いよいよ上演
ジャネットさんの言葉を皮切りに、私たちは子どもたちが待っている食堂へと向かった。食堂は劇のために一時的に家具を移動してもらっている。これは子どもたちが連携してくれて思ったより早く済んだ。
「では、これより私たちの劇『ブラックキャップ』を始めます。皆さん楽しんでいってくださいね!」
ぱちぱちぱち
拍手とともに幕が上がる。エステルさんと年長の子に大きめの布をバサッと上に掲げて片側に引いてもらっただけだけど。こういうのは気分が大事だ。
「あるところに優しい薬師の親子がいました……」
院長先生に台本を読んでもらう。いつも読み聞かせをしているのかすごく聞き取りやすい。物語もどんどん進んでいく。
「ああ、騎士様! お母さんがウルフに食べられてしまったのです。どうかお助け下さい……」
「もちろんです、娘さん。きっと、ウルフを倒してごらんに入れましょう!」
「では案内いたします」
「こうして二人は森の中の家に来ました」
「ここがあなたの家ですか?」
「はい、この中でウルフが寝ているみたいです」
「分かりました。あなたをこれ以上、近づかせるわけにはいきません。相手を油断させるために服を交換しましょう!」
「騎士様、どうかご無事で」
ここで舞台袖に引いて急いで着替える。
「アスカ、着替え大丈夫?」
「リュートこそ脱ぎにくいでしょ?」
「いつも、着てるし大丈夫だよ」
布越しの特設着替え場で急ぎ着替える私たち。ただの村娘の格好なので私の方が当然先に脱ぎ終わる。
「ジャネットさん、はい!」
服の受け渡しは今出番のない、絶賛ウルフのお腹の中にいる設定のジャネットさんのお仕事だ。
「はいよ! リュート置いとくよ。ただし、嗅いだりしちゃだめだよ」
「し、しませんよ。わっ!」
布で仕切られた先が揺れる。バランスでも崩したのかな?
「ジャネットさん。急いでるんだから変なこと言っちゃだめですよ」
「あたしはあんたのために言ってやってんだけどねぇ」
「リュートはそんなことしません!」
「そうですよ。アスカ、遅くなったけど脱げたよ。ジャネットさんお願いします!」
「あいよ~」
ジャネットさん経由で私に鎧と服が来る。早速もらった私は着替え始める。
「んん~、ちょっとぶかぶかだ」
「まあ、最近は身長も差がついて来たしね。アスカももうちょっと伸びないとねぇ」
「ちゃんと伸びますよ~」
なんせあれだけアラシェル様に似てるんだからきっと身長だって伸びるはずだ。
鎧は木で出来てるけど、金属箔に思ったより厚みがあるせいか、着込んでいるとガチャンガチャンとそれらしい音がする。
「これってひょっとしたらそのまま防具にならないですかね?」
ぽかっ
「バカなこと言ってないでさっさと着替える。あたしの出番が遅くなるだろ」
「はぁい」
ちなみにノヴァはというと今は舞台で一人、子どもたちの相手をしている。最初はウルフの顔に怖がっていた子どもたちも、ノヴァの声がするので安心したようで色々質問中だ。
「ね~、これ何で出来てるの? ふさふさしてる~」
「おいあんま触んなよ。壊すとアスカがうるさいんだぜ」
「ほんとだ~。あっ、お腹はごつごつだ~」
「これは布に木片つめてるからな。結構重たいんだぜ。あっ、後ろのひもを引っ張るなよ? 取れるからな」
「は~い」
聞こえる範囲だとノヴァも結構お兄さんしてるんだね。てっきり、お世話されてる方だと思ってた。おっと、そろそろ着替え終わるね。
「アスカもういいかい?」
「はい」
シャーっと布が開かれて私とリュートが衣装を入れ替えて出てくる。
「リュート似合ってるよ」
「やめてよアスカ。今の格好知ってるでしょ?」
うう~ん。これが男の娘かぁ。否定するような材料はないかな。むしろリュートならたまに服を着てもらいたい感じだ。声もまだ完全に変わってなくて、ちょっと高い声だしね。
というか本当にここから低い声になるんだろうか? あんまり男の子と仲良くなかったから、分からないんだよね。やっぱり、知ってる人が実際にならないと信じられないかな?
