アルトレイン
「ん、女神様…」
チュンチュンという小鳥のさえずりの音に気付き、私は目を覚ます。視界に広がるのは青い空と大きな雲。
「ここがアルトレイン…」
もたれかかっていた木から立ち上がり、周りを見渡してみるとそこは森の入り口のようだった。反対側には草原があり、その先には町がうっすら見える。今はどうやら朝のようだ。人通りもなく自分の状態を確認するには最適だ。
「ありがとうございます、女神様」
細かい時間の調整は難しいと言われていたのに、目覚める時間まで気を使ってくれるなんて…。女神様に感謝の祈りを捧げつつ早速、今の状態を確認する。
「帽子はなし、髪の色は銀色で肩と腰の中間。ローブ?を着ていて手には杖、簡単だけど胸当てに足はブーツ。胸には水色の宝石?のネックレスとこんなところだね」
そうだ。女神様から設定の話を聞いていたんだった。ポケットを調べると一枚の紙きれが出てきた。
『冒険者志望アスカへ これが私との最後の会話になるでしょう。あなたはセエルという北の村に流れ着いた女性の娘という設定です。母親は薬師でしたが流行り病に倒れ、元々村との交流も少ないあなたはそれを機に冒険者を目指しアルバの町へ向かいます。魔力は親譲りで、魔法の才は全て持っていますが、普通は二~三属性が多いようです。そこは隠蔽を行うか、使わなければスキルとして現れません。最後にステータス!と言えば現状が確認できますので役立ててください。それではあなたの行く先に幸多からんことを…。 女神アラシェルより』
「女神様…」
自分のことを思ってこんなに色々なものを…そう思いまた祈りを捧げる。そして手紙をしまおうとすると裏があることに気づいた。
『追伸 ローブは軽い魔除けと魔法耐性、ネックレスは癒しを高める効果、杖は木の中に輝石が埋め込まれています。これにより魔法が効率よく使えますので戦闘に便利ですよ』
チート、チートなのかな? 実際使ってみないと分からないけどとりあえずはステータスだ。
「ステータス!」
名前:アスカ
年齢:13歳
職業:なし
HP:40
MP:1200
腕力:5
体力:12
速さ:20
器用さ:24
魔力:280
運:50
スキル:魔力操作、(隠ぺい)
「なんだろうこのちぐはぐさ。ひょっとして女神様、魔法が使いたいと冒険者になりたいって言ったから魔力とMPはCランクの冒険者と同じぐらいにしてくれたんだろうか?でも、スキルもよくわからないし、この隠ぺいのかっこは人には見えないってことかな?」
とりあえず悪目立ちしないように魔力とMPの項目だけ隠蔽で下げてしまおう。使い方は叫ぶといいのかな?
「隠蔽!」
隠蔽する気があるのかと思うけど叫んでみる。すると頭の中に声がした。
『どのステータスをごまかしますか?』
表現、表現!
