番外編 アスカと発注依頼
アスカという冒険者から依頼を受けた俺たちは、簡単に休憩して街の散策をすることにした。さすがに午後から次の町レディトへ向かうと到着が深夜になるからだ。
野営をしても構わなかったのだが、別に日程的にはそこまで急ぐこともないのて今日はこの町で泊まりだ。
「それじゃあ、クリス。ここからは別行動だな」
「本当に大丈夫ですかディオール様? 今回は名代として行かれるのですよ」
「分かってるって。親父が体調崩してなきゃもうしばらくは田舎暮らしだったんだ。この旅の間ぐらいいいだろ?」
「常識がないから困っているのですが……」
「そう言うんなら別についてきてもいいぞ。変わったところに行く気もないしな」
「では、そうします」
結局クリスとは一緒に行動することになった。全く心配症だ。家から徒歩で行くとなったら着飾ることもなく本当に庶民の格好までして。かくいう俺も今じゃ立派に冒険者の格好だが。
冒険者には冒険者の格好があるといって無理やり着替えさせられたのだ。だが、ここまで飾り気のないのもどうかと思う。俺の従者でなければもっと交流もできるだろうからな。そう思い街にある細工屋へ向かった。
「おや? いつの間にこのようなものに興味が?」
「おいおい、俺だってそれなりに物は見てきてるぞ? 多分……」
「そこは自信を持ってください。旅先でも幸運をもたらすネックレスと言ってガラクタを買わされたのですよ」
「ガラクタはひどいだろう。一応石は本物だったぞ?」
「その宝石が旅に役立つ場面がないからそう申し上げているのです。旅に必要なのは路銀と足と護衛ですよ」
「それだとつまらないだろう?」
「実際の旅とはそういうものですよ。旅に面白さを求めるのは間違っています」
そんな会話をしながらも店を見回す。普通こういった店では店主が売り込むものだが、顔を見せに来ることもない。そう言えば店構えも鍛冶屋みたいだったな。片手間でやっているのだろうか……。
「それにしてはかなり質の良いものがあるな……」
値段を見るとびっくりした。俺の田舎ではこれぐらいなら銀貨四枚はくだらないだろうが、ここでは半分の値だ。
「なあクリス。この値段は適当なのか? うちの半分ぐらいの値段だぞ」
「おや、本当に鑑定眼はおありのようですね。ディオス。確かに私たちの出身地ではそれぐらいですね。きっとこの街を拠点にしているからでしょう。輸送コストがかからないのですよ」
「なるほど……確かにここまで来るのにも結構金額を使ったからなぁ」
「本当に……」
わざわざため息まで吐かなくてもいいだろう。クリスは全く。しかし、俺でさえクリスの素性は知らないが、父上もクリスがいるなら徒歩での旅も認めるという辺り、ひょっとしたら腕のいい冒険者だったのかもしれんな。
一応、冒険者証は持っていたようだし。しかし、冒険者証を作る際にディオスという偽名を使うようになったのが嬉しい。普段家族以外に呼び捨てで呼ばれることはないからな。それに本名ではないから最悪家に迷惑を掛けずに済む。
「ん? 客か。決まったら声を掛けろ」
店主らしきおっさんから初めて声を掛けられる。しかし、この売る気のない接客はどうなのだ? よく店がもっているなと思っていると、俺たちの後から二人ほど入ってきた。どちらもおっさんの態度には目もくれずお気に入りの細工物を探している。
「ふむ。値段も安いことだし俺も買ってみるか」
気持ちを切り替えて棚の商品を見る。様々な題材が使われているが、中でも目を引いたのが鳥の羽をかたどったものだ。どこかで見たような気がする……。
「なんだ? 買うものが決まったのか?」
「ああ、いや。この羽に見覚えがあってな」
「ああん。宿で昼飯でも食ったか? こいつはヴィルン鳥の羽を形どったものだ」
「ヴィルン鳥! あの?」
幸運を呼ぶ鳥として貴族の中でも人気が高い小鳥だ。ただし、人前には滅多に姿を見せないことでも有名で、羽根一枚に値が付く鳥とも言われている。
そう言えば魔物と動物の授業で一度絵を見せてもらったことがあったな。かなり金をかけて書いてもらったらしく、実物みたいだと思っていたがそれに似ていたのか……。
「おう。最近この店じゃあ人気の一品だ。贈り物にもぴったりだぜ」
そう小声で言ってくるおっさん。さっきまで営業っぽさがなかったのに目ざといな。
「分かった。これを一つ」
「毎度、銀貨二枚だ」
「ではこれで。しかし、本当に安いのだな」
「ほいよっと。ああ、それは細工師の意向でな。あんまり高くしちまうと俺が怒られるんだよ」
