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パンにも魔道具にも感動した

「入ってくれて構わないよ」


 ジャネットさんが返事をするとドアを開けて男の人が入ってきた。細身なのに鍛えてる感じがある不思議な人だ。


「どうもこんにちは。君が客を連れてきたと聞いて申し訳ないけど早めに入ってきましたよ」


「そんなことだと思ったよ。新人なんだから、あんま見るなよ?」


「おや? 宿に下宿している従業員だと聞いていたのですが……かわいい洋服も着てますし」


「これは通りのべルネスで買ったんです。後……お手伝いしてる時もありますけど冒険者です」


 でも、最近は依頼も受けずに働いてるから大きな声では言えないけど。


「それは失礼。よく見るとかわいいお嬢さんですね」


「よく見ないと分かんないのかよ。店長なのに見る目がなくなったらおしまいだぞ」


「店長さんなんですか?」


「一応は。料理もしますし、接客もしますけどね」


 ジャネットさんは店長さんと話しながら、私は一生懸命に食べている。美味しいけど、話しているジャネットさんより私の方が食べるのが遅いのはどうしてなんだろう?

 パンは見た目通り、今までのものより柔らかくて美味しかった。このパン広められないかなぁ。そんなことを思いながら食事を終えて、今は雑談タイムだ。


「さっき話してただろ。一応こいつが弓使いなんだよ。あれからしばらくして引退した後は、こうやって店を開いてるのさ」


「別に引退はしてませんよ。組む相手に困っているだけです。店もありますし」


「やっぱりランクが上がるとパーティーを組むのが大事なんですか?」


「一人ではできないことも分担できますからね。ですが、信用問題もありますし難しいですよ」


「確かによく話してみないと分かりませんよね」


「ああ、それもあるけど実力の方もだよ。自分で強いなんて奴は五万といるが、戦場で役に立つのは僅かさ。危険な状況になればなるほど、背中を蹴り飛ばす奴と預ける奴に分かれるもんさ」


「そんな……」


「まあ、アスカは蹴り飛ばすことはないから安心だけどね」


「当り前です! そんな危ないことしません」


「でも、実際にやる人間がいるから困るんですよ。冒険者は全員自分の事情でなりますから、目的が違う以上、信頼できるかはその時なのですよ」


 悲しそうに言う店長さんとちょっと寂しそうなジャネットさん。二人は何時でも会いたいと思ったら会っているんだろうか? でも、冒険者だった二人が今は店長と客だなんてちょっと悲しいかも。


「私はそんな風に思う日が来るんでしょうか?」


 のんびりと薬草採取にいそしむ私にはまだまだ想像もつかない世界だ。


「ああ、アスカは多分ならないね。そういう考え方にできてないから」


 そう言っている二人とも笑顔だ。褒められたんだろうか、とりあえず私も笑って返す。


「しかし、こんなかわいいお客さんを見つけてきてくれるとは中々気前がいいですね」


「偶々だよ。デルンに絡まれてたのさ」


「あいつは全く……」


「もう少しまともになればいいんだけどね」


 何となく気まずい雰囲気になった。何か話題を変えないと……そうだ!


「あ、あのところでお二人は冒険者ランクはいくつなんですか? 私はまだEランクになったばかりなんですけど」


「本当に新人ですね。僕は一応、Cランクですよ。ジャネットも上がっていなければ同じです」


「そうなんですね。すごいなぁ。じゃあ、お二人ともバルドーさんと同じランクですね」


「ああ、そうだけどあんたバルドーとも知り合いかい?」


「宿の手伝いをしているとよく会いますよ。冒険者の知り合いだと後はジュールさんと受付ですけどホルンさんです。お二人とも優しいですよね!」


「「ホルンさんが優しい……」」


 私の言葉に二人はう~んと唸っている。新人さんには優しいのかな?