「あたしはアスカの騎士の姿も中々いいと思うよ」
「本当ですか!」
「騎士らしくはないけどね」
「それじゃあ、行きましょう!」
「アスカ、出番はまだ僕たちだけだよ」
「そっか、それじゃ行ってきます」
「あいよ~」
ジャネットさんに見送られて再び舞台へ。
「ん、準備できたか? じゃあ始めるぞ~」
「「は~い」」
「……騎士様。着替えましたけどこれからどうしましょう?」
「悪いけど、お母さんに向かって呼び掛けてくれないかな?」
「ですが母は……」
「知らないふりをしておびき出すんだ。油断したところを倒せば、お母さんも何とかなるかもしれない」
「……やります! お母さんいる~? 帰って来たよ」
二度ほど呼びかける。
「娘が帰ってきたのか。さすがに今は腹いっぱいだし、連れ込んで捕まえておくか。んん! 声は確かこんな感じだな。あら、帰ってきたの? お顔を見せて頂戴!」
「うん!」
「騎士の後ろから声をかけた娘の声を聞き取ったウルフは、しめた! と思ってドアを開けます。そこには黒い頭巾をかぶった騎士がいましたが、ウルフの寝起きの鼻では娘の服を着ているのが本人ではないと分かりませんでした」
「さあ、中に入れ!」
「驚いて娘は声も出ずに従うと思ったウルフでしたが、何かがおかしいことに気が付きました」
「貰った!」
「ウルフが身構える暇もなく、騎士の剣はウルフの頭を貫いたのです!」
「ノヴァ兄がやられた~」
「とうとうリュート兄ちゃんが怒ったんだ!」
「あなたたちねえ。もうちょっと子どもらしく見なさい」
あ、エステルさんもちょっとあきれ顔だ。しかし、私たちは劇を止めるわけにもいかないので物語を進めていく。
「さあ、ウルフは倒しました。悲しいでしょうが、お母さまを弔うために腹を開けましょう」
「……はい」
ここで一度幕が下りて、ウルフの腹が取り替えられる。木のくずから実際にジャネットさんが布に入っているのだ。
「重い……」
「なんだってノヴァ」
「いや、なんでも……」
再び幕が上がり、リュートが剣を振りかぶって布に当てていく。その部分を手で閉じていたジャネットさんがゆっくりと上から開いていき、出てくるという演出だ。
「ああ、た、たすかったの?」
「何かやっぱり変な口調」
「うるさいよノヴァ」
小声で二人が何か話している。だけどそっちは置いといて話を進めていく。
「お、お母さん無事だったの!?」
「ええ、ウルフに食べられたはずだけど……」
「どうやらこいつは欲張って、一飲みにしたせいですね。時間があまり経っていなかったので、溶かされずに済んだのでしょう」
「ああ、よかった。それでこちらの方は? 女性なのかしら?」
「ううん。男の人。お母さんを助けるために頑張ってくれた騎士さんなんだ」
「そうでしたか失礼いたしました」
「い、いえ、当然のことをしたまでです」
「騎士様、どうしたの?」
「ナンデモアリマセン」
「そうだわ! 助けていただいたのですから、お礼をしましょう。さあ、こちらへ」
「しかし……」
「こうして、ウルフの脅威を退けた騎士と娘は家に入っていきます。家はウルフに荒らされた跡があるものの何とか生活は出来そうです」
「ひどいですね。薬瓶も割られている」
「命さえあればいくらでもやり直せます。薬草も取りに行けばよいのですから」
「お母さん私も手伝うよ」
「料理を作っている間、騎士が周りを見回すと男物の服がないことに気づきました。思い切って騎士は食事中に聞いてみました。」
「料理をいただいてすみません。ところでこのうちの主人は?」
「主人はもう前に……」
「そうでしたか、まだこの町に赴任してきて間もないので、失礼を……」
「いいえ。過去のことですから」
「このままではいつ同じように襲われるかもしれませんし、町に来られては?」
「町からこの場所までは遠く、薬草を手に入れるには大変なのです。ここを離れては薬を作ることが出来なくなってしまいます」
「じゃあ、お母さん。お母さんが出かけるときに騎士さんに付いて行ってもらったら?」
「そこまで迷惑を掛けられません」
「いえ、週に一度ぐらいであれば構いません」
「ご迷惑では?」
「このような場所に住んでいるのを知って、放っておくなど騎士の名折れです」
「こうして騎士と娘の説得を受け、度々薬草取りに出かけ街で薬を売る母親と騎士の姿が街で見受けられるようになりました。やがて騎士は母娘と一緒に住むようになりましたとさ。おしまい」
「はい。おわりだよ~。面白かった?」
「うん。おねえちゃんきれいだった」
「そ、そうかな」
「ねぇ。またやって~」
「集まることが出来たらね」
「そんな~」
「みんな無茶を言ってはいけませんよ」
「私たちは何時もはいないけど、もしまた見たくなったらこれを使ってね」
私たちは年長組を呼ぶとそれぞれに娘と母親と騎士とウルフの人形を渡す。人形劇用の人形で使いやすいように持ち手も付いている。
「うわ~、かわいい~」
「これもらっていいんですか?」
「うん。だけど、小さい子たちが見たくなったらよろしくね!」
「は、はい!」
劇を終えた私たちは再び着替えるために奥に引っ込む。
「ありがとうアスカ。みんな喜んでいたわ」
「今はほっとしています。やっぱり喜んでくれるか心配で……」
「そうだったの? でも、創作の才能まであるなんてね」
「ち、違いますよ。あれは村にいる時にあった本を題材にしたものなんです」
「そうだったんだ。でも、内容は変えてあるんだよね?」
「それはまあね。そのままだと著作権とかあるし……」
「著作権?」
「こっちの話だよ」
そう言えばこの世界は著作権とかどうなってるんだろう? 有名な劇ならある気がするけど。一点物の本とかも多いから、分からないなぁ。
「アスカ、着替え終わった?」
「あっ、まだ!」
「早くしろよ~」
「は~い」
「もう、気が利かないわね、ノヴァは」
「でも、たまに優しいですよね」
「そ、そう? まあ、たまになら誰でもあるかもね」
そんな話をしながら私は着替えを終えた。