番外編 王都での暮らし
「いやあ~、あの宿の食事はうまかったな」
「そうですね。本格的な料理がまさか宿代についてくるとは……」
「それにつられて追加注文を取り過ぎたのは痛かったな」
「いいえ、ディオール様。あれだけ美味しい料理を次に食べられるのは王都の屋敷についてからです。折角の旅ですし食べておかなくては」
「確かに限定メニューのサンドリザードはうまかった」
「私としてはパンの方が気になりましたね」
「パン? 確かにうまかったが……」
「サンドリザードはいつも食べられるわけではありませんから。その点、パンは毎食食べますのであれだけの味をお屋敷でも再現できるとなると、当主様はもちろんのこと使用人も大歓迎ですよ」
「……確かに。作り方を聞いておけばよかったかな?」
「言って教えてくれるものでもありませんけどね。その情報だけでひと財産築けるわけですから」
「支店を出せるか聞いてみるか。うちは麦なら余ってるからな」
「そうですね。また、寄るのでしたらそう致しましょう」
そんな話をしているとようやく王都が見えてきた。あれから四日。翌日に次の町に着き、野宿を二回もしてようやくの到着だ。
「ああ~、長かったな」
「全くです」
「じゃあ、予定通りあっちの入り口から入ろうか?」
空いている貴族専用口から入ろうとする俺たちだったが、みんなからかなり見られている。
「どうしたんだ? みんなそんなに俺たちをじろじろ見て」
「当たり前ですよ。ディオール様は今の格好をお忘れですか? 冒険者が貴族入り口から入ろうなどと何事かと思われているのですよ」
「おい! お前たち冒険者だろう? こっちは貴族専用の入り口だぞ!」
「ああ、いや俺は……」
クリスの言う通り、門番の兵士に詰め寄られたので実家で預かった通行証を兵士に見せる。
「うん、これは……確かに正規の通行証だな。拾ったのか?」
「家の持ち物だが?」
「……待っていろ。確認する」
「確認するのであれば、ラスターク家へ使いを出して頂けますか? その方が早いので」
「は、はっ!」
有無を言わさぬクリスの雰囲気に兵士も使いを出したようだ。
「やれやれ。すぐに休めると思ったんだが」
「そう思われたのなら一般入り口からでもよろしかったのでは? 冒険者証があれば問題ありませんよ」
「あの列に並ぶのは流石にな。ここは貴族特権を生かしたかったんだよ」
流石は王都というべきか、今は昼前だというのに人の列が途切れることなく並んでいる。この調子だと後ろに並べば入るのに一時間はかかるだろう。
「人が多いというのも困りものですね」
「全くだな」
それから待たされること二十分。どうやら家の方から使いが来たようだ。
「おお、ディオール様! この度は御父上の名代として大変お疲れさまです。表に馬車を待たせておりますので。クリスもご苦労だったな」
「はっ!」
「で、では……」
「こちらはラスターク子爵家次期当主のディオール様です。よろしいですな?」
「はっ、ご、ご無礼を……」
「こんな格好だ。気にしないでくれ」
それだけ言うとさっさと用意された馬車に乗り込む。早く屋敷に向かって休みたいということもあるが、あまりに彼らの態度が気の毒だったからだ。本物の貴族と知って真っ青な顔をしている。
「では、参りましょうか」
「うん。頼んだぞ」
それにしても王都に来るのは何年ぶりだろうか?十三歳から十四歳まで学園に居た以来だろう。地方貴族が王都に住むのは年間三か月ほど。
それ以外は領地でゆっくりするため中央についてはほとんど学ぶものはいない。伯爵家以上なら役職があるため事情は違うのだが、子爵家なら当主を継ぐといえど、中等部までで卒園してしまう者も多い。
「相変わらずにぎやかですね」
「そうだな。四年ぶりとはいえ懐かしい気もする」
「さようですか。それはよろしいことですな。お館様はすぐに帰りたがるもので……」
そう言えば母上に会えないといつも文句を言っていたな。俺もあの血を継いだのならそんな風になるのだろうか……。
「どうかなさいましたか?」
「い、いや、なんでもない」
少し視線を向けただけで気付くとはクリスは相変わらずだ。
「もうすぐ着きますぞ。屋敷の者はほとんど変わっておりませんのでごゆるりとおくつろぎ下さい」
「分かった」
馬車が止まる。どうやら屋敷についたようだ。しかし、今回の旅で多くのことを学んだ気がする。これをいつか領地経営に生かせるようにしないとな。
「では、こちらを」
執事に手を引かれ下りると、玄関の前に使用人が整列していた。
「お帰りなさいませ、ディオール様!」
「ああ、ひと月もいないと思うが世話になる」
この一糸乱れぬ動き、相変わらずこっちの執事のミューゼンは真面目だな。片手が不自由とのことで侯爵家から暇をいただいたにもかかわらず、やることがないということで家で働き始めて早十年。子爵家には過剰なぐらいの徹底ぶりだ。
「それではお部屋は以前使われていた部屋になりますので、ご案内いたします」
それから部屋に案内され、今後の予定を軽く説明される。今回俺が王都に来たのは王国貴族の一大イベントともいえる新年パーティーに出席するためだ。各地方からも貴族が集まりこの一年間の情報を交換するのだ。
