いざ、即売会へ
貴族の脅威という心配事が一つ消えた私は、一週間後の即売会に向けて動き出した。まずは前回と同じで各店に貼り紙をお願いする。宿と細工屋と知り合いの出店などでも貼りだしてもらう。
「ああ~、ちょっと腕が痛いから休憩~」
さすがに十枚も貼り紙を描くとなるとしんどい。デザインも変えると即売会だと分かってもらえるか分からないし……。
「そうだ版画を作ろう!」
版画ならインクをつければ後はポンっと押し付けて紙をすりすりすれば、一枚出来上がる。こうやって腕を痛めながら作るより効率的だ。
「デザインするのも楽しいけど、こういうところで時間を使うより新しい細工を一つでも作る方がいいしね。そうなると材料か~。木で作るか銅板にするかだけど……ここは思い切って銅板にしよう!」
チャレンジ精神は大事だからね。私は銅を取り出すと伸ばしていく。この工程が炉ではなく魔道具で出来るから私でもやれるんだよね。
ある程度の薄さまで伸ばしたところで今回作った貼り紙を反転させて写し取っていく。こうしてできた線をくぼみに変えて、そこにインクを流し込む方式だ。形を整え、削ってくぼみを作っていく。
「やり方ってこれであってるのかな? 図工の時間はそこまで真剣に取り組まなかったからな~。もうちょっと読み込んでればよかった」
後悔先に立たず。気を取り直して、銅板を加工した。
「さて、後はこの状態のものにインクをつけて完了なんだけど、試し刷りかぁ。緊張するなぁ」
その前に作ってる段階で問題ないかを確認する。まずは日付、ここは月と日のところ以外は空白だ。場所はと……ここも開催場所からは空白だ。問題なし!
「よし! これで準備完了。後は刷ってみるだけだ」
筒にインクを垂らした紙を巻いた簡易ローラーを使って、インクを付けていく。何度かローラーを前後させていざ紙を置く。
「後は押し付ける物だけど、竹はないから木の板に油を引いて乾かしてと。さあ、どうだ!」
ぺらっと紙をはがす。そこには……。
「ちょっとインクの付きが雑だけど、貼り紙として見たら大丈夫かな? せっかくだし、文章セットも思い切って作っちゃおう」
私は気分を良くしたので四角柱を大量に作り、そこにこの世界のアルファベットを刻んでいく。作業を繰り返して、後は横一列に文字が並べるように枠を作る。
この枠にアルファベットの四角柱を並べて、単語ごとに押せるようにするのだ。各アルファベットは予備も含めて七つぐらい作る。足りなくなればまた作ればいいだろう。
「売り物でもないのに頑張っちゃったかな? これを使って文章を書くこともできるけど、この方式だと人海戦術を駆使しないと大変そう。改良もしたいけど私には無理だね」
元高校生の知識の限界なのでこれ以上は誰かに頑張ってもらおう。私はこれ以上のものを必要としないしね。
「さて、結構時間を使っちゃったけど、頑張ったし貼り紙を貼らせてもらいに行かなきゃ」
宿、細工屋、出店と次々に出来上がったばかりの貼り紙を渡して、貼ってもらう。これで今回も売り切れると嬉しいなぁ。宿に戻ると早速、常連客のおじさんから声を掛けられた。
「アスカちゃん。店出すんだって? 今回は俺も行くからな!」
「ありがとうおじさん。何か欲しいものがあるの?」
「いやぁ、これでも結婚して十五年だからな。何か一つぐらい嫁に買ってやらないとと思ってな」
「そうなんだ。なら、リーリアちゃんと被らないようにね」
「何だ、あいつも何か買う予定なのか?」
「同じようなこと前に言ってたから」
「ありがとな。家に帰ったら相談するよ」
他にも開催までの数日で何人にも声を掛けられた。前は当日来て挨拶される程度だったから、嬉しいな。
「でも、期待に沿えないと悪いしちょっと多めに用意しておこう」
私は作った銅板の材料や削り出した銅クズを集めると、一つにまとめる。インクが付いているせいでまだら模様が出来てるけど、これはこれで生かすデザインを作るしかないな。
「う~ん。まだら……渦巻……そうだ! アンモナイトにしよう」
この世界に化石があるかは分からないけど、あの巻貝の部分をまだらで表現したら、結構いい感じになるかも。確か色も茶色っぽいはずだし。
そうと決まれば左右逆向きのアンモナイトのキーホルダーを作る。ただ、クズの銅を集めた分しか材料がないので数個しか作れなかった。これだと追加の作品が少ないかも……。どうしようか明日おじさんに聞こう。
翌日、追加の細工の相談をするため、おじさんの店の前にやって来たわけだけど……。
「お店がまだ開いてないね」
新年明けてすぐだから、開店時間が遅いのかな? 仕方ないから一緒に来ていたミネルたちと、ライズのところへお邪魔する。
「ライズ~、いる~?」
《ミェ~》
ライズが元気よく返事をしてくれる。ずっとミネルたちが構っているせいか、会えて嬉しいようだ。
「元気だった?」
私はライズ用のくしを取り出して、毛を整えてやる。その間にもミネルたちはライズの頭や背に乗ったりして、何か話しているようだった。髪の毛を整えたらちょっと遊んで、もう一度おじさんの店に行く。残念ながら今度は私一人だけど。
「おじさんいる~」
「ん? アスカか、いるぞ」
「おじさんどうしちゃったの? お店開いてなかったけど」
「ああ、新年早々こういう店にはあまり人が来ないからな。食料品店は大忙しだが」
どうせ今日も朝から来ないだろうと、のんびり店を開けたらしい。何かマイペースで良いな。
「そうだったんだ。実はちょっと相談があって……」
「何だ?」
