お肉
宿に帰るとミネルたちもいないので、すぐに着替えて食堂へ向かう。食堂にはすでにお客さんが入っていた。私はそれを縫うように進んで一つだけ空いていたテーブルに座る。
「おねえちゃん、お疲れ様。長くなるかもって言ってたけど早かったね」
「うん。たまたまうまくいったの」
「それでね、悪いんだけどいつ帰ってくるか分からなかったから食事の用意がまだなの。ごめんね」
「いいよいいよ。それよりこれ使ってもらえる?」
私はヴェゼルスシープの肉を渡す。
「わかった。お父さんに渡してくるね」
エレンちゃんは私から受け取った肉を厨房に持っていく。ライギルさんからおお~と声が上がる。ライギルさん、ヴェゼルスシープの肉も知ってるんだね。
しばらく待つと、ハーブで味付けされたステーキが出てきた。時間もないしこうなるのは仕方ないよね。
「はい、おねえちゃんお待たせ」
「いただきます」
私はエレンちゃんが持ってきたステーキを一口食べる。口いっぱいにハーブとソースの香りが広がる。そして、その後にはほんのりと肉の甘みと香りがする。とても柔らかくて美味しい。ライズのお母さん、あなたの肉を糧として必ず息子さんはお守りしますから、安らかに眠ってください……。
「おねえちゃんどうしたの?」
「えっ?」
「だって涙が出てるよ?」
「そ、そう?」
「きっと美味しかったからだね!」
「うん……そうだね」
その後も私は大事にステーキを食べていく。珍しくとても静かに食べてるとエレンちゃんに不思議がられてしまったけど。
「ごちそうさまでした」
私は手を合わせて食事を終えると、そのまま部屋に戻る。ライズのお家を早く作ってあげないといけないからね。
「まずは雨が入らないように床はちょっと高くして、その上には草を敷き詰めるでしょ。おトイレは横の方に作って、寝るところは別にあった方がいいよね。でも、フィアルさんの家に置いてもらうわけだしあんまり大きいのも……」
フィアルさんの家の庭の広さを思い出す。ライズには不便のない生活をさせてあげたいけど場所には限りがあるんだよね。何か案はないかと私はちらりと窓の方へと目をやる。するとそこにはミネルのお家があった。
「そうだ! 二階建てにしよう。スロープじゃないけどちょっと傾斜をつければ行けるはずだ。掃除はちょっと手間かもしれないけど、屋根の部分はミネルたちの小屋と同じように外せるようにして、風で飛んでしまわないように四隅を地面に固定できる作りなら大丈夫かな?」
外装と内装を分けて絵にしていく。そして、それぞれの絵が一体になるようところどころ手直しを済ませれば完成だ。
「これを明日フィアルさんに見せてOKをもらえれば完成だ。すぐに寝て明日に備えなきゃ」
私は巫女服に着替えていつものようにお祈りをささげて今日も休む。
《チッ》
「うん……ミネル?」
ふわぁ~、おかしいな。ミネルは昨日フィアルさんの家に泊まったと思ったんだけど……。
《チッ》
何々、目覚ましのためにいったん帰ってきた?
「ありがとうミネル。でも、無理しなくていいからね」
起きて朝食を取った私はライギルさんに話しかける。
「ライギルさん。モニター向けに作ったステーキプレートどうでした?」
「おお、そういえば言ってなかったな。俺からしたら長方形のが良かったんだが、みんなの意見的には丸型でやや楕円のやつがいいらしい」
「分かりました。じゃあ少しずつ作りますね」
「頼む。最終的には指名依頼で二十枚ぐらいだな。金貨一枚ぐらいの依頼になると思う」
「了解で~す」
「そういや、お前がいない時にファニーたちが来て随分お礼を言って帰ってたがなんかあったのか?」
「ああ、小さいナイフを魔石入りで加工してくれって依頼ですね。報酬も多めに貰っちゃったんですよ」
「それでか。俺もいい刃物を貰えたらつい嬉しくなって多めに払っちまうかもな」
「あなた?」
ライギルさんの言葉に、聞き役に徹していたミーシャさんが素早く反応する。
「分かってるよ。うちはアスカに借金中の身なんだから実際にはしないさ」
「とはいっても、アスカちゃんに頼む方が最終的に安くなるのがね」
「適当に頼んで昔作ってもらった食器は散々だったからな」
「あの器よね。あれには参ったわね。スープを入れたら傾くからどうしたらこぼれないようにできるか真剣に考えたものね」
「お義父さんに、そんなもの捨ててしまえって言われて、我に返ったんだよな」
「あれ以来、安いものは疑ってかかるようになったわね」
「親方のところでいつも作ってもらってたから、あんな品質のがあるなんて知らなかったしなぁ」
ライギルさんやミーシャさんにも苦い経験があったんだなと感心しつつ、私は目の前に置かれたお客さん一押しのプレートを持って部屋へ帰る。あの調子だと二人の馴れ初めとかも聞けそうだったけど、今はお仕事に集中しよう。午後にはフィアルさんの家に行かないといけないし、時間も限られてるからね。
「まずはこのお皿を基準に鉄を加工しよう! まんまるお月をちょっと曲げて~、がしっと掴んで手を添えて~、くるっと回せばはい完成~!」
わずかに小さいサイズの物を作って、さらにそれを覆うように型を取る。その天面に穴をあけて、後は熱した鉄を流し込んでいくのだ。
「これできちんとしたコピー品になるよね?」
