お礼と即売会と
「ジャ、ジャネットさん行きますよ!」
「だから、行けって言ってんだろ! 宿の前でずっといちゃ不審者だよ?」
「ふぇえぇ~、だって~」
「ええい、らちが明かないね。入るよ」
「まだ心の準備が……」
「何日あればできるんだい? さっさと行く!」
ジャネットさんにぐいぐい引っ張られて、ディオスさんたちが泊まっている宿へ入る。
「ああ、あのお客さんなら今朝出てったよ?」
「えっ、どこに行ったか分かりますか?」
「さあ、でも朝市を見てから細工物を見に行くって言ってたから……」
「そ、そういうことなら次の機会にしますか……」
「往生際の悪い。行先だって目星がついてるんだろう。さあ、おっさんの店に向かうよ」
まるで罪人のようにキリキリ歩かされて私は細工屋に着く。そこには昨日ちらっと窓から見た馬車が止まっていた。ああ、これはいるな。
「入るよ」
「は、はい……」
恐る恐る中に入ってみるとディオスさんとおじさんが揉めている。
「こっちはいくらだ?」
「買うのを決めてから言え。こっちも暇じゃないんだ」
「なに? 説明されんと分からんだろう?」
「どこのボンボンだ。見たら分かるだろう?」
う~ん、これは割って入った方がよさそう。
「おじさん、新しいの持ってきたよ!」
「おお、アスカか。俺はこの子と商談に入るから適当に見ておけ!」
「ちょっと、言い過ぎじゃないのおじさん?」
「いいんだよ。いちいち聞かなきゃ物の価値が分からん奴なんぞ」
そう言って私を奥に引き込もうとする。ディオスさんにも用事があるから奥だと困るかも。
「そ、そっちのスペースでいいですよ」
「ん? おお、アスカか。お前が卸してる店だったんだな」
「い、一応……」
ははは、とディオスさんへは乾いた返事になってしまったけど大丈夫だったかな? そのままおじさんと一緒にスペースに行く。
「ディオール様……」
「悪い刺激しないようにだったな」
「それでは、今回の分の確認だな。何か新しいのはあるか?」
「はい。年末年始は暇だったので魔道具中心です。三つが魔道具で残りは普通の細工です」
私はまず対になった魔道具から見せていく。
「ふむ。この二つはデザインは変わらぬように思えるが……」
「細かいところの違いだけですね。兄弟とか姉妹とか双子とかそう言うニーズに合わせてみました!」
「ほう? お互いの居場所が何となく分かるようになっておるのか」
「それだけじゃないんですよ。相手を想うことで魔力を受け渡せるんです。最も、距離が離れてるとほとんど失われちゃいますが……」
「なるほど。アイディアは良いな。記念の贈り物に最適だ。これならデザイン指定の受注型依頼にも対応するだろう」
「ふぅん、アスカはいつもこんなのを作ってるのかい?」
ジャネットさんも私の細工が気になるのか、後ろから覗き込む。
「いつもってわけじゃないですよ。魔道具の効果はそれぞれ違いますし。微妙な物でも良さそうなものでも一回は原型を作ります。だから、材料不足になることも多くて……」
「そういや、あたしのピアスも片側だけだね」
「あの頃はさらに材料が少なかったので。今なら完璧に作れますよ!」
「まあ、このアルバの住民向けに作るならお守りみたいなのがいいだろうね」
「お守りですか?」
「ああ、アスカが思ってるより街の住人は東側のことについて不安に思ってるってことさ」
「でも、そんなに会話にも出てきませんけど……」
本当に不安に思っているなら、宿の食堂とかでも話題に上るんじゃないだろうか。
「そりゃ、大人にもプライドがあるからね。子どものアスカにビビってるところは見せられないだろ」
「私は冒険者ですよ?」
「それでもだよ。大人なりの義務ってやつさ」
「アスカ、見終わったぞ。今回は魔道具が多いから金貨九枚だな。また一月後ぐらいに持ってこい」
「はい! いつも、ありがとうございます」