「まあ、ホルンさんが優しいかは置いといて、いい知り合いばっかだね。……そうだね。今度時間があったら一緒に依頼を受けてみないか?」


「私がですか? まだまだ駆け出しで迷惑かけちゃうと思いますけど……」


「心配いらないよ。簡単なのにしておくから。一回はちゃんと魔物と戦って気合を入れとかないとね!」


 乗り気になっているジャネットさんにもう経験ありますとは言えず、私たちは五日後にギルドで落ち合うことになった。


「なんだか楽しそうですね。僕もついて行きますよ」


「おいおい、足を洗ったんじゃないのか?」


「半分引退したとはいえ新人が潰れるのは心配ですから。念のためですよ」


「勝手にしな」


 どうやら、ジャネットさんと店長さんと私の三人パーティーになるようだ。あ、そういえば店長さんって弓使いだったよね。


「あの、店長さんにお願いがあるんですけど……」


「僕に? どうぞ」


「実は私、弓を持ってるんです。それで割といいものって言われたんですけど、実際に弓使いの方からどうなのか見てもらいたくて」


「分かりました。当日持ってきてください」


「はい! よろしくお願いします」


 ラッキー、これであの弓が実際どのくらい使えるのか分かるよ~。なんとか最近引けるようになったけど、矢を構えるのはまだ怖いからやったことないし、この機会に聞いてみよう。


「どうしましたジャネット? むすっとして」


「ん~、あたしが連れてきたのにあんたに懐いてるなと思ってね」


「そ、そんなことないですよ。ジャネットさんはかっこいいでしゅ」


 プニプニ


 言い終わる前に頬をつんつんされてうまくしゃべれなかった。むぅ~。


「悪い、悪い。あんまりにも柔らかそうだったんで」


 もっと話していたかったけど、店長さんも用事があるということで今日はここまでになった。店を出たところでジャネットさんも別の用事があるらしくここでお別れだ。


「じゃあまた宿でね」


「はい! ありがとうございました!」


 私は持ってくれていた荷物をジャネットさんから受け取り、いざ次の目的地である洋服店ベルネスへと向かった。


「いらっしゃいませ~。あら、この前のお嬢さんね」


「こんにちは。今日はゆっくり見たいと思って……」


「来てくれてありがとう。それで、街の人の評判はどうだった?」


「それが私、宿の手伝いとかであんまり外に出ないんですよ。すみません」


「そうなの? じゃあ、こっちから言っとくわね。宿の名前は?」


「鳥の巣ですけど……」


「あら、あそこならお昼は街の人で賑わうわね。よかったわ」


 お姉さんは一人で納得すると奥で誰かと話してすぐに戻ってきた。


「ごめんなさい。今日はどんなお洋服を探しに来たの?」


「できれば、普段街で出歩けるようなものを。冒険者なんですけど街を歩く時は普通でいたいので」


「なるほど……銀色の髪だから赤や黒の服もいいけど、薄いこのオレンジのはどうかしら?」


 お姉さんが色々な服をせわしなく動いて持ってきてくれる。


「う~ん。でも、いまいち被せるだけじゃ、ぴんと来ないわね」


「ここは試着室とかはないんですか?」


「試着室?」


 私は試着室について説明する。どうやらそういうものは普及していないらしい。私は簡単に説明する。


「う~ん。確かにあったら便利そうなんだけど、うちもあんまり人がいないし盗難も多いところは多いのよ。誰かが着たってなって、何か言われるのもあるわね」


「そうなんですね。実際に着ればいいかなって思ったんですけど……」


「でも、貴重なアイデアだわ。あなたみたいないい子になら構わないし、お得意様だけのサービスにでもしようかしら? ……確か奥の小さいスペースが物置になってたわね」


 商売に使えるかもとお姉さんは思案したようだ。


「おっと、今はあなたの服だったわね」


 結局、私は勧められるまま、薄いオレンジのワンピースに黒いスカートと黒い長めのシャツと赤い色の上着を買うことにした。他にも何点か欲しいものはあったが、その内揃えていこうと思う。


「そう言えばアスカちゃんは冒険者よね?」


「い、一応……」


 閉じこもってばかりなので大手を振っては言えなくなってきた。


「じゃあこういう服には興味ない? 一応仕入れてみたんだけど中々買い手も見つからなくて……」


 そう言ってお姉さんが出してきたのはちょっと大きめの木箱。ふたを開けると銀色のワンピースが出てきた。


「銀色の糸ってすごいですね!」


「実はこれ魔道具に当たるものなの」


 なんと、魔道具は服にも応用できた! これには私もびっくりだ。こんな衣類にまで込められるなんて!