この強面の店主が恐れるなんてこいつの師匠か何かだろうか? まあ、いいものが安く買えることは悪いことではないしありがたく買わせてもらうか。
「ディオスは決まりましたか?」
「ああ、さっき買ったぞ。お前はどうなんだクリス?」
「ええ、とてもいいものを見つけたので手に取っていました」
「なら早く買って来い」
「はい」
俺は先に店を出て待っていると伝えた。さすがにこういう店だけあって女子ばかりで落ち着かないからな。家にいるならともかく見ず知らずの女が相手では勝手も違う。
✣ ✣ ✣
私はクリス。かつては冒険者だったが縁があって今はディオール様に仕えている。苦労の連続の二人旅の途中、一緒に来た細工屋を見回すとガラス棚の中にある細工物に目を奪われた。冒険者時代にも一度見たことがあるが、あれは間違いない。
「シェルオーク……どうして?」
どこから見てもオーク材とは違う。貴族の家にも限られた数しかないシェルオークの細工物だ。持ち主によっては加護が消えるその特性もあり、異常に高くはないものの、人気がある細工素材だ。すぐに買いたくなったが、今はディオール様もいらっしゃるし、あの方が店を出てからにしよう。きっと、女性の多いこの店に耐えられず出て行くだろう。
「ディオス。それでは買ってきますがまだ店にいますか?」
「いや、先に出ておく」
良し、これで安心して買える。
「店主さん。こちらの物をいただきたいのですが……」
「こちら?……これのことか?」
店主はわざとだろう。その隣の物を指さす。
「いいえこちらです」
「また、勝手に置いてあいつは……」
店主が手探りでそう言いながら、ネックレスを手に取った。しかし、まるで見えていないような手つきだった。貴重なものなのだからもう少し丁寧に扱って欲しい。
「ん? ああ、悪いな。これは俺にはあまり見えなくてな。一度持っちまえば分かるんだが……」
「そうですか」
ひょっとして何か魔法がかかっているのだろうか? この棚にはそんな感じはなかったし、後で調べてみる必要がありそうね。
「それではこちらなのですが……」
「大銅貨五枚」
「えっ!? しかし、それでは……」
「大銅貨五枚だ。これ以外の返答はない」
きっぱりと言い切られてしまった。どうやらこれを作った細工師との約束らしい。詳しく聞くこともはばかられるので、大人しく大銅貨五枚を払って手に入れる。
それにしてもこれを作った人の意図が読めない。この細工の腕と材料の希少さを考えれば、金貨二枚でもおかしくないだろう。何がそんなに安くさせるのだろうか? まあ、今はこれだけのものを安く手に入れられたということでいいか。冒険者時代なら家に帰ってみんなで大騒ぎをしているところだ。
「では、買い物も終わりましたし合流しましょうか」
私は外に出てディオール様と合流する。
✣ ✣ ✣
「ようやくお出ましか、えらく時間がかかったな。」
「はい。ちょっと、気になることがあって」
「で、首尾は?」
「全く」
手を広げて降参のポーズをするクリス。クリスにしては中途半端にするなんて珍しいな。まあ、変に首を突っ込んで売ってもらえなくなったら困るしな。
「それで、ディオール様は何をお買いに?」
「それもいいが、まずは宿を取らないか? さすがに街で野宿は嫌だぞ?」
「そうですね。では、ギルドに戻りましょう」
「ギルドに? どうして?」
「ギルドから信頼できる安宿を紹介してもらえる制度があるんですよ。もちろん、基準を満たせばですが……」
「そうだったのか……やけに毎回、宿を見つけるのが早いわけだ」
「冒険者としてやっていくなら常識ですよ。ディオール様には必要ない知識ですが」
「少なくとも家に戻るまでは必要だろ?」
「旅先では私がいますので必要ありませんよ」
「いや、一度ぐらい自分で取って見る。まあ、任せておけ」
胸をはって答える俺に聞こえないようにクリスはつぶやいた。
「宿の受付ぐらい子どもでも出来ますけどね」
何より、受付の仕事自体その宿の子供がやることが多いなど、口が裂けても言えないクリスだった。
「よし、ギルドで場所も聞いたし行くか」
「はい」
ギルドで案内されたのは鳥の巣というところだった。なんでも、料理が美味しく昼は混むのだとか。最近は夜も人が多いらしい人気の宿だ。
「良かったですね。この周辺までの宿は泊まるための宿ばかりでしたから」
「港町を素泊まりで抜けたのは悪かった。だけど、そのおかげでここに泊まれるんだろう?」
「まだ食べてませんから分かりませんけどね」
ドアを開けて宿に入る。一階が受付兼食堂なのは大半の宿がそうだから驚かないが、その中でもこの宿は抜群に床が綺麗だ。安宿じゃなかったのか?