「こっちこそ、いろんなもんを見れて助かってる」
「それなら、そこの人たちに感謝してくださいね。新しい本をもらったのできっと今までと違うものが出来ますよ!」
「む、そうなのか?」
急に話題を振る形になったけど大丈夫だよね。
「私たちが受けた依頼の中でですけど……」
「なので次は帝国ゆかりの物を作ってきます」
「帝国ゆかり……坊ちゃま、もしやあの本を?」
「いいだろ別に。あんな本、誰も読んでいるところ見たことないぜ」
「珍しい本ですので、人目を避けるようにあれは保管していたのです」
「要は使わないんだろ? ならいいじゃないか」
「はあ、まあ相手が喜んでいるのでよかったですが、本来は持ち出し禁止なのですから、今後は気をつけてくだされ」
「はいはい」
「そうだ! 貴重な本をありがとうございました。私に出来ることなら何でも言ってくださいね!」
お礼を言って立ち去ろうとする。
「おいまて! 本当に何でもいいのか?」
「個人で出来ることになっちゃいますけど……」
貴族の人たちから見たら大したことはできないけどね。
「なら、レストランか宿の主人と関係を持つにはどうしたらいい?」
「か、関係って……。貴族ってやっぱりそういう」
れ、歴史の授業でも聞いたことあったけど本当だったんだぁ。怖い怖い、女でよかったよ。
「その、そういうのはちょっと……本人の気持ちもありますし」
「だが、諦めきれんのだ。何かいい手がないか?」
「そもそも、二人いっぺんになんて不潔です!」
「何を言ってるんだアスカは?」
「ちょっと失礼するよ」
ペシッ
「痛い! 何するんですかジャネットさん」
「おばか。パンの話をしてるんだよ」
「ぱん? パンが何か関係してるんですか?」
「あっ、いや。あのパンに繋がるように仲を取り持ってほしいのだが……」
「そういうことだったんですか。私てっきり……」
「な、何だったんだ? ほほを染めて」
「ディオール様は知らなくてよいことです」
「う~ん。あの二人とですよね。その麦っておいしいんですか?」
「もちろんだ。最上級の品質は王家に献上しているくらいだぞ!」
「なら、商品の仕入れの話をしてはどうでしょうか? 二人とも料理を作ることに熱心だから、本当に美味しいものが作れるなら話ぐらいは聞いてもらえると思うのですが……」
「なるほど。契約するには食材からですか……。確かに品質を気にされていましたし、よい食材で攻めてみるのは良い案ですな」
「まあ、案としてはいいと思うけどいいのかいアスカ?」
「何か問題がありました?」
「新しい麦なんて薦めたら、また宿の方も忙しくなると思うけどねぇ」
「そ、それは……ミーシャさんに頑張ってもらいましょう!」
パンを夢中で作るライギルさんの姿が思い浮かぶなぁ。
「そういうことなので、話をするならそれでよろしくお願いします。出来れば、最初の分は格安で!」
「こちらとしても今後取引できるなら考えよう。仕入れもこちらの倉庫を使えるように手配する」
おおっ、なんかいい感じに話もまとまったし、私も関係を断てた感じだしいいんじゃないだろうか?
「ところでアスカさんの細工物なんだけど、直接仕入れたりは出来ないのかしら?」
しかし、回り込まれてしまった。でも、昨日までの私と違って今日の私は断れる私なのだ。
「直接ですか? 今はこことレディトに卸すだけで手いっぱいなので……」
クリスさんにお断りを入れる。
「ほう? こことレディトではどこの商会に卸しているのでしょう」
「セーm……ドーマン商会です」
危ない、取引先の名前を間違えるところだった。たまに言い間違えそうになるんだよね、あそこの商会。
「なるほど。では、機会があれば寄らせていただきますね」
ほっ、それ以上は追及されなかったしよかったぁ~。改めてお礼を言って細工屋を後にする。うん! これで大した繋がりも持たずにやり過ごせた! ミッションコンプリートだ!!