「即売会をやるんですけど結構みんなから声を掛けられてて。今回も五十個ぐらいだから、在庫が持つかなって……」
「なるほどな。確かに腕のいい細工師で、宿でも人気のアスカならそうなるか。よし! じゃあ、簡単に区画分けをしたらどうだ?」
「区画分け?」
「そうだ。前回よりスペースを取って、入り口で即売会向けと一般販売分に分けて販売するんだ。こうすれば値段の違うものを置けて数の心配は要らないだろ?」
「そっか……別に即売会だからって、安いの以外も並べていいんだ。じゃあ、そうします!」
あっけなく悩みを解決してくれたおじさんには感謝だ。今から材料を買いまくって即売会用に追加制作することも考えていたんだから。
そうと決まれば、後は寝て過ごすだけ……いやいや、レディトのドーマン商会への納品分を作らないとね。魔道具のストックは五つ程あるけど、依頼を受け始めたら数は作れないかもしれないし。
「その前にどんな効果があるといいかな~。そう言えばディオスさんもジャネットさんもお守りみたいなのがいいって言ってたっけ」
道すがら色々な案を考える。これまでに作ったものと言えば、バリアを張る効果や相手を吹き飛ばす効果で、風属性のものばかりだ。
「物理的には防げないけど、火属性でも怯ませることはできるよね!」
こうしてはいられないと宿に帰った私はすぐさま細工に取り掛かる。ちょうどこの前買った本で知った帝国の旗印が赤色だし、早速新しいデザインで作ってみよう。
「う~ん、やっぱり最初はインパクトだよね。レッドローズか……これにしよう!」
帝国旗の一部にも使われているみたいだし、こういうデザインは人気が出るだろう。この本の良いところは帝国視点で書いてあって、注釈部分には帝国に関しての事柄が書いてあることだ。こういう本があれば、他の国に行った時でも作りやすくなるんだけどな。
「バラの花にはフレイリザードの魔石を使おう」
この魔石は中級魔石の中でも人気のない魔石だ。グリーンスライムと一緒で、該当の魔法適性がないと使えないことに加えて、最低出力が決められているからだ。要は魔力の低い人には絶対に使えない魔石だ。
火つけ石代わりに使いたい人からすれば、火の魔力はいるし必要以上の出力が出るしで不人気なのだ。結局、魔法を発動する人自体が火魔法を使えるので意味がないと思われている。
「でも、この魔石ってちょっとだけ元の魔力より増幅して使えるんだよね」
使い方を限定すればこの魔石にも使い道ができる。例えば単体魔法が苦手な魔法使いでも、この魔石を通せば単体魔法を使うことが容易になる。ただし、魔石ごとに込められる魔法が一種類なため、高い買い物にはなると思う。
そこで私は汎用性の高そうな魔法を込めることにした。
「銀で形は彫れたし、後は魔石を下に固定して……」
魔道具を作る時はあまり魔石を削らず、逆に飾りの時は削って使う。こうすることでそれぞれの役割がはっきりするし、値段にも反映させやすい。
「一々、これは魔道具としても使えますなんてやってたら高い商品だけになって商売になんないしね」
魔道具になるだけで、最低でも金貨一枚ほどプラスされることが基本だ。銀貨一枚の細工なら金貨一枚以上になる。こんな効果が限定されるものを買ってくれる人なんていないから、わざと削ったり、細かいところに使って、もしかしたら効果が残ってるかもと効果未鑑定で細工扱いとして売るのだ。
実際にこれは魔道具師界隈では当たり前のことで、そもそも不人気魔石を宝石代わりに使っているだけなので、作る方も魔石と思って使っていないからできることでもある。
「人気が出る可能性もあるけどね」
私が気まぐれで開発したグリーンスライムのバリア魔道具はそこそこ売れるらしい。まあ、風魔法適性さえあれば後は魔力を込めれば何度でも使えるから、割とパーティーに需要があるそうだ。おかげで、銀貨一枚の細工が今では銀貨五枚になり、魔石の仕入れにも影響が出ている。
「安く仕入れられる緑色の宝石だったのにな……」
愚痴をこぼしつつ、魔石を固定する。そして、何の細工にするか考えていなかったことに気づいた。
「ブローチでもおかしくないし、髪留めでもちょっと重いけどいけるし、どうしよう?」
ネックレスは……ちょっとこのデザインだと痛いかな? とげとげしてるし。悩んだけど第一作はブローチにした。早速、出来上がった魔道具を持って町の西側へ。魔法の試し打ちだ。
「さあ、魔法の確認だ。売れるようにレポートを書かないとね」
魔道具を売る時は簡単な説明と、どんな使い方ができるかをメモにして渡すようにしている。それを元におじさんが営業してくれるのだ。これは効果が限定されたものだから特に頑張んないとね!
「じゃあ、行くよ、ファイアウォール!」
誰もいないことを確認して魔法を放つと、大きな火柱が横三メートル、縦五メートルに渡って広がる。
「良し、これだけのものが出来れば大丈夫だ」
私は火を消してから、紙に大体の消費MPとどれぐらいの大きさを作れるか書いておく。これをおじさんに渡せばきっと売れるはず!
「でないと、困っちゃうんだよね」
使いづらい魔石といってもそこは中級魔石。実際仕入れには金貨一枚以上かかっているので、細工物だと原価割れしてしまう。だから、魔道具として売り切らないといけないのだ。
「こういうところは宝石が便利だよね。細工物としてしか売れないんだから」
こうして私は次々と細工物を作り上げていった。おかげで来月は働かなくても在庫が潤沢になった。
「とはいえ即売会でいくつか売れちゃうかもしれないし、油断は禁物だな」
そんな思いとともに、即売会の日が訪れたのだった。