基本こういう大量生産は否定派だけど、普段使いの食器とかは逆に統一されてないと大変だから、きちんと作らないとね。もちろんティーカップとかの良いものとかになったら、もっと丁寧に一つずつ作るけどね。大衆食堂でそんなの出されても大変だし、今回のは機能性があればいいからね。
だた、さすがに何もないのもかわいそうだし、右にヴィルン鳥の羽根を左にバーナン鳥の羽根をデザインしておこう。この宿も鳥に関連した名前だし、これぐらいの遊び心ぐらいは良いだろう。
「うん。ようやく三枚か。お昼までの時間ならこれぐらいがいいところかな? 午後からは用事もあるしこの辺で片付けよう」
ちなみにミネルはというと私を起こすなりさっさと行ってしまった。よっぽどライズが気に入ったのかな? いいことなんだけどちょっとだけお姉さんは寂しいなって……。
「さあ、ご飯という名の戦の準備をしてフィアルさんの家に向かわなくちゃ!」
私は食堂へ下りてお昼ご飯を注文する。ぱぱっと済ませたかったのでサンドウィッチを注文する。サービスでスープも付いてくるから、とってもいい感じなのだ。
「はい、おねえちゃん。お昼だよ」
「ありがとうエレンちゃん。ああ、そう言えば渡してなかったね。はいこれ」
私はマジックバッグの中からお肉を取り出すとエレンちゃんの目の前に置く。もちろん脂とかが垂れないように包んであるよ。
「これ何の肉? 見覚えがあるけど」
「ボアの肉だよ」
「ボアの肉ってこんなに繊維が大きかったっけ?」
「正確にはグレートボアの肉だけどね」
「グレートボア! そんなレアなのまで倒しに行ってたの!? よく二日で帰ってこれたね」
「レアかどうかまでは分からないけど、たまたま出会ったから持って帰っただけだよ?」
「うむむ。おねえちゃんの評価をまた改めなければならない」
「エレンちゃん?」
「あっ、こっちの話だから気にしないで。ちょっとお母さんに言ってくるね。多分買取になると思うから!」
「別にいいよ」
「駄目駄目。この肉を安く提供したら、他の店からにらまれちゃうからね。そこそこの値段にするにしても、もらったっていうのは駄目だよ」
「はぁい」
結局、ミーシャさんとの話し合いで、ギルドから銀貨一枚と大銅貨五枚で引き取った肉を半分提供して、銀貨二枚で売ることになった。客には大銅貨三枚以上で売る上に二十人分はあるから、これでも普通の買取価格なんだそうだ。
ギルドとの買取価格差について言ったら、高級な肉を持て余すリスクを考えたらそうなっちゃうんだって。高くて売れないっていうのはよく分かる。一食で宿二泊分て考えたら確かにためらっちゃうよね。
「さて、それじゃ売り切るために今から表に貼り紙をしてこようかしら」
そういうとミーシャさんはドアに『本日限定グレートボアの良質な肉が味わえます 限定二十食』と貼り紙を張っていた。
「さて、これで夕食の時間までにどのくらい噂が広まるか勝負ね。アスカちゃんみたいな美食家が飛びついてくれたらいいんだけど……」
「頑張ってくださいね」
私はミーシャさんを応援した後、ちょっとだけ寄り道してギルドに向かう。
「こんにちは~」
「あらアスカちゃん。昨日に続いてくるなんて珍しいわね」
「ホルンさんに薬草を買い取ってもらうのを忘れていて……」
「あらそうだったの? じゃあ、見せてみて」
私はマジックバッグに残っていた薬草を取り出す。日にちもちょっと経っているし、品質もそこまでよくないけど、最近お金を使うことが多かったから少しでも儲けないとね。
ちなみにあれからちょっとリラ草を使ってポーション作りをしてみたものの、悲惨な結果だったのでもうしないと誓った。
「ふんふん、これなら合計で銀貨三枚ね。他には何かある?」
「買取とは違うんですけど、これを」
私はバッグからグレートボアとヴェゼルスシープの肉を取り出してホルンさんに渡す。
「いつもお世話になってますし、ジュールさんには場所を教えてもらったりと相談料です」
「アスカちゃんはしっかりしてるわね。じゃあ、遠慮なく。だけど、自分の生活を優先するのよ?」
「はい! それじゃ、また」
私はホルンさんに挨拶をしてギルドを出る。
「あら、アスカちゃんじゃない?」
「あっ、ヒューイさんとベレッタさん。ちょうど良いところに!」
「ん? 何か俺たちに用事か?」
「はい。いいお肉が手に入ったのでおすそ分けと思って」
私はさっきと同じように肉を取り出して、ヒューイさんとベレッタさんの手に置いた。
「これは?」
「グレートボアとヴェゼルスシープの肉です。ボアは大きかったので量がありますけど、ヴェゼルスシープの肉はちょっとだけしかなくて……」
「ほんとか! どちらもここいらではまず並ばない肉じゃないか!」
「ありがとうアスカちゃん。ヒューイ、すぐに薬草を売って今から何を作るか考えましょう。私たちじゃ中々食べられない一品よ」
「そうだな。お礼にと言いたいが、すぐにでも料理にかかりたいからまたな。ありがとう」
「いいえ。頑張ってください。後、どんな料理が美味しかったか聞かせてくださいね。参考にしますから」
「分かったわ。約束ね」
探すつもりが運よく出会えたので手間が省けてよかった。さてと、それじゃあ本題のフィアルさんの家に行かなきゃ。私は足をフィアルさんのレストランへと向き直すと再び歩き出した。