ジャネットさんは用事があるというので、店の前で別れて、意気揚々と私は宿に戻っていった。
✣ ✣ ✣
「まあ、本人は帰って行ったわけだけど……」
ここはアスカの帰った細工屋の中。今は臨時休業の看板を提げて話し合いの真っ最中だ。
「こちらの商品のことですな」
「ああ、細工としての価値はもちろんだけど、どっちかというとアスカの魔道具は実用品だからね。本人の意向もあるし、金を払うから売るってのはね」
「だが、それが商売というものだろ?」
「若!」
「別に俺の店はあんたたちが来る前から、商売には困ってねぇ。売らないでもいいんだぜ?」
「そ、それは……」
「あんたん家、子爵なんだろ? ここは伯爵領だ。駆けこまれたくなかったら大人しくした方がいいと思うけどねぇ」
「くっ!」
「ディオール様。今回の件に関してはこちらがお願いをする立場です。穏便に進めませんと……」
「分かった」
「あんた、クリスだっけ? 話が早くて助かるよ。おっさんも商売は商売だし、売らないってわけにもいかないだろ?」
ここは穏便に済ませて帰ってもらった方がいい。正直、まだ話が分かる相手だし、面倒な貴族が来る前に牽制になりそうだしねぇ。
「別にこいつらに売らなくてもいいがな。俺は職人でもある。金を出してただ買うだけの奴に用はない」
「まあ、それも踏まえてだけど、買える数に制限を加えるっていうのでどうだい?」
「それならこちらとしても助かります。正直、先ほどの魔道具もですが、彼女のものは今まであまり見かけないような効果もあり、興味が絶えません」
「そうは言ってもさっき言った通り、あいつは万人に行き渡るようにって物を売ってるんだ。そのネックレスだって、市場価格はかなりするはずだろう?」
正確な価値までは分からないけど、これまでの作品から安いわけはない。
「はい。効果も含めれば金貨四、五枚はするでしょう。なぜあんなに安いのかと思っていたのですが、大勢の人に身につけてもらうためだったのですね」
「そうだ。それに類するものは俺では値段がつけられない。あくまで大銅貨五枚。これ以外の値段では売れないんだ。これを破れば仕入れどころか信用問題だ。あの作品が見られんのは俺も困る」
「そんなに価値あるものだったのか……」
「だからこそ、個人や貴族が独占していいもんじゃないんだ。そうさね、月に魔道具は二つまで。銀製の効果付きのも二つぐらいまでかね」
「ふむ。魔道具を月に二、三個ならそっちも毎月来れるわけでもないだろうから、問題なさそうだな」
「ならいいか。毎月人を寄越すぐらいはでき……」
「代理人での売り買いはしてないんだうちは。悪いな」
「で、ではせめて来れない月の分の累積を……」
「それだと買い占めにつながるから無理だな。まあ、魔道具の効果リストくらいは送ろう。どうしても欲しいならそちらから来るだろう?」
ディオスがちらりとミューゼンとクリスを見ると、二人とも首を横に振る。これ以上の譲歩は得られないことが理解できたようだ。
「……分かった。それでいい」
「よし決まりだね!」
「そうそう、リストは届けるが売れた場合は知らんぞ。そこは商売だからな」
「仕方ありません。リストを貰えるだけで良しとしましょう。それにしてもあなたほどの剣の腕をお持ちの方がすごい入れ込みようですね」
「そうかい? 一度でも一緒に依頼を受ければ当然だと思うがねぇ」
「ふふっ、お互い苦労しますね」
「全くだよ本当に……きっと今頃、何も知らずに宿でぐっすり寝てるよ」
「はあ、せめて跡を継いでから来ればよかったな」
「それだと簡単には買えませんでしたよ、ディオール様。皆さんへのお土産も買われるのでしょう?」
「そうだな。ん? この像は綺麗だな。見たことのない題材だが値段も手ごろだし、いくつか買おう」
「そうしてやるといいよ。それはアラシェル様っていう神様の像だよ。アスカが信仰してるから買ってやったら喜ぶと思うよ」
「ふむ。聞いたことのない名前ですね。地方神ですか?」
「どうなんだろうね? 運命の一部を司るってアスカは言ってたけど」
「では、私もひとつ。何か不思議な力を感じますし」
こうして、ディオスさんたちは私の知らないところで私の細工を買っていったのでした。その頃の私はというと、ジャネットさんの予想通り大の字でベッドに寝っ転がっていた。