「あっ、お客さんですね。エレンちゃ~ん、お客さんだよ~」
「おねえちゃん。ちょっと済ませておいて!」
「は~い!」
目の前の十一歳ぐらいの子どもが返事をしてこちらに向き直る。
「ようこそ鳥の巣へ! お泊まりは何泊ですか?」
「一泊だ。食事は付くのか?」
「ちょっと待ってくださいね。ライギルさん、今日の食事まだいけます?」
「おう、いけるぞ!」
「大丈夫みたいです」
「そうか。なら、部屋を二部屋……」
「ディオー……ディオス。余計な出費は控えましょう」
「しかし……」
「あの……お部屋は?」
「一部屋でお願いします」
「……分かりました。ではカギを渡しますね。食事は十八時からです。後、今日はお風呂の日ですので一人銅貨五枚で入れますよ」
「この宿には風呂まであるのか?」
「一人用ですから順番の予約が要りますけど。それと、沸かすのが大変なので長湯はご遠慮ください」
「わかりました。では行きましょうディオス」
「ああ……」
「それじゃ、ごゆっくり~」
「おねえちゃん。受付ありがと。どんな人だった?」
「う~ん。ちょっと変わった人だったよ。まるで世間知らずみたいな」
「おねえちゃんに言われるなんて相当だねその人。私も見たかったな~」
「なにを~」
ちょっと休憩に下りてきただけだったけど、あんな旅人さんは珍しいな。それに……。
「こ、恋人同士だよね。ゴクリ」
男の人が女の人の尻に敷かれてるみたいだったけど、間違いない! 私の直感がそう伝えているもん。と知らないところで自分の依頼を受けている相手に失礼なことを考えていたアスカだった。
「ふう。本当に良かったのか二人部屋で?」
「これで一晩、大銅貨三枚と銅貨五枚で、食事つきなんて信じられないぐらいですよ」
「だがなぁ……」
「そうです。ディオール様に渡したいものが……」
「ん、それは?」
「さっきの店で買ったものです。お似合いですし、きっと役に立ちますよ」
そう言ってディオール様の首にネックレスを掛ける。よく見るとこのチェーンは銀製だ。これだけでも原価割れしているのだけど……。
「そ、そうか。そういうことなら俺も買っておいたぞ!」
そう言いながらディオール様が私の首にネックレスを掛ける。
「どうだ! 幸運を呼ぶヴィルン鳥の羽を模したネックレスだぞ」
「……ありがとうございます」
本来、従者が主に贈り物をもらうなどあってはならないことだけれど、折角の心遣いなので貰っておきましょう。決して、嬉しいからではないのだけど。
「そうでした。ちょっと失礼します」
私は鑑定効果を持つ眼鏡をバッグから取り出してディオール様の胸元のネックレスを見る。これでどのくらいの価値かはっきりするだろう。
鑑定:シェルオーク製のネックレス
魔道具:隠蔽あり 加護:アラシェル 効果:守護と運 風のバリアと運+10
バリアは魔力を込めると何度でも使える
ごしごしと目をこすっても鑑定結果は揺らがない。
「これが大銅貨五枚。狂ってるわ……」
「おい、どうした?クリス」
「いいえ。とてもショックな出来事がありましたので……」
こんな、上質というかすごい魔道具をあの値段で……いったいどんな細工師なのだろうか?
こうして私のアルバでの悶々とした一日は過ぎていった。私がこの細工師を知る一か月ほど前のことである。