まあいいや、とりあえず低すぎる力に合わせて登録できなくても困るし、魔力を70にMPは200でいいかな。
MP:200(1200)
魔力:70(280)
『完全隠蔽を行いますか?』
「完全隠蔽?」
『完全隠蔽を行うと実際の能力自体も隠ぺい数値まで落ちます。調整せずとも良くなる半面、緊急時に困ります』
「そっか~、便利だけどどうだろう? すぐに戻せるの?」
『キーワードをあらかじめ設定しておくことで瞬時に戻すことが可能です。MPに関しても消耗していない分は回復します。しかし、急激に能力が上がるため手加減等を忘れなきよう』
「本当!? じゃあ、キーワードは…リベレーションで!」
英語で解放とか言う意味だったかな? 自信はないけどこれでいいや。言いやすいしね。
『設定完了しました』
これで旅の準備は整った。あとは旅立ちを待つのみ。
「ふと思ったけど私って文無しなんじゃ……」
もう一度辺りを見渡す。これまで寄りかかっていた木の根元にバッグがあった。中には一冊の手帳と食料とお金の入った小袋が入っていたので中身を確認する。中には金貨五枚、銀貨二十枚、銅貨四十枚、これは銅貨だけど大きいな。大銅貨?五枚が入っていた。
「他には……メモ?」
『普通の宿は一晩食事一食付き大銅貨二枚。屋台のものは高くても銅貨四枚まで。通常の食事は銅貨七~十枚です。ただし、都市部は高いですよ。各貨幣は十枚で繰り上がります。この資金は村を出る時に家を売ったお金です』
つまり銅貨十枚→大銅貨 大銅貨十枚→銀貨 銀貨十枚→金貨 金貨十枚→???という感じかな? アルバも都市部で高いんだろうか? それなら慎重に使わないと。でも、物価はそこまで高くはなさそうだし、生活していけば分かるよね。そう思い私は遠目に見えるアルバへと歩き始めたのだった。
「はぁはぁ……ぜいぜい……」
あれからアルバを目指した私だったが、難題にぶち当たってしまった。腕力5もそうだけど体力12ってもしかして、この世界でも軟弱なんじゃないだろうかと。色々な転生するアニメとか見たことあったけど、みんな体力値高かったんだなぁ。
「もう少しぐらいおねだりしても……よかったかも」
もはや杖は歩くための道具だ。武器なんかじゃ決してない。最初は近いと思ったアルバもけっこう距離あるんじゃないかな?これはちょっと辛い……。
「そうだ! 魔法!」
休憩がてらに魔法の練習でもしよう。どうせまだ朝なんだし日暮れまでに着けば大丈夫、大丈夫。魔法は使わなければ覚えないって書いてあったし、多い人でも三属性ぐらいまでだよね。だったらまずは二属性にしておこう。
「何がいいかな~。水はあると便利だけど絡まれそうだし、肉がどこでも焼ける火かな? 火起こしなんてできないし。あとは光? う~ん、聖女とかないと思うけどやだな。……色々出来そうだし風かな?」
悩んだ末に火と風の魔法を使うことにして、残りの属性は使わないでおく。何かの拍子に使ってしまうかもしれないし、いくら隠ぺいがあってもうっかり言ってしまいそうだし。
「そうと決まれば…火よ!」
頭の中で念じて声に出すと目の前に手のひら大の火の玉ができた。
「で、できた~!!」
初めて使った魔法に感動するあまり涙が出そうになる。
「こ、これが魔法。よ~し、風よ!」
ビュウ
手のひらを突き出すとそこから風が生まれる。またまた感動して涙が出そうだ。それからMPの限りに魔法を使った。手のひら大から顔ぐらいの火の玉。刃のような風。様々なことを試す。
「ん~、楽しかった~。でも、初めてにしては筋がいいんじゃないかな?火の玉もただ投げるだけじゃなくカーブとか自由に動かせたし、風も色んな形にできたし。ひょっとして魔力操作のスキルのおかげかな?ちょっと見てみよう。ステータス!」
スキル:魔力操作、火魔法LV2、風魔法LV2、(隠蔽)
魔力操作…魔法を使う時、細やかな操作ができる。魔法LV2 …生活レベルではなく魔物と戦える初級レベル。
「やっぱり、魔力操作スキルって便利なスキルだ。でも、見せても大丈夫なのかな?とりあえず、火と風が戦えるLVなのは助かるけど。まあ、何とかなるでしょ。とりあえずMPの残りも少ししかないし、町に入らないとね」
思いも新たに私はアルバの町へと歩き始めた。でも先は長い…。
「う、あ。よ、ようやく見えた…」
あれから2時間は歩いただろう、ようやくアルバの町の門が見えた。アルバは立派な都市のようで、西洋都市と同じ様に外壁で守られている。門の前にはみんなが列を作って出入りしている姿が見えた。順番に並んでいるところを見ると平和なのだろう。私もその列に並んで順番を待った。