孤児院向け製作
「さて、羊毛は乾燥を待つしかないわけだけど、ぬいぐるみの案も思い浮かばないから、普通の細工物に移ろう」
私はいそいそと材料の山から金属類やらオーク材やらを取り出す。高価な物よりみんな小さいからお揃いになる方がいいかな?
「そうなると、ある程度材料が集まるものを題材にするべきだよね。だけど、ヴィルン鳥とかは結構題材として使っているから、他のものがいいよね。
う~ん、滅多に作らないと言えば月の細工物かな? 前にもちょっとだけ作ったけど、あれ以降は作ってないしね」
デザインとしては満月から光が下りてくるような感じを採用した。金属を重ねて作るからちょっとだけ材料費はかさんじゃうけど、見た目を崩すわけにはいかないからね。後は……ペンダントの種類でいうと星がいいかな?
星と言っても、隕石を模したものだ。ちょうど冒険中にそれらしき石を見つけて取っておいた。しかも、ちょっと魔力が含まれているようで、魔力を込めるとほんのり光ったりする遊び心もあって、子どもたちにはぴったりだと思ったのだ。
「まあ、隕石だなんてみんな知らないだろうけどね」
この世界にも太陽や月はあるけど、本当に天体として存在しているかは分からないし。見た目だけじゃ効果があるか分からないし、安く見えるからあげても問題ないだろう。
これは魔力や金属の混ざった石なので、魔道具で削るというわけにはいかない。
「石自体もそれぞれ違う形だからそれに合わせて削って行かないとね~」
ある程度大きさを揃えればいいので、作業自体はそこまでかからない。三時間ほどで九つできた。材料もまだあるので、これはみんな共通の物にしよう。
「後は発表してないものだと何があるかなぁ? そうだ! ブドウとか果物のアクセを作ろう。果物系は今まで作ってなかったし、一種類ずつ作れば結構な数になよね」
こうして次々と新年のパーティーに向かって細工を作っていく私だったけど、この時忘れていたことがあったのだった。
「アスカ、今出て来れる?」
「ん? リュート。どうしたの?」
ノックがしてドアを開けるとリュートがいた。今日はお休みの日なのに珍しいな。
「この前言っていた、新年のパーティーをさっき院長先生に言ってきたんだけど、やっても大丈夫だって!」
「そ、そうか。まだできるかどうか決まってなかったよね……」
「えっ、もう進めてたの?」
「あはは」
ちらりとドアを開けて作業中の状態を見せる。
「これはまた張り切って作ったね。もう結構作れてるんじゃないの?」
「どうだろうね。今はペンダントと髪飾りを作ってるだけだから」
「いやいや、作り過ぎじゃないの?」
「普通だと思うよ。そえそう、みんなで何人分になるかな? 共通の物を作ってるんだけど数が分からなくて」
「ああ、全部で十四人だよ」
「ありがと、リュート。それじゃ私は人数に合わせて作っちゃうからまたね」
そう言いながらドアを閉めようとしたんだけど、リュートが一点を見つめている。
「それは?」
「この前、コート作りで買ったウルフの頭だよ。付いてきたんでせっかくだから被り物にしてみたの」
「そうだったんだ。てっきり劇でもする気なのかと……」
「劇?」
「うん。何年も前の時だったけど、一回だけ院を出た人がしてくれたんだ。料理もちょっと出してもらってあれは嬉しかったなぁ……」
懐かしそうにリュートが言う。そうか、劇とか出し物だってできるんだ。やるなら人数はノヴァとリュートとジャネットさんと私で四人か……。フィアルさんは店で忙しいから無理だろうな。少ない人数で出来そうな劇かぁ。ちょっと考えてみようかな?