「この銀色の服なんだけど、実際に銀でできているの。すごい人が生地に練りこんで縫ったみたい。集中力の増加や清浄な力に覆われるって触れ込みなんだけど、うちじゃあ高くってね」


「ちなみにおいくらなんでしょうか?」


 もうこの時点で危ない感じがする。清浄ということはきっと水魔法か聖魔法だ。聖魔法ならバカ高いに決まってる。


「……………金貨二枚よ。仕入れる時はすごいっ! って仕入れたけど、後でこんな金額のもの買う人いないって気づいたの。金貨二枚もあれば普通の冒険者はもっといい防具を買うもの」


 たっぷり時間をおいて金額を教えてくれるお姉さん。確かにこの金額じゃあ買う人なんていないよね。バルドーさんに聞いたけど、使いやすいそこそこの剣がちょうどそのぐらいの値段だそうだ。冒険者の目安と言われるものらしくて子どもでも値段を知ってると教えてくれた。


「どうして私に?」


「ほら、アスカちゃんなら重たいものとか持てなさそうだし、こういう補助的なもので軽い装備が似合うんじゃないかなって……」


「う~ん。確かにそうなんですけど、さすがにこのお値段は」


 さっきも高額商品を買ったばかりで追加の支出は考えてしまう。ただ、前半の集中力が増すという事についてはとても惹かれるんだけど。


「そうよね。わかってはいる、いるんだけど本当にどうしたものかしらこれ」


「効果はとっても魅力的なんですけど、私もさっき高いものを買ったばかりで……」


 そう言ってやんわり断ろうとするとその話しにお姉さんが乗ってきた。


「へぇ~、アスカちゃんてしっかりしてそうなのに衝動買いでもしたの?」


 私は細工のお店で別の魔道具を買ったことを伝えた。集中力が増すならこの服も欲しいことは欲しいが余裕がないんだと。


「なるほど~。確かに細かい作業なら少しでもいい環境が欲しいものね」


 う~ん、とまたお姉さんは頭を抱えている。


「そうだわ! じゃあこうしましょう! 金貨二枚のところを特別に仕入れ値の金貨一枚と銀貨五枚に。今日は銀貨三枚の支払いで五か月に支払いを分けるか、その間にまとまったお金ができたら支払うってことでどう?」


「ああ、分割ですね。でも、それだと余計に高くなっちゃうしなぁ」


 安くなるのは魅力的だけど金利手数料ってものをちゃんと私は知ってるんだから。


「分割? 余計に高く? アスカちゃん、この方法ってあなたのいたところでは普通なの? 今思いついたんだけど……」


 あれ~? 私、ひょっとして分割の仕組み考えさせちゃった? やばい、思いついたからには簡単に手数料とかは無しで説明するしかないよね。リボみたいなことは思いつかないようにしないと。こっちじゃ借金破産は奴隷だってミーシャさんに教えてもらったばっかだし。


「あの、何回かに分けるんですが最初だけ多くとか、きれいな金額に後々なるようにしていくんです。ただ、逃げられないように身元が判るものとか、最悪何かを質に入れるといいかもです」


「なるほどね~。これは今度の商会会議で掛け合おうっと」


「あんまり広めないでくださいね……」


「うんうん分かってるよ」


 本当かなぁ。でも、商品自体が欲しいのは本当だし、私はこの服も買うことにしたのだった。今日はすごく買い物したなぁ。ちなみにお会計はこの服が銀貨三枚で他の服が合わせて銀貨六枚だった。いい服って高いよね。特にこの世界は手作業ってこともあるだろうけど。今度使い捨てみたいな感じの服が無いかミーシャさんにでも聞いてみよう。そう心も新たに私は店を出た。



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宿屋のバイトで散財はやめた方がいいような………………
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