うまくいけば近隣の領地や普段会うことのない領地の貴族ともつながりが持て、領地の発展に寄与できるとあって出席率も高い。その他にも、一年の働きによって王家からの褒賞をいただくこともあるのだ。
「しかし、開催までまだ十日もあるな。明日からは街を回るとするか」
徒歩での旅ということもあり日程はかなり余裕をもって組んだため、まだまだパーティーまで時間はあるはずだったのだが……。
「足が出るのが早いですぞ!」
「何でここまで……」
翌日には新年パーティー出席のため、マナーとダンスの練習が始まった。
「ディオール様はまだ婚約者がおられませんからな。この機会に作るのもよいでしょう。少なくとも何か問題があると思われぬようにはしませんと……」
「俺だって好きでいないわけじゃないんだが」
「そんなことを言ってまた断られたと、文にもありましたぞ! せめて二十歳までにはお決め下さい」
「はいはい。だが、相手が納得しないとこればっかりはな」
「いざとなれば、屋敷中からでも相手を見繕ってまいりますぞ! この屋敷にも貴族の者で釣り合うものがおりますからな」
「そういうのは勘弁してくれよ。お……父上にどやされる」
「いいえ、当主様もいい加減一人も連れて来ないと心配しておいででした」
思わぬところからの攻撃を受け、俺はうつむく。堅苦しいのが苦手なものは苦手なんだよ。それから少しして早めの夕食を取る。
「なんだな。旅先ではクリスと一緒に食べていたから、こうやって一人で食べるのは違和感があるな」
「あの時は身分を隠していましたから……」
「それではクリスだけでも一緒に食べてはどうですかな?」
「いいのか、ミューゼン?」
「はい、よい練習になるでしょう」
何の練習かは分からないがよかった。どうにも見られながら一人でというのは味気なかったからな。
「そう言えばこのパンを食べると思いだすな」
「そうですね」
「何かありましたかな?」
「ああ。旅先でとてもうまいパンを食べた。こういう固いものではなくて柔らかかったな。あれなら具を挟んでも食べやすかったぞ」
「ほほう? ちなみにどこででしょうか?」
「アルバという町です。帰りにディオール様と支店を出せないかと交渉に行こうと思っておりまして……」
「なるほど。それなら私めも同行しましょう。なに、交渉事なら慣れておりますので」
「それは心強いが、どう説明するのだ? 俺たちはともかくミューゼンの説明は?」
「では、ラスターク家の商会を使いましょう。護衛依頼のふりをして一緒に行けばよいのですよ」
「分かった。手配は任せよう。ああ、そうだ。それとは別に俺は依頼を受けているから、これから数日は街へ向かうぞ」
「でしたら、クリスを護衛として連れて行ってください」
「ん、ああ。一緒に依頼を受けたからそれでいい。クリス、早速明日から本選びだ」
「承知いたしました」
「本選びですか? 変わった依頼ですな」
「やはりそう思うか。俺もそうだとは思ったんだが適当に買うだけでも依頼料が入るんだ。楽な仕事だよ」
「ですが、相手の信頼を勝ち取るのも重要です。きちんと選ばなければいけませんよ」
「それはそうだけどな」
こうして夕食も終え、今日も眠りにつく。この旅の間は豪華なベッドとは無縁だったため、ちょっとこのベッドも窮屈に感じてしまう。もちろん広さや品質は段違いにいいのだが。
「さて、明日は本屋巡りだな」
「若様お目覚めの時間です」
「ん? ああ、頼む」
この屋敷に来てからというもの、以前のように若様と呼ばれている。もう、十八歳なのだから名前で呼んでほしいのだがまだまだ、皆の中では若様のようだ。
身だしなみをセットしてもらい、商人風の格好に着替えて朝食を取る。昨日からクリスが一緒に食事を取ってくれるので、落ち着いて食事が出来る。
「さて、出かけるか」
「馬車はお使いですかな?」
「いや、変に貴族向けの本を勧められても困るから歩いていく」
「では、くれぐれもお気をつけて」
「分かっている。そうだ! 王都では冒険者の恰好は……」
「王都ではお控えください」
「だよな」
分かっていたことだがこうも断言されては致し方ない。新年パーティーを終えればまた戻れるのだから。
「じゃあ、行こうかクリス」
「はい。ディオール様」
「違うぞ。商人だからディオスでいい」
「はい、ディオス」
さあ、二人で本選びに出発だ!
「ようやく、二人で送り出せましたね」
「ええ、全くあのお二人を一緒に連れ出すのは侯爵家に居た頃より大変です」
「またまた。……御冗談ですよね?」
「さて。私は帰りの商談の算段でも立てましょうか」
「本当に行かれるのですか?」
「はい。アルバは我が領からも船便の主要交通路です。あそこを通らなくては王都に行けませんからな。治安についても、もう一度調査すべきでしょう」
「では、そのようにご伝言いたします」
「頼みましたよ」
そう言うとメイドのひとりは姿をかき消して去って行った。
「うむ。ここも侯爵家の全盛期に近いレベルになってきましたな」
ミューゼンたちは知らない。もはやその侯爵家よりもラスターク家の方が諜報においては優れていることを。