「なら、ちょっと考えてみようか? 少ない人数でも出来そうな話をいくつか知ってるから」
「本当? 忙しいのにごめんね。出来るなら小道具とかは僕がやるから遠慮なく言って」
その後もちょっとだけ話をしてリュートと別れた。
「さて、そうと決まれば足りてない人数分をまずは作っちゃわないと!」
ペンダントを後五つ作れば、一種類目は完成だ。果物シリーズは七つぐらい作ればいいかな? ブドウにミカンにりんごにバナナにパインにメロンにレモンぐらいで。色味で安いものはくず魔石を使って、それ以外の物は塗料を使おう。そうと決まればまた作らなきゃ。
おおまかに魔道具で削った後は手で形を整えていく。魔道具でやれば完璧な形になるんだろうけど、自分の手で作るのもいい経験だし、相手の顔が見れる案件だからちょっと頑張ってみようって思ったんだ。
「ちょっとぐらい歪になっても頑張らないとね」
それから集中して細工を行うと今日だけで四もつ作ることができた。ペンダントに至っては人数分完成しているので、かなりの進捗だ。残りは一か月ほどなので、このペースならかなりゆっくりでも間に合いそう。
「そう思ってたんだけどな……」
結局あれからぬいぐるみの案は思いつかず、残すところ後十五日。劇の脚本も途中だしそろそろ第一稿を渡さないといけないんだけど……。ぬいぐるみの件はドツボにはまってしまっている。
色々な人に話を聞いたけど、冒険者の人の話だと、ぬいぐるみを買ってもらえる家なら冒険者になることはないぐらいの物らしい。動物モチーフのもあるけど、珍しい題材にして子どもに与えるというのが主流らしく、親しみやすい動物のぬいぐるみというものはないらしい。
「う~ん。犬も飼ってる家はほとんどないし、ウルフだと警戒されちゃうしな。何より魔物に対しての警戒感が薄れるから、そういう題材は基本的に扱わないらしいし」
考えてみれば旅するのも命がけのこの世界で、魔物の人形なんて仇でしかない。とはいえ、完成させないと数が足りなくなっちゃうしな。それなら人の姿でもいい気がするけど、誰にするかっていうのもあるしなぁ。
「いっそのこと人形劇の人形っぽくしようかな? だけど、それじゃあ私たちのする劇には使えないしなぁ……」
「おねえちゃんどうしたの? 食後もずっとテーブルにいると思ったら」
「あのね。前から作ろうとしてるぬいぐるみなんだけど、全く案が出ないの」
「そうなんだ。おねえちゃんにもそういうことあるんだね」
「そうなの~。人形ならって思うんだけど、使い道がね~」
「使い道が思い浮かばないなら作っちゃえばいいんじゃない?」
「使い道を作る? 劇を人形でやると被り物が……」
「そのさ、おねえちゃんは劇をするんだよね?」
「うん。そうだけど」
「でも、それっておねえちゃんたちがいないと子どもたちは見れないんでしょ? なら、いつでもできるようにしてあげればいいんじゃないかな?」
「なるほど! 上演内容を孤児院の子たちだけでもできるような人形か……。ありがとう、エレンちゃん、私頑張るね!」
「は~い。ほどほどにね」
エレンちゃんにお礼を言うとすぐに階段を駆け上がり、部屋に入る。
「よし! 作る人形はベリーキャップとウルフとお母さんと騎士さんだね」
今書いているのは赤ずきんを模した出し物だ。これなら少人数でも演れるし、子どもたちにも分かり易いだろう。とはいえ丸々使い回しの話も良くないだろうから、ちょっとだけでもオリジナリティを入れたいんだけど……。
「なるようになれだ!」
私は開き直って途中になっていた話を書いていく。そうして、その日中に書き上げた私は帰り支度をしているリュートに脚本を渡したのだった。
「じゃあ、確かに預かったよ。場面場面で必要な小道具は任せて! こういうのはノヴァの方がうまいから僕は調達係だけどね」
「よろしくね! 私は続きをやっちゃうから」
リュートと別れ食事をした後はひたすら細工に打ち込む。というのもいい機会なので孤児院向けの作品に加えて、第二回即売会をすることにしたのだ。
前回はコースターで品数を増やしたけど、今回は真っ向勝負だ。身に付けるものが三十個、小箱などの飾りが十個、置物十個の合計五十個にする予定だ。
店を開くのも新年明けて、十日までには行いたいと思っているから、実質は新年パーティーまでに出来ていないと宣伝を考えても間に合わない。
「意外や意外。こっちじゃ新年はみんなお休みなんだ。店が開くのは大体五日ぐらいから。年末は三日前から休みだから、基本的に食料はため込まないといけないんだってね。寒いからいいけど、それだけの食料を家に保管しようと思ったら大変だよね」
例外的に食料品店は一部開くけど、値段も高く簡単には手が出ないらしい。まあ、前世のお父さんたちも昔は店なんてなかなか開いてなかったって言ってたし、そういうものなのかな?
「とりあえず、進めていかないとね」
《チュン》
「ん?またライズのところに行きたいって。しょうがないなぁ。一緒に行こっか」
まだ日が落ちるまでは時間があるし、今からでも三時間ぐらいは遊べるだろう。
「こんにちは~」
「あらアスカちゃん。今日もライズのところ? 毎日のように来てるわね」
「私じゃないですよ。ミネルたちが連れていけってうるさいんです」
「はいはい。奥にいるわよ」
ライズは店が開いている間、厨房奥の裏口にいるので、こうして常にお姉さんたちに挨拶をしていく。私が会いたい以上にミネルたちが会いたがっているのだけど、中々信じてもらえないのが最近の困りごとだ。
「ライズ~、久し振り~」
ぎゅー
私たちを見てこちらにやってくるライズに私は何時ものように抱きつく。フィアルさんがきちんと毛の手入れをしてくれるからとってもふかふかな毛並だ。
「お前はいつもふわっふわだね~」
さわさわとライズを愛でていると、ミネルたちも私たちもとライズに飛び乗っていく。確かにこの毛並なら冒険者たちも求めるわけだよ。ぬいぐるみも試しにこの毛を入れて作ってみたら、すっごく保温性も良くて、ふんわりしてて最高の出来だった。
「惜しむらくはまだ小さいから枕にできないことだね~」
成体になったら一度はお願いして、枕代わりにさせてもらおう。絶対、気持ちよく寝れるよ。