨日は大盛況だったみたいだね!」
「うん。でも、エレンちゃんはあれでよかったの?」
「いいよ~。それに先に選ばせてもらったんだもん!」
残念ながら昨日は店が忙しい日だったので、エレンちゃんたちは休めなかったのだ。そのため、前日の夜に何点か私が選んでおいたのを見せて、その中から選んでもらったんだ。こうすれば忙しくても買えるようにってね。
エステルさんは休みだから店で選んでたけど、ライギルさんとミーシャさんはお揃いのものを選んでたし、エレンちゃんはブローチを選んでいた。
「にしても、もう半年以上も泊まってるんだな~」
「いきなりどうしたのおねえちゃん?」
「ううん。何だかもっと長く居るような気がしてね」
「そう? 何ならずっと居てもいいよ?」
「さすがにそれもどうかと。楽しそうだけどね。それじゃ、ごちそうさま」
「は~い」
食事を終えた私は部屋に戻って着替える。そしたら西門まで行って待ち合わせだ。
「ふわぁ~。さすがに最近きちんと体動かしてなかったから、鍛えないとね。みんなはまだだしちょっと座ろう」
ベンチに座りながらこの前買ってきてもらった本を広げる。今読んでいるのは王国史だ。私が住んでいるこの国はフェゼル王国っていうんだけど、この国が出来る前身の国とか大陸の戦国時代や神代の話が書かれている。
発行元は貴族院というらしく、すごく丁寧というか大仰な書き方をしている。自国の歴史とあって並々ならぬ力の入りようだ。
「だけど、この初代国王が三百年かけて国土を守り続けたってのはさすがに……」
もうちょっと、架空の人物とか入れられなかったのかと思ってしまう。それとも、初代国王は長寿の種族だったんだろうか? この本でも、死んだ描写はなくてただ次代へと繋いだとだけあるし。その後の王は数代に渡り国土を保ってからの継承権争いだ。
長男と次男が対立して三男と四男が静観していたところ、どっちに付くのかと双方の使者が来て、三男は家臣がどちらにもつかないと勝手に返答し、最終的に三つ巴になったのだ。四つ巴じゃないかって? 残念だけど四男はその使者への返答時に暗殺されて三男の陣営に吸収されたそうだ。
「最終的に勝ったのは三男の陣営だし、これ最初から……」
おお怖い怖い。これだから王侯貴族ってやつは……。でも、そこそこ赤裸々に書くあたり、好感が持てなくもないけどね。不当に攻められて仕方なく交戦したとか書かないだけましかも。
「その後は国土平定後、予算を得るために重税時代が数十年続いて、内乱と他国の侵略で一時は三分の二まで国土を減らすだって。やっぱり、後継者はきちんと指名しないとね。急病だったから仕方ないけど。それにしてもあれだけ戦っておいて、結局重税が原因でさらなる戦いになるなんて怖い時代だな」
もし、自分がやって来た時代がこんな時代だったらと思うと身震いしてしまう。
「……スカ、アスカ!」
「んん?」
「アスカ、気が付いたかい?」
「あれ、ジャネットさん。もう来たんですね!」
「何言ってんだい。もう全員揃ってるよ。何度呼び掛けても答えないから心配したよ」
いけない。本に集中するあまり、周りが見えてなかったようだ。真剣に読んじゃうとこうなっちゃうから気を付けよう。
「それじゃ、行きましょうか!」
ぱたんと本を閉じて、西門から目的地へと進んでいく。今日行く場所は草原近くにある湖のほとりだ。ここなら大量の水もあるから火が万が一燃え広がることもない。
「それじゃあ開始するか」
今日は私のCランク昇格の練習だ。まずは、前回の試験と一緒の対人戦から。Cランクまでは必ず一対一の試験だからと思っていたんだけど……。
「ノヴァとリュートはセットだね」
「どうしてですか? 試験官は一人ですよ」
「アスカ相手に一人じゃ手数が少ないから、セットじゃないと練習にならないだろ。特にノヴァはリュートがいないと接近戦に持ち込むことが出来ないよ」
「そ、そうでしょうか?」
「ああ~、まあそうかもな。最近投擲をやり出したけど、当たんねぇんだよあれ」
ちょっと悔しそうに言うノヴァ。私の知らないうちにそんなことを始めてたんだ。私も頑張らないとね。
「じゃあ、お願いします」
十メートルぐらい離れて二人と対峙する。その状態で練習を始める。
「よし、始めっ!」
「やぁぁぁぁ!」
開始の合図とともにすぐにノヴァが突っ込んでくる。私は早速ウインドボールを地面に放ち、砂煙を空へと上げる。これで視認性はかなり悪くなったはずだ。私は遠距離中心だから、これでも問題ない。
風の玉と火の玉を複数出して左右から砂煙を避けて進ませる。こうすることで相手は視界を奪われたまま戦わなければならなくなる。
「どう?」
言った後にはもう遅い。もっと言葉は慎重に選ぶべきだった。
「はぁっ!」
突然、砂煙の中から槍が飛び出る。うわわっ! あぶなぁ~。
「まさか、手を読まれてるなんてね」
さすがに砂煙の中を直進するなんて思わなかった。気を取り直して、ウィンドカッターを空中にいくつか出しておく。
「ならこれで! ファイアーボール」
火の玉を出して一先ずリュートにぶつける。ノヴァの姿が確認できないから、警戒は怠らずにと。
「これぐらいなら、ウィンド!」
火の玉が掻き消えちゃった。むむっ、やるなあリュート。おっと、センサーに反応が。左側から動きが見える。すかさず上空のウィンドカッターを振り下ろす。
「くそっ! 相変わらずどうなってんだ!」
ノヴァの足止めに成功したみたいだ。姿までは見えてないけどね。
「ふっふ~ん。まだ甘いね。行くよ、ヒートブレス!」
今度は風と火を使った複合魔法を二人にお見舞いする。この前買ってきてもらった本の上級単体魔法欄にちょこっと参考として載ってたんだよね。
「あ、熱! リュート何とかしろ!」
「これは無理! のどが……」
「そこまで!」
ジャネットさんの終了の合図とともに、私は魔法を解いてすぐに火の回復魔法で二人を治療する。のどが灼けちゃったら悪いしね。
「ありがとうアスカ」
「まあ、私がやったわけだしね」
「にしても新魔法なんてな」
「この前、買ってきてもらった本に載ってたんだ。便利そうだなって思って」
「そうだね。特に対人戦には効きそうだね。後は木の魔物かね?」
「ジャネットさん、そんな魔物がいるんですか?」
いわゆるトレントという魔物だろうか? 遭ったことはないけど、木の魔物なんて見分けがつかなさそうだ。
「ああ、気を付けないと枝を伸ばされてドスッと一刺しさ。覚えといて損はないよ」
「ちゃんとメモしときますね」
「それじゃあ、それが終わったらあたしとだね」
「ええっ、ジャネットさんと!?」
「当たり前だろ? Cランクになるんだから現役Cランクと戦うのは当たり前じゃないか」
「でも、ジャネットさんはもうすぐBランクになるんですよね?」
「今はまだCランクだろ?」
ああ、これは言っても駄目なやつだ。観念して私はジャネットさんと向かい合う。うう~、やりにくいなぁ……。
「それじゃあ、合図するね。始めっ!」
こうして私とジャネットさんの戦いが始まったのだった。